プロローグ
穏やかに話し歩いていく親子が笑みを浮かべながら歩いていくのを、仕事終わりだというのに適当にという感じで大雑把に私服に着替えたという体の、男が、ショッピングモールを一人で歩いていた。
男の格好は其処等にいる者とは違った。
上には白のTシャツ、下は濃い青のジーンズという格好は何処でもいそうに思える服装だったが、上着に着ている青い迷彩柄、俗に言われる海上迷彩が柄になっている上着が、其処等にいる者と比べて異質な雰囲気を出していた。
しかも身体に纏う様にしている隆起した筋肉を見れば、尚のことであった。
そんな雰囲気をしている者に誰が近付こうと思うのか。
その答えは否、
そう、
誰もいなかった。
男が歩く道を開ける様に、それまで仲良く話していたカップルは口を閉ざし、楽しく過ごしていたであろう親子は子供を危険から避ける様に己を盾にする様に子を遠ざけた。
その様子を外野から見れば、誰もがかつて起きた出来事とされ、神話として語り継がれ、描かれているモノを連想するだろう。
その理由が、ただ関わりたくないからというただそれだけの理由だとしても、誰もが容易に納得できるだろう。
だからこそ、男はそんな彼らの心情を察するように離れていく。
そうして、数多くの現代人を怠惰にさせる禁断の技術で作られたと言っても過言ではない代物、エスカレーターに乗るとそのまま二階へと向かって行く。
二階に到着すると、男は淡々と初めから決まっているかの様に周囲とは全く違い、周囲に迷惑とも受け取れかねない大音量が響いている場所へと歩いていくのだった。
その場所の入り口には太鼓の様なモノをただ叩くだけという音楽と言っていいのか非常に怪しいモノをゲームとしているものに熱中しているのか、多くの者たちが歓声を上げているのが目に付く。
そのゲームを一つのミスをすることなく出来た者には尊敬の意を含んで『達人』と呼ばれるらしい。
らしいというのは、男がそう聞いただけの話であって断じてなったわけではないので不明なだけであるのだが。
ゲームというのは楽しいというのは男にも分からなくもない。
しかし、ただ太鼓の様なモノを叩いて遊ぶというのは理解が出来ない。
ただ叩くだけというのを果たして音楽と言うのか。
……きっと言うんだろうな。
ただ太鼓をテンポよく叩くだけでというものだが、ゲームとしては成り立っているのだ。
報酬として貰っている以上は、きっとただ太鼓の様なモノを叩くだけのゲームも音楽ゲームなのだろう。
男には理解できなかったが。
そうして、歩いていると腰後ろのポケットが震えた。
取り出して見てみる。
そこには。
―メール― ダガー付き
そんな文字が流れていた。
携帯を開く。
From ダガー付き
『グレート、もう着いた? ごめん、ちょっと遅れそう。先出てる? 一戦やっててもいいよ? 』
グレート。
男のあだ名だ。
メールを打つ。
From 0G
『いや、待ってる。それに、一戦やろうにもお前とミラーがいないんなら、やらんさ。今日は最初から三人でやろうって話だったろうが』
そう打つと、男は返信した。
0G。
男が使っているもう一つの名前だ。
ここではないもう一つの世界での名前。
親が付けたものでもなく自分自身が決めて語る名前。
とは言えども、それは単なる語呂合わせでしかない。
男の名前は、松田レイジ。
何処にでもいる一般人だ。
特にこれと言った特技もあるわけでもなく、これと言ったモノがあるわけではない。
だが。
好きなこと、そう、趣味というモノはある。
再び振動。
From ミラー
『おいすー。ヌル、もうやってるか?』
入力。
From 0G
『いや? 今着いたばっかだ』
返信。
しばしの間、『ミラー』からの返信を待ちながら、レイジは奥の方へと歩いていく。
奥へ向かう度にその場所の喧騒は激しいモノになっていき、暗さもそれに比例していく。
暗く騒がしい。
再び端末が振動。
開く。
From ミラー
『了解した。そう言えば、ダガー付きは? あいつはもう着いてるのか?』
入力。
From 0G
『いや。あいつは少し遅れるらしい。一戦くらいならやっててもいい、とか言ったが』
返信。
また間が開くのでその間を有効活用しようとレイジは歩く。
そうしていると、球体状のモノが見えてくる。
