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第十六話 憂鬱な幼子

『……で、』

 なんですが、

『師匠』

「なんじゃ、レイジ」

 とりあえず、という形で話を終えたわけだが、

 身体の慣らしという体でいつものようにランニングをし始めたレイジに付いて行く形で、

 テュールは何も話さずに、何も文句を口せずに後ろに付いてきたわけだが。

 それを知ってる上で、レイジは話す。

『改めて訊きますけど、』

 えぇ、

『一応、俺が囮って形でいいんですよね?』

「頼めるかの?」

 ……いや、疑問に疑問で答えないで欲しいんですが。

 それが一番困るんだよなぁ、と声には出さずに、

 応える。

『……って言っても、俺しかいないんならやるしかないでしょうよ』

 ま、

『囮役なんて、今の今までやってきた中で、得意中の得意なんで、』

 それは、

『喜んでやらせてもらいますよ』

「そうか。」

 と言うと、そこで一時、言葉を切ってから、

「すまんな」

『ああ、いえ。お気になさらず』

 えぇ、

『要は適材適所ってヤツだと思うんで、気にしないでください』

 そうレイジは付け加えた。

 その反応に、彼女は笑うと、

「助かる」

 と、言った。

 ……しっかし、これまたどうするかねぇ……。

 そんな彼女と裏腹に、

 レイジは気にするな、と言いながらも、

 攻め手をどうしようか考え始める。

 現状、

 攻撃手段が銃か槍かのどちらかしかない。

 銃は前回の結果から言えば、

 まず手段としては考えられない。

 銃による攻撃は物理弾を使用してのモノではなく、

 魔力弾によるものだ。

 そして、弾の魔力を消された前回がある以上、

 改良をするべきなのだろうが、

 まず時間が限られてる現状では手段にするべきではないだろう。

 そうなれば、

 槍という手段も自然に消滅する。

 あの槍も同様に魔力で刃を形成してるだけに過ぎず、

 魔力で出来ているモノを消すというのであれば、

 その効果もなくなるものだと考えるべきだろう。

 とすれば、

 ……手段が無くなっちまうな、これ。

 現状、レイジが持っている手段が無くなってしまうことになる。

 最悪は、前回同様に問答無用に爆発する(ダイナマイト)という手段も取れなくもない。

 だが、

 前回はその手段が通じるという仮定で(おこ)ない、

 意味もなく終わってしまった。


 ()()()()()()()()()


