死の気配
「坂入さん、朝食をお持ちしましたよ。」
「ん……。師長さん、おはようございます。」
「最近河野が入り浸っている様ですが、ご迷惑ではないですか?」
「いえいえ、励みになってます。」
今日は陽太さんは休み、看護師長さんが朝ご飯を持ってきてくれる。
俺はそれを受け取りながら、体に少し違和感を感じた。
「痛み……?」
「どこか痛みますか?」
「痛いって程じゃないんですけど、なんか違和感がありますね。しこりっていうか、なんていうか。」
看護師長さんは、それを聞くと眼つきが鋭くなる。
患者の容体、それは看護師が一番気にしなきゃならない事だろうし、小さな事でも見逃さない、っていう感じなんだろう。
「では、今日検査をする様に先生にお伝えしておきますね。痛みなどありましたら、遠慮なくナースコールを押してください。」
「はい、わかりました。」
癌があるって言われた、すい臓と肺にちょっとした違和感を感じながら、でもまだ大丈夫かな、なんて思いつつ、俺は朝ご飯を食べる。
「坂入さん、胃に転移していますな。これから先、食事をとれなくなる可能性があります。」
「そうですか……。いよいよ、って感じなんですね。」
「相変わらず落ち着かれている。取り乱される方の方が、多いのですがね。」
検査が終わって、診察室に移って。
先生は、不思議そうに俺の顔を見てて、俺自身それはなんでなのかはよくわかってない。
これから先、ご飯が食べれなくなる、つまり衰弱していくっていう診断なのに、落ち着いてる。
「まあ、坂入さんがそれで良いのなら良いのですが。ここから先、苦しくなりますよ。痛みも出てきているとのお話ですし、鎮痛剤を出しておきます。それが効かなくなってきてしまったら、モルヒネに移行します。」
「わかりました。」
胃に転移した、これでもう体はボロボロだろう。
モルヒネを打つ、って事は、意識がしっかりしない日が近いうちに来るって事だ。
俺は、何が出来るか、何なら出来るか、を考えながら、病室を出て行った。
「ふぅ……。」
「あ、悠介さん。おっつー。」
「雅也君、お疲れ様。」
診察室のある一階で、ちょっと休憩してると、雅也君がこっちに来てくれた。
たまたまフラフラでもしてたのか、俺に気づくとニコニコ笑いながら駆け寄ってくれる。
「検査?」
「うん、検査。胃に移っちゃってるって、言われたよ。」
「そっか……。あのさ、俺、来週退院する事になったんだよ!もう治ったって、せんせーが言っててさ。でも、……。ごめん、悠介さん、長く生きて行けないって言ってたのに。」
「嬉しいよ、雅也君が元気になってくれてるのは。まるで、俺まで元気になったみたいに、思っちゃうんだ。だから、嬉しいって気持ちは、抑えなくて良いんだよ。」
「そっか……。せっかく友達になったのに、もうお別れって、なんか寂しいな……。悠介さん、見舞い、行ってもいいか?」
嬉しい様な寂しい様な、って顔をしてる雅也君。
俺は、雅也君のぽっぺたを軽くつねって、笑う。
「いつでもおいで。俺達、友達だろう?会いたいと思ってくれた時に、来てくれれば嬉しいよ。」
「ホントか……?お前だけ退院しやがってって、言わねぇのか……?」
「なんでそんな事を友達に言わなきゃならないんだい?友達が病気が治って退院なんて、嬉しいよ?」
多分だけど、同室の人にでも言われたんだろう。
嬉しかった気持ちに水を差されて、それで居づらくなって出てきた、って所かな?
