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あと少しだけ、傍に居たい。  作者: 悠介


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8/13

入院友達

「……。」

 朝五時、夢から醒める。

 嫌な夢ではなかった、幸せな夢だった。

 でも、もう出来ないんだと思うと、悲しい。

 本当は、もっと沢山、色々な事を教えてあげたかった、色々な事を一緒にしてあげたかった。

 もう出来ないんだ、って思うと、また涙が流れてくる。

「浩ちゃん、悠ちゃん……。」

 二人は、幸せそうに寝てる。

 この寝顔ももう見れない、昨日は特別に看護師長さんが許してくれただけだ。

 もう、二度と。

 こんな風に幸せそうな寝顔が見れない、もう二度と、子守歌を歌ってあげる事が出来ない。

 それが、こんな悲しい事だなんて、思えなかった。

 大人になって、好きな人を連れてきて。

息子達をよろしく、なんて言う日がいつか来るのかな、とか思ってたのに。

 現実は、忘れられない悲しみと一緒に、俺に襲い掛かる。


「ふああぁぁぁ……。父ちゃ、おはよ!」

「おはよう、浩ちゃん。」

「ぐっすりねれた?」

「うん、いっぱい寝れたよ。」

 色々考えてる内に、朝六時。

 浩希が先に起きて、ニコニコしながらはようって言ってくれる。

 懐かしい、もう何か月も聞けなかったその言葉が、嬉しくて、悲しくて、切なくて。

「悠ちゃん、あさだよ!」

「ふあぁ……。おはよー!父ちゃ!浩ちゃ!」

「おはよう、悠ちゃん。」

 浩希が悠介を起こして、悠介も元気よく目を覚ます。

 二人とも寝起きは良かったなって思い出しながら、頭を撫でると、嬉しそうに目を細めてる。

「あさごはん、なんだろー?」

「何だろうね?味が薄いから、あんまり美味しくないかもしれないな。」

「父ちゃといっしょだから、おいしいよ!」

「そっか、嬉しいな。」

 まだ朝六時だから、朝ご飯まではもう少し時間がある。

 いつもなら起きて歯磨き、なんだけど、そう言えばお泊り用のセットを持ってきてもらうのを忘れてたな、って思い出す。

「ぼくね、ゆめみたの!父ちゃといっしょに、キャッチボールしてたんだ!」

「……。父ちゃも、同じ夢を見たよ。浩ちゃんとキャッチボールしてて、悠ちゃん浩介と一緒に砂遊びをしてて、それで……。」

 夢なんだ、もう叶わないんだ。

 そう言いそうになって、堪える。

 この子達には笑顔でいて欲しい、俺の感情で泣かせたくない。

 だから、言いたい事は言えない、伝えたい事だけを伝えなきゃならない。

「浩ちゃん、悠ちゃん。いつか、好きな人が出来たら、ずっと大切にしてあげるんだよ?どんな人を好きになるかはまだわかんないけど、でも、父ちゃと浩介達が浩ちゃん達にそうした様に、いっぱい愛してあげるんだよ?」