それが二つ、間を挟むようにモニターがあり、更に二つ、計四つの球体状のモノ、別称『Pod』と呼ばれるモノがある。
その『Pod』にはそれぞれ『出撃中』と『待機中』の文字が点灯しているのが目に付く。
『出撃中』は使用していることを指し、『待機中』はその文字通り使われていないことを指す。
今現在、使われている『Pod』は三つ。
四つの『Pod』が使用中でないということは、知り合いでの使用ではないということである。
もしそうであれば、使用するまでに時間が掛かってしまうことだろう。
今のレイジの気持ちとしては、出来ればやってもらいたくはなかった。
振動。
開く。
From ミラー
『いやいや。俺ら二人だけってのも乙じゃね? それだったら、ダガー付きのヤツを待ってようや』
入力。
From 0G
『元より。俺の方から送っておくか?』
返信。
レイジにとっては最初からそのつもりだったのだが、何を言っているんだお前?とは打たなかったことを褒めてやりたいと思いながらメールを待つ。
振動。
開く。
From ミラー
『あ~……、その方がいいか? あいつに送るならお前からの方が良さそうだし。ヌル、頼めるか?』
別にどちらからでも良さそうだとレイジは思ったが、そうは打たないことにして。
入力。
From 0G
『分かった。もうちょい待ってから送ってみる』
送信。
先程からヌルなり、グレートなりと呼ばれているが、レイジにとっては気にすることではなかった。
ただ、『0G』という名前を付けて戦っていたら、誰かが呼び始めたのだ。
『ヌル・グレート』、と。
レイジとしてはドイツ語と英語を組み合わせるのはどうなのだろうか、と思うのだが、周りにいた人間はそうは思わなかったらしい。
らしいというのは、レイジの憶測で。
実際には、『ヌル』なり、『グレート』なりと呼んでいるので特に気にすることではないのかもしれない。
……まぁ、呼ばれるのにもう慣れちまったしな。
メールを待ちながら中央に鎮座しているモニターに目を向ける。
モニター画面の上には、このゲームのタイトルが書かれている。
『フレンドシップ・オブザ・バトルフィールド』。
このゲームをプレイしてる連中からは『戦場』なり、『絆』なりとも呼ばれている。
英語を日本語に訳せば、そう呼べなくともないのも理解できなくはない。
レイジとしてはそう訳すよりも頭文字を取って『FOB』と呼んだ方がいいのではないか? と思う。
そのことを話してみたら、その発想はなかった、と言われたのは別の話。
文字下にあるモニター画面を見る。
四機と四機の機体が交互に戦い合っている。
その機体たちは青い陣営と赤い陣営に分かれていた。
青は連合軍。
赤は独立共和国。
アニメで絶賛放送中の『機動戦士龍王』シリーズの機体を自分で操作して両陣営で好きな機体に乗って戦い合おう、というそんなコンセプトだったと記憶している。
そのゲームの発想自体はもう既にあった。
あったのだが、それを実現するのに長い時間が掛かった。
その原因は球体状のモノ、『Pod』にあると言っても過言ではないだろうとレイジは考える。
オンラインで国内全ての『Pod』を繋ぎ合わせる。
それだけでも多くの労力が掛かっているとレイジは考える。
故に、一回のプレイをするためには100円が基本となっているゲームセンターのゲーム機の中でワンプレイ500円を要求されるのも仕方がないのだろうな、と考える。
出来れば、安くしてほしいとは思わなくもない。
しかし、500円から400円、300円と値段が変更されては手持ちの小銭が増えてしまうので、出来れば、そのままが良いかなぁ、と思わなくもなかった。
そう思っている内に、モニターに映っていた一機の機体が破壊される。
それに合わせる様に青の陣営にある『3000』という数字から『240』という数字が引かれる。
そうなのだ。
両陣営は『3000』からスタートして出来る限り残した方が勝つというゲームである。
誰がそう呼んだのかは不明だが、機体に掛かるコストを『円』と呼ばれていた。
故に、現状は。
『3000円』から『240円』を引いた残り、『2760円』が青の陣営の手持ちとなる。
そんなことをぼんやりと眺めながら考えていると、赤の陣営の本拠地が爆発する。
爆発と同時に『750』と言う数字が赤の陣営から引かれる。
『3000円』引く『750円』は?