 この状態でどう戦えと言うのか……。

 そう考えると、

 レイジは改めて八方塞がりになったことを感じる。

 地球にいる時、

 まだ自分が生きていて、友と呼べる戦友と『戦場』で戦っていた時、

 そんな時も攻め手が無くなったと思う時は何回もあった。

 しかし、

 ……あの頃は、『ミラー』もいたし、『ダガー付き』だっていたんだけどな。

『ミラー』は掩護役に徹するサポート役で、

『ダガー付き』はたまにしか味方側にならないけれど囮の自分を援護するが実は彼女も囮という、

 二重の囮役を引き受けたりしてくれていた。

 今にして思えば、

 彼、彼女の二人に自分は助けられていたんだな、ということを強く実感する。

 けれども、

 ……()()()()、今はいねぇからなぁ……。

 出来れば欲しいが、

 無い袖は振れないのが現状だ。

 とは言っても問題は、

 魔力弾に効果がないのに、

 狙撃は果たして効果があるのかないのかという点になるだろう。

 となると、

 ……()()殿()にまた新装備の提案をするしかねぇ、ってことか。

 あまり気は進まないが、

 ミハエルに提案して急ぎで作ってもらう他ないだろう。

 一応、新装備案は前から提案している。

 提案はしているが、

 試作品が出来上がっていない以上は、

 どうにもできない。

 ……一応、形だけでも早く作ってもらってやるとするかね。

 せめて試作品を完成一歩手前の状態に持って行きたいが、

 そうと出来ない以上は仕方がないとしか言えない。

 ……ま、無い袖は振れはしないか。

 振ろうと思ってもないものは振れない以上は、

 仕方がないと言い様が無い。

 あとはその試作品で出来る限りのことをして努力するしかない。

 幸いながらも無理を押すことには慣れている。

 それに今回は、

 ……俺、一人じゃねぇからな。

 隣を歩くテュールに視線を向ける。

 彼女の腕はレイジと同等……、

 いや、

 かなり上だ。

 そんな彼女が付いている。

 であれば、

 今回は楽といえば楽だと言えるだろうが……、

 ……でも、ま、師匠ばっかに任せるわけにゃいかねぇわな。

 一人だけに任せっぱなしにするわけにはいかないだろう。

 彼女には彼女の役目がある様に、

 レイジにもレイジの役目がある。

 それなら、

 それを徹底的に徹底するべきだ。

 となれば、

 ……()()殿()に訊いてみるとするかねぇ……。

 ため息を吐きたくなる気持ちを抑え、

 レイジはテュールに問う。

『……師匠』

「どうした?」

『ああ、いや』

 ちょいと、

『用事が出来たので、ちと戻りたいんですが』

「戻る?」

 あぁ、

「構わんぞ」

 別に、

「儂はそこらで暇を潰しとるでの」

 そうそう、

「用があればこちらから出向く故な」

 だから、

「気に留める必要はないぞ」

『そりゃ、助かります』

 気にするな、と言う彼女に対し、

 レイジは片手を挙げることで応える。

 それに対して、

 彼女はははは、と軽く笑いながら片手を振った。




 そうして彼女と別れたレイジだったが、

 ものの数分も経たずに足を止めることになった。

 何故なら、

 ……なんでここにいるのよ。

 ここにいるはずのない少女の姿があったからだ。

 どうしたものかな、と悩みながらも、

 レイジは少女に向かって行くと、

『……何やってるのよ、』

 えぇ?

『ヒュンフさんよ』

「……えっ?」

 あれ、

「……()()()?」

『……いや、こんな姿の野郎が他にいたらそうだろうけどさ』

 だけど、

『俺以外にゃ、いないだろうさ』

 ま、

『俺は見たことないけど』

 レイジは膝を折ってヒュンフと視線を合わせる。

『……どうした?』

「どう……とは?」

『優等生のヒュンフお嬢様が、こんな所で暇を潰してるってのはおかしいからな』

 そうなると、

『暇潰し以外の理由ってことになるわけだ』

 ま、

『親にも相談できねぇことに外野の人間が踏み込むってのは、』

 あぁ、

『そりゃおかしい話なわけだが』

 そう言い終わると、

 レイジは改まって立ち上がり、

 肩を竦めた。

『ま、話せねぇってんなら、別に話してくれなくてもいいけど』

 話せるか、と言外で問い掛けるレイジに、

 ヒュンフは静かに、

 ゆっくりと話し始める。

「実は、近いうちに演奏会をするんですが」

『演奏会……』

 ……ああ、なるほど。

 最初に言った演奏会という言葉で、

 レイジはおおよそのことを悟った。

 彼女の父親は確かここの宰相だったか、

 それに近い人間だった気がする。

 となれば、

 ……親の権威ってのに傷をつけまいと思ってるのか。

 下手にすれば、その権威を傷つけることになるし、

 親も親で傷つけられたくないと思う生き物の筈だ。

 故に、

 出来れば恥ずかしくない思いをするのが、

 親という生き物だ。

 レイジにもその経験はある。

 あれは一度、

 大学を自主退学して家に引きこもるようになってからだったか。

 別に自分という個人と、

 親という存在は異なり、

 同じでは決してないはずなのだが、

 何故か引き篭もっているのが恥ずかしいと思ってか、

 ひたすらに家からいる気配を出さない様にと言われた覚えがある。

『ダガー付き』と知り合う様になってから、

 厳密には彼女が時々実家に寄る様になってからだが、

 会うのであれば外で会えと言われた経験がある。

 まぁ、

 自分よりも年下の女性と外で会うのは流石に如何(いかが)わしいと思ったのだろう、

 数回外で会う様にしてみれば、

 すぐに会うんだったら家に呼べと言われてしまったが。

 その経験があったのだが、

 レイジは仕事をするのであれば、

 実家から離れたところにしようと決意したわけで。

 そこにこれまた偶然に林業をするのに必要な、

『チェーンソー』と『刈り払い機』の資格講習会が開かれると、

 そう書かれた張り紙を見掛け、

 それを受けるために応募したりして資格を取りに行った。

 親としては林業がつらい仕事だと思って諦めるだろうと思っていたらしいが、

 レイジとしては、そんなことを思うことは全くなく、

 自分に合った天職だと思い、

 これまた遠くの会社に勤めることになった。

 そのことに『ダガー付き』は、

「はぁ!?

 毎日会えると思ってこっち来たのに、なんでそっち行くの!?