「父ちゃのことだいすきだから、だいじだもん!にいちゃたちも!」

「ぼくもー!」

「きっと、わかる日が来るよ。いつか、俺の言葉がわかったら、その時に思い出しておくれ。それが、父ちゃの幸せだから。」

 別れは悲しい、でも、別れの日は近い。

 だから俺は、俺に教えられる事を教えたい。

 それを今理解出来ずとも、いつか大人になったら、理解出来るって信じて。


「悠介さーん、朝ご飯ですよー?おチビちゃんたちにもありますよー?」

「陽太さん、ありがとうございます。浩ちゃん、悠ちゃん、この人は看護師さんで、父ちゃのお友達の陽太さんだよ。」

「陽太さん、おはようございます!」

「おはよーございます!」

「はい、おはようございます。元気たっぷりでいいね、君達は可愛い子達だ。悠介さんが自慢したくなるのも、わかりますよ。」

 陽太さんは元気な二人を見てにこっと笑いながら朝ご飯を出してくれる。

 さすがに昨日の今日であんまりちゃんとしたものは作れなかったのか、ちび達の分はのり塩おむすびとみそ汁ってシンプルだったけど、用意してくれただけありがたい。

「お父さんと一緒のご飯じゃなくてごめんよ?病院のご飯は味が薄いから、こっちの方が良いだろうって、看護師の偉い人が言ってたんだ。」

「はーい!」

「ありがとうございまーす!」

「ふふ、元気で何よりだ。看護師長、こんな事許すなんて思ってなかったですけど、この子達見てると、なんだか許してあげたくなっちゃいますね、悠介さん。健気で、可愛らしくて、お父さん思いで。」

「いい子達でしょう?ホントに、俺の自慢の子供達ですよ。」

 陽太さんは、二人の頭を撫でると、次の患者さんの所にご飯を渡しに行く。

 浩希と悠介は、お腹が空いた!と俺の方を向いてる。

「それじゃ、いただきます。」

「いただきまーす!」

「いただきます!」

 ずっとやってた、俺が最初にいただきますを言ってから食べるっていう習慣が、まだ残ってたみたいだ。

 多分、今は浩介か悠治が最初に言って食べてるんだろうけど、二人にとっても懐かしい所作みたいな感じなんだと思う。

「おいしい!おみそしるものんじゃお!」

「おにぎりー!」

 二人は元気よくおにぎりを食べて、みそ汁を飲む。

 久々に見るその食いっぷりに、若干圧倒されながら、俺もご飯を食べ始めた。 

 今日の朝ご飯は白米にみそ汁、鮭の塩焼き、ブルーベリーヨーグルト。

 ヨーグルトは二人に上げようかな、なんて思いながら、俺は久しぶりにちび達とご飯を楽しむ。

 やっぱり、誰かとご飯を一緒に食べるってのは、楽しい。

 昨日の浩介と食べたご飯もそうだったけど、誰かがいる、それだけでも、ご飯が美味しくなった気がする。

「父ちゃ、おいしい?」

「うん、美味しいよ。」

「よかった!」

 浩希が嬉しそうに笑いながら、おむすびを頬張る。

 悠介も、美味しい美味しいって言いながらおむすびを食べてて、多分二人の為に味を変えてくれたんだな、って病院の配慮に感謝だ。


「浩ちゃん、悠ちゃん、迎えに来たわよー?」

「ねえちゃ!」

「おはよー!」

「おはよう。悠にぃ、元気だった?」

 朝八時、もうすぐ学校の時間だ。

 綾ちゃんが迎えに来てくれて、二人は元気よく挨拶する。

 泣いてなくて良かったね、と目くばせをしてきて、それは俺も一緒だよ、って思う。

「ほら、学校行きましょ?父ちゃにばいばいして?」

「父ちゃ、またあえる?」

「会えるよ、必ずだ。」

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい。」

 二人をハグして、浩希と悠介はベッドを下りて、綾ちゃんに連れられて帰って行った。

 俺は寂しくなってたけど、笑顔で見送って、ふぅとため息をつく。


「悠介さん、寂しそうですね?」

「あはは……。わかっちゃいます?」

 朝ご飯のトレイを回収しに来た陽太さんに、ちょっと泣きそうな所を目撃される。

 陽太さんは、あの子達ならわかります、って前置きして、ちょっとだけ時間をくれるみたいだった。

「浩希君に悠介君、でしたっけ?まだ幼いだろうに、気丈に振舞っていらっしゃる。いや、自衛本能なのかもしれませんね。お父さんがいなくなる、という事を無意識に置くことで、悲しみを軽減している、って言った所でしょうかね。優しい子達だと思いますよ、でも、だからこそ。なんで、そんな優しい子達から、父親が奪われなきゃならないのか。私は、それが疑問で仕方がないですよ。」

