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第十三話 英雄神との邂逅

 ……()()か。

 意識はある。

 自分がどこの誰で、先程までどうしていたのかを知っている自分がいる。

 知っている以上は、自分は、

 ……()()()()、ってことだよな。

 そう、生きていると考えて間違いはないだろう。

 ただ、

 ……あの()()()()に、

 最後の最後まで取っておいたのになぁ……。

 両腕を食い千切られ、最後に残ったのは上半身と下半身、その二つだけだ。

 たったそれだけでどうにかは出来るはずはない。

 武器はなく、両腕もない。

 その状態で、どうにか出来るはずはない。

 そう、出来るはずがないのだ。


 ()()()()()()


 ()()()()()()()()()男、

 レイジにとってはたった三年弱という長いように思えて、

 限りなく短い間でどうにかすることが出来、その技を、

 いや、

 技と言っても自爆覚悟での特攻であるから、技とは言えないかもしれないが、

 一応、『()()()()』の()()が使っている技には技名が付いているので、技だと言ってもおかしくはないだろう。

 たぶん、

 きっと、

 メイビー。

 その技を使う様になってからというもの、

 自分の装備と、普段の戦い方で対処できなくなった場合のみ使うようにはしていたのだが、

 ……まさか、効かない野郎がいるとはなぁ……。

 まさかなぁ、とレイジは唸る。

 確実に効果があるであろうと思ったのだ。

 今までも、効果があったのだ。

 であれば、効果があると思ってしまうのが、

 考えてしまうのが人間という生き物であり、

 人間ならでは、

 というより生き物であれば、当然の、

『慣れ』というもので、

 ……慣れが怖いってのは、分かっていると思ってたんだがなぁ……。

『慣れ』というものが、己を殺すものであると、

 そうレイジは知っていた。

 いや、


 ()()()()()()()()()()


 事故死率がどの職業よりも飛び抜けて高い職業で有名な林業関係の会社に勤めており、

 林業従事者として生きていたのだ。

 故に、

『慣れ』というものがどれほど恐ろしく、どれほど危険であるのか。

 それを自分は意識出来ていた。

 意識出来てなければ、

 自分は仕事中で命を落とすことになる。

 その為に、

 仕事中は、自分も周囲も死なない様にと、死期に向け殺気を飛ばし、危険を見逃さない様にしていたのだ。

 とは言え、

 ……普通に車に跳ねられて死んだ野郎が言える台詞じゃぁ、ないわなぁ……。

 仕事中に起きた事故ではなく、

 仕事外で起きた事故で命を落とす。

 これを一言で表すとするなら、

 ……『油断大敵』、ってか。

 その油断も、『慣れ』から起こるものであるのであれば、

『慣れ』を危険視していた自分が、

 仕事外だからと、

 山ではない町中で死ぬことはないだろうという気を抜く生活で起きた『慣れ』によって、

 命を落としたのだ。

 そして、もう二度と命を落とすことがないことに『慣れ』てしまったが為に、

 自分は再び命を落としてしまったのだ。

『慣れ』を危険視していた人間が、

『慣れ』で死ぬ。

 ……とんだ皮肉だよな、これ。

 ともすれば、自分は『慣れ』を起こすべきではないと考えるべきなのだろうが、

 しかし、『人間』である以上は『慣れ』が起きてしまうモノなのだ。

 となれば、『慣れ』を引き起こさない様に人間ではないモノになるべきなのだろう。

 だが、いくら自分が人間ではないと考えていたとしても、

 自分が人間だった記憶がある以上は自分は人間でしかなく、

 人間としての習性は消せるものではない。

 であれば、自分が人間であった以上は人間であることを捨て去ることは出来ないだろうし、

 自分が人間であったが為に『慣れ』を引き起こしてしまうはずだ。

 ということはつまり、

 ……いくら考えても意味がねぇ、って、

 そう、

 ……つまりは、()()()()()()だよな。

 と結論付けることにして、

 意識を戻す。

 自分が死んでいる、と。

 そう仮定すれば、自分がこう考えているということは、

 異常であり、

 つまり、おかしいわけだ。

 しかし、自分はそのおかしさを既に一度経験している。

 そう考えれば、

 ……今、修理中ってわけかな?

『シュツルム・アインス』が大破してしまった以上は、

 ()()を違う身体に移している最中だろうか。

 あの状態を見て、ミハエル達がどうの様に思っているのか、

 それを考えると、

 ……悪いよなぁ……。

 申し訳なく思うのはおかしくはないだろう。

 そこまで考えて、

 ふと視線を落とす。

 すると、

 ……あっ?