「悠介さん、俺……。俺、応援してっから!治んねぇかもしんねぇけど、元気でいられる様に。だから……、友達、続けていいか?」
「寂しい事言わないでおくれよ?一度友達になったのに、次の日には友達辞めます、なんていうわけがないじゃないか。誰がなんと言っていおうが、俺達は友達だよ。」
寂しそうにしてる雅也君、俺は素直な気持ちを話す。
雅也君は嬉しそうにはにかんで、俺は愛おしくて頭を撫でる。
「まーくん?お知り合い?」
「あ、母ちゃん。友達の悠介さん、浩希の父ちゃんなんだって。癌、なんだってさ。」
「浩希君のパパ?あー、お久しぶりね。貴方は覚えていらっしゃらないと思うけれど、私は雅也の母です。浩希君、最近元気がなかったから、どうしたのかと思ったら。パパが癌だなんて、それは元気もなくなるわね。」
近くの病室から、三十代後半くらいの、雅也君に似た細目のお母さんが出てくる。
雅也君が友達だって話すと、嬉しそうに笑って、でもちょっと複雑そうな顔をしてる。
「癌、治るの?」
「浩ちゃんが、お世話になってます。余命半年、って九日前に言われました。今日検査したら、胃に転移してるって話です。」
「あら……。残念ね、浩希君はパパのお話をするとすごく嬉しそうにしていたから……。こんな事、貴方に言うのは間違ってるのでしょうけど、浩希君と弟君、遺されてしまうのは悲しいわね。」
「きっと、いつかわかってくれるって思ってます。俺のエゴかもしれないですけど、今教えた事が、きっと人生のどこかで役に立ってくれる、って。」
雅也君のお母さんは、悲し気な顔をしてる。
自分の息子の癌は治った、もう退院目前、それは嬉しいのだろうが、浩希の事を考えてくれてるんだな、って言うのがよくわかる。
雅也君が命の危機にあった、って言うのも、そう言う事を考えるきっかけになったんだろう。
「まーくん、私は悠介さんとお話があるから、先に戻っていて頂戴?」
「うん。悠介さん、まったね。」
「またね。」
雅也君を病室に戻らせると、雅也君のお母さんは俺の座ってるベンチの横に座って、こっちを見てる。
「なんて言えば良いのかしらね……。何とか、ならないの?」
「先生は手を尽くしてくれました、これ以上望むのは間違いだと思ってます。」
「そう……。私ね、浩希君が元気なところ見るのが、好きだったのよ。まーくんにも懐いてくれていたし、あの……。」
「ありがとうございます、お気遣いいただいて。でも、大丈夫ですよ。遺されるあの子達は辛いでしょうけど、でも、沢山の人達が一緒にいてくれますから。きっと、乗り越えてくれる、きっと、また元気になってくれる。俺は、そう信じてます。」
「そう……。なら私も、その輪に加えてもらえないかしら?まーくんが癌になって、ずっと怖かった。浩希君やお姉さんの怖さを、私はわかると思うの。だから、貴方が死んでしまった後、私に出来る事があるのなら、したいわ。」
気持ちが浮ついてても仕方がないって時に、誰かの心配をする。
この人はいい人だなって思って、顔がほころぶ。
「綾ちゃん、気丈に振舞ってるけど、心の中では何かがあると思うんです。お願いしても良いですか?色眼鏡じゃなくて、傍にいて欲しいって。綾ちゃんの話し相手になってあげて欲しいんです。あの子、そう言う事を話したがりませんから。」
「わかったわ。……、浩希君パパ、貴方は強いのね。私、まーくんの癌が見つかってからずっと、気が気じゃなかったの。死んじゃうんじゃないか、もう一緒にいられないんじゃないかって。それが、まーくんにも伝わってたのね。子供って、親の事を私達以上に見てるから。……。浩希君は、頑張ってるわ。貴方に見えているかどうかはわからないけど、ずっとね。」
「ありがとうございます。浩ちゃんも悠ちゃんも、頑張ってるんだなって、伝わってきます。俺に笑顔でいて欲しいから、自分達も笑ってようって、多分どっかで考えてるんだと思います。俺はもう長くは生きられない、それは変えられない事実です。だから、あの子達が誇れる様な父親でありたい、あの子達を愛している事を伝えたいんです。」
「伝わるわよ、きっとね。」
多分、俺は寂しそうな顔をしてるんだと思う。
雅也君のお母さんは涙目になりながら、膝の上で軽く握りしめてる俺の手に、手を重ねて頷いてくれる。
「じゃあ、まーくんとまた会いに行くわね。悠介さん、ありがとう。まーくんの気持ちを、汲んでくれて。」
「いえいえ、俺の方こそ。」