「俺、あの子達が結婚して、将来孫を抱いて、なんて事考えてたんですよ。それが出来ないって、考えるとむっちゃ寂しいです。まだ、七歳と五歳なのに……。本当の両親に次いで、俺まで死ぬって言うのは、心に大きな傷を残しちゃうなって。」

「長生きして欲しい、そう願う事は悪ではありませんからね。患者さん達が健やかに、長く生きられる様にする、それが看護師や医者の仕事ですから。だから、ごめんなさい。悠介さんを、こんなに早く逝かせてしまう。私より若いのに、大切な人達がいるのに、死なせてしまう。それは、とても苦しいんです。」

 陽太さんは、悲し気な目をしてる。

 俺も多分同じ様な目をしてるんだと思うけど、普段明るい陽太さんがこんな事を言うのは、少し珍しい。

 普段は患者さんに元気でいて欲しくて、ちょっと空回りしてる位だって言うのに、今はとっても、悲しそうだ。

「悠介さん、一つお願いをしても宜しいですか?」

「何でしょう?」

「貴方がカウンセリングの子供達に伝えていた、これからも浩介達と関わり続けて欲しい。その言葉に、私も乗っけて欲しいんです。看護師としてではなく、一個人として、悠介さんの愛した人達と、仲良くさせていただきたいんです。駄目、でしょうか?」

「……。看護師としては、駄目でしょうね。でも……、でも、俺は嬉しいですよ。そんな風に思ってくれてる人がいるなんて、嬉しいです。浩介達の返事次第ではありますけど、よろしくお願いします。……。俺がいなくなった後、あの子達が明るく元気に生きていける様に。その為には、陽太さんみたいな方が必要だと思いますから。」

 陽太さんは、それを伝えると嬉しそうに笑う。

 こんないい人に巡り合えた、しかも看護師っていう立場を除いても、子供達と関わりたいって言ってくれる。

 きっと、陽太さんの考えは、子供達にいい影響を与える、そう思った。


「悠介さん、チーズケーキ持ってきたよ?」

「お、紗也乃ちゃん。ありがとう、嬉しいよ。」

 午後三時になって、紗也乃ちゃんが面会に来てくれた。

 今日は天気がいい、ちょっと温かいだろうから、この前来た時より軽装だ。

「外、温かい?」

「うん、最近に比べれば、だけどね。」

 ふーっと息を漏らして、紗也乃ちゃんは俺に箱を渡してくれる。

 中から香りのいいチーズの香りがして、久々のチーズケーキだ、ってちょっと嬉しくなる。

「この後浩介さん達の所にも行こうと思って、ショートケーキも作ってあるんだ。」

「そっか、ありがとね。」

 紗也乃ちゃんは二つ持ってたうちのもう一個の箱を見せて、その中身がショートケーキなんだろうなってわかる。

 チーズケーキの箱には、ご丁寧にフォークがついてて、そのまま食べられそうだ。

「今頂いても良いかな?あんまり遅くに食べると、夜ご飯が食べれなくなって看護師さんに心配されちゃうから。」

「もちろん、感想聞かせて?」

 箱の封を解いて、中身をテーブルに出す。

四号位のレアチーズケーキが中にはあって、相変わらず美味しそうだ。

 俺が大好きだった事を覚えててくれたのか、嬉しい。

「いただきます。」

「はい、どうぞ。」

 一口食べてみると、懐かしい味がする。

 そんなに気位の高い味ではないんだけど、街のケーキ屋さん、というか、そんな感じ。

 そう言えば、紗也乃ちゃんはうちの近所の、俺と浩介が良く通ってたケーキ屋さんに就職したんだったっけ、だから懐かしい味がするんだろうな、って。

「美味しいよ。紗也乃ちゃん、また腕を上げたんじゃないかな?あのお店の味、ちゃんと出せてるよ。」

「店長がね、寂しがってたよ?悠介さんと浩介さんのカップルが見られない、どうかしたの?って。」

 店長は、初老の女性だった。

 笑顔が素敵な、ちょっと皺の入った顔を思い出すと、懐かしく思うんだ。

 ずっと贔屓にしてもらってて、何かしら毎回サービスで一品追加してくれてて、優しい女性だったなって。

「悠介さんの事、話して良いのかなって思ったの。でも、知らなきゃ何も出来ないだろうって思って、話したんだ。そしたら。このケーキのレシピを教えてくれたの。悠介さんが、一番好きな味だからって。」