 バカなの!?」

 と怒ったので、

 冗談交じりに、

「それじゃ、死んだ方がマシってか?」

 と言えば、

「ハッ、まさか!!!」

 ちょっと待ってなさいよ、

「すぐに卒業したら、そっちに行って式挙げてやるから」

「いや、仕事に就くのが先だろ」

「そんなんやってたら、あんたまたどっかに逃げるでしょうが!!!」

 今度は、

「今度は絶対逃がさないから!!!

 待ってなさいよ、『グレート』!!!」

 と言われてしまったので、

 まぁ、そこそこに頑張るかと思いやっていたら、

 ()()()()()になってしまったわけだが。


 閑話休題。


 それはともかく。

 ……親ってのは面倒だからなぁ……。

 彼女が何に対して悩み、

 何を憂鬱だと思っているのかは、

 ……ま、だいたいわかったぜ。

『まぁ、なんだ』

 あれだ、あれ、

『別に親ってのは、』

 あぁ、

『結局のところは他人なんだ』

 だからな?

()()()()()、ヒュンフ』

 あぁ、

『お前はお前で、親は親だ』

 だからな?

()()()()()

「えっ?」

 いえ、


()()()()()()()()()()()


『……えっ?』

 レイジは、彼女が一瞬何と言ったのか、

 すぐに理解することが出来なかった。

『……えっ? なに、そうじゃないの?』

「えぇ。」

『じゃあ、何で悩んでるの?』

「はい。実は……、」

『実は……?』

 実は何だと言うのか、

 それが気になってオウム返しの様に、

 つい聞き返してしまう。

 ヒュンフはそんなレイジの反応には気にしていないのか、

 一呼吸分、間隔を開けると、

 それを口にした。


「鍵盤の練習が出来ないんです」


『……はっ?』

 ……えっ、ちょっと待って。今、この子、なんて言った?

『えっと……?』

 ああ、

『悪いな、ヒュンフ。

 ちと耳の調子が悪くて聞こえにくかったわ。

 悪いが、もう一回言ってくれねぇか?』

「え? あっ、はい」

 あのですね、


()()()。鍵盤の練習が出来ないんです」


 二度目なのに関わらず、彼女は臆することなくそう言った。

 その事にレイジは申し訳なさを感じながら、

 考える。

 ……練習が出来ない……?

 彼女は練習が出来ないと言った。

 鍵盤がないのでもなく、

 鍵盤は出来ないのでもなく、

 練習が出来ない、と。

 その言葉が指す意味は何なのか、

 レイジは考える。

 ……練習が出来ない……。

 鍵盤という楽器はある。

 しかし、練習が出来ない。

 ということは、

 ……どこの家にも普通はあるってことか。

 どこの家にもあるものがない、ということだろう。


 多分。

 きっと。

 メイビー。


 そして、彼女の家にはない。

 故に、練習が出来ない。

 成る程、

 そう考えれば、彼女が悩んでいる事が分かってくる。

 使うモノがなくては練習など出来るわけがない。

 どうやればいいのか、

 それが全く分からないのだから。

 見たことがあれば多少は想像出来るかもしれないが、

 見たことがなければ想像するのも難しいだろう。

 その気持ちは分からなくもない。

 実際、レイジにもその経験はある。

 林業というものがどれほど厳しい環境で行なわれるモノなのか、

 山の中で行うということはどれほどのモノなのか、

 それが全く分からずに長袖、長ズボンに、

 チェーンソーの刃が肌に食い込ませない様に履く分厚い防護ズボン(チャップス)を履いて、

 初めての山仕事に(おも)いたことがあった。

 季節が春ということもあり、

 春ならば涼しいから良いんじゃないかと思ってしまうが、

 実際はそうではない。

 まず、前提として、だ。


 ()()()()()()()()()()


 厳密には山の中に作る休憩小屋には置けるが、

 休憩小屋ではない、

 管理の手が届かない山の中には置けない。

 何故なら、

 管理の手が行き届いている場所なら火を起こしたりなどは出来ないが、

 行き届いていない山中ではいつ燃えるか、

 それが分からない。

 それに、だ。

 チェーンソーの混合燃料は非常に燃えやすく、

 チェーンソーに使うチェーンオイルは火を維持させやすい。

 その為、チェーンソーの燃料は山火事を起こしやすいのだ。

 故に、人の手が行き届かない山奥には燃料は置けない。


 では、どうするか。


 仕事の現場には燃料は置けない。

 しかし、燃料がなくては仕事にならない。

 人の手が行き届くところならば燃料は置ける。

 そして、中間地点には休憩小屋がある。

 そうだ。


 だったら、休憩小屋に燃料を置いてそこから現場に持って行けばいい。


 その結果、生まれたのが想像を絶する()()だ。

 荷物を入れるための自前のリュックに、

 燃料を入れるためのリュック。

 そこに混合燃料とチェーンオイルと詰めた2ℓペットボトルが二本に、

 チェーンソーと、

 伐倒(ばっとう)に必要な(くさび)にそれを叩くためのハンマー、

 もとい、振るのにこれまた振りやすい手斧(ちょうな)