 金属ではない、

 ()()()

「なんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

懐かしく思ってしまう生身の身体がそこにはあった。




「いやいや、ちょっと待て。いやいやいやいや、ちょっと待て。

 ちょっと待って、ちょっと待ってくださいよ」

 何故生身なのか、レイジはそこを意識したのだが、

 そもそもの話が、


 ……なんで俺、全裸なんだよ……ッ!!!


 服を一枚も着ていないことに何故か、

 レイジの意識は向けられていた。

 肉体は、仕事をしていた当時よりも少し引き締まっていて、

 脂肪分がなくなり、やや筋肉が目立つか。

 いや、

 筋肉量のバランスは全体的にまだ生きていた当時よりも多くなったように思える。

 レイジの身長は、当時から高くはあるが、

 それほど高いというわけではない。

 高校時代であれば、後ろから数えた方が早いというものではあったが、

 柔道部に所属している者達と比較すれば、

 ()()()()()と言える程度だ。

 とは言えども、

 ……180はいきたかったんだけど、今、いくつだろ?

 身長が180手前だということは憶えてはいる。

 昔懐かしく思う()()()()()()視点から見る、

 その光景を見ながら、

 レイジは今の身長がどのくらいなのだろうかと、

 そうぼんやりと思いながらも、

 ……にしても、

 今、自分が立っている空間に妙に見覚えがあるな、と感じていた。

 仕事をするために住んでいた場所ではない。

 そもそもの話、あそこは家ではなく、

 下手を口にすれば、単なる平屋、

 一階だけしか存在していないはずだ。

 二階という存在があるとすれば、

 ここは仕事で住んでいた平屋でないと結論付けることが出来る。

 ならば、ここは四国ではない何処かという結論が出るのだが、

 四国以外の何処かとなれば、他の選択肢は限りなく少ない。

 高校卒業後に住んだところは首都圏内、

 首都である東京の隣、

 特撮番組のロケ地で有名な、

 ネズミがいる夢の楽園を置いている県しかないが、

 記憶している限りではあそこは狭苦しく思えるアパートの一部屋であり、

 ()()()()()()()()()

 とすれば、

 と考えて残るのは候補はほとんどない。

 扉を開け、外に出てみれば、


 そこには、かつて過ごした色があった。


 ……マジか。

 マジでか。

 そうなのか。

 マジでそうなのか。


「……ここ、俺の実家かよ……ッ!!!」





 場所が分かれば、何のその。

 今まで過ごしてきた習慣で、自分の着替えを見つけると、レイジは着替えを済ませた。

 ……とは言っても。

 なんで、実家にいるのかが分からないわけだが。

 いるとすれば、四国の山奥にいるはずなのだ。

 それがどういうわけか、実家とはどういうことなのか。

 そして、一番訳が分からないのは、

 ……どうすればいいのか、ってことだよな。

 自分が何をすれば、いいのか。

 これがゲームであれば、何かしらのクリア条件があるはずだ。


 ()()()()()()()ではない。


 現実(リアル)だ。


 とすれば、クリア条件などというモノはあるはずもない。

 元に戻る法則がないと考えると、もうあの世界には戻れないことになるだろう。

 しかし、元に戻れなければ、あの世界にいる面々では、

 あの狼に対しての対抗策を取るのは難しいだろう。

 ただでさえ、あのガラクタに苦戦しているのだ。

 それが異常に強い狼になれば、けた違いになる。

 そうなれば、誰も対抗など出来ないだろう。

 としても、

 ……とりあえず、だ。

 やることを変えない方が良いだろう。

 やることをやらなければ、帰られた時に身体が鈍ってしまう。

 だとすれば、

 ……走るか。

 日課に取り入れているランニングをしよう、とレイジは決意したのだった。




 ……? なんだ?

 過ごした場所だと分かれば何のその、

 走るコースは大まかではあるが、脳内で設定できる。

 まぁ、設定したところで山の中にある時点で、

 何処を走ったところで基本坂道でしかないわけだが。

 それが下り坂か、上り坂かどちらかという話なのだが。

 しかし、ただ単に無心に走っていただけなのに、突如として、レイジは違和感を感じる。

 誰もいないただ一人だと思っていたのに、何処からか見られているという違和感だ。

 その違和感は何処から感じるのだろう、

 そう思って視線を上に向けると、

 ……誰かいる……?

 誰かは不明だが、何やら建物の屋上、

 あの建物は確か小学校だったか、

 幼少期に過ごしたここに一つだけしかない学校で、

 小学校以外はない為に、卒業すれば、山を下りるしかない、

 故に、ここにあるのは小学校のはずだ。

 今も、

 いや、

 記憶の中で色褪せることなく存在しているその建物の、

 その屋上。

 誰もが入りたくも入り方が分からないが故に、誰も入ったことがない、その屋上に。

 とすれば、

 ……誰かいるのか?