「そうだったんだ……。ありがとうって、伝えてもらってもいい?」

「うん、もちろん。店長が引退したら、あたしが受け継ぐって気でいたから、あたしも嬉しかったんだ。認めてもらえたんだ、って。」

 紗也乃ちゃんは、真面目で努力家だ。

 そうみてたのは、間違いじゃなかったんだあなって、ホッとする。

 店長さんのちょっとハスキーな笑い声を思い出しながら、懐かしい味のチーズケーキを食べる。

 こういう時だけは、皆と一緒にいられなくなるっていう悲しさを、ちょっとだけ忘れられるんだ。


「じゃあ、あたしは浩介さんの家行くから。ケーキ、痛んじゃうしね。」

「ありがとう、紗也乃ちゃん。また来てくれ。」

「うん。」

 チーズケーキを半分食べた所で、お腹いっぱいになった。

 残りはまたちょっとお腹が空いたら食べよう、チーズケーキならある程度は大丈夫だと思うから。

 そんな事を考えながら、紗也乃ちゃんとばいばいして、一息つく。

 甘い紅茶が飲みたいな、なんて最近は思わなかった事を考えながら、でもそれしたら看護師長さんとか陽太さんに怒られるだろうな、って思いとどまって、ちょっと散歩でもしようかって思ってベッドから降りる。

