伝えたい想い
「悠介さーん、あっさでっすよー!」
「んぅ……。陽太さん、おはようございます。」
「今日の朝ご飯はねぇ、悠介さんの好きそうなメニューですよ?なんと、納豆!」
「えぇ……。俺、納豆超苦手なんですよ……。」
ほんとにいつ休んでるんだろうって位、毎日陽太さんに起こされる。
今日の朝ご飯は納豆がある、らしいけど、俺納豆って真面目に苦手なんだよなぁと。
「およ、意外な答えが。」
「納豆っていうか、豆類全般ダメなんですよ。なんていうか、あの噛むと出てくる汁がね。」
「ほへー。悠介さんはなんでも美味しいって食べる方だと思ってましたから、意外ですね。他には苦手な食べ物とかあるんです?」
「レバーとか苦手ですね……。あの何とも言えない味というか、触感というか。」
ふむふむ、なんて顔をしながら、陽太さんは俺の好みの話を聞いてる。
納豆って言われてちょっと食欲が失せたけど、まあ他のを食べればいいか、って思いながら、俺は話を続ける。
「あとは無花果、無花果だけは食べれないんですよ。あれ、花でしょ?なんか、ふにゃっとしてるっていうか、ぐにゅってしてるっていうか。」
「無花果は私は食べた事がないですね、今度挑戦してみようかな……。っと、またこうして話してると、看護師長が。」
「あはは、行ってらっしゃい。」
いつものごとく、慌てて朝ご飯を届けに行く陽太さんを見送って、俺は朝ご飯の時間だ。
納豆は食べたくないから残すとして、そうなると食べれるのはみそ汁と漬物とご飯だ。
まあいっか、って思いながら、みそ汁でご飯を食べながら、今日会う子達に何を話すべきかな、って考える。
「悠介君、お久しぶりだね。調子はどうなんだい?」
「お久しぶりです、武志さん。」
「悠介さん、来たよー?」
「悠介さん!」
そんなこんなしてると、面会に来てくれた四人組。
お父さんの武志さん、今二十歳になる祥太君、弟の哲太君、それに武志さんの息子の敬太君。
四人は、あらかじめ余命半年って事は話してあったから、あんまり慌ててないというか、落ち着きがある。
「私より先に癌になるとは、運が悪いな、君は。浩介君達は、もう知っているのかな?」
「はい、伝えてあります。ちび達にも、正直に話しました。」
「悠介さん、俺、ずっと悠介さんに言いたい事があったんだ。今、話してもいい?」
「何だい?敬ちゃん。」
「ずっと、ありがとう。父ちゃんと俺の事もそうだし、祥ちゃんと哲ちゃんの事も。寂しいけどさ、ずっと嬉しかったよ。」
「ありがとう、敬ちゃん。そう言ってくれると、嬉しいよ。」
「俺達、考えたんです。悠介さんに、どうすればお返しが出来るかなって。」
敬太君が話を終えると、今度は哲太君が口を開く。
まさか、そんな事を考えてくれてるだなんて思わなくて、俺はこの子達も立派になったんだな、って実感する。
「僕達、悠介さんに恩返しがしたいんだ。そしたらさ、紗也乃ちゃんから連絡が来て、浩介さん達と関わり続けて欲しい、って言ってるよ、って言われたんだ。だから、僕達浩介さん達の友達、辞めないで関わり続けようって、話をしたんだ。それが、悠介さんに出来る、恩返しだと思うから。」
「恩だなんて、思わなくてもいいのに。それに紗也乃ちゃんが……。……、ありがとう、皆。そう言ってくれると、安心だよ。なんだか皆、おっきくなっちゃって……。」
嬉しくて、ついつい笑う。
嬉しくて、寂しくて、誇らしくて、ちょっと悲しくて。
俺がいなくても生きていける、っていうのはそれぞれの目標だったけど、実際そうなると、寂しいって思うのは、カウンセラーとしては失格なんだと思う。
