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文化祭前

「花さんとこの、クラスは、文化祭……何するの?」


 極力どもらないように、ゆっくり音節を切りながら語りかけられる言葉に、花は横を歩く少年を見上げた。

 夕日にキラキラと茶色の髪が無駄に輝いている美少年を見てしまい、一瞬「まぶしっ」と目を細めてしまった。髪の色が薄いと、こんなに太陽が反射してまぶしいものかと感心する。


「あーええと……にゃんこ喫茶です」


 しかし、感心ばかりもしていられず、花は昨日クラスで決まったばかりのタイトルを堂々と口にした。


「メイド喫茶」などを開くクラスが多いという情報により、よそとの差別化を図るためにひねり出されたのがそれだ。猫耳と尻尾をつけるのは基本として、衣装全体が猫よりとなる。なおかつ、メニューも猫っぽいカンジでまとめる予定だった。

 メイド喫茶というより、猫カフェの亜種という方向だった。主に男子がにゃんこの着ぐるみで猫の振りをしつつお客と戯れる、という。お調子者たちの軽口によりクラス中が笑いに包まれながら決定した。

 大道具班、お菓子班、衣装班などに分かれて作業を開始する。花はお菓子班に入った。お菓子作りが得意というわけでもないが、衣装作りが得意というわけでもない。大道具をやれるほど力があるわけでもないということで、適当にくじで決まった班だった。


「に、にゃんこ!?」


 そんな花の平温な心とは裏腹に、倉内楓の食いつきは見事だった。猫好きの彼としては、聞き逃せない内容だったのだろう。


「本物はいませんよ?」


 だから、最初に一番大きく膨らんでいるだろう期待の芽は摘んでおかねばならないと花は思った。


「あ、いや、そ、それは、わわわ分かってるけど……」


 せっかくどもりを直そうと頑張っていた倉内の心は、大きく乱れてしまったらしい。猫が絡むと、平静な気持ちでいるのはきっと難しいのだろう。


 倉内がいつか会社の面接を受けるような時に、「好きな動物は?」という質問を受けなければいいなと、花は余計なお世話なことを考えたりしていた。


「着ぐるみとか猫っぽいデザインの服とか柄とか、衣装班の女子が盛り上がってました」

「そ、そそ、そっか」

「私はお菓子班なので……何か猫っぽいお菓子とかないでしょうか。飲み物に合いそうなの」


 このまま猫ワールドに突入されると、ずっとどもりっぱなしになりそうだったので花は話題を少しずらした。しばらく倉内は切り替えに苦労しているようだったが、ようやく落ち着いたのか「ええと」とお菓子について考え始めてくれた。とは言っても、花は彼の意見をとても期待しているわけではない。男子なのだから、それほどお菓子には詳しくないと思っていた。

 しかし、それは甘かった。


「そういえば、こないだ母さんが猫クッキーを焼いてくれたんだ」


 そう、倉内楓にはお料理上手な母がいるのだから。「お手製クッキー!?」と、つい別の方向に花は食いつきそうになってしまった。先日花の家では、お彼岸のためにおはぎをこしらえたというのに。にゃんこおはぎにしようかなと、妙な方向で張り合いそうになってしまった。


「猫の形のクッキーなんだけど、ええと何ていうのかな……ちょっと待って、母さん写真撮ってた」


 すいと歩道の脇に立ち止まった倉内は、ポケットからスマホを取り出して操作し始める。ガラケーの花にはよく分からないが、きっとラインと呼ばれるもので母親と連絡を取っているのではないかと思った。


「あ、きたきた……これ」と、少しした後に倉内がスマホの画面を見せてくれる。それは、確かに猫のクッキーだった。


 猫のデフォルメ(座っている猫、しっぽを立てて歩いている猫など)の形をしたクッキーだが、それだけではない。表面をカラフルなアイシングで飾られ、白猫、黒猫、ブチ猫が愛らしく描かれていたのである。


