第十話 白き疾風
音が流れる。
人と、
物とが、
交わり重なり離れ行く、
そんな音が。
『……平和だねぇ』
そんな音が鳴り渡る街道を眺める一人の、
いや、
一体の姿が目に留まった。
白と黒の二色だけではあるが、
その二色に交じる様にして見える他の色もある。
顔になっている所には、
薄い色をした板、
ゴーグルのようなモノが張り付いている。
そんな目では見えるモノも見えないと思ってしまうのだが、
それは気にすることなく周りに視線を向けていた。
『……ま、平和を謳歌して日々を過ごしていても、
この前みたいにあの龍の野郎みたいな気分屋がやって来たりするしな』
やれやれ、
『ほんと……』
はぁ、
『泣けるぜ……』
そうやって呟く姿は人間のそれと変わっている様子はなく、
人間と同じだと、
そう言ってもおかしくはなかった。
事実、
それは肉体は人ではなくとも、
心は、
魂は人のそれと同じであった。
そんなことを独り言のように呟いているそれに近付いてくる姿が二つあった。
一つは少女のようで幼さが身体に残っており、
髪はここでは珍しいとされている黒髪を長く伸ばし、
自身よりも長い刀身をしている剣を鞘に入れたそれを腰に着けていて、
もう一人は少女と言うには年老いており、
女性というにはまだ若く、また程よい身体をしている女性だ。
もう一方の女性はざっくばらんにというより他ない適当に切ったとしか言えない短い髪に、
右目を隠すかのように眼帯を付けていた。
二人は誰かを探す様に、
周囲に目を配り、
男の姿に気が付くや否や、
「あっ、お兄さん!!!」
「おっ、大将!!」
と男に声を掛け、
掛けられた声に、
『あん?』
おぅ、
『……ゼクスにティアナか』
二人の方に、
身体を向けて男は頷きながら応える。
「なぁ~に、腑抜けてんだよ、大将!!
三年前の最前線を一人で支えた英雄だろ、あんた」
「そうそう。あの時は私はいなかったけど、次また会ったら力になる様に、
……って、お母さんに言われてるんだから。
ちゃんと呼んでよ?」
「って言っても、オレらじゃ、助けにならねぇかもだがな!!!」
ハッハッハ!!、と豪快に笑う隻眼を半ば無視するような形で、
『……で? なにか収穫は?』
黒髪の少女に男は問うた。
その質問に少女は首を横に振る。
「ううん。なかったよ。ごめんね、お兄さん」
『気にするな。
……野郎とやり合うってなったら今すぐにってはまだ出来ないからな。
噂でも流れてないってことはあの野郎は何処かで倒れたってことなんだろうさ』
ま、
『トドメが刺せなくて悔しいって思いはあるがな』
だからな、
『気にするな、ティアナ。
時の運ってもんは気まぐれなもんだ』
そう言われた言葉を聞いて、
「うん……」
悪いことをしてしまったかのような、
そんな態度をする少女の頭に優しく手を置いて、
少女の頭を撫でながら、
『……で、ゼクス? 他になんかなかったのか?
流石に収穫無しだと、いくら報奨金があってもそろそろ底つくぞ?』
「あ? あ~……あれだ。
またガラクタが周りで暴れてるらしくてな。
近くの畑が荒らされたんで、そこで駆除をしてほしいんだと」
『……またか? もうこれで何回目だよ。
蹴り飛ばすだけの簡単な作業とは言っても、流石に飽きるぞ?』
「オレに言うなよ、大将。
愚痴をこぼすんなら、あのガラクタどもに言ってくれ」
『人間並みの理解力があって、人間並みの会話が出来ればな』
「でも、お兄さんみたいなのが出てきたら、私、困っちゃうよ?」
「言えてるな。……で、大将。
そん時はどうする?」
『蹴り飛ばす』
「……単純でしかも分かりやすい!!! 簡単な答えだぜ、大将!!」
『そりゃどうも』
男の背中を叩いてくる隻眼にそう言ったが、
その言葉を冗談かと思ったのか、
隻眼はさらに力を込めて男の背を叩く。
「ゼクス、それ褒めてないから」
「……えっ? 褒めてるんじゃないのか?」
『褒めてない』
「んだよ、つまんねぇな、大将!!」
「……お兄さんなりの嫌味だからね。」
『嫌味……、というよりかは皮肉……、とか、
そういうやつかな……』
少女は助けになっていない言葉を言い、
その言葉に男は言い難そうに言葉にするのであった。
「しかし、ガラクタ相手にオレらが出るってのもあれだな!!」
「仕方ないよ。騎士には騎士の仕事があるんでしょ」
「そうは言うが、騎士の本分ってのは人を、民草を守るのが騎士の仕事、」
ってな、
「そんなもんだぜ、ティアナ嬢」
「そうかな?」
「ハッハッハ! お嬢は若いな!