誰もがこう答えるだろう。
『2250円』と。
それと同じ数字、『2250』と言う数字が赤の陣営に表示される。
……ほんと、よく出来たゲームだよな。
そんなことを思いながら座っていると、携帯が振動した。
見る。
From ミラー
『了解~。そんじゃま、頼んま~』
ため息を吐きつつ、打つ。
From 0G
『任された』
返信。
顔を上げる。
いつの間にか青の陣営の残りが僅かとなり、赤の陣営が有利となっていたのが目に付く。
何がどうなるのかかが全く分からない。
だからこそ、戦いというものに惹かれるのかもしれない。
何がどうなってどう終わるのか。
それが分からないからこそ、求めるのだ。
そう思っていた時に携帯が振動する。
開く。
From ダガー付き
『お待たせ~。今着いたよ~。もうやってる?』
……メール打つ前に来たし、こんなに早かったら一戦もやれねぇよ。
ま、いいけど、と思いながら、 打つ。
From 0G
『いや? こっちも空いてるからすぐやるか?』
返信。
すると、すぐに返信が来る。
From ダガー付き
『了解~』
ダガー付きには返信をせずにミラーにメールを打つ。
From 0G
『今着いたってよ。もう出れるか?』
送信。
向こうも待機していたのか、返事がすぐに来る。
From ミラー
『了解~』
気楽だな、と思いながらレイジは空いている『Pod』へと足を向ける。
向かう途中で今まで『出撃中』と点灯していた三つの『Pod』が『待機中』へと変化し、中から人が出てくるのを横目で見ながら、中へと入る。
『Pod』内は薄暗かった。
座席に座り、位置を変える。
『投入口』と書いてあるところに100円玉を五枚投入する。
『おはようございます。「カード」をタッチパネルにセットしてください』
会員カードが中に入っている財布をタッチパネルに触れさせる。
すると。
自身のこのゲームでの変わり身が名前と共に表示される。
『パイロット名:0G 階級:大尉』
服装はゲーム内でそこそこ貯まったポイントを使い、自身とあまり変わりない服装、迷彩色の上着にTシャツを下に着ている姿が映し出される。
画面が変わる。
『出撃形式を選んでください』
一つは『通常出撃』。
もう一つは『バースト出撃』。
今、近くには知り合いはいないために『通常出撃』を選択。
画面に日本地図が出される。
そして、自身が映し出される。
『よろしく』
自身の声とは違う声だ。
ゲームだから仕方ないのだろうな、とは思う。
まぁ、自身が造り出したキャラクターで操作するというのは最近の流行なので良しとする。
それから一人、また一人と『よろしく』という挨拶をしていく中で彼が出た。
『よろしく』
『パイロット名:ミラー 階級:中尉』
間に合ったか、と内心安堵しながら、他の二人の挨拶を聞くと、また画面が変わった。
表示されたのは次の五つの項目。
『格闘型』。
『近距離型』。
『射撃型』。
『狙撃型』。
『遠距離型』。
何を選ぶのかはレイジの中ではもう既に決まっていたが、すぐには決めずに他のメンバーが何を選ぶのかを待ってみる。
メンバーは六人。
この六人で何に乗るのか。
それで戦術なり、自身が何に乗るのか、それが決まると言っても過言ではない。
二人が『近距離型』を選択し、一人が『射撃型』を選択する。
残りはレイジ含め、三人。
そして、一人が『遠距離型』を選択。
自身の搭乗回数が多い『格闘型』を選択すると、残っていた最後の一人が『射撃型』を選択した。
画面が変わる。
自身が搭乗出来るように設定している多くの機体名と機体のイラストが表示される。
『撃雷』。
搭乗回数はゆうに二百回を軽く超え、三百まであと少しの濃い緑色をしている。
選択。
画面が変わる。
『メイン武器:マシンガンB』。
『サブ武器:バルカン』。
『格闘武器:ツイン・ビームエッジ・ジャベリン』。
変更はなかった。
変えることなく『決定』と書かれた場所を押す。
画面がステージの概容を写したモノに変わる。
『ステージ名:鉱山都市A』
自分の陣営は青。
右は建物が密集している。
真ん中には広い道路がある。それは高架であり、無論、高架下も移動することが出来る。もちろん、それを崩すことも可能である。
左には建物が一つあり、広めの場所がある。
