表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界スイーツ物語 ~魔王さまはパティシエ!~  作者: 足軽三郎
第五章 大いなる菓子の祭典
46/64

46.第一試合 アシェット・デセール その二

「えー、えー、こちらは実況のロゼッタ・カーマインです。ただいま一時間半が経過したところです。ここで中間報告をさせていただきます」


 ロゼッタは大声を張り上げた。

 彼女が座るのは、闘技場に設けられた席の一つだ。

 手に持ったメモに目を通してから、観客に向かって叫ぶように話す。


「両陣営が作っているアシェット・デセールについて。まずは魔王アランシエルの方からです。憎き魔王ではありますが、菓子作りの腕は確か。その魔王が作っているのは、オレンジとグレープフルーツとはっさくのサヴァラン! 洋酒の効いた大人のケーキであるサヴァランに、各種の柑橘類の甘酸っぱいスイーツを合わせたと聞いています」


 しん、と観客が静まりかえる。その反応に気をよくしたのか、ロゼッタは更に説明を続けた。


「しかもサヴァランは、オレンジとチェリーのサヴァランだそうです。チェリーの濃いピンク色のケーキ生地は目にも鮮やか、他の柑橘類の黄色やオレンジ色ともよく映えるとのこと。敵の作るスイーツながら、これは期待せざるを得ません!」


「ふ、わぁ、美味しそう」


「だ、駄目だ、そんなこと聞いたらいてもたってもいられない」


「はぁ、そんなものが食べられる勇者様が羨ましいわあ」


 観客達はため息をついている。

 羨望と嫉妬の視線を浴びて、さしものユグノーも居心地が悪い。


「おいおい、俺は審判役だからいただくだけだって。そんな目で見るなよ? いたたまれない気分になるだろうが」


「あなたも大変ね」


「ちょっとだけ同情いたしますわ」


 楓とシーティアは微妙な表情をする。

 ユグノーは「ありがとう、と言うべきなのかな」とこれまた微妙な表情だ。そこにルー・ロウが割り込んだ。


「あ、待ってください。まだロゼッタさんの中間報告があるみたいですよ。ほら、見て」


 執事見習いの視線を追う。

 なるほど、ロゼッタは二枚目のメモに目を通していた。その表情がとろけるように緩んでいる。

「だらしねえ顔だな」とグーリットが指摘すれば、エーゼルナッハは「さもあらん。ピレス氏のアシェット・デセールについて語るのだからな」と腕組みをしながら応じる。


「あのピレス・キャバイエのアシェット・デセール......一体何を作る気なの」


 楓は冷や汗をにじませた。

 日本にいる時、ピレスが著した本を読んだことがある。時々テレビ番組でも取り上げられていた。

 パティシエの枠を超えた著名人の一人とさえ言える。 


 "そんな人が作るアシェット・デセールなんだ。怖い、けど興味ある"


 楓の思いなど知る由もなく、ロゼッタが嬉しそうに声を張り上げた。


「いちごとバジルとフロマージュのコンポジション! 旬のいちごをたっぷりと使い、赤とピンク色を配置した乙女心に訴えるデセールとのこと! ああ、ムッシュ、あとで私にも作ってください、お願いだあああ!」


 観客席がどよめき、そして失笑が漏れた。

 ロゼッタがピレスと彼の作るスイーツにべったりであることは、よく知られているからだ。


「ひゅーひゅー、ロゼッタちゃん頑張れー。恋とスイーツ、どっちが甘いんだろうねえー」


「ロゼッタさんがムッシュ・キャバイエと同棲中って聞いたんですけど、本当なんですか!?」


「私見ました! 二人が往来で熱い口づけを交わす姿を!」


「ユタカ・スズムラとロゼッタさんとピレス氏の三角関係って本当ですか!? ピレス氏を二人が取り合う感じでっ!」


「聞き捨てならないんだけど、最後のやつ!? 俺とムッシュをかけ算するなよ!?」


「抑えてください、先輩! 気持ちは分かるけど!」


 いきり立つ鈴村をなだめつつ、楓はふと考える。アランシエルと自分は、他人の目にはどういう関係に映るのだろうと。


 "上司と部下、よね。どう見ても"


