第十一話 白き疾風の微睡
「……で、ゼクス君。レイジがこうなった、ってことはまたアレをした、っと」
そういうことで、
「いいのかな?」
台の上に置かれた少し焦げ目がついた白い身体の機体、
『シュツルム・アインス』を見ながら男性は、
ミハエルは隻眼の女性に、
ゼクスに問うた。
その問いにゼクスは、
苦笑いを口元に浮かべる様にして、
答える。
「まぁ……、そういうこったな、総大将」
でも、
「大将のことはあんま悪く言わないでやってくれ。
あん時、大将がいなかったらオレもお嬢もヤられてたんだ。大将がいてくれたから帰って来れたんだ」
だから……、
と言外で言おうとするゼクスを、
ミハエルは片手を上げることで続きを止めた。
「ああ。それは分かってる。キミやティアナを守るためにやむを得ずにってことでやったんだろうさ」
だけど、
「僕としてはもう少し、」
ああ、
「せめてもう少し位は自分の身体を大事にしてくれないと困るというかだね……」
そう口にするミハエルの前で、
先程まで何もなかった顔があるところに光が灯る。
すると、
その顔はミハエルたちの方を向くと、
こう言葉を発した。
『……そうは言うがな、親父殿。あの場で無茶が出来る大馬鹿野郎なんざ俺くらいしかいなかったんだぜ?』
それだったら、
『やるしかねぇってのが男って生き物だろ?』
その言葉にミハエルは肩を竦める。
「いや、そうかもしれないけどね……」
ミハエルがそう言っている内に横になっていた金属は、
レイジはそそくさと起き上がり、
床に両の足を着ける。
そうして平然と立ち上がってみせたレイジに、
ミハエルは驚いたようで、
「……って、もう起きても大丈夫なのかい?」
そう訊いていた。
その問いに、
レイジは片手で応えながら、
言葉を紡いだ。
『幸いな……、って言っても今すぐにでも戦えるか? って訊かれたらまず無理だな。本調子にはまだ全然ってところだし』
と言うと、
『で、親父殿。どれくらい寝てた?』
「えっ。う~ん、どうだろ。ほんの少し……、というには時間が経ち過ぎてる気がするし」
そう言うと、
ミハエルはゼクスに目配せをして、
「ゼクス君。どれ位かな?」
「別に、んなこと言う程には経ってねぇと思うけどな?」
ま、
「少なくとも、夜ってことはないぜ、大将」
そう言った彼女の言葉に、
レイジは現在の時刻を逆算する。
……夜じゃないってことはあくまでも、ってことで考えるとして。
確か、あのガラクタどもを相手にした時にはまだ昼も過ぎていなかったはずだ。
となると、
今訊かなくてならないのは、
『……で、昼は取ったのか、親父殿?』
「昼? うん、食べたけど」
ほら、
「ルーティアが作ってくれたのを、ティアナが持って来てくれたけど」
と答える。
その言葉に、
レイジは肩を竦め、
『親父殿……、いくら何でもそりゃないと思うぜ……?』
ゼクスに目配せする。
「いやな、大将?オレの方を見ても、オレからは何も言えねぇよ?」
いくら、
「いくら身内の仲だって言っても、オレは外野だ。外側の人間がんなことに文句言ってたら流石に……、なぁ?」
レイジの視線に、
ゼクスはそう応え、
肩を竦めた。
その言葉に、
やれやれという様に、
首を振る。
そして、
『で、親父殿? その件の……、』
ああ、いや、
