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送別会 2

「サイトー!」


 倉内家に到着すると、花はお気に入りらしい半袖のセーラー服を着たエリーズに抱きつかれる。可愛いのだけれど、アンバランスに感じるのは、エリーズの発育が良すぎるせいだろうかと、花は真面目に考え込んでしまった。


「今日は、お招き頂きありがとうございます」


「オネマキ?」


「おまねき」


 そんな会話を鼻面をつき合わせてした後、先に上がった倉内が荷物を置いて戻ってきて、エリーズの腕をつかんで花から引きはがす。


 すでに倉内のもう片方の腕には、フルールが収まっていた。さすがは倉内の愛妻、抜かりのないスピードと位置取りである。


「チーエ! コーウ!」


 そんな彼の腕から、両腕を水をかくようにして逃れたエリーズが、今度は花の後ろにいる倉内の従兄姉に襲い掛かっていく。


「やあやあ、エリーズ、目の保養ありがとう!」


「ホヨー?」


「うん、やっぱり犯罪者だ」


「ひっで!」


 エリーズを挟んで漫才を繰り広げる二人を横目に、倉内が花を奥へと呼ぶ。そうだと、花は自分の使命を思い出した。今日の彼女は、手巻き寿司職人なのだ。


 とりあえず、まだエリーズに渡していないプレゼントの袋を、倉内に託して彼女は台所へと顔を出した。


「あら、花さんいらっしゃい」


「お邪魔します……わぁ」


 中にいる倉内母も、張り切ったのだろう。そこには、たっぷり詰まれたクレープの皿があった。手巻き寿司と違い、ジャムやクリーム、フルーツにメープルシロップ、チョコレートシロップと甘いラインナップが揃っていた。もちろん、ツナなんかもありはしたが。


「花さんが手巻き寿司だって聞いたから、甘い方がかぶらないかなって思って」


「ありがとうございます」


 デザートモードで待ち構えられていて、花は対決にならずに済むようでほっとした。勿論、あのセリフのことを倉内が、母に言ったりしないだろうことは信じていたが。


「庭の方でバーベキューの用意も出来てるから、そっちに持っていきましょうか」


 結構、大がかりなパーティになるようで、倉内の父は、花たちを下ろすと、また別の人を迎えに車で行ってしまったのだ。こくこくと頷いて、花は風呂敷を抱えて庭へと降りた。


 既に、花のサンダルが庭へと移動していたのに気づいて、恥ずかしくなる。おそらく、倉内が運んでくれたのだろう。知ってたら自分で運んだのにと。


 そうこう準備をしている内に、倉内家に人がだんだん増えてくる。たいていが大人だったが、二人ほど小さい子が混じっていた。ちびっこたちが、クレープの山の前に張り付いて動かない様を見ると、さすが「おクレープ様の力だ」と、花もその威力に納得してしまう。


 送迎が終わったのか、倉内父も戻ってきて、妻と「そろそろ始めようか」的なアイコンタクトを交わしている。にこにこの倉内母が、あちこち飛び回っていたセーラー服のエリーズを捕まえて、庭の奥に立つ倉内父のそばへと連れて行く。


 花は、家に近い側でそんな様子を見ていた。いつの間にか、倉内が隣に立っていた。手にはフルールと紙袋。いつもと違う様子に、白い猫は落ち着かなくキョロキョロしていた。それを彼は、長い指でなだめながら落ち着かせている。


「みなさん、今日はエリーズのためにお集まりいただきありがとうございます。いよいよ明日、彼女もカナダに帰ることになりました。日本中飛び回っている兄のジャックもここにいる予定でしたが、まだたどり着いておりません。料理のあるうちにたどりつければ、彼にとって最高でしょうが、遠慮はいりません。早く来なかった自分を後悔させてやる勢いで食べて下さいね」