 そう思ってしまうのは、必然だろう。

 そう思えば、レイジの足は自然のことに、かつて過ごした小学校に向かっていた。




 向かうとなれば、あとは簡単だ。

 小学校に在籍していた時、

 冬の時期に毎年やっていた学内マラソンで走っていたのだから、身体が忘れることなど当然なく。

 ものの数分で坂を上り切っていた。

「……んで、あれはどこぞの誰ですか、って話になるわけだが」

 そして、レイジは当然のことながら息を切らすことはなかった。

 それは当然だと言えるだろう。

 坂道などは一切なく、平坦そのものの道を毎日走っていたとはいえ、

 ああなる前は仕事で借りていた部屋がある場所はここと同じく山だったのだ。

 そこで勤め始めて慣れてきたところから早二年。

 その二年間は一日も休むことなく、ほぼ毎日走っていたのだ。

 台風や大雨などで、途中、道が無くなって走れなくなったりして、

 大雪で吹雪いていた頃はと言えば、途中まで走って、あまりもの寒さに耐えられずに戻ったが。

 それ以外の日には、走れていたのだ。

 レイジの動きを見ていたのだろう、

 何処からか、声が向けられる。

「ほぅ。中々良い走りをすると思えば。……そうか、そうか」

 屋上から、下りる気配。

 銀の色彩を纏った誰かがスタッと、レイジの前に降り立つ。

 そして、顔を上げれば、

「主がフェンリルとやり合った若造か」


 ……誰……?


 見覚えが全くない女性がそこにいた。

 首に巻かれた赤いマフラー、

 いや、

 スカーフに近いモノだろうか、

 上体には赤が主体であり、その下に青色が見える。

 下体には青……、

 いや、

 紺に近い深い青の、ぼろぼろになった半ズボンから僅かに見える黒、

 恐らくは、

 ……スパッツか!!!

 向こうの世界にはゴムというモノは限りなく少ないので、

 言うのであれば、スパッツに近いなにかになるだろう。

 そして、背から見える銀の色彩、

 腰まで伸ばした銀髪、

 そして、両の拳には手を守るグローブらしきもの。

 彼女の腰回りには何もなく、

 動きの束縛を計るモノはない。

 となれば、

 ……俺と同じ、近接系、か。

 或いは、と考えるべきなのだろうが、

 彼女の動き、身体に付けられた程よい筋肉、

 そして、全くと言い程付いてはいない脂肪。

 成る程、

 考えてみれば、確かに近接系のスタイルと考えるべきだろう。

 だとすれば、

 レイジが取るべき手段は一つ。

「……えっと、何処のどちらかお名前を御聞きしてもよろしいでしょうか?」

 名前を訊くに限る。

 強い相手の名を知ることは、明日の自分に繋げることになる。

 だが、

 名前を知らなければ、その頑張りは次に戦おうとした時に見つけるまで無駄になる。

 であれば、

 早いうちに分かった方がいいに決まっているのは当然の話だ。

 彼女は、その問いに対して一回、ふむ、と考える。

「……まぁ、儂の名を聞いたところで下界の連中は違う名で覚えられてるからのぅ……」

 別に、

「まぁ、真名(まな)を教えたところで構わんじゃろ。……うん」

 ……真名? なにそれ、おいしいの?

 レイジがそんなことを思っているのを他所に彼女は、うむ、と頷いて、

「……いや、それはいかんじゃろ!!」

 ……はっ?

「人から名を訊くときは、己からということを知らんのか、お主は!!」

 ……あっ、そういうこと。

 思い出したようにそう言う彼女の頬が僅かながら朱が入っていたことは気のせいだということにして、

 レイジは、

「レイジ。俺は松田レイジと言います」

 まぁ、

「知り合いからは『ヌル』なり、『グレート』なり、」

 あとはまぁ、

「『ヌル・グレート』なりと呼ばれてます」

 と言うと、レイジは腰を折った。

 それに引かれたように、彼女は、

「そうか。主はレイジと言うか」

 そうか、

「であれば、儂も名乗るとしよう」

 胸を張る。

「儂の名は、テュールと言う」

 ま、

「其処らにいるしがない冒険者、と覚えて貰って構わんぞ」

 ……テュール? あれ、何処かで聞いたことが……。

 あれ、何処で聞いたっけな……。

 確か、こっちにいる時には聞き覚えがないから……、

 そうなると、向こうにいる時に聞いたことになるんだけど、

 ……あれ? 何処で聞いたっけ?