 花は、しばしぽかんと口を開けて、そのクッキーの写真を見てしまった。何というか女子力が高すぎるというか、ママ力が高すぎるというか。


 クッキーをこんなに可愛く仕上げることが出来るなんてと、花はよくよくまぶたにその写真を焼き付けた。これはきっと、女子生徒にウケると思ったのだ。


「これ、すっごいいいですね。凝ってるし、バリエーションも広げられそうです。お魚の形をしたクッキーなんかと一緒にしても可愛いですね」


 予想以上に凄いアイディアを出してくれた倉内への尊敬をこめて、花はスマホから顔を上げてそのまま倉内を見上げた。差し出したスマホを自分も上から覗き込んでいたらしく、彼の顔が予想以上に近くにあった。


「うわあっ、ご、ご、ごめ!」


 まさか狼狽して飛びのかれるとは思わず、花は少しばかりショックだった。いや、彼が自分のことを嫌ってるとか怖がっているとか感じたわけではない。しかし、そこまで驚かなくてもいいのにと思ったのだ。


「この案、もらってもいいですか?」と、気を取り直して問いかけると、こくこくと即座に倉内が頷く。いましゃべると、きっとどもってしまうのだろう。


「ところで……楓先輩のクラスは、何をやるんですか?」


 またも話題を変えて、倉内のびっくりを取り除こうと花は一応努力はしてみたのだ。しかし、新たに切り開いた道にもまた地雷が敷設されていたらしく、「うっ」と倉内は声を詰まらせてしまった。


「にゃ……にゃんこ喫茶なら、よ、良かったのに」と、頭を抱えるようにしながら、彼はポケットにスマホをしまった。


「メイド喫茶ですか?」


 ついつい花は、一番人気と呼ばれているそのカードを切った。しかし、倉内は抱えたままの頭を横に振る。


「あっ、執事喫茶でしょう?」


 倉内楓がいるのだ。クラスの人間が、彼を担ぎ上げてそういう方向で客寄せを考えているかもしれないと花は推理した。ちなみに昨夜の刑事物では、見事に犯人を外していた花だった。


 そんな彼女のポンコツの推理力は、やはり当たらなかった。尚更首を下に沈める勢いで、倉内は頭を横に振る。


「何喫茶なんですか?」


 もはや、花の頭の中には「喫茶」以外の項目がない。オバケ屋敷とか、輪投げなどのゲーム屋なんかをやるクラスもあるというのに。


「……喫茶」


 そんなへっぽこ推理でも、「喫茶」の部分だけは当たっていたようだ。よく聞こえず、花は身を乗り出しながら耳を彼に向けた。


「……お、王子&お姫様喫茶」


 うなだれたまま、もう一度倉内楓から吐き出された言葉の羅列は、一瞬にして花の脳裏に宝塚の舞台を甦らせた。何だか分からないが、ああいう無駄にキラキラしたもののイメージが洪水のように流れ込んできたのだ。


 力ない倉内の説明によると、きらびやかな衣装を着たウェイターやウェイトレスたちが、場合によればお客のお茶の相手をするという。おかげで花の脳裏にあった宝塚が流れ去り、突然いかがわしい夜のお店の映像へと切り替わる。ただし、詳細を知っているわけではないので、あくまでイメージだった。


「は、派手そうでいいですね」


 それは、花の精一杯のフォローだったが、あいにく上手に倉内に届けることは出来なかった。



「にゃんこ喫茶……楽しみにしてる」


 別れ際、自分のクラスの出し物から精神的に逃亡したらしい彼が、花のクラスへの希望を垣間見せた。もはや、それだけが救いと言わんばかりだ。


「分かりました。白いにゃんこを用意しておきます……多分、オス猫ですけど」

「い、いや……そ、それはいいよ」


 そんな彼を励まそうとした花だったが、やはりうまくはいかなかった。オスという部分がいけなかったのか。それともやはり、フルールの代わりはいないということなのだろうか。




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