でも、人間として、巣立つ子供達を見て寂しく思うって言うのは、間違いじゃないと思う。
「おちび君達は、まだまだ小さい。悠介君がいてあげるのが一番なんだろうが、私が代わりに……。というのも考えたんだがな、父替わりなど、そう簡単に名乗るものではないと、思い返したよ。悠介君の覚悟を、軽んじてしまう事になる、とね。私がこの子達の父親になろうと考えた時の事を、思い出してね。おそらく、悠介君は同じ様な事を考えたと思うんだ。」
「武志さん……。武志さんには、ホントに感謝してもしきれませんよ。祥ちゃんと哲ちゃんを迎え入れてくれるって言ってくださって、養子縁組までしてくださって。俺、そこまでの覚悟は出来てないと思いますよ。武志さんの方が、ご立派です。」
「私はもう四十を超えて、ある程度は子供との関わり方もわかっていたからな。しかし、悠介君はまだ若い。同じ様な決断だったとしても、勇気がある。勇敢な子だと、そう思ったから、私もその勇気に倣ってこの子達を受け入れたんだ。悠介君がいなかったら、私は今頃この子達と共に暮らしてはいなかったと思うよ。」
時系列でいえば、確かに俺の方が先だ。
俺が大学生の頃、浩介の両親が亡くなって、それがきっかけで、仲が良かった俺が父親代わりになるって決めて。
在学中に未成年後見人に何とかなって、それで一緒に暮らし始めて。
それから何年か経って、大学院に行かないとまともな職には就けないって理由で、個人のカウンセラーを初めて。
一年位経った頃に、武志さんから相談が入ったんだ。
「でも、武志さんもシングルファーザーだったでしょう?色々とご苦労もあったでしょうに、話をしたら受け入れてくださって。ホントに、感謝してます。」
「私は良かったんだ。敬太がな、祥太と哲太の話をしていて、私に何か出来ないか、と思ったんだ。そんな時に悠介君から話が回ってきてね、これは私の役目だ、と思っただけなんだよ。悠介君が結んでくれなかったら、叶わなかった縁だろう。」
「悠介さん、俺の話聞いて、じゃあその子達も連れておいで!なんて言ってくれて。あの時俺、嬉しかったんだよ?俺達親子の事だけじゃなくて、ちゃんと他の人の事も見てくれるんだって。だから、哲ちゃん達の事、紹介出来たんだよ。この人なら、安心して任せられるって。」
嬉しい。
そう思ってくれている事が、そう話してくれる事が。
この子達は、きっと俺がいなくても頑張っていける、きっと手を取り合いながら生きていける、そう思うと、胸のつっかえが少し治まるんだ。
「悠介さん、僕達、頑張って生きて行きます。これから先、辛い事もたくさんあるんだろうけど……。でも、悠介さんが教えてくれた事忘れないで、みんなで立ち向かっていきます。」
「そっか、それは嬉しいな。皆が生きてくれる事が、俺にとっては最高の幸せだよ。皆で幸せになって、幸せだったって思える人生を送ってくれ。そうしたら、それは俺の生きた証になるから。」
「俺、思ったんですよ。悠介さんが、最期まで幸せだって思ってくれる事が、唯一出来る恩返しなんだって。だから、見ててください。ずっと、約束ですよ?」
祥太君が笑いながら、握手を求めてくる。
俺は握手をすると、柔道の筋トレで豆だらけになった手の暖かさを感じて、また嬉しくなる。
「それじゃあ悠介君、また来るよ。」
「はい、お待ちしてます。」
ちょっと話をして、四人は帰って行く。
俺はそれを見送ってから、改めて今日までの事を思い返す。
間違ってないか、なんてもう思わない、これで良かったんだ、って思いながら、来てくれた皆の笑顔を、泣き顔を、忘れない様にって、刻み付けるんだ。