『ティアナはどこ行った? ティアナが来たってことはまた部屋の掃除してるんだろうが』
と言った質問に、
「えっ。ティアナなら外だけど?」
『……なんだって?』
ほぼ結論が出ていたレイジだったが、
ミハエルの言葉を聞くと、
もう一度訊く様に聞き返してみせる。
その質問に、
ミハエルは何も不快に思うことなく、
「いや、だから、外……、」
ミハエルが言い終わる前に、
レイジは再びゼクスに目配せをし、
『ゼクス』
「あ? ……ああ、そういうことか」
何処か納得した様に言いながら、
大将、と言葉を続ける。
「ティアナ嬢なら確かに外だぜ?」
確か、
「ヒュンフ嬢を迎えに、大将の代わりに行ったと思ったが」
『それを先に言えよ、お前ッ!!!』
そう言いながら、
台から身体を降ろすレイジに、
「大将。ヒュンフ嬢の迎えに行くのはいいと思うんだが、あんまし無茶すんなよ?」
なんせ、
「さっき起きたばっかだしな」
外へ出て行くレイジの背に、
ゼクスは声を投げかける。
その言葉はレイジを気に掛けるものだったが、
そう思っているとは別に、
『気にするな、ゼクス!! 』
それに、
『ちょっと無茶したくらいで壊れるほど軟には出来ちゃいねぇさ!!』
だから、
『気にするな!!!』
と言葉を返しながら、
レイジの姿は部屋を後にする様に、
扉向こうへ消えていく。
それを見ながら、
「別に心配なんざ、端からしてねぇんだが」
と頭を掻くゼクスは、
「んで? これからどうすんだ、総大将?」
と手持無沙汰であろうミハエルに問いかけると、
「ん? ああ、こっちの方があと少しで終わりそうなんでね。 とっとと終わらせようかと」
ああ、
「そう思ってるけど?」
と先程レイジがそうであったように、
黒い機体が寝かせられた台へと向きを変えながら、
応えた。
そう応えたミハエルに合わせる様に、
ゼクスもそちらに顔を向ける。
そこにあったのは、
「ああ、大将の……」
「『シュバルツ・アイゼン』」
『黒き鉄』、
三年前の巨龍襲来の時に、
事情を知ってる者には伝説として知られている機体であり、
本来のレイジの身体だ。
その伝説は、
ゼクスも知っている。
確か、
「あの龍の野郎をたった一人で相手して、前線の部隊を支えたんだったよな」
あの時は、
「大将、ボロボロで吹き飛ばされたって聞いてるが」
そう言ったゼクスの言葉に、
「確かにね。三年前の時はそりゃボロボロだったさ」
だけど、
「なんとかして、ここまでは直すことが出来た」
と言っても、
「改良点を少しずつ加えていったら時間がやけに掛ったんで、それだったら、もう一つの……、」
「『シュツルム・アインス』、だったか?」
そう訊くゼクスの声に、
ミハエルは頷く。
「そう。その『シュツルム・アインス』を先に手を加えることにして、ってやってたんだよね」
まぁ、
「その結果、レイジが納得する域にまではなんとか漕ぎつけられたんだけどね」
レイジが納得するという言葉に、
……納得ってよりかは、妥協してる様に見えるけどな、大将。
ゼクスは声に出さず、
心の中で呟いた。
そうしていると、
視界隅に入るものがあった。
ゼクスはそちらに目を送る。
すると、
そこにあったのは、
レイジが普段使っているモノに近い形をしているが、
長い、
……大将が言うには、銃身だったか?