 そう、それ以外に何があるというのか。 それにその関係も、この大いなる菓子の祭典(グランドスイーツ)が終わればおしまいだ。

 余計なことを考えることはない。


 "そうだよ。だから――考えちゃダメだ"


 もやもやとした気分を振り払う。大声が聞こえたので、そちらを向く。


 ロゼッタが観客に向かって「そ、そんな破廉恥なことを言わないでくれないか!? ムッシュは私によくお菓子をくれるだけで、その、別に特別な関係なんかじゃなくてっ。な、なれたらいいなとかちょっと思うけど......って何を言わせるんだあああ恥ずかしいいいいい!」と顔を赤くしている。


「聞いてるこっちが恥ずかしくなるわね」


 ぽそりと感想。


「あの子、典型的な残念美人だよなあ」


 その横で、鈴村もぽそりと呟いた。



† † †



 ロゼッタらが騒いでいた頃、ピレス・キャバイエは自分の仕事に集中していた。

 アシェット・デセールを作っている時は、余計なことを気にする暇は無い。

 というより、そもそも外部の声は聞こえてこない。ちょっと騒がしいな、というだけだ。


 密封容器を取り出す。

 それを開けると、濃い緑の葉が現れた。

 砂糖づけされているため、表面は白く凍りついたようにも見える。


 "フードプロセッサーで、このバジルの葉の砂糖づけを砕く"


 他の工程はほぼ終わっているため、これが個別のスイーツの中では最後となる。

 フードプロセッサが唸る。

 粗く刻まれたバジルの葉を取り出し、ピレスはそれを別の皿に入れた。

 これでいよいよ組み立てに取りかかることが出来る。


「まず土台はフロマージュ・ブランのクリームの白」


 小さめのボウルから、白いクリームをゆっくりと皿に垂らしていく。

 霜模様(フロスト)が散らされた皿にクリームが乗ると、それだけで冬の景色の一幕のようだ。

 続ける。さらにその上に、マスカルポーネチーズのムースを重ねていく。


 "コクのあるチーズのムースは、このアシェット・デセールの大事な土台だ。さらにその上に"


 今度は丸口金の絞り袋を手にする。

 最初に詰めたスイーツは、クレーム・パティシエールだ。バニラビーンズの甘い匂いが漂ってくる。このクレームだけでも立派なスイーツとなる。

 黄白色のクレームがムースの右半分を覆う。


 "左半分、ここにはいちごのコンフィチュール"


 別の絞り袋に、ピレスは赤いスイーツを入れていく。

 とろりとした粘性を持つこのコンフィチュールは、いちごとフランボワーズを甘く煮詰めたスイーツだ。

 水分を飛ばした分だけ、甘さはより高まっていた。


 とぷ、とぷと絞り袋からコンフィチュールがかけられていく。

 ムースの左半分は、甘やかな赤に染まった。

 むせるようなベリーの匂いが、マスカルポーネチーズとクレームの匂いと重なる。スイーツ好きなら、これだけでたまらないだろう。


「どこまで芸術的に仕上げられるか」


 絞り袋をカウンターに置き、ピレスは視線を走らせた。その蒼氷色の目が、綺麗にスライスされたいちごを捉えた。それを丁寧に指でつまむ。

 さっきかけたコンフィチュールを隠すように、いちごのスライスをじゃばら状にのせていく。

 もしこれを口にすれば、食べた者はコンフィチュールといちご両方を味わうことになる。贅沢極まりない。


 "だが、メインはここからだ"


 一度離れる。

 ピレスが開けたのは、小型の冷凍庫だった。

 ボウルにかけられたラップを取ると、そこには真紅のソルベがあった。

 ピレスのアシェット・デセールの中心となる、いちごとバジルのソルベだ。キン、と冷えた爽やかな冷たさは、確実に食べる人間を魅了するだろう。


「これを全体を覆うように、たっぷりとかけていき......」


 シャリン、とソルベが鳴った。

 熱のこもった目で、ピレス▪キャバイエは自分の傑作を仕上げていく。丁寧に、だが可能な限り素早く。

 相反する二つの要素を両立させているのは、ピレスが今日まで鍛えあげてきた技術だった。


 "今回は勝たせてもらうよ、アランシエル君"


 天才(ジェニー)がその牙を剥く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