「父ちゃ!」
「父ちゃー!」
「浩ちゃん、悠ちゃん、会いたかったよー?」
武志さん達が帰ってから一時間くらいして、学校終わりの浩希と悠介が、悠治に連れられてやってきた。
二人は俺に抱き着くと、ぎゅっと離さないって意思表示する。
「父ちゃ、いたくない?」
「大丈夫だよ、浩ちゃん。痛くないよ。」
「いたかったらすぐいってねぇ?いたいのいたいのとんでけするから!」
「ありがと、悠ちゃん。悠ちゃんがそう言ってくれると、父ちゃは嬉しいよ。」
「悠にぃ、本当に痛みとかないの?末期がんって、痛みが伴う事が多いんでしょ?」
二人の頭を撫でてると、悠治が疑問を口にしてくる。
俺は今の所痛みは感じてないけど、なんでそんな事を聞いてくるんだろう?って思って、そうか調べたのか、だから二人が痛くないか聞いて来たのか、って理解する。
「うんとね、えっとね。父ちゃがいたくないようにって、仏さまにおいのりしてたの!」
「ぼくもだよぉ!」
「そっかそっか、ありがとうね。父ちゃ、嬉しいよ。」
うち、というか浩介の家庭は、新興宗教の家系だ。
信心深いわけでもないけど、毎日きちんと題目は唱えてるし、土日は朝ご供養もしてる。
陽太さんと話してる時に思った、信仰がないって言うと少し嘘になる、って言うのは、この子達は信じてるからだ。
「あのね、父ちゃがだいすきだから、ぼく、ずっと父ちゃがだいすきだから!」
「ぼくも父ちゃだいすきだよぉ!」
「父ちゃも、ずっと浩ちゃんと悠ちゃんの事が大好きだよ。死んじゃったとしても、それはずっと変わらない。ずっとずっと、大好きだよ。」
伝え続けたい、伝え続けなきゃならない。
俺は、こうして一緒にいられる時間を大切にしたい、これから先もう長くは一緒にいられないとわかってるから、出来るだけ傍にいてやりたい。
こんな事を考えていられるのも今のうち、そのうちそんな事も考える余裕がなくなるんだと思う。
でも、だから、今は。
「ずっとずっと、愛してる。皆の事、ずっと大好きだよ。だから、それだけは忘れないでおくれ。何を忘れても、俺の事を忘れても、俺が皆を大好きな事だけは、忘れないで欲しい。」
「父ちゃのことわすれないもん!ね!悠ちゃん!」
「うん!」
それは嬉しい、けど、忘れて幸せになって欲しいとも思う。
優しい子達だから、多分忘れる事も無いんだろうけど、枷にはなりたくないんだ。
我儘かもしれない、でも、愛してくれた人がいた、位の認識に将来なって欲しいなって、そう思うんだ。
「そろそろ帰るよ?父ちゃも夜ご飯の時間だから。」
「……。父ちゃ、お泊りしちゃ、だめ?」
「ぼくもー!」
「うーん、俺は構わないけど、病院が許してくれるかな……。」
夜六時を回って、悠治がそろそろ帰るよと言うと、浩希と悠介はギューッと俺に抱き着いて、上目遣いでおねだりをしてくる。
俺はナースコールを押して、とりあえず聞いてみようか、って思って悠治に目くばせした。
「坂入さん、どうかされましたか?」
「あ、師長さん。子供達が泊まっていきたいって言ってるんですけど、駄目、ですかね……?」
「お子さん達が?ふむ……。」
「かんごしさん、おねがいします!」
「します!」
来たのは看護師長さんで、この人は厳しいから駄目かなって考えたけど、何やら考え込んでる。
子供が泊まる、なんて前例がなかなかないのか、少しの間黙って考えてるみたいだ。
「……。いいでしょう。ただ、一泊だけですよ?坊やたち、一日だけお父さんと一緒に寝ていいから、次はもう駄目だよ?本当は、先生に怒られちゃうからね。」