銃身と弾が出る口、
アレが銃身と言えばこちらは銃口と言えばいいのだろうか。
そこが妙に特徴的に見えるモノ、
アレを彼は何と言っていたか。
と考えるゼクスの視線の先が気になったのか、
彼女が見ているモノを見ると、
「ああ、アレ?」
とミハエルが訊いてくる。
その言葉に、
「何だっけか、アレ。分かるか、総大将?」
ゼクスが訊いてくるが、
しかし、
「確か、『ライフル』……、だったかな?」
と言っても、
「僕もあんまり分からないんだけどね?」
応える声に、
ゼクスは疑問の声を上げる。
「ありゃ? でも、大将、使ってるとこ見たことないぜ?」
「ああ。何でも、レイジが言うには『使おうにも使いにくくて構わない』みたいでね?」
と応える声に、
「えっ? それだったら、なんで作ってあるんだ?」
当然の疑問を問いかけた。
道具があるのは必要だからこそあるわけであって、
必要でなければ道具がそこにある意味はない。
にも関わらず、
必要ではない道具が必要と置かれているとはどういうことなのか。
そこに疑問を浮かべるのは、
当然のことだと言えた。
事実、
今ゼクスと話しているミハエルでさえも、
話を聞いた時にはそう思っていたのだから。
レイジ曰くは、
「『単発しか撃てないモノをいつまでも加工しないで置いてたら、間違って持って行く可能性がある』って、」
そう、
「レイジは言ってたよ?」
と言われた言葉に、
「なんだそりゃ?」
とゼクスは疑問し、
「正にそうだよね」
そりゃそうだ、と言外でミハエルは同意した。
一応は、
単発ではなく連射が出来るように加工はしたのだが、
加工したとは言っても新しい新品を作ってしまったのが原因なのかもしれない。
事実、
今、彼が使っている『もう一つの身体』に持たせていた、
二つの『サブ・マシンガン』というらしいモノ、
それらも後日に単発しか出ないことが分かり、
銃器の形を変えたのだ。
今持っている『サブ・マシンガン』は改良を加えた二代目の新品であり、
きちんと弾が連続して出るモノになっている。
きちんと連続して弾が出るのなら不満はないはずなのだが、
……納得はしてないみたいなんだよねぇ。
今はとりあえず、という体で使っているようだが。
とは言っても、
今はまだ本調子ではないとミハエルは考える。
レイジが本調子を取り戻せるは、
目の前に置かれているこの機体だけだ。
故に、
「出来るだけ急ぐとしますかね」
ミハエルは気合を入れる様に呟くと、
近くに居るゼクスを意識の外に置いて、
修理に専念するのだった。
ティアナの一日は忙しい。
朝は朝で、義理の兄の手伝いをしなくてはならず、
昼は昼で、施設にいる子供たちを世話している養母であると結婚した父親と呼んでいいのかよく分からない男の研究所とやらに彼女が作った昼を持って行き、
夜は夜で、義理の兄が請け負った依頼の代理をしなくてはならない。
まぁ、
依頼の代理をしなくてはならないとはいったところで、
それは時と場合によるのだが。
今は彼が動けないので、
代理という部分が強い。
忙しいと言えば確かに忙しい、
故に、
手を抜いてもいいのでは? と思わなくもないのだが、
……義兄さん、手、抜かないからなぁ。
手を抜くことなく何事にも本気で当たっている人物が知り合いにいるのだ。
そういう人物が一人いると、
手を抜きたいと思っても、
手を抜くべきではない、とそう思えてしまう。
故に、
出来ることがあるのなら出来る限りで当たろうと、
最近はそう考える自分がいることに苦笑してしまう。
その事に、
彼の影響力は強いんだな、と、
そう考えてしまうティアナであった。
そう考える彼女の目の前には、
自分とは縁が遠く、
関わることが決してないであろう場所から出てくる少年少女たちの姿が見える。
その姿を見て、
……私、明らかに部外者だよねぇ。
彼らと同じ年齢ではあるものの、
ティアナは彼らとは同じではない。
彼ら彼女らは帰るべき家があり、
共に居るべき家族がいる。
更には、
家を持つ財力がある。
そんなモノ達と、
何も持っておらず、
親に捨てられ拾われた自分たちとは雲泥の差がある。
雲の上の存在だ。
でもあったとしても、
……義兄さんの知り合いだったら、仕方ないよね。
彼と関わりがあるのであれば、
関わるのも仕方ないだろうと、
ティアナは結論付けることにする。
と考えたところで、
……そう言えば、どの子だっけ?
彼が依頼を引き受けたのは誰だったか、
そう考え、
目の前の少年少女たちの群れに目を凝らす。
彼ら彼女らの身長は自分よりも低い。
低いとは言っても子供としては当たり障りもないだろう、
ただ、自分は目の前の子らよりも動いているだけだ。
変化もなく、
当たり障りもない服装をしているというのは、
個としての特徴はないわけだが、しかし、
特徴がなければ個として生きていくことは出来ない。
と、
そこまで考えてから、
ティアナはそう言えば、と思い出す。
……確か、髪色が白で縛ってたっけ?