 これだけの装備を持って山の中を歩くのだ。

 春を感じられるはずもない、

 ただ熱さのみを感じる地獄だ。

 春も暑ければ秋も暑く、

 夏などそれ以上の地獄。

 雪が降っても降らなくても汗をかくという、

 地獄しかない現場。

 それが林業であり、

 そこで働く戦士、


 それこそが山の(たくみ)山師(やまし)と呼ばれる()()だ。


 幸い、残業などはなく、

 平日に雨が降って現場に入れなくなって土曜に出勤ということはあるが、

 基本は土日が休みという、

 土日出勤に残業ありというブラック企業などとは違い、

 黒という黒を徹底的に排除された、実に白すぎるホワイトな業種、

 それが林業という、日本を支える第一次産業だ。


 ……ま、ただでさえ()()なのに、そこに()()を加えたら、な。


 地獄過ぎて誰もやろうとは思わんよな。

 とレイジはふと思い出す。


 閑話休題。


 故に、単に創造だけでは何も出来ず、

 しかし、想像でしか物事を計れない。

 では、どうするか、と思い悩んでいたのだろう。

 成る程、

 ……そりゃ、悩むわな。

 となれば、どうすればいいか……。

 一般家庭に置いているモノが置いていない。

 だから困っているということは、なんとなくわかる。

 なんとなくわかりはするが、

 しかし、

 分かったところでレイジには何も出来ない。

 考えたところで答えが出ないのならば、

 これはレイジが考えるべきことではないとしか言いようがない。

 いや、

 考えるべきことではない、ということではない。

 仕事の現場でもそれは分かっている。

 仕事上で分からないことが出てきた時、

 その時は諦めるのではない。

 自分よりも経験している年が多い人物、

 要は、

 ……先輩に訊かないとな。

 ということだ。

 諦めるということは、

 それを解決する方法が分からないから放棄するということであって、

 分かる、知っている人材に訊けば放棄せずとも解決は出来る。

 となれば、

 ……()()殿()に訊いた方が早い、かな?

 近くに居て、物知りだろう人物がいるのであれば、

 その人物に訊いた方が良いだろう。

 そうと決まれば早いもので、

『よし。ヒュンフ、今暇か?』

「えっ? 暇……ではないと思います」

『……ってことは暇だな』

 よし、

『ちょいとうちに寄ってこい』

 なに、

『すぐに終わるから』

 な?、と言いながら半ば無理やりにと言った具合で、

 レイジは背丈もさほど大きくはない少女を担ぎ上げると、

 有無を言わさずに来た道を引き返していくのだった。




『うぃ~す、ただいまぁ』

「あっ、おかえり、()()()()。ずいぶん遅かったん……、」

「よぅ、()()。おかえりさ……、」

 扉を開けながら、そう言いながら中に入るレイジに、

 中にいた二人、

 ティアナとゼクスは声を掛けて来るが、

 レイジが何かを担いでいることを悟ると、半ば口を開いた形で固まっていた。

 それを不審に思ったのか、

 どう直すべきか悩んでいたらしいミハエルがレイジに視線を向ける。

「お。やぁ、レイジ。おかえり。ずいぶん遅かったんだ……、」

 ね、と続けようとしたミハエルであったが、

 レイジに目を向けた直後、

 彼も二人と同じく固まってしまった。

 そんな三人を他所に、

『よっこらせ、っと』

 ははは、

『悪いな、ヒュンフ。怖がらせるような真似しちまって』

「……えっ?」

 ああ、いえ、

「別に問題はありません」

 それに、

()()()に運ばれたいという夢も叶いましたし……」

『……』

 ……これ、どう反応すればいいんだ?