「それじゃあね。」
「はい、また今度。」
雅也君のお母さんは、そう言うと立ち上がって、俺の頭を撫でてから、病室に戻って行った。
頭を撫でられるのなんて何時ぶりだろう、なんて思いながら、俺も病室に戻った。
「坂入さん、食欲はありますか?」
「まだ大丈夫です、食べれてます。」
「そうですか……。胃に転移された方でステージ4に行ってしまうと、ほとんどの方が点滴になります。出来るだけカロリーのあるものを、少量食べるのが良いかと思われます。嘔吐や胸やけ等ございましたら、すぐお呼びになってくださいね。」
「はい、わかりました。」
昼ご飯を食べ終わって、看護師長さんが話しかけてくる。
事務的な話、というか注意事項みたいな感じだったんだけど、まだ食べれてるから大丈夫かな、って思ってる。
「坂入さん……。坂入さんは、本当は河野をどう思われていますか?鬱陶しくはありませんか?余計なお世話だと思いませんか?」
「思ってませんよ。心の底から、あんな看護師さんと出会えて良かったな、って思ってます。」
「そうですか……。……、実はですね、河野を解雇しろと言う話が上がっておりまして。」
「解雇?辞めさせるって事ですか?」
「患者さんからの苦情が多くてですね。私は、坂入さんの様に受け入れてくださってる方がいらっしゃる、という話をしたんですが、他の看護師が辞めさせないのなら自分達が辞める、と言い出す始末でして……。いや、この様なお話をするべきではありませんでしたね。」
陽太さんが辞めさせられたら。
俺は正直、元気でいる自信がない。
陽太さんが無理をしてるのはわかってる、でもあの明るさに助けられてるんだ。
だから、少なくとも、俺が死ぬまでは辞められちゃ困る。
「俺、陽太さんが辞めっちゃったら、多分転院しますよ?陽太さんが近隣で再就職するのなら、ですけど。」
「河野を庇ってくださるんですね。……。あれは本当に、いい奴なんですよ。ただ、空回りして、周りをイラつかせてしまうんです。坂入さんは、そんな河野を友達とおっしゃられている。それは、河野にとって原動力になっているんですよ。根暗の癖に、元気に振舞う理由。それは、坂入さんみたいに言ってくれる人がいるから、だと思いますよ。」
「波長が合うんでしょうね、俺と陽太さん。お互い、無理してるってわかってても、それを口に出さないで、一緒に頑張ろうって思える。そんな素敵な人、中々いませんよ。辞めさせるのは、病院にとっても損失になると思います。むしろ、他の看護師さん達は暗すぎる。患者に寄り添ってるつもりでいて、それでいて自分達のことしか考えてない。結局、暗くしてる方が患者さん受けが良い、自分達が楽だってだけでしょう?」
ちょっと、怒ってるかもしれない。
あんなに素敵な人を、馬鹿にしてる他の看護師の方が、根暗で病院の空気を悪くしてるんじゃないかって。
自分のことしか考えてない、そんな人達に、陽太さんを侮辱する権利なんてない。
事実、陽太さんは休みもろくに取らずに、一日十二時間以上は働いてる。
人手が少ないですから、なんて言ってたけど、そんな事をしてるのは、他には看護師長さんだけだ。
「陽太さんがどれだけ頑張って、どれだけ辛いか。そんな事もわからない奴ら、辞めればいいんですよ。きっと、新しい人は来てくれるんだから。」
「……。坂入さん、河野の為に怒ってくださってるんですね。本当に、そんな方がいらっしゃると知ったら、河野は喜ぶでしょう。それだけで、無茶な連勤をしてしまえる程に。」
「本心ですよ。俺は本気で、陽太さんの人柄が好きなんです。だから、辞めて欲しくないし、そんな人を悪く言う人達なんて、ろくなもんじゃありませんから。」
看護師長さんは、俺が怒ってるのに驚いてたけど、ふと笑みを漏らす。
その意味は多分、看護師長さんは、なんやかんやで陽太さんを認めてるからだろう。
「もう一度、私の方から報告をしてみます。流石に、訴えている全員に辞められてしまったら、病院の運営が出来なくなってしまう。しかし、河野をそんな風に思ってくださっている方がいる、それは大きな力になると思いますので。」
看護師長さんがそう言ってくれて、俺は眉間に寄せた皺を少し緩める。
でも、そんな事を言う看護師が何人かいる、そんな中で働いてる陽太さんが、気の毒になってくる。
患者さんには怒られて、同僚には嫌われて、報われないことが多いんだなって。
「俺も、少し考えておきます。」