「……。」

 まだ歩ける、まだ大丈夫。

 そう言い聞かせながら、今度浩希達が来た時の為に飴でもと思って、俺は売店に向かう。


「おっと、大丈夫かい?」

「あ、すんません!」

 売店に向かう途中、考え事をしながら歩ていると、小学生位の男の子とぶつかる。

 その子はよそ見をしてたみたいで、ちょっとよろけてからすぐに謝ってくる。

「こっちこそごめんよ、考え事をしてたから、気づかなかったんだ。」

「お兄さん、なんのびょーきなの?」

「ん?俺かい?癌だよ、君はお名前は何て言うんだい?」

「俺、雅也!俺も癌なんだ!ほら、抗がん剤ちりょー?のせいで、はげちゃった。お兄さんは、はげてないよね?」

 そう言って男の子、雅也君は、被ってたニット帽を外す。

 確かに禿げてて、癌の闘病中なんだろうな、って言うのがわかる。

 俺は抗がん剤治療する前に悪化しちゃって、もう手遅れだからって、抗がん剤は打ってないから禿げてなかったけど、そう言えばだいぶ髪の毛が伸びてきたな。

 意識がいかなかっただけで、坊主頭だったのが、いつの間にか三センチ位には髪の毛が伸びてた。

「俺はもう手遅れだからね。痛みがあれば痛み止めを飲む、位なんだよ。雅也君は、治りそうかい?」

「わっかんね。もう一か月も入院してるけどさ、いつんなったら出られんのかなーって。」

「そんなに入院してるのかい?体、訛っちゃわない?何かスポーツやってただろう?」

「よくわかったな!?俺、野球やってんだ。河口リトル、ってとこ入ってんだ。」

「河口リトル?浩ちゃんが入ってる所だ。坂崎浩希、って知ってる?」

「浩希?あー、小二の?お兄さん、浩希の知り合い?」

「一応、父親なんだよ。って言っても、血は繋がってないけどね。」

 話が長くなりそうだ、と思って、先に売店で水を二つ買って、一個を雅也君に渡して、院内のベンチに座る。

 雅也君も暇だったのか、話をするのは吝かじゃない様子で、水を受け取るとサンキュって言って、飲み始める。

「父ちゃんなの?でも、浩希の父ちゃんって死んじゃったって聞いた気がすっけど。」

「父親代わり、って所だよ。雅也君は、何年生なんだい?」

「五年、せっかくレギュラーなれたのにさ、びょーきなっちゃって、体動かせなくてさ。それより、浩希元気してんの?」

「元気だよ、会いに来てくれてる。今度は、雅也君も会うかい?」

 雅也君は、うーんって唸って悩んでる。

 癌の治療で頭皮が禿げてるのを見られたくないんだろう、元々は活発な子だろうに、少し思慮深げな様子を見せる。

「会いてぇけど、どーすっかなぁ。禿げてんの、見られたくねぇっていうかさ。お兄さんは、びょーきの姿とか見られて嫌じゃねぇの?」

「そうだな。俺、もう半年も生きられないんだ。だから、今だけは、我儘を聞いてあげたいんだよ。これから先、聞けなくなる分、今、いっぱいね。」

「半年?」

「余命半年、一週間ちょっと前に、そう言われたんだ。余命って言うのは、後生きられる時間の事だよ。」

 雅也君は、びっくりした顔をしてる。

 ちょっとたれてて細い目を丸々と見開いて、口をあんぐり開けて。

「辛く、ねぇの……?」

「どうだろう?雅也君の思う辛さとは、ちょっと違うかもしれないね。」

「どーゆーこと?」

「死ぬ事が辛いんじゃなくて、遺してしまう事が辛いんだ。……、浩ちゃん、良い子だろう?あんないい子の成長を見守れない、それが辛いんだよ。」

 よくわかんない、って顔をしてる雅也君。

 子供にはわからない感覚だとは思う、遺す遺される人間の感覚って言うのは。

 俺は水を一口飲んで、歩いてく人達を眺めながら、思い返す。

 遺してしまう子供達の事を、遺されてしまう子供達の事を。

「お兄さん、名前なんての?」

「悠介だよ、雅也君。」

「悠介さん、俺、わっかんねぇけどさ、辛いんだろ?なら、辛いって言って良いんじゃねぇの?」

 雅也君は、じっと俺の方を見ながらそう言ってくれる。

 誰かに言われたんだろう、誰かが言ってくれたんだろう、そんな言葉を、寂しそうにしてる俺に掛けてくれる。

「悠介さん、辛いんだろ?浩希達と離れ離れになんのがさ。だったら、辛いって言って良いと思うぜ?」

「……。ありがとう、雅也君。でも、大丈夫。一緒にいてくれる時間を、大切にしていくよ。」

「うーん……。よくわかんねぇけど、悠介さんがそれで良いってんなら……。」

 雅也君は、自分も小児性の癌だっていうのに、俺の心配をしてるみたいだ。

 なんだか昔の俺を思い出す、というか、なんとなく似てる様な気がする。