 頬を赤く火照らせながらそういう少女に対し、

 レイジはどうすればいいんだろうと一瞬悩んでしまう。

 まだ肉体があった頃、

 あれはたしか『ダガー付き』が抱いて抱いてと五月蠅かったので、

 仕方なく肩に担ぐ様に抱いてみた時だったか。

 あの時もヒュンフと同じ反応をしていた様な気がする。

 あの時はたしか今まで五月蠅かった奴が唐突に言葉を発しなかったので、

 とりあえず、顔の前で手を振った後に頭を撫でてた記憶がある。

 まぁ、

 意識を覚醒した直後に、


「ば、馬鹿野郎!!! もっと惚れちまうだろうがい!!!! 

 乙女子心(おとめごころ)(もてあそ)びやがって!!!!!

 もっと惚れてやるかんな!!!!!!」


 そう言いながら(すね)を蹴られた記憶がある。

 それからしばらく経ってから、

 そんな出来事があったのだと『ミラー』に話してみれば、


「……はぁ?

 そんなに俺を女にさせて惚れさせてやるってか?

 ……ま、お前とこうして一回出会えたんだから、

 お前とは何処でも何度でも会えるだろうがな」


 と言いながらグラスに入っていた水を一気飲みしてそのまま手洗い場まで歩いて行ったかと思えば、

 唐突に飲んだ水を吐いて、にたりと口元を歪ませながらこちらを見ていたが……。

 果たして、あの反応はどういったモノだったのだろうか。

 しかし、

 ……あいつらとは知り合ってたからなぁ……。

 二人とは知り合いであり、

 戦友という普通の枠を超えた友人だ。

 親しくはしていたが、

 別に恋人でも彼氏彼女という仲でもない。

 あくまでも、

 友人という枠内で済むことだろう。

 だが、

 ヒュンフはそうではない。

 同じ戦場で背を預けられる信頼がある仲でもなく、

 共に互いを斬りつけ合う仲でもない。

 ただの知り合い……、

 正確にはその知り合いの娘さんという立場だけだ。

 さらに言えば、

 その知り合いとはあまり親しくもなく、

 良くて互いの顔を合わせただけという、

 それだけである。

 その程度で知り合いというのはどうなのだろうかと思いながら、

 レイジは、

『そうか』

 とだけ言うや否や、

 彼女の頭に手を置いて、

 乱暴に撫でる。

 ヒュンフは乱暴に撫でられていようが特に気にすることなく、

 ただ単にされるがままに目を細めこちらに頭を差し出してきていた。

 その反応に、

 ティアナは絶望したような何とも言い難い表情をし、

 ゼクスはゼクスでそんな彼女の意識を取り戻そうと必死に名前を呼びながら揺すり、

 ミハエルは一瞬だけ呆けた表情を取った後、

「で、レイジ。なんで、ヒュンフお嬢様をお連れしてきたのかな?」

 場合によっては、

「……僕の首が危ないことになるんだけど?」

 と訊いてきた。

 なので、

『ああ、いや。

 ちょいとヒュンフが困ってたんで相談に乗ってたんだが……、』

 これまた、

『俺にゃ、解決できんことだと思ったんで連れてきちまった』

 素直に答えた。

「解決できない?」

 いや、

「君に解決できなかったら、僕にも解決できないだろう?」

 違うかい?、と言外で訊いてくるミハエルを、

 片手で制しながら、

『しかしだな、親父殿。今回はちと事情が絡まってるみたいなんだわ』

「事情?」

『あぁ』

 別に、

『ガラクタ潰してくれだの、そういうのだったら構わんさ』

 けどな?、

『今回は()()()らしい』

「畑違い……」

『今回は俺の役目じゃなくて、技術畑の、』

 ああ、

()()殿()の役目じゃないか、ってな』

「そう思ったんなら、そうなんだろうけど……」

 でも、

「誘拐してくるみたいで誤解されるから次からは気を付けてくれよ?」

()()。気を付ける』

 と言うと、

 ヒュンフに話す様にレイジは彼女の背を押し、

 ミハエルの前に押し出した。

 その事に彼女は何事かが分からずにレイジを見上げるが、

 レイジはただ、

()()()()()

 と口にした。

()()殿()は、俺の味方だ』

 ああ、

『俺の敵でもなければ、お前の敵でもない』

 だからな?、

()()()()()