オレも昔はそう考えたもんだが、大将のとこに来てからは別に傭兵もハンターも、
騎士だって変わりはしねぇ、ってもんだ」
そう言いながら隻眼の女性、
ゼクスは剣をガラクタと呼ぶモノに叩きつける。
その衝撃を受け、
それは身体を真っ二つに切り裂かれた。
二人の周りには先程切り裂かれたガラクタに似た様なモノが、
群れを成す様に集まって来ていた。
その群れが一歩、
また一歩と踏み出す度に、
大地から活力を奪う様にそれまで生えていた雑草がものの見事に枯れていく。
その様子を見てゼクスは、
唇を噛み締める。
「……っ。おいおい、まだ世界は終わってねぇってのに、終末戦争ってか?
いくら何でも冗談が過ぎるだろ」
まだ、
「オレら人間が生きてるじゃねぇか。悪足掻きみたいに必死になってるじゃねぇか」
それを、
「それをてめぇらが……っ!!!」
笑ってるんじゃねぇ!!!、
そう叫ぶように突っ込んでいこうとしたところで、
『イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェィ!!!!
ウィィィィィィィィィィィィィ、アァァァァァァァァァァァァァァァ、
オー、ディ、エス、ティィィィィィィィィィィィィ!!!
イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェイ!!!!』
謎の言葉を発しながら、
群れに突っ込んでいく白い影が目に留まった。
両の手に握った黒い物体から火花が出る度に、
ガラクタが一体、
また一体と地に伏していく。
片方から火花が出なくなると、
もう片方を突き出し、
その片方から火花が出なくなると、
背中から、
腰の両側から炎が吹いて、
近場にいたガラクタを、
その文字通りに蹴り飛ばす。
そして、
再び片方の黒く塗られた物体を突き出し火花を出しながら、
ガラクタたちをその文字通りの如く倒していく。
その姿を見て、
ゼクスとティアナの二人は思わず手を止めてしまう。
止まることなく、
踊りを舞う様にして敵を倒していくその姿は、
見る者が見れば美しいと感じるモノだろう。
あの白い身体が女性のモノであれば尚のことだと、
そう思ったゼクスの脳裏を流れる単語があった。
戦場を駆け、
死を与える戦乙女、
そう、
アレは何だったか。
ああ、
そうか。
ソレの名前は確か、
「……戦乙女」
白い身体をした金属、
レイジは周りにいたガラクタがいなくなったことに首を傾げつつ、
後ろにいたはずのゼクスたちを探すために、
背後に頭を回した。
すると、
離れた所で呆然とした様子でこちらを見ている二人が確認できた。
『ゼクスとティアナの二人からは……離れてるな』
んで、
『残りのガラクタどもはもう数少ないですよ……、っと』
頭の位置を元に戻して、
残りの数を確認するレイジの目に、
他のモノとは大きさや外見が異なる個体がいることに気が付いた。
とは言っても、
一体ずつはよく観察すれば細かな部分で違って見えるので、
全てが全て同じというわけではないのだが。
しかし、
それを抜きにしても外見が異なるということは、
他とは違うということだろう。
……ここで新種とか、楽させてくれる気はねぇってことだよな……。
いやそれはそれでやる気も出て面白くはあるのだが、出来れば同じヤツが出てきても文句は言わないし、
ゼクスたちが安全に対処できるんなら別に新種とか出てくれなくてもいいんだけど、いやマジで。
そう思うとため息がつい出てきてしまうのと同時に、
……泣けるぜ。
とレイジは皮肉交じりにそう思ってしまうのだった。
だが、
何時まで思考していたとしても、
時は決して止まらない。
右の『サブマシンガン』から発砲音と火花が飛ぶのが六回見え弾が出なくなると、
瞬時に左の『サブマシンガン』を発砲する。
一発、二発。
たったそれだけで何体かのガラクタは身体を瓦解させるが、
まだ新手には届かない。
三発、四発。
この二発で新手まであと少し、
だが、
まだ距離がある。
五発、六発。
新手に届き、
表面に着弾を知らせる火花が散った。
しかし、
二発受けても身体を瓦解させないことに、
レイジは違和感を覚え、
背中と両の腰に魔力を流し、
加速を掛け身体を新手のガラクタに向ける。
そして、
残り数歩といったところで、
『……くたばれ、クソッたれがぁぁぁぁぁぁ!!!!』
問答無用で身体を回し、
蹴り飛ばす。
だが、
伝わってくるのはいつも感じる砕け散るモノではなく、
