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1日で終わる断罪

作者: 猫舌威
掲載日:2026/09/03

※誤字報告ありがとうございます。

こちらの作品に限らず筆者は、漢字を開く(例:一人→ひとり)ことを多用しております。漢字が並びすぎるときも画面の固さを防ぐため平仮名を使用します。個性としてご理解いただけますと幸いです。


「皆、聴け! 私はクレム・シュニタ公爵令嬢との婚約を、破棄することとする!」



 学生生活をしめくくる卒業式も終わり、皆で空高く帽子を投げ上げた。

 列席した貴族子女の父母たちも、王立学園の長であられる国王陛下の叔父ネリキリ殿下も、拍手で私たちを祝ってくださった。


 その夜、初めてお披露目する、初々しいイブニングドレスとタキシードたち。卒業祝いのパーティーが、王城の西庭で開かれていた。

 庭園にテーブルを並べ、父母たちも交えての立食パーティー。華やかながらも、貴族として、大人としての一歩を踏み出したその会場で。


 私は壇上から婚約者に、指を突き付けられていた。

 婚約破棄……聞き違いかしら?


「まあ、お酒のせいでしょうか、カイザ・シュマーレン殿下。余興にふさわしいお芝居とは思えませんが……」


 せっかくの弦楽四重奏も止まってしまった。歓談の声も、美味しいプチフールをいただく手も。

 けれど、皆聴けとまで仰った第2王子、カイザ・シュマーレンさまの演説に耳を傾けないわけには参りません。

 なにせ、わざわざ王家の庭園で最も格式高い、神降の壇に登っていらっしゃるのだもの。注目してほしいのね。


「酔ってなどいない。私は生徒会長として最後の責務を果たすのだ! クレム、君は在学中、陰湿ないじめを繰り返していたそうだな」

「何のことでしょうか?」

「とぼけるな! 生徒会に泣きついてきた者がいるのだ。こちらに来たまえ、ピーチ・コブラー伯爵令嬢」


 殿下が石段に引っ張りあげたのは、愛らしいピンクのドレスの、ふわふわプラチナブロンドの美少女。

 近頃、殿下がやけに世話を焼いているかたです。

 あらあら、彼女の肩なんて抱いて、仲睦まじいこと。


「このピーチ・コブラー嬢の家格が自分より下だからと、同じ教室に来るなだの、従者がみすぼらしいだのと、君は大勢の前で彼女を貶めていたそうだな!」

「ううっ、殿下、私こわかっ」

「――殿下」


 カイザ・シュマーレン劇場の冒頭。

 ピーチ嬢が貯めた涙をポロリする寸前、殿下と私のあいだに立ちはだかった人がいた。


「お父さま」

「すまんなクレム、私の出るのが遅いせいで、耳障りなものを聞かせた」

「いいえ、ありがとうございます」


 卒業式から出席していた私の父、ファッジ・シュニタ公爵だ。

 殿下&ピーチ嬢の愛の劇場を、父の殺気がぶった切ります。殿下が少し怯えるほどの。


「な、何用だ、シュニタ公爵! ここは生徒が主役の卒業パーティーの席だぞ、親が出しゃばるな!」

()()()()だけに任せると不測の事態に対処できない、そのために我々も出席するのですがね。

殿下こそ、お父君と、公爵たる私に話を通すこともなく、独断で婚約を破棄できるとお思いですか? まだ酔っておられた方がましだと言えそうですが」

「婚約している本人が嫌だと言っているのだ! 私は王子だぞ、不可能なことがあるか!」


 エッ……という空気が庭に満ちます。

 王子は好き嫌いで婚約破棄をするのか。「ピーマン嫌いだから食べない」と言ってるのと同じ。なんと幼い頭か、と。

 お察しいたします。殿下のおつむは性欲以外は5歳児なのです。殿下に接する機会が少ないかたは、ご存知なかったでしょうね。


「まあ、殿下。殿下と私の娘との婚約は、王妃陛下の強いご要望ですわ。破棄なさるなら、まず王妃陛下にお許しいただきませんと」


 カツン、と硬いヒールを鳴らして、母であるトフィー・シュニタ公爵夫人も進み出ます。

 私に降りかかる汚泥を撥ねのけてくれるふたりの背は、なんと頼もしいことでしょう。


 そう、私と殿下の婚約は、公爵家の後ろ盾がほしい王家のたっての希望で我が家に来た話。

 断るなら断れたのだけれど、王妃さまが私を再三お茶会に招き、息子をどうか支えてと懇願されては、公爵家は折れざるをえない。

 私としては、おこちゃま王子との婚約が破棄されても、名誉は傷つけど、心は全く傷つかないのです。

 ずい、と父が子ネズミを睨む猟犬の目で、殿下に詰めよります。


「更に先ほどの殿下のお言葉は、もし偽りならば、殿下こそが我が娘を大勢の前で貶めたのです。娘の罪状とやらの証拠は、ございましょうな?」

「え、あ……、と、とぼけるなクレム! 証拠は揃っている!」


 ああ、私がとぼけること前提での台詞と段取りがあったのですね。こちらから証拠を出せと急かされるなんて思わなかったのでしょう。

 ガチガチに脚本で固めて、ほんの少しのアドリブにも対処できないなんて。人生経験で大人に、私の父に勝てるとお思いですか、殿下?