『1』と書かれているモノを左へと移動させる。
右のトリガー、右親指のボタンを押しながら、
「こちら、一番機。『遠距離型』、こちら、下エリア。拠点を叩く、掩護する、囮になる、よろしく」
画面に映る自身が引き継ぐ。
『こちら、一番機。「遠距離型」、こちら、下エリア。拠点を叩く、援護する、囮になる、よろしく』
ゆっくりとした動きで建物があるところに『遠距離型』を選択したパイロットが移動する。
『こちら、「遠距離型」。一番機、下エリア、囮になる、了解。こちら、上エリア、拠点を叩く。よろしく』
区切り、区切りでしか伝えられないのがこのゲームの欠点と言えば、欠点ではあるがだいたいの意思疎通は出来なくないので、これはこれはアリだと思える。
中央の高架に『ミラー』が、『3』と書かれた番号が移動する。
『こちら、三番機。「射撃型」、「狙撃型」。中央ルート、上エリア、拠点を叩く、拠点防衛、援護する、様子を見る。よろしく』
『ミラー』の意図を考える。
彼が乗るのは射撃型の機体、『撃影』に改造を加えたという設定の機体、『撃影ミラージュ』である。
彼が言うとおり、その機体の特徴は『射撃型』でありながら、『狙撃』も出来るという、二刀流の優良機体である。優良機体ではあるのだが、……ただ、問題があるとすれば、接近された時の対応武器の評価が低いというその1点尽きる。
……まぁ、大丈夫だろ。
レイジはそう思いながら右側で機体をちらちら動かしている他の三人を見やった。
一応、こちらの意図は伝えてはいるので、彼は『遠距離型』を援護しつつ拠点防衛をすると言っているのだろう。
たぶん。
きっと。
メイビー。
他の三人が何も言っていないのが気にはなるが。
気にしたところで何も始まりはしないのもまた事実。
カウントがゼロになり画面が変わる。
一番上には自身の名前があり、その反対側には相手の名前がある。
レイジの『階級』が大尉で一番上にあるということは恐らく大尉なのだろう。
その大尉の下に気になる名前がある。
『†ハルカ†』。
何を思ってか名前に†を付けているプレイヤーがいた。
最近の流行らしい。
だが、それ以外のモノには付けられてはいない。
何故ならば、†を付けているのはこの世界ではただ一人だけだからだ。
故に、彼女は彼女を知る身内からは『ダガー付き』と呼ばれている。
また変わる。
そこはどこかのカタパルトの様だった。
前にいた一機が発艦する。
すると、即座にカウントが始まる。
『発艦準備』
5。
4。
3。
2。
1。
『大尉、ご武運を!!!』
自身よりも年上であり、手練れを感じさせる声が聞こえる。
口元を歪める。
「『撃雷』、出るぞ!」
射出される。
地上。
もう既に人の姿がなく、まだ荒廃はしていない人の息吹が感じられる。
そこに六機の機体が、ほぼ同時に降り立つ。
「よろしく」
続けるようにもう一人が続けた。
『よろしく』
自身の声とは違うが、自身である。
その事を分かっているからか、言葉が続く。
『よろしく』
『よろしく』
『よろしく』
『よろしく』
『よろしく』
他の五人の返事を聞いて指示を出す。
「こちら、一番機、格闘型。『遠距離型』、左ルート、先行する、囮になる。敵拠点、制圧、よろしく」
続く。
『こちら、一番機、格闘型。「遠距離型」、左ルート、先行する、囮になる。敵拠点、制圧、よろしく』
その指示に返答が聞こえる。
『一番機、囮になる、了解。敵拠点、ここは任せろ』
敵拠点の攻撃は任せろと言っているんだろうな、と思いながら、左足元にあるペダルを踏む。
ペダルは両足元にある。
しかし、それを踏んで何が起こるか。
その結果は違うモノとなる。
踏んだ結果、機体は背中のブースターを前に吹かして前に進む。
だが、その加速も長くは続かない。
すぐに途切れる。
これが『格闘型』と『近距離型』との違いであり、その違いがすぐ横で確認できた。
『近距離型』は途切れることなく前に加速するのが横目に映る。
しかし、『近距離型』にはない部分もまた『格闘型』にあるのも事実であり、
レイジが好んでいるのもその部分があるからだ。
後ろの方でブースターを吹かして高架上に乗る様な音が聞こえる。
正面左上。
そこには簡易マップがある。
見る。
青いマーカーがあった。