「はーい!」
「いいんですか?」
「一泊程度なら、まあ個室の方ですし、構わないでしょう。ただ、そうそう連泊というのは、他の患者さんに示しがつきませんから、一泊だけです。夕食はお子さん達は外で済ませてください、朝食は三名分出す様に手配しておきますから。」
「ありがとうございます。ほら、浩ちゃん、悠ちゃん、お礼をちゃんと言わないと。」
「ありがとー!」
「ありがとーございます!」
看護師長は、やれやれとため息をつきながら、許可を出してくれる。
この看護師長は男性なんだけど、多分結婚して子供がいるんじゃないかな?って思う。
子供がいるから、あと少ししか一緒にいられないっていう俺の気持ちを汲んでくれたんじゃないかなって。
「それじゃ、坊や達、ご飯を食べていらっしゃい。お父さんも、夜ご飯のお時間になるから。」
「はーい!」
「それじゃ悠治、頼んだ。」
「うん、わかった。浩ちゃん、悠ちゃん、ご飯食べに行こうか。浩にぃ達にも連絡しないとね。」
「浩介ならこの後来るだろうし、俺から伝えておくよ。」
そう言うと、浩希と悠介は嬉しそうに笑いながら、一旦病室を出ていく。
のとほぼすれ違いで、浩介が肩に雪を積もらせながら入ってきた。
「浩ちゃん達、嬉しそうだったけど、何かあったの?」
「今日、泊まっていくんだってさ。看護師長さんが、特別に許可をくれたんだよ。」
「そっか。二人とも、悠介と一緒に寝れないの、ずっと寂しがってたから、良かった。僕も本当は一緒に居たいけど……。」
「浩介も泊ってくか?」
「ううん、今日はちびちゃん達の我儘に付き合ってあげて?僕はまた今度。」
浩介は、本当は毎日でも泊まりたいんだけど、と呟く。
俺もホントはそうして欲しい、ずっと一緒に居たい。
でも、それは浩介の生活を壊す事になるし、体調も壊すことになるし、良くないなって思う。
「じゃあ、浩ちゃん達は夜ご飯食べに出てるのかな?」
「うん、悠治が連れてってくれてるよ。」
「そっか。」
浩介は、寒そうに缶コーヒーを持ちながら、マフラーを外して肩の雪を払う。
「雪、まだ降ってるんだな。」
「降ったり止んだりだよ、積もってるからちょっと足元が危ないかな。浩ちゃん達は、友達と雪合戦したり、雪だるま作ったりして遊んでるよ。」
「そっかそっか。元気でやってるなら、何よりだ。」
雪遊び、一緒にしてあげたいな。
なんて考えてると、夜ご飯を陽太さんが運んでくる。
「あら、浩介さんじゃないですか!お元気でしたか?」
「えっと……。いつも悠介がお世話になってます、えーっと。」
「河野陽太って言います、よろしくお願いしますね。」
「はい、よろしくお願いします、河野さん。」
陽太さんは気さくに浩介に話しかけるけど、浩介はちょっと緊張してるみたいだ。
何せ浩介は人見知り、あんまり初対面の人に強くない。
「陽太さん、浩介の名前、そう言えばなんで覚えてたんです?」
「前入院された時に、悠介さんが仰られてたからですよ。自慢の恋人だって、言ってたじゃないですか?」
「悠介、恥ずかしいよ……。」
「何を恥ずかしがる事がありますか!素敵な恋人さんだなって、見てるだけでわかりますから、悠介さんの言葉は間違ってないですよ!っと、お二人のお時間を邪魔しちゃいけませんね、それでは私はこれで!」
浩介に気を使ってくれたのか、今日はあっさりと退散する陽太さん。
人の事を良く観察してるんだなって感心しながら、俺は一人笑って、浩介は恥ずかしさと寒さで顔を赤くしてる。
「浩介、ご飯食べなくても平気か?」