髪だ。
と考え、目を凝らすと、
特徴に似合う少女が歩いているのが目に付いた。
集団で動いている者たちとは違い、
一人だけ群れから離れて歩いている。
いや、
離れているのではない。
……離されてる?
距離を敢えて離して歩くことに何か意味があるのだろうか。
それは、
貴族でもなく、
家族と共に過ごしたことのないティアナには分からない。
しかし、
……まぁ、いいか。
自身よりも力のあるレイジが依頼を受けていて、
その彼の代わりにティアナはここにいる。
彼女がどう思われていようが、
どう思っていようがティアナには関係がない。
依頼は、依頼だ。
頼まれた以上はその依頼をこなすのが、
今のティアナの役目だ。
面倒ではある。
しかし、
依頼なのだから仕方がない。
いやだなぁ、と内心で思いながら白く頭後ろで結っている少女に向かって歩いて行く。
彼女に向かう途中で何人かがこちらに視線を向けるのが感じられる。
だが、
ティアナはその視線を無視して、
「……ん。迎えに来た」
「……えっ? えっと、どちら様で?」
迎えに来たというティアナの言葉に、
目の前にいる少女は首を傾げる。
どちら様かと言われれば、
レイジの知り合いと言えばいいのだが、
何となくそう言うのは癪に障る。
とすれば、
それ以外の言い方をすればいいのかもしれないが、
それ以外の言い方とはどう言ったらいいのか。
そう考えようとして、
「あれ? お兄様?」
「えっ?」
何故か、こちらの背後を見ながらそう言った彼女の言葉に引かれ、
ティアナは背後を振り返る。
すると、
白い身体をした四角い箱状のモノが砂塵を撒き散らしながらこちらに向かってくるのが目に映る。
そして、
数歩の位置にまで来ると、
箱状のモノは腕を生やし、
拳を地面に叩きつけ、
両足を伸ばして、
立ち上がる。
そうして人型に形を整えたそれは、
『よぉ、ヒュンフ。……遅れてすまん。少し寝ててな』
と自分ではない人物に目を送ると、
『ありがとうな、ティアナ。俺の代わりに、迎えに来てくれて』
こちらに視線と言葉を送って来た。
その言葉に、
「……気にしないで、義兄さん。いつも義兄さんの役に立てないから。
……こうしたこと位しか役に立てないけど」
と返すが、
『それこそ、気にするな、ティアナ』
別に、
『お前にとってはこれ位なのかもしれないが、』
ああ、
『俺にとっては十二分に役に立ってるんだ』
だからな、
『気にするな』
と口にしながらこちらの頭に手を置くと、
頭を乱雑に掻いた。
雑ではあるが、
自分にとっては嬉しくもあり、
同時に恥ずかしいと思えた。
そして、
『そう言えば、お前ら初対面か?』
今更になって気が付いたという様に、
自分と彼女に訊いてきた。
その疑問に、
「……うん」
「そうですね。初めてかと思います、お兄様」
と応え、
二人の言葉に彼はそっか、と頷く様に呟いてから、
『ヒュンフ。コイツはティアナって言うんだ。うちの母上殿のとこで世話になって、親父殿と俺の面倒を見てくれてるんだよ』
で、
『ティアナ。この子はヒュンフ。親父殿の研究に資金援助を出してくれてるシヴァレースの旦那の娘さんだ』
と二人に変わって、
レイジは二人の紹介をして、
「ティアナさん、と仰るのですね。ヒュンフと申します。以後お見知りおきを、よろしく申し上げます」
「……うん、こちらこそよろしくね、ヒュンフ」
と言葉を交わし、
「……あの、義兄さん。ヒュンフのこと、ヒュンフさんって呼んだ方がいいのかな?」
レイジに疑問の声を掛けてくる。
その彼女に、
『あぁ~、別に良いんじゃないか?』
それ言ったら、
『俺なんて最初から呼び捨てで呼んでるけど?』
「……そっか」
レイジの言葉に、
ティアナは納得したという様に口にする。