 スタンバイなさっていた男子生徒が、予定より遅い呼び出しに応じて勢ぞろい。

 神降の壇に登り、公爵である父を見下ろしていますが、その位置は正しいと思っているのかしら?


「彼らは」

「ほう、リモーネ宰相の嫡子にオランゼ大臣の三男坊、マロンヌ騎士団長の次男坊か。よろしい、君たちが家門を背負って証言することを期待する」


 殿下が『第2王子の側近』という学園時代の立ち位置を強調するより先に、父が彼らを『貴族家の大人』扱いした。

 私たちは今日から成人、家を背負ったのだもの。嘘の証言はすなわち、家の信用を落とすことになるのですからね。

 そして彼らの顔と家名を全て把握していた父、さすがです。


「ぐ……、か、彼らは、私の側近であり、ピーチ嬢の危機を救ってきた者たちだ! さあ、君らが見たクレム・シュニタ公爵令嬢の悪行を証言してくれ!」

「は、はい。私は、ピーチ嬢が階段の下で倒れているところを発見し…………ましたが、クレム公爵令嬢が突き落としたところは見ておりませんっ!」


 壇を駆け下りるリモーネ宰相の嫡子。

 殿下とピーチ嬢、二度見。


「はあっ!? だ、だがクレムが嫌疑が掛かるような性格だったのは確かだ。次っ」

「わ、私はクレム公爵令嬢が、ピーチ嬢に教室から出るよう注意していたのを聞きましたが…………あの教室は上位貴族のサロンでしたので、ピーチ嬢は入ってはいけませんでした。正しいのはクレム公爵令嬢の方ですっ!」