「何をでしょう?」
「もしかしたら、芽吹くかもしれない事、ですよ。師長さんにはちょっと酷なお話かもしれませんけど……。でも、陽太さんにとって、いい結果になる様に。」
「そこまで思っていただけるなんて、本当に河野は運がいい。ありがとうございます、坂入さん。私は……。私は、貴方を尊敬しますよ。きっと、どんな提案だろうと、河野は喜んでくれるでしょう。」
そう言って、看護師長さんは食器を下げて病室を出て行った。
俺は、陽太さんのこれからについて、何か出来ないか、俺に手伝える事は無いか、って考え始めた。
「どうしたの?悠介。」
「浩介……。陽太さんの事で、ちょっとな。」
「陽太さんの事?」
気が付けば夜六時、浩介が椅子に座って俺の方を不思議そうに眺めてた。
俺は結構眉間に皺を寄せて考え事をしてて、そんな俺を久々に見たから、何かあったんじゃないかって、不思議がってるんだろう。
「陽太さんを解雇しろ、って話が上がってるんだってさ。」
「え……?あんなに良い人なのに?」
「明るいキャラがうざったらしい、なんてくだらない理由だってさ。ふざけてるよな。」
「本当に……?それなら確かに、怒ってても仕方ない、かな。悠介、友達が理不尽な目に合うの、大っ嫌いだもんね。」
思いかえせば昔、中学生の頃。
浩介の事をゲイだなんだっていじめてたやつら、殴って問題にしたっけ。
先生巻き込んで、クラス中巻き込んで、絶対に浩介を守るって。
そんな事があったのを覚えてるからか、浩介は俺が怒ってる理由には驚かなかったみたいだ。
むしろ、変わらないんだね、って笑ってる。
「それで、陽太さんのこれからについては、何か考えがあるの?」
「なんで俺が考えてる事わかった?って、浩介ならわかるか、嬉しいな。」
「そりゃね、仮にも一番近くで悠介を見続けてきたし、守ってもらってたんだし。それくらいわからないと、変でしょう?」
浩介は、当たり前でしょ?って俺の手を握る。
俺の手、少しずつ小さくなってきたというか、前は結構太かったのに、少し細くなってきたなって、浩介に握られてる感覚で理解する。
「悠介、痩せちゃったね。だいぶ、辛いんじゃない?」
「……。胃に、転移してるって。ステージ上がっちゃったら、多分ご飯を食べれなくなって、点滴になるだろうって、今日言われたよ。体重、今七十五キロ位まで落ちちった。」
「……。どんな悠介でも、僕は大好きだよ。ぷにぷにしてるお腹も好きだったけど、悠介の魅力はそれだけじゃないから。沢山の魅力があって、僕は惚れたんだからさ。」
「俺もだよ。多分、浩介がどんな姿になったとしても、俺は大好きだ。だって、浩介の見た目も好きだけど、それ以上に性格に惚れたんだから。」
「こんな僕の為に、ずっとありがとう、悠介。」
「こんな僕、は禁句だろ?それは言わないって、約束しただろう?」
付き合い始めた頃、浩介は自己評価がとっても低かった。
学校ではいじめられてて、野球クラブでは上手に出来なくて、ってずっと落ち込んでて、それでもずっと頑張ってて。
俺は、そんな浩介を見てたくなくて、浩介のひたむきな所に惚れて、付き合い始めたんだ。
いじめに向き合って、野球の練習に付き合って、浩介は少しずつ明るくなっていって。
その頃に、こんな僕の為に、はもう言わないでいようって、約束したんだ。
「そうだったね。ごめんね、悠介の方が辛いのに。」
「そんな事ないよ。浩介達の方が辛い、って俺は思ってる。独り逝くのは寂しいけどさ、遺される方が辛いんだって、良く知ってるから。」
俺の両親、兄弟は、事故で亡くなった。
元々俺は家族と仲が悪くて、所謂放置子、ネグレクト、って言うのを受けてて、大学に行ってからは一人暮らしをしてた。
そんな俺を置いて、兄貴と弟と両親が旅行に行って、それで交通事故にあって即死。
仲が良かったわけでもないのに、俺は独り遺されて、辛かった。
浩介達がいてくれたから立ち直れたけど、もし傍に誰もいなかったら、今頃まだ失意の中にいたと思う。
「悠介は、人の事を思いやる事が得意。でも、自分の事を想ってあげるのが苦手だからね。」
「そうかもしれないな。自分の事、ちゃんと考えてやった事、あんまりなかったかもしれない。でも、それでも良いんだ。そんな俺の傍に、沢山の人がいてくれるから。俺が俺を大事に出来なくても、俺を大事に思ってくれる人達がいるから。だから、俺は生きてこれたんだ。」
放置子、だった名残なのかもしれない。