そして、
「……それじゃ、これからどうする?」
どうしていいのか分からないティアナは、
二人にそう疑問して、
その疑問に、
ヒュンフが手を挙げて提案する。
「あ、あのっ。家に向かうだけですけど、実は途中で見たいモノがありまして」
その言葉を聞いて、
ティアナはレイジを見、
レイジはヒュンフを見て頷いた。
『了解だ、ヒュンフ』
と言っても、
『シヴァレースの旦那からは、お前がやりたいと言ったことに関しては最大限体験させてやってくれ、』
って、
『そう言われてるもんでな』
だから、
『寄りたいとこがあるなら、思う存分寄って行こうや』
と応えた。
レイジの言葉を聞いて、
彼女は感極まった様子で、
「はいっ!! ありがとうございます、お兄様!!」
と返事をしたのだった。
「……あのさ、義兄さん」
『あん? どうした、ティアナ? ……ああ、いや、ちょっと待て。
お前の言いたいことは分かる。ちょいと手貸せ』
何かを言いたげにしているティアナの様子から、
彼女が何を言いたいのかを察したレイジは、
彼女に手を出す様に言うと、
肩に背負ったバックパックから財布……のようなものを取り出すと、
銀貨数枚を取り出し渡す。
言った。
『ここは俺が見てるから、大丈夫だ』
レイジの言葉を聞いて、
ティアナはため息を一つ吐いてから、
「義兄さん。……義兄さんが私のことをどう思ってくれてるのか、ってことは分かったよ?」
うん、
「最初に会った時からどう思われてるのかってことも知ってる」
……いや、
「知ってたつもりだった」
だけどさ、
「だけど、いくら何でもこの扱いは酷いんじゃないかな?」
怒気を孕んだ言い方と態度で迫るティアナに、
レイジは首を傾げる。
『えっ? 違うの?』
「うん。全然違うよ?」
と言ってから、
「私が言いたいのは、行きたいところに連れて行くと言って、連れてきた挙句に護衛役の私たちが外にいることに対してどうなのかな? って言いたかったんだけど」
『……えっ? なんか甘いの食べたくなってきちゃった、どうしようか? とかそういうのじゃないの?』
「いやね? 私が言いたいのはそうじゃなくて……、」
とティアナが口にする前に、
『だってお前、この前の時に急に甘いのが食べたくなったとか言って、食べてたみたいじゃん』
「……誰が言ってたのかな?」
『……ゼクスかな』
嘘を言おうか思ったレイジだったが、
刹那に殺気を感じ、
素直に言うことにした。
その言葉を聞いて、
「ゼクスさんか……、成程ね」
ティアナは頷く。
そして、
彼女たちの横、
ヒュンフが入って行った店に視線を送り、
「それにしても、彼女……、」
あぁ、
「ヒュンフ? 遅いね」
と口にしてみせる。
その疑問に頷きつつも、
レイジは、
『ま、楽器とかどういうのは、単純に好みの問題だしな』
一重に、
『道具ってもんは、言ってみたところで道具自体がごまんと多けりゃ、そりゃ選ぶのに時間が掛かるだろ?』
と言いながらも、
……ま、『ミラー』のヤツも俺とは好みが違ってたからな。
昔に思いを馳せる。
そう、
今二人はとある楽器店の前にいる。
なんでそこにいるのかと言ってしまえば、
『しかし、使える楽器を探したいとかどういう風の吹き回しなんだろうな?』
とレイジは首を傾げ、
その疑問に同意するようにティアナは首を縦に振った。
そうだ、
理由も特に分からぬまま彼女が探したいというただそれだけの理由で楽器店に来たのだ。
因みに。
何故、レイジとティアナが外にいるのかと言ってしまえば。
レイジはそもそもが人ではない身体の為店内で迷惑を掛けると思ったからで、
ティアナはレイジが付いて行かないのであれば外にいようと思ったからだった。
という理由で外でヒュンフを待っているわけだが。