しっかりとした頑丈だと思わせるモノだった。
『……っ!?』
いつも通りなら、砕けると思っていたレイジは、
自分の予想と事実が違ったことに衝撃を受け、
身体の動きをつい止めてしまう。
それを隙だと思ってか、
新手のガラクタは蹴り飛ばすために、
己に貼り付いたレイジの足を手で掴み、
掴んだ手でレイジの身体を投げ飛ばしてみせた。
「大将っ!!?」
「お兄さんっ!!!?」
レイジが投げられたことに衝撃を受けた二人の声が遠くで聴こえると、
そう思うのと、
レイジの身体が地面に叩きつけられるのはほぼ同時だった。
レイジが投げ飛ばされたことにゼクスは衝撃を受けた。
何せ今の今まで、
レイジが蹴り飛ばすときには、
全てのガラクタは砕かれていたのだから。
それが砕かれないとなると、
……こいつは不味いかもな。
非常に不味いということになる。
ガラクタに関する依頼で、
畑周辺の掃除や、
残っているガラクタの処理などを、
ゼクスが来てからは優先して受諾するようになって依頼をこなしてきたわけだが。
その全ての依頼において、
レイジが投げ飛ばされるといったケーズは一つもない。
一つもないということは、
これは異常事態だということでもある。
レイジでも対処が出来ないということは、
ゼクスたちにも対処が出来ないと言うことを意味している。
となれば、
自分たちの身の安全を優先事項とし、
撤退するべきだと頭が身体に命令しているのが全身で感じられる。
しかし、
二人で撤退できるか、
そこが気になったゼクスは隣のティアナを見る。
自身よりも幼く、
剣を握ったのがつい数か月前、
戦闘経験もないまま剣を握ることになってまだ死線を超えたこともない。
となれば、
二人で撤退するよりかは、
確実に一人を残した方がいいだろう。
そう判断して、
ゼクスは一歩、
脚を前に踏み出しながら、
「お嬢。ここはオレが受け持つ。
どれ位稼げるかは予測はしたかぁねぇが、出来るだけ後ろを振り向かず、
ただ前だけ、前だけを見て走れ」
「えっ? ……ゼクス?」
剣を持つ手を自由な手に換えて、
ティアナに剣を寄越す様に合図する。
「お嬢。一本寄越しな。出来るだけ軽くした方が走りやすいだろ?」
「む、無茶だよ、ゼクス。
お兄さんが飛ばされたのに一人だけで勝てるわけが……」
勝てるわけがないと言おうとしたティアナに、
ゼクスは笑みで返す。
「なぁ~に、心配すんな、お嬢。いつも大将が言ってるじゃねぇか」
ああ、
「意地があんだろ、ってな」
ティアナに向けていた顔を前に向ける。
「お嬢、行け!!! オレと大将のことは気にすんな!!!」
「だけど!!!」
行けと言ってもまだ行こうとしないティアナにゼクスは舌を打ちそうになった、
その瞬間、
一つの咆哮がその場に轟いた。
『負けるか……っ、
負けてたまるか……っ!!!!』
ああ、
『意地があんだろうが……っ!!!!』
……っ、
『男の子なんだからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
咆哮が聞こえた方向に顔を向けると、
そこには、
身体を勢いよく炎に燃やしながら立っている白銀がいた。
『舐めるなよ……っ、
舐めんじゃねぇぞ……、……っ』
ああ……、
『この程度で……っ、』
……ああ、
『この程度で……っ、俺が……、……っ!!!』
この俺がっ!!!!
『くたばると思ってんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』
そう言うや否や、
レイジは両の腕を自身の胸の前で交差し、
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
シュツルムぅぅぅぅぅ……ッ!!!』
左右にそれぞれの腕を勢いよく放った。
『ダイナマイトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
そう雄たけびを上げると共に、
レイジの身体が業火に包まれた。
全身を炎に包んだレイジは、
自身を投げ飛ばしたガラクタに身体をぶつける勢いで、
勢いよく向かっていき、
新手のガラクタを守る様にレイジの前に立ち塞がって来る多くのガラクタだったが、
勢いよく燃やすレイジを前に、
壁としての役目を数秒もしない内になくしていき、
新手のガラクタにレイジが辿り着くと、
その身体に自身の身体をくっつける様にしがみ付いて、
自身の身体を新手の身体ごと問答無用に吹き飛ばしてみせた。