「あ、うん。今日はこっちで食べようと思って、パン買ってきたんだ。」
そう言うと、浩介は鞄から菓子パンを何個か取り出す。
ドーナツにあんパン、メロンパンっていう、前の俺だったら絶対食いついてたな、っていうラインナップで、でも今はもういいかって思っちゃう。
「美味しそうだな。」
「食べる?」
「病院が許してくれないよ。」
「そっか。」
俺は病院食を、浩介は菓子パンを食べながら、しばし無言の時間。
こういう、人と食事をするって言うのが久々だから、何を話したもんか、ってなっちゃう。
「いっしょにご飯食べるの、久しぶりに感じるね。」
「そうだな、入院してからだいぶ経つし、暫く一緒にご飯食べられてないな。でも、だからって毎日菓子パンは駄目だぞ?」
「わかってるよ、今日はそういう日ってだけだよ。」
「なら良いんだけどな。」
何気ない会話、ちょっとぎこちないけど、懐かしい。
いっつも、浩希と悠介が学校と幼稚園で起こった何かを話しながら、それを聞きながらご飯を食べてて、時々紗也乃ちゃんや大吉君、祥太君達なんかが一緒で。
綾ちゃんがご飯を作ってくれてたんだけど、あの味が懐かしい、って思う。
「あんまり食べれないけどさ、綾ちゃんの手料理が懐かしいよ。」
「美味しいもんね、病院のご飯って味が薄いって聞いたけど、本当なの?」
「慣れるまでは物足りない味って感じだな、もう慣れちゃったから、平気だけど。」
「その量で足りる?」
「あぁ。胃がちっちゃくなったかな、これだけでもお腹いっぱいになるよ。」
昔は結構大食いだったのに、気が付いたら病院食で満足出来る位になってる。
それが良い事か悪い事か、って言われると、多分悪い事なんだと思う。
体重も二十五キロも落ちた、結果としては病院的には介助が楽になったかもしれないけど、それも悪い事っちゃ悪い事なんだろうし。
「今度、綾ちゃんに何か作ってきてもらおうか?」
「うーん、看護師さんがオッケーくれたら、貰おうかな。ハンバーグの味が恋しいよ。」
「わかった、伝えておくね。」
綾ちゃんの作ってくれるチーズインハンバーグは、俺の大好物だ。
今でも食えるかわかんないけど、もう一回でいいから食べたいっていう気持ちがある。
「ふぅ、美味しかった。悠介食べるのゆっくりになったね。」
「そうかな、確かにそうかもしれないな。」
ゆっくりご飯を食べてると、浩介はパンを食べ終わってコーヒーを飲んでる。
別に急かされてる訳でもないんだけど、昔と逆になっちゃったんだなって思うと、少し悲しい。
入院してる間に、食べるのもゆっくりになったんだなって、再認識させられる。
「浩ちゃん達、もうすぐ来るかな?」
「外でご飯食べてるとしたら、もうちょっとじゃないか?」
「そっか、じゃあもう少しいようかな。そしたら悠介、寂しくないでしょ?」
「ありがとな。」
入院してから、思った時に会えないって言うのは、確かに寂しかった。
寂しかったし、毎日必ずばいばいしなきゃならないって言うのが、結構来る。
だから、一緒にいられる時間が多いって言うのは、ありがたい事だ。
「そうそう、武志さん達に会ったんでしょ?どうだった?」
「紗也乃ちゃんから連絡いってたみたいでさ、浩介達と関わりを持ち続けたい、って言ってくれたよ。」
「それは嬉しいね。僕達も、嬉しいよ。」
「そう言ってくれると助かる。それで良かったのかなって、ちょっと不安だったから。」
子供達を浩介達と関わらせ続ける事。それが正しいかどうかは、今はわからない。