 子供の頃、がむしゃらに浩介を守りたくて、自分が傷ついてる事にすら気づかなくて。

 ボロボロになってから初めて、自分が傷ついてたんだなって自覚して。

「雅也君は優しいね。きっと、友達もたくさんいるんじゃないかな?」

「……。友達って、なんだろな。」

「どうかしたかい?」

「にゅーいんしてからさ、友達から連絡、来ねぇんだよ。元気かとか、ダイジョブかとか、そーいうの。俺、友達いねぇんだなって、思っちまったよ。」

 寂しそうに話す雅也君。

 入院して、唯一の依り代が友達だったのだろう。

 連絡をずっと待っていて、誰かと話がしたくて、それでも誰からも連絡が来なくて。

 友達だと思ってた子が、違ったんじゃないかって、そう思っちゃったんだろう。

「……。じゃあさ、俺と友達にならないか?俺はもうすぐ死んじゃうけどさ、雅也君が退院するまでの、病院友達。」

「いい、んか……?」

「良くなかったら言わないよ、それが大人ってもんだ。」

「ありがと、悠介さん……。」

 雅也君は、涙目になりながら、嬉しそうに笑う。

 ここにきてまで他人の心配かって、俺は俺自身に呆れるけど、それでも、同じ病で苦しんでいるこの子を見ていると、自然と言葉が出てくる。

「病室、何号室?俺、二階の端の十五号室だよ。」

「俺、一階の七号室。一緒にいる人達いっけど、悠介さんの病室遊び行っていいか?」

「いつでも待ってるよ、時間があったらおいで。俺、個室だから。」

 雅也君と、握手をしながら約束をする。

 雅也君は嬉しそうに、寂しそうに笑いながら、自分の病室に戻っていく。

「さて、と。」

 飴を買いに来たんだった、と思い出して、売店で飴の袋を買って、病室に戻る。

 戻りながら周りを見てると、点滴を打ちながら歩いてる人、車いすに乗せられてる人、様々だ。

 俺はまだ自分で歩けるし、点滴もいらない。

それは、幸運な事なんだな、って思った。


「悠介さん、何処に行かれてたんです?休憩でお邪魔したら、いらっしゃらないんですから!」

「陽太さん。売店行くついでに、友達を作って来ました。」

「友達?」

「一階の七号室の、雅也君。たまたまぶつかって、声かけて、なんやかんや入院友達って事になりましたよ。」

 病室に戻ると、陽太さんがそわそわしながら待ってた。

 俺がどっかに行っちゃったって思ったのか、ちょっとホッとしてる様子だ。

「雅也君……。あ、あの子ですね。お友達が来てくれないって、ずっと暗い顔してたんですよ。悠介さん、そういう子を見つけるのがお上手ですね?」

「ホントにたまたまですよ。売店近くで考え事してたら、ぶつかっちゃって。それに、浩ちゃんと同じ野球クラブに入ってるみたいで、顔見知りでしたから。俺は向こうの事知らなかったですけど、浩ちゃんの事は知ってました。」

「ほほう、それはまた合縁奇縁とでも言えば良いのでしょうかね。あの子は寂しがってましたから、悠介さんの心遣いは嬉しいでしょう。しかし……。別れは、やってきてしまうのでしょう?」

「あの子が退院するのが先か、俺が死ぬのが先か。それはわかんないですけど、何もしないよりは良いのかなって思って。ご迷惑でした?」

 遠からず、別れの時は来る。

 それが俺の死なのか、雅也君の退院なのか、それとも別の何かなのか、それはわからないけど、必ず別れの時が来る。

「私も友達に、と思ったんですがね。看護師さんにはわかんねぇよ、って取り付く島もなかったですよ。悠介さんには、それを許してくれる不思議な魅力があるんでしょうな。迷惑?そんな事、思うわけがないじゃないですか。私は、患者さんに笑って過ごしてもらいたい、その為に出来る事なら何でもします。だから、悠介さんのそのお気持ちは、嬉しい限りですよ。」

 別れが辛い、それは私の出る幕です、って陽太さんは笑う。

 この人がいてくれれば、遺す事になってしまっても、大丈夫だろうなって、そう思う。

 こんなにも素敵な人がいて、心配してくれてるんだ、いつかその気持ちがわかる日が来る、理解してくれる日が来るって。

「陽太さんは、なんだか希望を与えてくれますね。この人がいれば大丈夫だって、そう思うんです。」

「褒めても何も出て来ませんよぉ?夜ご飯の増量は受け付けられませんよぉ?」

「俺の素直な気持ちですよ。……。陽太さん、あの子達を、頼みました。貴方にしか頼めない、貴方だからこそ頼みたい。僕の大切な子供達を、大切な兄弟達を、大切な恋人を。貴方に託す、それは許されていい事なのかはわからない。でも、貴方には託していいと思えるんです。」

