Story-4『期待と不安の狭間で』
『960』……。普通は『901』から始まるはずなのだが、そのマンションは大家さんが釧路出身らしく『946』から始まっているのだ。大家さんの説明に妙に納得させられた梓であった。そして、ドアを開け、中に足を踏み入れた。
梓はその部屋を一目で気に入った。一人で住むには8畳は十分な広さだった。入って正面にはベランダがあり、梓を歓迎しているかのように外からは暖かい太陽の光が元気よく差し込んでいる。ベランダに出れば草木の薫りが優しく梓の顔をなでた。眠くなりそうなぐらい気持ちよい部屋であった。梓はその場で申込書にポンとはんこを押した。申込書の『美雪』という字はとても綺麗だった。
「えと、いつから入居するかね?」
大家さんは梓に尋ねた。
「じゃあ、明日から」
即答だった。
明日から
どんな生活が
あたしを待ってるのだろう
明日は何をしてるかな
明後日は
梓の心は期待と不安でいっぱいだった
すっごくドキドキした
そんな梓に向かって
ベランダから見える景色は微笑んでいた
その夜……
「へぇ〜、もう部屋決まったの」
「うん。すっごくイイとこなんだよ。」
「で、いつから住むの?」
「明日だよ」
それを聞いて奈美は嬉しそうに言った。
「本当!?やったぁ〜。」
「ちょっと〜、何それ。゛もっとここに居てよ!゛とかないのぉ?」
「まさか。うるさい居候がいなくなって清々するよ」
「そっか。あたしがいたら男を家に呼べないもんね〜。ごめ〜ん。気が利かなくて」
「ち、違うよ。そんなんじゃ……」
「あ、すっごく動揺してる〜」
「し、してないよ〜」
奈美の手がコップを払い、お茶がこぼれる。
「キャッ!」
「あ〜あ〜、こぼしちゃって。もうしょうがない子だなぁ」
「あんたに言われたくないよ!」
慌てて拭く物を探している。二人の顔には最高の笑顔が浮かんでいる。その夜はなんだかとても楽しかった。でも、どこか寂しくもあった。明日からは別々の生活。会おうと言えばいつでも会えるのだが、なんだか胸が泣いている気がした。