第1章 貧乏青年と行き倒れ少年
「早く帰って封筒作りしないと……」
隣町に荷物を届けて幾分軽くなったリュックを背負い直し、俺は足を速めた。
砂漠の気候は昼と夜で大きく異なる。
出た時には灼熱という言葉がお似合いだった砂漠も、今じゃ凍えるような寒さだ。
慣れているとはいえ、この気候の中長時間歩くのは堪える。
早く家で白湯を飲もうと思いながら歩いていると、視界の端に砂漠ではまずお目にかかれない奇抜な色が視界に入った。
……ショッキングピンクの布が頼りなく揺れている。
自然にはまず存在しないその色を見て、俺は恐る恐るその布に近づいた。
「おい、大丈夫か!」
近づいた先には、一人の少年が苦しげにうずくまっていた。
年の頃は15、6といったところだろうか。この辺で見たことのない顔だから、恐らく旅人だろう。
全身髪まで真っ黒な中に、マフラーのように首に巻かれた布だけが異様に目立っている。
慣れない砂漠で命を落とす旅人は多いから少年も同じだろうと見当をつけて、脈を確認した。
弱くなってはいるものの、しっかりと脈を打つのを確認して、とりあえず胸をなでおろす。
普通なら自業自得だと見捨てているところだが、さすがに少年を見殺しにするのは心苦しい。
いつから倒れているのかはわからないが、幸い息のある少年に上着をかけて背負うと俺は帰路を急いだ。
久しぶりに、借金のことは頭から消えていた。
帰ってからも熱を出した少年の看護に追われた俺は、遅れた仕事を取りもどすために急ピッチで作業をしていた。
夜通しの単純作業は眠気を誘って仕方ないが、文句を言っている場合ではないので黙々と続ける。
少年の額に乗せた濡れタオルを何回取り替えただろうか。空が白んできた頃に、ベッドから小さな呻き声が聞こえた。
慌てて作業を中断し、ベットに駆け寄る。
「お兄さん、誰?」
顔に似合わず低い声をした少年が、かすれた声で咳き込みながら聞いてきた。
水を渡して飲ませながら、状況を説明する。
「怪しいもんじゃない。ここは俺の家で、お前が夜の砂漠で倒れてたから連れてきたんだ。熱があるからまだ起きないほうがいいぞ」
「あんたわざわざ俺を助けたの?随分とお人好しだな」
「普段なら助けないさ。ただ、子供を見捨てたら後悔すると思ったから」
「あんたも子供じゃないか。まぁ、感謝してる。ありがとう」
「……礼は治ってから聞かせてくれ。ほら、もう寝ろ」
「了解。おやすみ」
少年が寝息を立て始めたのを見届けてから、俺は仕事に戻った。
「あんたも子供じゃないか……かぁ」
物心ついた時には母親が一人で俺を育て、借金返済に追われていた。
俺と母親を捨てた親父を憎んだ時期もあったが、昔それを母に言って悲しげな顔をされて以来胸の内にしまってる。
町の子供がごっこ遊びをしている時に皿洗いをし、勉強に励んでいる時に魔物を倒して報酬を得ていた俺にとって、少年から言われた言葉は衝撃だった。
齢二桁を越える頃には少ないとはいえ金を稼いでいた俺には、子供時代と呼べるものなんてないと思っていたのだ。
それが17になり骨格も大人のそれとほぼ変わらなくなってから子供だと言われるなんて……。
なぜかはわからないが、俺はこの時、代わり映えのしないこの毎日に終止符が打たれる予感を感じていた。