第4話
浴室のドアは、玄関のそれとは違った。
薄い。
軽い。
いかにも力をかければ割れる、安っぽい木製。
ドアノブを握った瞬間、それがわかった。
——閉めなきゃ。
鍵に手を伸ばしたい。
でも、離せない。
両手でドアノブを掴んでいないと、
一瞬で開けられる。
震えが止まらない。
腕が勝手に跳ねる。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
——殺される。
思考はそれしか残っていなかった。
棒。
何か、武器になるもの。
よくある。ホラー小説なら。
この辺に都合よく——
ない。
いや、見えていないだけ?
いや、違う。
こんな時、人は冷静になんてなれない。
周囲を見渡す余裕なんて、最初からない。
声を出せばいい?
助けを呼べばいい?
——無理だ。
気づかないのだ。
声を出す、という選択肢に。
喉は塞がっている。
肺は動いているのに、音にならない。
ただ、手に伝わる力だけが現実だった。
——ギッ。
ドアが、わずかに鳴る。
向こう側にいる。
重さが、伝わってくる。
「おまえがっおまえが…ちゃんと運転しなかったせいで、大勢の乗客があの事故で亡くなったじゃないかああ!」
何を言っているんだ?
これだけはわかる。
この男は狂ってる。
こわい…
ドアノブを持つ手だけが小刻みに震える。
——チッ。
舌打ち。
次の瞬間、
ドアを押す力が、すっと抜けた。
……え?
拍子抜けするほど、急に。
ドアノブにかかっていた圧が消え、
私の体だけが前にのめる。
逃げた?
諦めた?
——違う。
お向かいの男の背後。
小さな声。
「おかあさん ……」
理解してしまった。
こいつの意識が子どもにシフトチェンジしたことを……
その瞬間。
扉の向こうから、
低く、はっきりした声がした。
「1人じゃなかったのか?」
血の気が、音を立てて引いた。
——私じゃ、ない。
理解した瞬間、
体が冷たくなりすぎて、動かなかった。
守るべきものが、
見つかってしまった。