自分にいまいち関心が持てなくて、誰かが支えてくれて、始めて立って歩ける。
昔は独りでも大丈夫だったはずなんだけど、いつの間にか、誰かが傍にいてくれる事が当たり前になって。
「俺、ずっと感謝してるんだ。浩介達が、俺の傍にいてくれたから、俺は頑張ってこれたんだって。もしも浩介達がいなかったら、今頃俺、生きてないよ。」
「そうかな。それでも、誰かの為に何かをしてたんじゃないかな?」
「ううん、浩介がいてくれたから、誰かの為にって思える様になったんだから。」
そっか、って言って、浩介は寂しそうに笑う。
嬉しい、けど、本当は自分の為に何かを出来る様になって欲しい。
それは、三年前、カウンセラーを始めた頃に言われた事だ。
自分を守る術を知らずに、誰かを守る。
それが危うい事だって、浩介はわかってたんだろう。
だから今、俺は自分の気持ちをよくわからないままでいる。
辛いんだろうな、とは思ってるけど、何が辛いのかに気づくのに時間がかかったし、まだ理解しきれてない部分が沢山ある。
「時々ね。悠介が、泣きそうに見える事があるんだ。ずっと前から、本当は守るんじゃなくて、守って欲しかったんじゃないかって。でも、僕には何も出来なかった。悠介が守りたいって思ってくれて、それが嬉しくて、悲しくて。それに気づいた時には、もう僕達の関係性は決まってたから。」
「……。俺、そんな風に見えてたか?」
「うん。本当に時々だったけどね。今ならなんとなく、理由がわかる気がするんだ。悠介は、向き合ってほしかったんだろうなって。お父さんお母さん、お兄ちゃんに弟君、学校の先生、僕、悠治。誰でもいいから、誰かに向き合ってほしかったんだなって。今でも、そうなのかなって。だって、悠介、寂しそうなんだもん。入院してからずっと、ずっと寂しそうなんだもん。」
浩介は、いつの間にかこんなにも、誰かの事をしっかり見れる子になってたんだろうか。
俺の知らない所で、成長してたんだな、見られてたんだなって思うと、安心するし嬉しい。
「今からでも、遅くないかな……?悠介、我儘言って良いんだよ?僕だって、頑張りたいんだ。悠介の為に、皆の為に。」
「……。ありがとう、浩介。そう言ってくれてる事が、俺と向き合ってくれてる事なんだよ。だから、俺は今のままでいい。確かに寂しいけど、嬉しいから。」
我儘、なら沢山言ってる。
俺は、皆に前を向いてもらいたい。
それは、俺の我儘だ。
皆の為でもある、それは嘘偽りのない気持ちだ。
でも、それは同時に、俺が安心したいからっていう理由でもある。
安心して逝きたいから、安心して後を託したいから。
「浩介は、ずっと俺を見てきてくれたんだな。気づけなかったの、ごめん。向き合ってくれる人がこんなに近くにいたのに、それに気づかなかったなんて、俺は損をしてるな。」
「今からでも遅くないよ、悠介。残された時間は短いかもしれないけれど、それでもさ。」
「ありがと、浩介。」
嬉しくて、浩介の頭を撫でる。
だいぶ痩せた俺の指が、浩介の坊主頭を撫でると、浩介は懐かしそうな顔をする。
そう言えば、昔は何かと頭を撫でてたっけ。
浩介が泣いてる時、落ち込んでる時、頑張った時。
色んな事があって、そのたんびに頭を撫でてたなって。
それも、今思うと、俺がして欲しかった事なのかもしれない。
ただ、優しく頭を撫でて欲しかった。
それだけで、嬉しかったはずなんだ、って。
「悠介、泣いてるの?」
「あれ……?泣いてるつもり、無いんだけどな。」
「辛いのなら、辛いって言わないと、心がしんどくなっちゃうぞ。悠介が言ってくれた事だけど、今度は僕の番だ。」
そう言って、浩介が頭を撫でてくれる。
俺は、ぽたぽたと涙をベッドシーツにこぼしながら、それを嬉しいと感じてた。
「それじゃあ、また明日来るからね。陽太さん、明日はお仕事来るかな?」
「あの人、いつ休んでるかわかんない位、ずっと仕事してるから。多分、いると思うよ。」
「わかった。悠介、明日ね。」
「うん、また明日。気を付けて帰るんだぞ?」
はーい。
って浩介は言って、身支度をして帰って行った。
残された俺は、浩介が撫でてくれた感触を思い出して、一人で笑ってる。
雅也君のお母さんがしてくれた、その時何かを感じた様な気がしてた。
それが、こんなにも嬉しい事だったなんて、知らなかった。
もう、あと少ししか、一緒にいられない。
でも、それでも嬉しかった。