 壇をそそくさと降りるオランゼ大臣の三男坊。

 殿下とピーチ嬢、驚愕。


「はあぁぁ!? ……ま、間違って入室した者に優しくしなかったとは、冷たい女だ。次っ」

「は、俺……私は、その……ピーチ嬢の従者の服が破けていたのを、クレム公爵令嬢が、着替えはないのかと言って」

「服が破れていた原因は?」


 父が鋭く切り込みます。

 ピーチ嬢が「クレムさまは、私の従者をみすぼらしいって言ったんですぅ」と涙声で訴えてはいるけど、父が返す。


「みすぼらしくなった原因を訊いているのだ。君は半裸の若い男をはべらせて登校したのか? そういった趣味があるのか?」

「じゅるり……い、いえ、そんな趣味あるわけないじゃないですかっ! そんな格好、したくてしたわけじゃないのに、クレムさまは酷い言葉を」

「なら破れたのは学園に着いてからだろう。破れた原因は?」


 父のごもっともな状況整理です。生徒は観念し、白状。


「……っ、ピーチの護衛には、俺の方がふさわしいと思い、従者と剣で勝負してボコボコにしました、すみませんっ!」


 壇から飛び降りる騎士団長の次男坊。

 殿下とピーチ嬢、唖然。


「我が娘を貶めるための手廻しは以上ですかな、殿下」


 静かな青い怒りの炎を纏い、父が殿下へ歩み寄る。気圧された殿下が後ずさる。


「まさかとは思いますが、そちらのピーチ・コブラー伯爵令嬢と懇意になり、ご自分の不貞を隠すため我が娘を貶めた上で切り捨てる、とのお心ですか」

「ち、違う、順番が逆だ! クレムが性悪だから婚約破棄し、ピーチを娶ろうと……」

「その性悪の証拠は今、全て覆りましたが?」


 そうですわね。

 しかし婚約破棄する理由が本当に、おこちゃますぎますわ。たいして労力を使わないでっち上げ、形ある証拠ではなく、買収でどうとでもなる証言頼り。

 せめてピーチ嬢を狙ったとする毒を用意するとか、馬車の車輪に細工した跡を残すとか、物的証拠を集めませんと。


 でもそれも、父なら毒の入手経路、車輪の傷の不自然さなどを暴いて終わりでしょうね。

 うちの父、国の表も裏も知り尽くす公爵閣下ですから。


「カイザ、このくだらない茶番は、お前の父に報告させてもらうぞ。公爵とご令嬢に謝罪せよ」

「そんな、大叔父上っ」


 殿下にとっては祖父の弟であるネリキリ殿下が、怒り心頭を眉間のシワに残し、場を辞した。

 庭は社交場。貴族家が耳をそばたてるこの会場での事件が、国の貴族全てに広がるのにそう時間はかからないでしょうね。


 私を婚約破棄された惨めな令嬢にしたかったのは、はたして殿下か、それとも……


「そういえば、ピーチ・コブラー伯爵令嬢。君の従者は騎士団長の息子に簡単に敗北したようだが、そんなに弱い者を従者にしているのかね」

「えっ……」


 父の矛先が自分に向いて、ピーチ嬢が引きつった。

 そうね、従者は単なる荷物持ちじゃない。護衛としての剣の腕も必要のはずだけど……


「それは! だから俺がピーチの護衛になろうと!」


 あら、壇上から降りたはずの騎士団長の息子が再登壇しましたわ。

 そういえば彼らは皆、重要役職のお家柄。私たちと違って、お父君はこの場にいらっしゃらない。

 だから歯止めが効かないのね……お可哀想に。


「ピーチは、俺に真実の愛を誓ってくれた。従者に関係を迫られ、殿下にも毎日、舐めるような目で見られるのが耐えられないと……俺と一緒になると、ベッドの中で!」


 ザワ……。

 夜の庭園に、さざなみのように動揺が拡がります。

 殿下に肩を抱かれているピーチ嬢の二枚舌にか、殿下と従者のセクハラにか、あけすけな情事の暴露にか……全部かしら。


「殿下ぁ、この人、勘違いしちゃってますぅ」

「そ、そうだな。ピーチは真実の愛の姿を、俺との逢瀬で見せてくれたのだぞ。お前ごとき眼中にない!」


 買収がお金でなく真実の愛とかいうものなのは分かりましたが、ずいぶん安売りなさっていたのねピーチ嬢。

 弾けんばかりにドレスに詰まった胸を、今も殿下に押しつけてらっしゃるのは、殿方を虜にする手口の一端でしょうか。

 庭の動揺の波をかき分けて、先ほど壇を降りたふたりも舞い戻って来ました。


「そんなはずはない! ピーチは私の腕の中で、共に生きようと言った。次期宰相の私こそ、ピーチの真実の愛の相手だ!」

「嘘だ! ピーチが私に囁いた言葉こそが真実の愛! 彼女は、お腹に私との子供がいると言ってくれた!」

「え、ピーチ……?」

「みんな嘘つきですわぁ! 助けてくれたのは感謝してるけど、私の体が目当てだったのね! 私が狙っ……愛してるのは殿下だけなのにぃ!」

 

 ザワザワザワ。

 もはや、さざなみどころではなくなってきましたわ。岩をも砕く大波ですわ。


 第2王子と重鎮の息子たちが、ひとりの少女に手玉に取られていることが露呈しました。

 庭園の片隅で、3人の女生徒とその両親と思しきかたがたが、壇上の彼らを嫌悪の眼差しで睨んでおられます。あの令息たちの婚約者でしょうか。


 婚約者が公衆の面前で不貞を認めたのです。婚約破棄を提案し、ちゃっちゃと次を探した方が良さげですわね。私もそうしますし。


「では、殿下。我が娘との婚約破棄のお申し出、確かに受領いたしました。後ほど書面にてその旨をお届けします。今夜の顛末と共に」

「ま、待て!」


 白けきった庭園から、皆さまぞろぞろと退出なさっています。壇上の5人を除いて。

 私と母の背を押した父も踵を返すと、何故か引き留めるような殿下の声。


「公爵、それからクレム嬢。私は今やっと、酔いが覚めたのだ。強い酒を飲んだようで……何も覚えていない。記憶がないのだ。今夜の私の発言は、なかったことにさせてくれないか?」

「できませんな」


 父、一刀両断。 


「殿下がそちらの令嬢を愛するように、私共も娘を愛しておりますので」

「く、クレム嬢! お前、いや、君は、私の婚約者だった君は、私を信じてくれるだろう?」

 

 あらあら殿下。そんな、すがるような目で私をご覧になられても。


「殿下ったらひどい! クレムさまに代わって、私が何度もお慰めしてあげたじゃないですかぁ」


 可愛いらしく甘える娼婦を腕にぶら下げて愛を乞うだなんて、ナンセンスですわ殿下。


 私から婚約破棄を告げてあげますわね。


「都合の良いときだけ愛を求める殿方に、私の未来を捧げるなんて、まっぴらですの。ごめんあそばせ」




 後日、我が家と、ピーチ嬢に弄ばれたご子息の親およびご子息の婚約者の親たち、そして王立学園の教師たちが結成したPTAは、コブラー伯爵家に多額の賠償金を出させ、学園の健全育成教育に全額寄付したそうです。

 作成されたポスターが、こちら。


『婚約者に婚約破棄を告げられたときは、あわてず騒がず、親に連絡を』





観客のいない庭園ではその後、引く殿下、押すピーチ、ポンコツ側近三羽ガラスに、M従者が飛び入りして真実の愛の劇場2時間スペシャルが繰り広げられました。

断罪ってだいだい1日で終わらね?というのはごもっともです(笑)。しーっ。

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― 新着の感想 ―
ピーチの脇が甘過ぎる ピーチだけに甘いって喧しいわ
>殿下のおつむは性欲以外は5歳児なのです。 めっちゃ的確で笑った。 公爵パパかっこ良し!
ポンコツ側近が秒でゲロる展開、面白かったです!
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