 何処にどう気を付けるのか、

 それはいまいちよく分からない説明だったが、

 彼女はその説明で理解したのか、

 コクリと頷くとミハエルに話し始める。

「実は……、」





「成る程ね」

 つまりは、

「近いうちに演奏会がある」

 で、

「それに参加する以上は練習なりをする必要がある」

 だけど、

「お嬢様のお家には楽器がない」

 となれば、

「どうしたらいいか」

 成る程、

「確かに、この案件は君だと無理そうだね、レイジ」

『……だろ?』

 一応、

『楽器店とかには連れて行ったりはしたんだが、』

 これが、

『残念ながら良いのがなかったみたいでな』

 ま、

『俺にも何で行くのか、それが今までわけが分からなかったんだが……』

 これで、

『全部が丸っと繋がったわけだ』

 うんうん、と頷く二人を他所に、

 全く話が理解できていないティアナが問い掛ける。

「ごめん、全然話が見えてこないんだけど……」

『おいおい、ティアナ。これだけ分かりやすい説明なのに、分からないって……』

 お前な、

『そりゃ、将来が心配だぞ?』

「いや、レイジ。今の君の姿を見たら同じこと言われると思うけど」

 とは言っても、

「まぁ、君は分からなくて当然と言えば当然か」

 いいかな?、

「シヴァレース殿と言えば、君たちは何を思い浮かべる?」

 その質問に、

 レイジとティアナは口を揃えて答える。

『金にはきついけどやれと言われれば何でもやるバカ親』

「節制には目がない人?」

「成る程、成る程」

 確かに、

「そういった面もあるだろう」

 だけど、

「君ならどう答えるね、ゼクス君?」

 問われたゼクスは二人とは反対に、

 ハッ、と小馬鹿にする様に鼻で笑うと、

 表情を変えてこう答えた。


「削減できるなら徹底的に減らす削減魔人」


『……えっ?』

 ……いや、お前がそれ言っちゃっていいの?

 えっ、それいいの?

 レイジは確かめる様にミハエルに視線を向けるが、

 ミハエルはただ半笑いを浮かべるだけに終わる。

 ……あぁ、()()()()()()……。

 成る程ねぇ、とレイジは全てを理解した。

「要するに、()()()()()なんだ」

 つまり、

「減らせるところがあれば、徹底的に減らす」

 それが、

「自分の名誉だろうがなんだろうが、全てを捨てて、だ」

 現に、

「彼の屋敷にはメイドというメイドや、」

 そう、

「執事という執事という従者の姿はない」

 何故か?、


「それは、騎士学校の宿舎に回す予算を削る為に、

 自分の屋敷を学生たちの寮にしているからなんだよ」


『でも、それ、逆に面倒が増えるんじゃね?』

「いや、これがそうでもなくてな、()()

 現に、

「あそこに住んでる連中は、屋敷を綺麗にしようと躍起(やっき)になって、」

 ああ、

「年に三度か四度、下から屋根の表まで徹底的に掃除をやってるし、」

 それに、

「護衛役の騎士なんて、

 突っ立ってるだけじゃなくてほぼ毎日掃除するのが仕事、」

 とか、

「んなあること、ないこと言われてるんだぜ?」

 おかげさんで、

「掃除するだけなら、そこらの兵士にゃ負ける気はしねぇな」

 それこそ、

「帝国の機動兵乗りにはな」

 というゼクスに賛同するように、

 ティアナも思い出した様に口にした。

「そう言えば、

 義母(おかあ)さんがなんか義父(おとう)さんとこに回す予算がどうとか、」

 なんか、

「言ってた気がするんだけど、」

 これって、

「関係あったりする?」

「ああ。その話なら、

 材質と武装の変更でどうにかなるから大丈夫だ、ティアナ」

 大丈夫、大丈夫、と、

 両手を上げながらミハエルは言う。

 しかし、

 ……それ、逆にやべぇって言ってね?

 どうなの、それ、とレイジはぼんやり思いながら見ていた。

 口には出さなかったが。

 そこでふと、足元にいる少女が何も発することなく静かにしていることに、

 レイジは今更ながらに気が付いた。

 とは言えども、

 ……父親の文句言われりゃ、そりゃ言えなくなるか。

 そりゃそうだわな、と思いながら、

 話題を変えるためにわざとらしく咳払いをする。

 そして、

『……で、だ』

 それで、

『どうにか出来るか、()()殿()?』

「どうにか出来るかと言われても、どうにも出来ない、」

 と、

「そう言いたいところだけどね?」

 ()()()()()()()

「どうにか出来るかもしれないんだな、これが」

 ハハハっと腕を広げながら自慢げに笑うミハエルだったが、

 それに対してティアナとゼクスの二人は不審に視線を投げかける。

()()