 ネイティブ顔負けのしゃべりの後、最後にウィンク。この辺が、やはり生まれつきの日本人とは違うところかと、花は感心した。庭には小さな笑いが生まれた。そんな倉内父に前に出され、エリーズが頬を赤らめて興奮した様子で挨拶を始める。


「コンバンワー。エリーズデス。今日ハ、オマネキアリガトウゴザイマス」


 軽妙な言葉に、一瞬あっけにとられた客が、どっと笑う。ああああと、花は自分が言った言葉を、彼女が鵜呑みにしたことを知った。ネマキは卒業していたが。


「オウ……オネマキ?」


 周囲の笑いを、言い間違いのせいかと思ったのか、わざわざエリーズが言い直す。更にどっとウケている。やっぱり卒業しきっていなかったと、花は半笑いになった。


「日本、タノシカッタデース。マタ来マス。桜見タイ、秋葉行キタイ!」


「桜と秋葉を一緒にすんなー」


 熱意溢れる、それでも少しのすちゃらかを外さない彼女に、外野から野次が飛ぶ。見たら、コウと呼ばれた男の人だった。


 そんな風にわいわいとした挨拶が終わると、食事と歓談タイムである。花は、手巻き職人になろうとしたが、その腕を倉内に止められる。


「花さん、これ」


 彼が、フルールを抱いていても離さないでずっと持っていてくれた紙袋だ。いま渡すのがいいんじゃないかなと言うアピールに、すっかり忘れていた花はこくこくと頷いた。


「一緒に行きましょう」


 プレゼントは、半分ずつお金を出し合って買ったのだ。代表して花が渡すのはいいが、倉内にも一緒に来て欲しかった。紙袋を花に渡して、やっと両手でフルールの相手が出来るようになった倉内が、一瞬その白い身体に触れる手を止める。


「……うん」


 少しの間の後、頷く彼を見て満足した花は、颯爽とエリーズに突撃した。


「エリーズ、これ……私と楓先輩からプレゼント。日本に来た記念に……」


 渡そうと彼女に差し出した時、ようやく花は自分の心臓がドキドキし始めたのに気づいた。ついさっきまで忘れていたくせに、今頃になってこれをエリーズが喜んでくれるかどうかという少しの不安と、どういう反応が来るだろうという大きな期待が入り乱れたのだ。


「オウ! アリガトー!」


 両手を振り上げた彼女に、まずは紙袋ごと抱きつかれる。それからエリーズは紙袋を受け取り、中から更に包装された長いものを出す。


「オゥ?」


 それが何であるか分からないようで、エリーズは首をかしげた後、リボンを解いた。


 中から出てきたのは、日本刀──ではなく、傘。


 見た目は、どう見ても日本刀の形をした、中身は黒い傘である。傘のの部分が、ちゃんと刀のつかのような装飾で本物そっくりだ。


 一瞬ぽかんとしていたエリーズに、倉内が「それ、傘だから」と傘を広げるしぐさをした途端。


「○×△!」


 エリーズは謎言語をがなりたて始め、それを右に左に上に下にとぐるぐる回した後、実際に広げてみて悲鳴をあげ、再び閉ざして袋に戻し、本当の刀のように背中に背負って、脇に持ってきて、更に絶叫した。


 そんなエリーズのおかしな様子に、周囲にギャラリーが出来てしまうほど。「傘だって」「へぇ」「あ、ネットで見たことある」などなど、話題の中心から出られないまま、花はだんだん恥ずかしくなってきた。


「アリガトー、サイトー、カエデ!」


 一通り叫び終えたら、ハートマークを撒き散らしながらエリーズが二人に飛んでくる。花に抱きついて、頬にチュウ。倉内に抱きついて頬にチュウ、しようとしたら驚いたフルールに、前足パンチを食らっていた。


 宝物だの自慢だの、楽しい単語を並べながら他の人に見せて回るエリーズを見て、花はほっとしたし嬉しかった。悩んだ甲斐があった。がんばって買った甲斐もあった。報われる気持ちが、とても幸せだったのだ。