 ありゃ、何処だっけっかな、と悩むレイジの様子を、

 彼女は、

 テュールは不審に思ったのだろう。

「どうした、レイジとやら。何か調子が優れんのか?」

 と訊いてきた。

「いや、別に調子とかどうってことはないんですが……、」

 ってか、

「ここが何処なのか、よく分からないんですけど」

「お? なんだ、そんなことか」

 なに、

「ここは主の記憶の奥底にある、」

 まぁ、

「心象風景、とでも言うておこうかの」

「心象風景……」

 あっ、

「もしかして、意識とかのずっと向こうとかにあるって言われる集合的無意識とか、」

 そういう、

「そういう心理的なモノだったりします?」

「いや、そげんな言葉で言われても儂には分からんが……、」

 おおまかには、

「合ってるじゃろうな、うん」

 多分じゃが、と彼女は言外に口にする。

「成る程ぉ~、そうなんですねぇ~」

 はっはっはっ、とレイジは笑う。

 とその笑いに釣られたように彼女も笑う。

 だが、

 数分も経たずにレイジは落ち着きを取り戻すと、

「ってことは、あんたいることがおかしいじゃん!!! バカか!!!」

 彼女にツッコミを入れた。

「はっはっはっは……、はっ? そうなるかの?」

「いや、人の無意識下に入れるってこと自体おかしいですし、」

 そもそも、

「しがない冒険者が何で人の無意識に入れてるんだよ!!! おかしいだろ!!!」

「……おかしいのか?」

 ふむ、

「……大抵じゃと、先の説明で納得するんじゃが……」

 チラリとレイジを見る。

「……おかしいかの?」

「いや、おかしいから」

 そもそも、

「現実世界自体が多くの人間が、現実だと思って見てるから存在するのであって、」

 普通は、

「誰かの胸の中で存在する空想世界で、人は成り立ってるんですよ」

 それなのに、

「そこに自分以外の誰かが入れるってことは、この世界は自分じゃない、」

 そう、

「自分以外の誰かが見てる他の世界ってことになるわけで、」

 そこに、

「そこに入れるってことは十二分におかしいんですよ」

 そうなると、

「貴女は人間という種を超えた何かということになる」

 さぁ、

「貴女は何者ですか!!!」

 ビシッと指を差すレイジだったが、

「……何者か、と訊かれてもの」

 ため息交じりに彼女は話す。

()()()()()()()、としか言えんのじゃ」

 そう、

「……()()、の」

「今は……?」

「そう、()()、じゃ」

 彼女は今は、と言った。

 つまりは、昔はそうでなかったのか。

 あるいは、

 ……これから、何かになるのか、ってことだよな?

 そう考えるしかないだろう。

 レイジが考えていることを悟ったのか、

 彼女はやれやれと、肩を竦めた。

「まぁ、なんじゃ。ちと、()り用があっての」

 故に、

「下界に落とされたとでも言おうか」

「下界……?」

「そうじゃ」

 頷く。

「言ってみれば、まぁ、滑稽じゃと思うじゃろうが」

 要するに、


「儂は神じゃ」


 ……神。

 そうか。

「……成る程」

 彼女は自身のことを神と言った。

 これが、現実であれば、彼女は周囲から笑いものにされるだろう。

 しかし、

 ()()は現実ではない。

 現実という意識出来る世界、その下にある無意識、

 誰もが踏み入れることが出来ない絶対的領域。

 そこに、自分以外の存在がいて、

 その存在が自身を神だと言っている。

 成る程、

 これは笑い話には出来ないだろう。

 故に、

「……信じましょう」

 ぴくりと自身を神だと言った彼女の眉が動く。

「……構わんのか?」

「構わうも構わないも、ここは俺しかいない世界で、」

 そして、

「自分以外の存在がいて、」

 しかも、

「自分のことを神様とか名乗ってちゃ、信じるしかないでしょうよ」

 レイジは信じようと思った。

 神というモノをレイジは信じていない。

 もし、神がいるのであれば、何かがある度に祈らなくて良いのだ。

 その神という存在に頼めばいいのだから。

 しかし、神という存在はいない。

 いないが故に、人々は自身が信じる神という存在に祈るのだ。

 起きうるかもしれない奇跡という存在を信じるが故に。

 だが、これは信じるか、信じないかという次元ではない。

 意識出来ないが故に存在している無意識、

 そこに自分以外の誰かが入れるということ自体があり得ないことであり、

 こうして会話が出来ているというのが異常なのだ。

 そして、異常と接している以上は、その異常がどういったものだとしても、

 信じるしかないだろう。

 そこまで考えて、

 レイジはため息を吐く。

「……そんで、その神様が下界の人間に何用ですか?」

「なに、ちと気になってな」

 ……気になる?