 ここに来てから、()()はあんたが鍵盤なんざ触ってるとこなんて見たことないぞ」

「うん。私も見たことないんだけど」

 それこそ、

「どうするの、義父さん?」

「はははは……、」

 いや、

「いやね、君たち。そこは僕を信用してくれないかな?」

「とは言っても、信用出来るのは()()だけだからなぁ……」

「義父さんが作ったのを使ってるの、()()()()だけだし」

「なにそれ」

 僕の、

「僕に対する扱い、酷くないかい、君たち!!!?」

 まぁまぁ、とミハエルを(なだ)めつつ、

『心配すんな、()()殿()。あんたのことは、』

 あぁ、

『俺が一番信用も信頼もしてる』

 だからな?、

()()()()()

「レイジ……」

 少し涙声になりながらも、

 ミハエルはレイジの言葉に強く頷く。

「そうだね!!!! 一番信頼してくれる君がいるんだ!!! 気にするモノか!!!!」

 よしっ!!、と気合を入れるミハエルに、

 レイジはうんうんと頷いてから、

『で? どうするんだ?』

「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれたよ、レイジ」

 実は、

「昔、ふと気になって作った鍵盤の型があるんだ」

 何処に仕舞ったかな、と言いながら、

 ミハエルは倉庫へと足を伸ばす。

 その様子を横目に、

「……()()()

『あっ? どうした、ヒュンフ?』

 こちらに顔を合わせる少女に、

 レイジは視線を合わせる様に屈みこむ。

「先ほどはありがとうございました」

『あ~、そのことか。まぁ、なんだ』

 アレだ、アレ、

()()()()()

 あぁ、

『よく言うだろ? 困った時はお互い様だって』

 だからな?、

()()()()()

 お前が気にする必要は全くないさ。

 困ってるお前を俺が助けたくてここに来て、

 何も出来ない俺に代わって()()殿()が動いた』

 そう、

『……それだけの話さ』

 と言うと、

 レイジは彼女の頭をゆっくりと、

 優しく撫でた。

 そこで何かを思い出したのか、

 ヒュンフは口にする。

「お父様も言っておりました」

 そう、

「困った時はお互い様だ、と」

 えぇ、

「我々は国のために戦っているのではない。

 人のために戦っているのだ、と。

 民がいるから畑があり、

 畑があるから騎士がいる。

 騎士がいるから、国があるから、人がいるのではない。

 人がいるから、国があるのだ、と」

『人が国を築く、ってか』

「えぇ。

 人が国の下にいるのではなく、

 国が人々の下にいるのだと」

 故に、

「民が尽くして、下にいる我々が尽くさぬのはおかしい。

 身を削るのは民ではなく我々、貴族なのだとも」

 えぇ、

「お父様はよく仰られます」

『……強い人間だな』

「えぇ。自慢のお父様です」

 そう語る少女は、

 本当に自慢なのだろう、

 笑顔を見せながらそう話す。

 ……成る程な。

 そりゃ、強くなるわけだわ。

 自慢の親父が自慢の国に尽くしてるんだから。

 確かに、そりゃ、

『……()()()()()()()()()

「負け……?」

 そんな強い父親がいるのに鍵盤が欲しいから買ってくれなどとは、

 口が裂けても言えるはずもない。

 成る程、

 この小さな少女も己の大きな目標に戦いを挑みたくなるというのも理解できる。

 ……高い壁にゃ挑みたくなるもんだって、()()も言ってたが……。

 こりゃたしかに、

 ……男も女子も関係ないみたいだな。

 と言っても、

 あの人はあの人で壁を吹き飛ばす勢いで突っ込んで、

 拍子抜けとばかりに頭を掻きながら戻って来そうだが。

 そう思うと、

 レイジはもう一人の自分の師を思い出す。

 ……あの人もあの人で大変なことやってるみたいだし。

 いや、ほんと、

 ……俺って女運なさすぎじゃね?

 どうなのかなぁ、と頭を捻るレイジを心配そうにのぞき込んでくるヒュンフ。

 そんな二人を他所に、

「お~、あった、あった」

 と言うミハエルの声が四人の耳に入ってくる。

 そして、声のする方へ足を伸ばしてみると、

 なにやら埃の被った大きな鍵盤らしい外見をしている何かがそこにはあった。




『……なんだ、それ?』

「ふっふっふっ。よくぞ訊いてくれたね、レイジ」

 これはね、

「僕が昔に立ち寄った飲み屋で会った綺麗な女性をどう口説くべきかと、」

 そう!!