「……あれ? もう終わったのかな?」
入り口を見てそう言ったティアナの言葉を否定するように、
『おいおい、ティアナ。楽器選びがそう簡単に終わるわけがないだろ?』
なんせ、
『自分の人生を共に過ごす相棒だぜ? そう易々とは決められねぇだろ?』
違うか?、と言外で呟きながらレイジもティアナが見る方向を見る。
そして、
『ありゃ? どうした、ヒュンフ? もう決まったのか?』
あるいは、
『もう買って来たのか?』
と口にしてから、
……いや、それは違うか。
心の内で否定する。
何かを買って来たにしては、
ヒュンフの格好は何一つ変化はない。
肩に担ぐこともなければ、
持ち歩く様子もない。
となれば、
彼女は何も買ってはいないと、
そう考えるべきだろう。
となれば、
『ああ、いや。悪い悪い。気に入ったのがなかったか』
と声を向けた。
その言葉に、
「あっ、お兄様。……いえ、そうではないのです」
えぇ、
「気になったのもあるにはあるのです」
と訳ありげに言う彼女の言葉に、
レイジは彼女がそう言った理由を察した。
『……シヴァレースの旦那か』
レイジの言った言葉に一瞬首を縦に振ろうとして、
横に振った。
「いえ、お兄様。お父様は関係ないのです」
ただ、
「えぇ。この店にあるのは、私の手持ちでは少し厳しいモノがありまして」
高いモノだと言った彼女に、
レイジは全てを悟った。
……子供の手持ちじゃ、そりゃ買えねぇわな。
親の手を借りればある程度のモノは大丈夫だとは思うが、
それでも親の手を借りたくないと思っているのだろう。
彼女のことを思うのであれば、
そう言った彼女に胸を貸すことも手としてはないわけではないだろうが。
彼女がこちらではなく、
自分の手でどうにかしようとしている、
それが大切なのだ。
彼女がこちらに何も言わないということは、
こちらも彼女に何も言うべきではないのだろう。
レイジはそう考えると、
『……成る程な』
と言葉にしてから、
流れを変えようと、
『因みに、どんなのが欲しかったんだ?』
彼女に近付き、
同じ目の高さになる位置までに腰を落として、
彼女の位置で店内を見る。
そうしたレイジの行動に、
一瞬頬を赤め、
店内を指差してみせた。
「えっと……、あの楽器です」
そう言って指差す先にあるのは、
『オゥ……、ヒュンフゥ……』
今では懐かしくも思えるピアノだった。
それを見て、
……そりゃ、子供の手には余るもんだわな。
と思ったのだった。
そして、
『ピアノって、お前。……どうした? あれ、高いだろ?』
何で買おうと思ったのか、
それが理解できずにヒュンフに訊くと、
「……お話しても、お笑いにはなられませんか?」
と言った彼女の言葉に、
レイジは平手を立てることで応え、
彼女に向きを変えることで促した。
「実を言いますと、近々に演奏会を行う様でして」
えぇ、
「その演奏会で使うのがあの楽器なのですが」
その、
「実を言いますと、あの楽器の使い方が全く理解できなくて」
えぇ、
「ですから、いっその事、買ってしまえば分かるのではないか、と」
そう、
「そう考えまして」
と話した。
彼女がそう言った言葉にレイジは全く笑うことなく、
応えた。
『一応訊くんだが、旦那には。買うってこと言ったのか?』
ヒュンフはその問いに首を横に振る。
『おいおいおい、そりゃいくら何でも言わなきゃならんぜ? 旦那は旦那で、』
ヒュンフ、
『お前のことを大切に、そりゃ大切に思ってんだ』
だからな?
『お前がそう考えているんなら、そう言わなきゃならん』
「ですが、お兄様。お父様に相談しても、お父様はお許しにはならないかと」
と応えた彼女の言葉に、
レイジは、
……まぁ、旦那はなぁ……。
納得してしまったのだった。