恐らくは、高架から掩護する意思を伝えた『ミラー』だろうな、と推測する。
正面モニター下。
そこにあるゲージが無くなると同時に、機体の動きが重くなる。
……ブースターの残りが無くなったか。
いかんなぁ、とレイジは己を叱責する。
もう既に何百回と乗ってきているのにブースターを切らすとは。
見る人が見れば、素人と同じことをしていると笑うだろう。
……やったら、やったで笑ってやるけどな。
そう思いながら左レバーのトリガーを押す。
途端に、装備していた『マシンガン』を引っ込めて二つの刃が取り付いてる槍が握られる。
右レバーのトリガーを押す。
今度は槍を引っ込めて『マシンガン』を握る。
右レバーが射撃、左レバーが格闘。
もう既に叩き込んでいることを繰り返す様に脳内で呟きながら繰り返す。
引っ込めては取り出し、取り出しては引っ込める。
端から見れば何をしているのだろうか、と奇妙な目で見られるだろう。
だが、これが奇妙なモノで。
段々と日常から戦場のモノへと脳が切り替わっていくのがレイジには感じられた。
単に切り替えを行っていくだけにも関わらず、だ。
ブースターで加速。
ゲージを回復させるために歩かせる。
それを何回か繰り返していると開始前に見た広場に着いた。
同時に連絡が入る。
『格闘型。下エリア、制圧、よろしく。こちら、「遠距離型」、上エリア。敵拠点、制圧、ここは任せろ』
……頼もしいねぇ。
返答。
「下エリア、了解。『遠距離型』、上エリア、敵拠点、制圧、よろしく」
『下エリア、了解。「遠距離型」、上エリア、敵拠点、制圧、よろしく』
『了解』
返事が聞こえる。
瞬間。
上後ろで砲音が聞こえる。
『遠距離型』の拠点への攻撃が始まったのだ。
それと時同じくして目の前に機体が現れる。
身体は蒼。
両肩は紅蓮に染まっている。
その紅蓮は怒りか、それとも他の感情か。
それを現したかの様な機体が現れる。
機体名は『サラマンダー改』。
パイロット名は。
『†ハルカ†』。
笑う。
「そうだよなぁ、『ダガー付き』。てめぇは俺とやり合うよなぁ。そのためのゲームだ……」
何故なら、
「俺とお前は同じなんだからなぁ……」
えぇ?
「『ダガー付き』ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
左レバー、親指上のボタンを押す。
瞬間、相手の機体に狙いが定まる。
ロックオン。
警告が鳴る。
同時に声。
『前だ!!』
「分かってるさ、『大尉殿』……っ!!!」
上唇を嘗める。
「来いよ、『ダガー付き』。てめぇは俺が……」
右レバーのトリガー押し込む。
「ぶっ倒す!!!!」
『マシンガン』が連射される。
残弾が減る。
構わない。
ここで残ろうが、無くなろうが、問題はない。
何故なら。
『撃雷』の取っておきは射撃ではないのだから。
それが分かっているのだろう。
『サラマンダー改』が前に出る。
問題はない。
前に出す。
両足に取り付けられた『グレネード』が飛んでくる。
横にずらす。
当たることなく爆散。
『ミサイル』だったら、誘導装置があるが故に追尾される恐れがあったが、『グレネード』なら問題はない。
ロックオン表示が変わる。
瞬間。
『サラマンダー改』が両腕を振り上げる。
両手に握った二刀を当てるつもりなのだろう。
だが。
「てめぇの考えが俺に分からねぇはずねぇだろうが……っ!!!」
両方のレバーを弾く。
瞬間、『撃雷』は盾を相手に突き出してブースターを吹かし……。
突き刺さった。
直後、
『サラマンダー改』が倒れる。
左レバーのトリガーを押し、槍を構える。
握り締めながら、後退する。
今、レイジが使ったのは射撃武器でもなければ、格闘武器でもない。
単なるタックルである。
タックルは全機体共通で両レバーを弾くことで使えるモノだ。
威力を低くも出来るし、高くすること出来る。
タックルの特徴として、使用する機体によってタックルの動作が異なる。このゲームのこだわりと呼ぶべきものだ。
人によってはタックルだけで戦う者もいるらしい。
『サラマンダー改』が立ち上がる。
今度は自分の番だという様に、再び両腕を振り上げて大きく踏み込んでくる。
握り締めた指を離す。
互いの武器の先端が触れ合い、弾かれる。