「悩んだ末に考え出した結論さ!!!」

「……あ~、一応、訊くけどどうやんの?」

 そう話すミハエルを見る、目元が怪しくなってきたティアナを横目に、

 渋々(しぶしぶ)ゼクスが疑問を投げかける。

 その疑問に、

「よく訊いてくれたね、ゼクスくん!!!」

 指を鳴らしながら嬉しそうに言うミハエルに、

 悲しいかな、ティアナの様子は目に映らなかったらしい。

「僕は考えた!!! 女性は鍵盤を華麗に()く男に弱い!!!!」

 ならば、


()()()()()()()()()()()()()()()!!!」


 だけど、

「けれど、悲しいかな。

 僕にはそんな知り合いはいないし、そんな伝手(つて)すらもない。

 ……では、どうしたらいいか。

 僕は悩んだ。それはかなり悩んだとも」

 そして、

「思い浮かんだ!!!

 だったら、鍵盤を作ってしまえばいいさ、と!!!!」

 ……いや、作っても使い方知らなきゃ意味なくね?

 男としてはその気持ちは、

 まぁ、分からなくもな……いや、

 分からないが。

 レイジは口にはせずに、ミハエルの言葉を待った。

「だけど、ここで問題が起きてしまった。

 鍵盤の外見と盤を作るのは良かったんだけど、

 盤を引く弦がどうなっているのかが分からなかったんだ」

 だからね?

「盤を押すのはいいんだけど……、」

 適当に押す。

 しかし、音は鳴らずに盤は沈み込んでから、ただただ元の位置に戻るのみ。

「肝心の音が鳴らない欠陥品となってしまったわけだよ」

 やれやれ、と肩を竦める。

 彼が何を言おうとしてるのか、

 レイジは理解する。

『……つまり、だ』

 ()()殿()

『要は、()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()?』

()()()()、レイジ」

 そう、

「音は出ないんだけど、練習なら十二分に不足はない!!!!」

 それこそ、

「今抱えている問題には打って付けだと言ってもおかしくはない!!!!」

 バッ、と両腕を広げヒュンフに視線を向ける。

「どうでしょう、ヒュンフお嬢様!!! 

 貴女が求めてる解にこれまでなく適していると思いますが!!!!!」

「……でも、音が出ないんですよね?」

 それって、

「明らかに問題点が浮かび上がっていると思うんですが……」

「ですが!!!! これは!!!!

 弦がないというだけでそれ以外の問題点はありません!!!!」

 それに、

「こちらに寄っていただければいつでも使うことが可能です!!!」

 そう!!!!、

「立ち寄って下されば、いつでも使っていただいてよろしいんですよ!!!!」

「えっ。……いや、でも……」

 困った様子でレイジに視線を向けてくるヒュンフに、

 レイジは静かに頷いた。

()()殿()。音が出ないだけで使えるってのは分かった』

 だけどな?

『いくら何でも音が出ないのは致命的としか言えない大問題だ。

 そこを解決しなけりゃヒュンフも困る』

「それじゃ、君ならどうするって言うんだ!!!!」

()()()()()()()()()()()()()だろ?』

 だったら簡単だ、


『……()()()()()()()()()()()()


「音が出る位置……?」

『あぁ、そうだ』

 いいか、

『音が出ない以上は何処を押せばどんな音が出るのか、

 それが分からねぇ。

 そうなったら最後だ。分からねぇ位置適当に押して練習して、

 本番で大恥かくことになる』

 ってなれば、

『うちの可愛い可愛いヒュンフに恥かかせたのは、

 どこのどいつだって話になるわけだ』

 そうなれば、

『あの親バカがどんな顔で来るのか、今から想像するだけでぞっとするぜ』

 だけど、

『音が出る位置さえ分かっちまえば、

 音は出なくてもただ押すだけの簡単な作業だ』

 そうすれば、

『本番で下手するこたぁねぇ。

 大恥もかかねぇ。

 ()()()()()()()()()()()()()

 めでたし、めでたし、ってわけだ』

「成る程!!!! 確かにそれなら問題ないね!!!」

 よし!!!、

「そしたら、僕が今から調べて来るよ!!!!

 明日の朝には書き終わってると思うから!!!!」

『いや、()()殿()

 今からそっちに掛かられるとちと困るんだが……』

「あぁ、大丈夫、大丈夫!!!

 ちょちょいとすぐに終わらせてくるから!!!」

 口にするや否や、

 ミハエルは駆け足で倉庫を後にする。

 そうして残された四人は、

 ただ静かに立っていたのだった。

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