「悠介さん……。」

 俺は真剣に、この人になら託していいと思える。

 陽太さんの様な人が、これから先あの子達にとって、大切になってくるから。

 看護師としてではなく、友人として。

「身勝手ですみません。でも、陽太さんになら頼める気がして。」

「……。浩介さん達が何て仰られるか、それはわかりません。でも、私に出来る事があれば、何でもしますよ。私のわだかまりを解いてくれた、悠介さんの為になら。」

 陽太さんも、真剣な目をして答えてくれる。

 俺はそれが嬉しくて、ちょっと笑うんだ。


「浩介、ちょっといいか?」

「なあに?」

「陽太さんがな、浩介達と友達になりたいって言ってたんだ。浩介達的にはどうかなって。」

「陽太さんって、看護師の?悠介、仲いいんだ?」

 夜になって、浩介が来た。

 俺は、そう言えばまだ伝えてなかったなって思って、陽太さんの意思を話す。

 浩介は少し考える素振りを見せて、うーんって唸ってる。

「僕は構わないけど……。なんで?」

「あの人、俺と仲良くしてくれててさ。それで、浩介達とも仲良くなりたい、看護師としてじゃなくて、一人の人間として関わりたいって、言ってくれたんだ。」

「そっか……。嬉しいね、そう言ってくれる人がいるなんて。」

 浩介は、俺が病院でも仲のいい人がいる、って言うのに安心したみたいだ。

 そう言えば、今日の事を浩介は知ってるのか?って思い出して、話をしてみようと振ってみる。

「そうだ、浩ちゃんの行ってるクラブにさ、雅也君、って子いるだろ?五年生の。」

「えーっと、うん、いたね。その子がどうしたの?」

「友達になったよ、入院友達ってやつ。雅也君と、今日売店に行こうとしてらたまたま会ってね、意気投合しちゃったんだよ。」

「確か、癌になったって聞いてはいたんだよね。悠介と同じだって、思った気がするもん。でも、同じ病院に入院してたのは、知らなかったなぁ。仲良くなったんだ?」 

 それはびっくり、と浩介は驚いてる。

 俺も知らなかった、というかそこら辺の送迎とかは綾ちゃんがやってくれてたし、俺は監督さんにあんまりいい顔をされてなかったから、顔を出す機会が少なかったから、知らなかった。

 浩介は、雅也君の事自体は知ってるみたいで、そうなんだ、って頷いてる。

「悠介、なんだか入院を楽しんでる様に見えるよ?河野さんもそうだし、雅也君もそうだし。仲良くなって、後から辛くない?」

「別れが近いからな、ちょっと辛い。でも、俺は俺に出来る事をしたいんだ。それが最後に実を結ぶかどうかはわかんないけど、それでもさ。」

「そっか……。悠介は強いね。」

「そんな事ないよ。」

 浩介は、お礼しなきゃね、って笑う。

 ちょっとぎこちない笑顔だけど、前よりは素直に笑える様になったんだな、ってちょっと安心。

「悠介さーん、夜ご飯ですよー?」

「あ、陽太さん。丁度良かった、浩介に話しましたよ。」

「陽太さん、僕達と友達になってくれるって、嬉しいです。よろしくお願いしますね。」

「あいや、私は嬉しいですよ。ありがとうございます、浩介さん。」

 陽太さんが夜ご飯を持ってきてくれて、丁度その話をしてたんだ、って陽太さんに話を振る。

 陽太さんは嬉しそうにニコニコ笑ってて、浩介はちょっと恥ずかしそうにはにかんでる。

「それじゃ、これ私の連絡先です。ご連絡、お待ちしてますね!」

「あ、はい。帰ったら、一本連絡入れておきます。」

 それでは、って陽太さんは鼻歌交じりに病室を出て行って、浩介もそろそろ帰らなきゃ、って身支度を始める。

「雅也君の事、浩ちゃんに話して大丈夫かな?」

「うーん……。本人がちょっと恥ずかしがってるから、俺からまた聞いてみるよ。」

「わかった。それじゃ、また明日ね。」

「はいよ、気を付けて帰ってな。」

 マフラーを巻いて、コートを羽織って、浩介は寒い空の中へと向かっていった。

 今日は雪は止んでる、でもある程度凍った雪があって、ちょっと滑りそうだ。

 そんな事を考えながら、俺は夜ご飯を食べて、ちょっとだけ仕事をして、寝る。

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