しかし、
「てめぇの底力、見せてやれ、『撃雷』!!!!」
レイジの言葉に応える様に一歩踏み込みながら上段を突く。
もう一歩踏み込みながら、今度は下を突く。
切り上げる。
己の左側に槍を回して、切り払う。
五連撃。
『撃雷』の十八番たりうる『ツイン・ビームエッジ・ジャベリン』。
どの機体でも出来ない五連撃を唯一繰り出すことが出来る。
『格闘型』に相応しいと言っても過言ではないだろう。
そんなことを思っていると大きめな爆音が轟いた。
『敵拠点、撃破!』
その声と共に赤の陣営のゲージが大きく削られた。
『こちら、「遠距離型」。こちら、「セカンドアタック」、援護頼む』
先程と続けて拠点への攻撃を行うという意味だろう。
そう思い、返答しようとした瞬間、
「なっ!?」
『撃雷』に光が突き刺さった。
しかし、光は僅か一瞬。
その一瞬で、機体の耐久値が一気に減った。
それを示すかのように機体に電気が映る。
今までダメージを受けていなかったのに、一気に減った。
残り僅かのことを頭に置きながら建物の後ろに機体を隠す。
「くそ、『狙撃型』か。……面倒くせぇな」
周囲に知らせるために通信を繋げた。
「『遠距離型』、敵スナイパー、警戒せよ! こちら、すまない、瀕死だ」
『「遠距離型」、敵スナイパー、警戒せよ! こちら、すまない、瀕死だ』
返答が聞こえる。
『こちら、「遠距離型」。一番機、敵スナイパー、了解。三番機、「狙撃型」、敵スナイパー、よろしく』
『こちら、三番機、「射撃型」、「狙撃型」。敵スナイパー、了解。ここは任せろ』
やり取りを耳に流しつつ、左レバーのトリガーを握り締める。
何故ならば。
未だに、強敵足りうる『サラマンダー改』は健在であり。
まだ、自身は倒れていないからだ。
そう思っていた時だった。
それが来たのは。
「くぅ!!」
機体が揺れる。
一振りされただけにも関わらず、もう機体の耐久値はゼロに近い。
もう一振りされれば撃破は決定的だろう。
そう思い、覚悟を決めた時だった。
正面、右側から光が『サラマンダー改』に突き刺さった。
光は一瞬だけではなく、何秒か続き。
『サラマンダー改』の耐久値を残り僅かまで削った。
何を思ってか、それに対し怒りを覚えるレイジではなかった。
言葉を向ける。
「三番機、すまない、助かった、恩に着る」
『三番機、すまない、助かった、恩に着る』
自身の言葉にレイジは少し笑う。
……出来れば、感情も一緒にやれれば、上手く伝わるのかもしれないけどな。
無感情な自身に文句を言っても何も始まらない。
それは相手もよく思っているのだろう。
そのせいか、
『気にするな』
ただ、それだけを言ってきた。
……有り難いねぇ。
そう思っていると、『サラマンダー改』が立ち上がる。
「お互いに……上手くいかねぇもんだな。……ったく、俺とお前の一対一勝負位、やらせてくれてもいいのな」
なぁ?
そうぼやくレイジに向かって両腕を振り上げながら『サラマンダー改』は大きく踏み込んでくる。
だが、その攻撃はもう既に見ている。
握り締めていた左レバーを握っていた手を緩める。
瞬間。
『撃雷』も槍を突く様に大きく踏み込んだ。
一回、槍と剣が当たり、弾かれる。
しかし、『撃雷』の動きは止まらない。
二回目、上段を突く。
三回目、下段を突く。
四回目、切り上げる。
そして、五回目。
切り払う。
切り払った途端に『サラマンダー改』は爆発した。
時同じくして。
彼女の機体のコストとそれより少ないコストが赤の陣営から引かれた。
なんだ? とレイジが疑問するよりも早くその答えが判明した。
『敵スナイパー、撃破!』
「おっ。やったか」
よくやるもんだぜ、と思っていると、『遠距離型』の砲音が聞こえた。
それから、しばし後。
「お疲れ様だ、『ミラー』」
『お前の方こそお疲れ様だ、「ヌル」』
「何を言ってやがる。『撃影ミラージュ』なんて元々が使いにくい上に、『狙撃』も出来るゲテ物もじゃねーか。それ、使うお前の頑張りには頭が下がるぜ」
『ハッハッハッ。何を仰りやがりますかね、この野郎は。てめぇも「撃雷」なんて近接特化の機体を乗りこなしてやがる上に、「近距離型」の「疾風」も使いこなすとか頭沸いてやがるのかよ?』
「おいおい、何言ってんだよ」
いいか?