 そんな自分を、じっと見ている視線に気づき、隣を見る。倉内も嬉しかったのか、笑って花を見ていた。視線がぶつかると、少しだけ踏みとどまった後に、しかし横に逃げてしまったが。


「さあ、手巻き寿司、振る舞いますよ。楓先輩も、フルールを置いてきたらどうですか? 持ってるものを食べたがりますよ」


 嬉しさに回りだしたい浮かれ気分で、花は倉内にそう現実を突きつける。うっと彼が声に詰まり、胸に抱いているフルールを見つめる姿に、またふふっと笑ってしまう。


 彼が愛妻との別れに葛藤している間に、花の手巻き寿司屋は開店した。焼き始められた肉を片手にやってくる人に、希望の具で作ってあげたり、自分で巻く人のお手伝いをしたり。


 エリーズがお肉の串を持ってきてくれたので、ありがたくかぶりついたりしていると、両手を空けた倉内が戻ってくる。


「はい、楓先輩。好きなの巻いて下さい」


 フルールがいないと、少しばかり寂しそうに見える彼を追いたて、花は具の紹介をする。


「花さんも、き、気にせず食べてよ。お客様だし」


 お客様と言われて、居心地が悪くなって花は苦笑いをした。何となく今日は、手巻き寿司職人だってずっと思い込んでいたことがこびりついていて、すぐに剥がれなかったせいだろう。


「じゃあ、楓先輩が作ったら私も食べます」


 目の前の男を出汁にして、こびりついたものをへっぱがそうと考えた花に、へへへと倉内が笑う。


 レタスとツナとシャケとマヨネーズ。倉内が、割とオーソドックスな手巻き寿司を作るのを見た後、花も卵とアボカド、プチハンバーグを巻く。我ながら、なかなか面白いチョイスだと思った。


 そんなお寿司を持って、ジュースをもらって長椅子に座る。パリパリの海苔とそれに包まれた中身にかぶりつき、花は口の中で混じる三種の具を噛み締めた。


 おいしいけれど、普段食べなれない組み合わせの食感に、自分で笑ってしまいそうになる。アボカドが特に浮いている気がした。


 隣の倉内も、もぐもぐと口を動かしている。唇に、マヨネーズがついていた。ついじっと見てしまったら、何かついてると分かったのだろう。ぺろりと舐め取られてしまった。


「お、おいしいよ、花さん」


「たいした料理じゃありませんけど、はは……でも、ありがとうございます、楓先輩」


 ほぼ失敗しない料理ではあるが、それでも良い評価は嬉しい。ちらりと手巻きのテーブルを見ると、エリーズが千恵さんとキャアキャアと珍しい寿司作りにチャレンジしていた。


 そのチーズはどこから出たの、と謎の食材の追加に目が離せない。途中でエリーズがクレープのテーブルに消えたので、あそこかと理解した。戻ってきたエリーズの手にはジャムの瓶──もはや、花は生暖かく見守るしか出来なかった。


 そんな時。


 倉内と花の顔の間に、後ろから白く長いものがにゅうっと伸びてきた。人の腕だ。


「……!」


 突然の出来事に、声も出せないまま花が飛びのくと。


「たっだイまー!」


 豪快な笑いと軽い声が投げられる。そして、少し違和感のある日本語。


「ジャック!」


 振り返るなり叫んだ倉内の言葉に、ああこの人がと花は理解した。まだ、心臓は驚きでドキドキしていたが。


「アロー、楓。こちらの可愛い子チャンは?」


 振り返った花が見たものは、もみ上げから鼻の下、顎の先まで髭という髭がすべてくっついた茶髪の大男だった。


 一番近い言葉を捜すなら──熊。


 思わず花は、セーラー服のエリーズを一度見て後、もう一度熊男を見たのだ。


 遅れてくるというエリーズの兄に、こうして花はお別れの日に初めて会ったのだった。


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