でも、それが正しいと思うからこそ、そうしてるんであって、不安がるのは違う、とも思うけど、でも、不安になっちゃうんだ。
余計に子供達を苦しめる結果になったらどうしようって、浩介達に辛い思いをさせる結果になったらどうしようって。
そうならない様にしたいのに、そうなってしまったら、って。
「不安だなんて、悠介らしくないよ?もっと自信をもって、悠介は間違ってなんかいないよ。」
「そうかな……。」
「もし間違ってたとしても、それは僕達の為にしてくれた事なんだから。僕は、それだけで十分嬉しい。」
そう言ってくれると、心が休まる。
俺に気遣って言ってるのかもしれないけど、本心では違う事を考えているのかもしれないけど、その言葉がありがたかった。
「父ちゃ!ただいま!」
「ただいまぁ!あ!浩にいちゃだ!」
「浩ちゃん、悠ちゃん、父ちゃを困らせちゃいけないよ?兄ちゃは帰るけど、今日は楽しんでね。」
そんな事を話してるうちに、浩希と悠介が帰ってきた。
お腹をいっぱいにして帰ってきた三人、浩希と悠介はちょっともう眠そうだ。
まだ時間は夜七時、寝るにはちょっと早い時間だけど、ちび達はお腹がいっぱいになるとすぐ寝ちゃう癖があって、それはまだ変わってないみたいだ。
「父ちゃといっしょ!」
「いっしょー!」
靴を脱いで、ベッドに上がってくる二人。
ニコニコ笑いながら、俺にくっついて寝っ転がる。
「それじゃ、僕達は帰るから。明日朝、綾ちゃんが迎えに来てくれるから。」
「わかった、ありがとな。」
悠治と浩介はそう言って病室を出て行って、浩希達はもう眠そうだ。
俺は未だ眠くないっちゃ眠くないけど、ちび達を起こしておくのも酷だなって思って、ベッドに横になる。
「父ちゃ、おうたうたって?」
「いいぞ?」
せがまれて歌うのは、ずっと子守歌に使っていた歌だ。
静かに、ゆっくりとした曲調で、眠りを妨げない様に歌う。
「えへへ……。」
「父ちゃー……。」
子守歌を歌うのも久しぶりだ、二人は聞き入ってくれてたけど、すぐにスースーと寝息を立て始める。
二人に腕枕をしながら、俺は懐かしい感覚になる。
ずっと、こうしてやってたなって。
入院してからは出来てなかったけど、こうして腕枕をして、子守歌を歌って。
もう出来ないんだ、って思うと、少しだけ涙が出てくる。
怖いんじゃない、悲しいんだ。
もう、こうして上げる事が出来ない事が、もう、こうして一緒にいられない事が。
「……。」
久々に、涙を流した気がする。
最近、無意識に心を殺していた気がする、それは怖さじゃない、悲しさだ。
もう一緒に入れないけど、幸せになって欲しい。
その言葉に偽りはない、本気でそう思ってる。
でも、自分自身の事を、考える事がなかった。
死にたくないって気持ちじゃなくて、一緒にいたいっていう気持ち。
それを、出来ないからって、無意識に蓋をしてたんじゃないかって。
「皆……。」
寂しい。
皆を置いて逝かなきゃならない事が、皆と一緒にいられない事が。
それを一度考え返すと、涙が止まらなくなる。
「一緒に、いたいなぁ……。」
きっと、俺はそれを誰にも言わないと思う。
我儘になっちゃうから、困らせるから。
でも、この気持ちは。
死ぬ時まで、なくなってくれないんだろうな、って思う。
「浩ちゃん達、嬉しそうだったね。」
「悠にぃと一緒にいられないの、一番辛かったんじゃないかな。だから、泊まりたいって言ったんでしょ?」
「そうだね。二人とも、ずっと悠介と一緒に寝てたもんね。それがいきなり離れ離れになって、ストレスたまってたと思うよ。」
帰り道、浩介と悠治は、久々に兄弟二人で会話をする。