 何処が気になるというのか、そこが気になるところではあった。

 しかし、彼女は、

 テュールと名乗った女性は話を変える様に、

 話し始める。

「儂ら、神という存在はの」

 そう、

「こことは異なる世界、」

 言の葉で表すとすれば、

「天上界」

 まぁ、

「呼ぶのであれば、()()()()()

 ……とでも言うておこうかの」

 そこに、

「其処に多くの神々が住んでおる」

 ……じゃが、

「ちと問題を起こしてのぅ……」

 ため息と共に、彼女は肩を竦めた。

「まぁ、問題というても大した……、」

 いや、

「……大きな問題だったわけじゃ」

 そして、

「今はこうして下界で善行に取り組んどるわけじゃが……」

 ここで、

「ここで新たな問題が降りかかっての」

 ああ、

「それに取り組もうとしたところに、それに立ち向かって行った死にぞこないがおっての」

 ……成る程。

「つまり、その死にぞこないってのが……」

 レイジの言葉に、彼女は頷いた。

「主じゃよ、レイジ」

「……成る程」

 つまり、彼女は善行に取り組むことで上、

 天上界に昇れるので、次から次へと取り組んでいた。

 そして、新たな任に取り組もうと思ったら、

 目の前にボロボロになっていた死にぞこないがいたので助けよう、と思った……らしい。

 であれば、

「俺はどうすればいいんです?」

「なに、簡単なことよ」

 両腕、首を大きく回して元の位置に戻す。


「儂から()()()()()()()()


 ……は?

 一本とはどういうことだろう。

 運動部、柔道や剣道で一本と言えば、相手を投げるか、相手の頭を捉えるか、

 その二択だが、しかし、ここは地球ではない。

 ()()()だ。

 異世界で言うところの一本が何を示すのか、それをレイジは全く知らない。

 それに、だ。

 一本を取ろうにも、レイジの得手である柔道に持ち込もうにも、

 今いるグラウンドには畳がない。

 畳がない以上は一本の取り様がない。

 果たして、彼女はそこを理解できているのだろうか。

 そう気になったので、彼女を見やれば、

「……? 何をしておる。ここは主の世界ぞ」

 まさか、

「主の世界では、その服装で戦い合うのが普通だとは言いまい……?」

 どこか驚いた様子で言う彼女の言葉に、レイジは違和感を覚えた。

 ……()()()()()()

 先程、彼女の言った言葉を信じるのであれば、

 この世界はレイジ自身の無意識の中にある心象風景であということで、

 それが意味するところはつまり、

 ここはレイジ自身の世界だということだと言えよう。

 ……だとすれば……?

 違和感を確かめる様に、レイジは想像する。

 自分の世界だというのであれば、その世界を変えられるのもまた自分の他いないはずだ。

 であれば、この現場を自分の戦いたい様に変えることも出来るはず。

 そう思い、考えてみれば、

 果たして、そこに現れたのは縦横、正方形を描く様に敷かれた畳だった。

 ……ってことは。

 現状の、戦いにくい服装から、

 現役の、戦いやすい服装を想像する。

 そうしてみると、

 一瞬、光に包まれたかと思えば、

 レイジの服装は現役時代に着慣れた道着姿へと変わっていた。

 右胸には高校名が、

 背中には自身の名前と所属校名が書かれたゼッケンが。

 腰には、かつての師匠から、


「とりあえず、段は取っておけ。そうすれば、黒帯取れる」

 な?

「いつまでも部長が白帯だと周りから舐めて掛かられる」

 まぁ、

「油断を誘おうとしてるんなら、それでもいいが」

 けど、

「本気になっていない相手を投げるより、本気の相手を投げた方が気持ちが良いと、」

 あぁ、

「お前も思わないか、松田?」


 と言われ、それだったら取ってみるかと思って段を取って、

 それから禁止技を、

 厳密には禁止技にはなっていない技だったが、

 試合中に掛けて参加権を消されるまで巻いていた黒帯があった。

 ……ああ。

 ああ、そうだ。

 ……これでいい。

 これで、

 ……これで。

 ようやく、


 ……()()()()()()


 深く息を吸って、

 ゆっくり、

 身体の芯から外に向かって、

 全てを吐き出す要領で息を吐く。

 そして、

 吐き切ったあとに、

「……っしゃ!!!」

 レイジは気合を入れて、戦場である舞台に上がった。



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