「世の中、近接こそが至高。射撃は次だ。第一、使いこなすって言っても近接距離に入ったら蹴り飛ばしてるだけじゃねぇか。得意もクソもあるかよ」
何言ってやがる、とレイジは言外にぼやきながら帰り道を歩いていく。
『「サブマシンガン」撃ちながら、片っ端から蹴り飛ばす野郎が何処に居やがる』
「あっ? 誰だよ、そんな危険人物?」
『てめぇだよ!!!』
失敬な。
移動用のブースターを長く吹かせる上にタックルが蹴りならば片っ端から蹴り飛ばすモノだろう。
それをしない者は何処にも居ないはずだ。
……ここに居たわ。
蹴り飛ばすこともなく近距離で戦わず、遠距離で戦うバカ野郎が。
息を吐く。
「ま、全部勝てたんだし良いじゃねぇか」
『そうは言ってもな。……良いのかよ?』
「なにが」
『……いや。最後のステージ、地上じゃなくて宇宙だったろ? あいつの苦手な』
ああ、そのことか。
『ミラー』が何を言いたいのか、レイジは悟った。
彼女の愛機たる『サラマンダー改』は地上しか使えない機体。
それに対して、レイジの愛機、『撃雷』は宇宙でも使用が出来る機体でもあった。
だからと言って、使うことはなかったが。
宇宙しか使えない宇宙専用機体である『疾風』と言う機体が宇宙でのレイジの愛機だ。
両手に『サブマシンガン』を握り、長くブースターを使用できる。
地上でそんなことをすれば、消費が激しいだろうがその設定は宇宙ならではと言えるだろう。
「まぁ、今回はあいつに分が悪かったからな。今度やることで許してもらうさ」
『気楽だねぇ。まぁ、お前だったら素直に聞きそうだけどな』
「んなことないだろ。別に付き合ってもないんだし」
『……今度会ったらぶん殴っていいか? いいよな? なぁ?』
「よくないだろ……。」
何言ってやがるんだか。
レイジはぼんやりとそう考えながら、天を仰ぐ。
星が煌めいているはずの空にはただの黒があるだけだ。
星の煌めきは見えない。
……星の光が恋しいねえ。
『んで、話は変わるんだが』
「どうした?」
『いや。お前、いつになったら「ガラケー」から「スマホ」に変えるの? ってか、もう変えろよ』
「ざけんな。日本人なら『ガラケー』一択だろうが」
『いやいや。お前こそ何言ってるんだよ』
いいか? と言葉を繋げる。
『「スマホ」同士だったら「LINE」が使えて金が掛からねぇんだぞ? それをいちいち会話するだけで金が掛かる「ガラケー」じゃ勝てないわけですよ。分かりますか、お客さん?』
……知るかよ。
「あ~、はいはい。今度な今度」
『今度だな!? よぉ~し、言質取ったぜ!! 「ダガー付き」に伝えとくからな!!!』
「それじゃ、次もよろしくな、『ミラー』」
『えっ、おい、ちょま……!!』
返事を聞く前に電話を切る。
話を続けていれば電話代がかさんでしまう。
それならば、要点だけを話せば事足りる。
いや。
「そうすると、俺も変えるか……?」
切り替えとか面倒くせぇな。
そんなことを思いながら、携帯電話をポケットにしまう。
横断歩道のランプが赤になる。
立ち止まる。
まぁ、次やるんだったらあいつと楽しめるバトルにしてぇな。
今回はちと分が悪かったみたいだし。
……いや、そうなるときつくないか?
戦える奴は俺と『ミラー』の二人だろ……。
あれ?
これ、詰んでね?
いやいや、まだどうにかなる可能性が……。
ぐぬぬ。
そう唸り始めたレイジに向かって一台の車が突っ込んできた。
……いやいや。
……横断歩道の信号、待ってたら車が突っ込んできて潰されるとか。
……冗談にしてはきついっすわぁ……。
レイジの意識は薄れていった。