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マッチ売りと猫

贈りもの

Twitterのタグ、「#創作キャラがチョコもらった時の反応」について考えていたら落ちてきました。

そんな掌編。2009年発表の短編、「マッチ売りと猫」の後日譚となります。

 その日、奉仕活動後の夕餉には、小指の先ほどの大きさの砂糖菓子が配られた。

 活動中はもちろんのこと、食事時の私語は厳しく禁じられている。なんの説明もなく配られた菓子を不思議そうに見つめていた向かいの女は、食前の祈りを終えるが早いか菓子を指先でつまみ、舌を突き出して舐め、目を見張ってから口へと放り込んだ。

 カリコリ音を立てて咀嚼し、飲み下すが早いか目の前のパンにかぶりつく。味の余韻も何もあったものではなさそうな食べっぷりを視界に収めつつパンをちぎって口へと運ぶうち、向かいの女と目が合った。

 視線は膳の奥にある砂糖菓子とこちらを行き来している。小さくため息をつくと少女は目線を周囲に走らせ、隙を見て砂糖菓子を向こうの膳へと移してやった。

 かすかな振動が足もとに届く。隣の女が椅子の足を蹴ったようだ。

 少女は横を向く代わりに、無言のままで肩をすくめた。


 食堂を出たところで官吏に呼び止められ、少女は列を離れた。連れて行かれたのは初めて訪れる小部屋で、官吏は少女だけを残して通路へと引き上げる。

「終わったら鈴を鳴らすように」

 不審に思いながらもうなずき、誰もいない小部屋を振り返った時、壁だとばかり思っていた木壁が動いた。頼りない灯りのすぐそばが格子窓になっていたようだ。その向こうには人影がある。

 どうやらこの小部屋は面会室のようだった。

 格子窓の向こうは小部屋よりもいくらか明るい。格子の合間からのぞきこんだ面差しには見覚えがあった。

「元気にしていたかね」

 少壮の男は記憶にあるとおりの穏やかな声で話しかけてくる。

「おかげさまで、ね。あなたこそ」

 男は格子窓の向こうの木机を指先で叩くと、甲に大きなアザのある手で懐から小さな箱を取り出した。脇に置いてあった書簡とともに差し入れられた小箱を両手で受け取り、少女は首をかしげる。

「あら、これはなぁに」

「なんだ、知らないのか。近隣の菓子屋からも差し入れがあったと聞いたが」

 ああ、と少女は嘆息した。

「このあたりの伝統だよ。戦地に赴くため婚姻を禁じられた男女を秘密裏に祝福した聖職者にちなんで、日ごろ伝えられぬ愛に代えて贈るのさ」

 夕餉の時、口には入らなかった砂糖菓子を思い出す。

「ここいらに来て何年にもなるけど、そんな話、聞いたことないわ。うまい商売を思いつくものねえ」

 素直には礼を言わない少女に、格子窓の向こうの男は声を押し殺して笑ったようだった。


 渡された小箱を懐に隠して部屋に入ると、薄暗い部屋の各所から人数分の視線が集まった。重い扉が閉まって官吏が遠くまで去るのを待って、同室の仲間は寝台から降りてくる。

「たいしたことじゃなかったわ。昔、あたしの持ち物だった楽譜を渡されただけ」

 手にした書簡を少女が振ると、仲間たちは途端に興味を失ったらしかった。勘のよい一人の女だけは疑念を感じたようだったが、巻かれた書簡を開いて見せると納得して引き下がる。

 夜半、消灯と同時に灯りが消されてずいぶん経ってから、少女はそっと寝台の上に身を起こした。灯りとりの高い窓から月光が注ぐ位置まで移り、懐に入れたままだった小箱を取り出す。

 白い小箱には赤く細いリボンが二重に巻かれていて、その合間には小さな紙切れがはさまっていた。滑らかな筆致の署名は、手の甲にアザのある男のものではない。

 巻かれていた書簡を膝に広げる。懐かしい歌を口の中に転がし、声もなく笑う。

 小箱にかかっていたリボンで書簡を巻き直すと、少女は音を立てないように小箱を開けた。細く切られた紙くずの中には一粒の菓子。

 指先でそっととり出した砂糖菓子は月明かりを受けてキラキラと輝き、まるで宝石のようにも見えた。

ご覧いただきありがとうございました。

アンソロジーへの寄稿作ということで、特殊設定的なものはいっさいなく

独立したお話として書き上げた作品だったのに、

8年も経ってから後日譚のネタが落っこちてくるなんてこともあるんですねえ。

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