普段は綾がいたり子供達がいたり、悠介がいたりして、二人で話す機会というのも久しい。
浩介が公園に寄って行こうと誘い、缶コーヒーを二つ買って悠治に一つ渡す。
真冬の寒さが身に染みる、しかもまた雪が降りだしている。
あまり長居は出来ないな、と思いながら、悠治は浩介の意思に異を唱えなかった。
「ずっと、悠介がいてくれてさ。僕、それが当たり前だと思ってた。ずっと一緒で、おじいちゃんになるまでそばに居て、一緒に浩ちゃん達の子供を抱いて、悠治達にも子供が出来てさ。そうやって、ずっと幸せに生きていけるって、思ってた。」
「僕もだよ。僕と綾ちゃんの子供が出来たら、名前つけてもらおうって、二人で話してたもん。浩にぃと悠にぃがずっと、一緒にいるんだって、思ってた。」
不思議と、涙は流れない。
二人とも、泣きすぎた位には泣いた、悲しい気持ちはあれど、涙を流す事はしなかった。
それが、自分達の為にも、悠介の為にもならないとわかっていたから。
「あと、どれくらい一緒にいられるのかな。」
「わかんないよ……。でも、悠にぃが幸せだって思える様に、してあげたいね。」
あと少しだけ、そばに居たい。
悠介が、余命半年と言われたその日に言った、その言葉を思い出す。
きっと、悠介はずっと一緒にいたいと願っているのだろう。
でも、それが我儘になってしまう事を知っているから、それを誰にも言わなかったのだろう。
「そう言えば浩にぃ、仕事の方はどう?」
「……。プロジェクト 、外されちゃった。今のお前には、余裕がないだろうから、落ち着いて仕事が出来る様に、って上司は言ってくれたんだけど、体よく外されちゃったんじゃないかな。」
「そっか……。」
昨日言われた事だ。
お前は少し疲れてる、恋人さんが落ち着くまでは少しゆっくり仕事をした方が良い。
と言われて、社運を賭けたプロジェクトから外された。
正直、それで良かったと浩介自身思っているが、自分が思っているよりも、自分は取り繕えてない、という事実がそこにはあった。
「良いんだ、悠介の事に集中出来るし、そもそも僕、あんまりあのプロジェクト好きじゃなかったし。」
「なら良いんだけどさ……。浩にぃ、無理してない?」
「……。無理してなかったら、こんな風にならないんじゃないかな、って思う。でも、悠介の為だもん、頑張らなきゃ。」
「浩にぃ……。」
浩介は、こんな風に物事を捉える人物だっただろうか。
もっと直情的で、優しくて、誰よりも甘くて、そんな兄だと、悠治はずっと思っていた。
しかし、今の浩介を見ていると。
それは、間違いなんじゃないか、と思わされる。
こんな風に、強かっただろうか、と。
「そろそろ帰ろっか。寒くなってきたし、風邪ひいちゃったら悠介に怒られちゃうよ。」
「そ、そうだね。」
変化してきている。
それは、自分自身もそうだが、浩介も、周りの人達も。
悠治はそう感じて、先を歩く浩介の後をついて行った。
「んぅ……。」
夢だ。
これは夢だ、じゃなかったらこんな事は出来ない。
「浩ちゃん、行くよー!」
「はーい!」
浩希とキャッチボールをしてて、悠介は浩介と砂遊びをしてる。
これが夢じゃなかったら何なのか、渇望する程望んだ日常、もう手に入らない日常。
そんな俺を、俯瞰してみてる俺がいて。
「父ちゃ、いっくよー!」
「おいよー!」
浩希が投げたボールをキャッチして、左手に握る。
握った感覚がちゃんとあって、俯瞰してる俺も思わずボールを投げそうになる。
もう出来ない、もう戻れない、大切な日常。
だから、俺は夢を見る事をやめた。




