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あと少しだけ、傍に居たい。  作者: 悠介


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カウンセラーとして

 朝、河野さんが今日は休みらしくて、看護師長が朝ご飯を持ってきてくれた。

 今日の朝ご飯は鱈の焼き物に漬物、ご飯とみそ汁だった。

 まだ、ちゃんと食べれてる、まだ、食欲が無くなってきてるわけじゃない。

 そんな些細な事に安心しながら、俺は人が来るのを小説を読みながら待つ。


「悠介さん、お体大丈夫ですか?」

「やあ紗也乃ちゃん。大丈夫かって言われると、難しいな。」

 今日呼んだのは、綾ちゃんの次、大学を出て初めてカウンセリングに訪れた子、紗也乃ちゃんだ。

 今はもう成人していて、パティシエールを職業にしているんだけど、出会った当時は本当に憔悴しきってて、この子はそのうち死んじゃうんじゃないかって、暫く不安になってた。

「癌、なんですって……?治るの……?」

「……。余命半年、そう言われたよ。今日呼んだのは、最期ってわけじゃないけど、後任の先生の紹介をしなきゃって思ってね。まだ紗也乃ちゃんにはサポートが必要だから、俺の後任の先生に話を通しておいたから。次からは、そっちに行って欲しい。」

「……。余命半年、実感がわかないよ、悠介さん。あたし、ずっと悠介さんに支えてもらってきたのに、何のお返しも出来ないまま、なんて……。」

 紗也乃ちゃんは、努めて冷静でいようとしてる。

 泣いても仕方がない、とわかってるから、涙はこぼさないんだろう。

 思えば、最初から泣いた所は見た事がなかった。

 感情が希薄になっていて、無表情でいる事が多かった紗也乃ちゃんは、最近はよく笑う様になってたけど、やっぱり身に沁みついた習慣はなかなか消えてくれないんだろう。

「あたし、恩返ししたかったなぁ……。悠介さんに、ずっと支えてもらって、いつかあたしも、誰かを支えられる人間になれたらなって、その姿を見て欲しかったなって。」

「ありがとう、紗也乃ちゃん。そう思ってくれてるって知っただけで、俺は十分だよ。」

「でも、なんで……。なんで、悠介さんが……。」

「それはわからない。俺の役目はここまでなのかもしれないし、終えるべきものだったのかもしれない。それはわからないけど、俺は……。俺は、満足して逝けるよ。」

 涙は流さずとも、悲しんでいるのはよくわかる。

 俺は、この選択が間違いじゃないか、って何度も思い返すけど、もう君達を見れないから次の人に、っていうのは不誠実だと思うから、間違ってないと思う。

「次の先生も、優しい人だよ。俺の先輩なんだけど、患者さんにきちんと寄り添ってくれる、素敵な先生だよ。」

「あたし、悠介さん以外って考えられないよ。三年間ずっと見てきてくれて、ずっと励ましてくれて。そんな先生、もう二度と現れないんじゃないかなって、思うよ。」

「買い被りだよ、紗也乃ちゃん。俺は、誰かが傷ついてるのが見たくないから、この道を選んだんだ。誰かの為、なんて理由を後付けでつけてたけど、結局は自分の為だったんだよ。」

「それでも、あたしは悠介さんが良かったなぁ。自分の為だったとしても、こんなに寄り添ってくれる人、いないもん。……。浩介さんがいなかったら、あたし悠介さんに告白してたと思うの。好きだったから、大好きだったから。でも、浩介さんといる悠介さんが幸せそうだったから、それを見てるだけでも幸せな気持ちになれるんだなって、思ったんだ。だから……。だから、最期まで、見届けてもいい?」

「苦しいと思うよ?だんだん衰弱していって、何も出来なくなると思うから。」

「……。それでも、あたしは最期まで見届けたいの。ダメかな?」

 ダメかと言われると、どうなんだろうか。

 見られるのが恥ずかしいとか、そういう気持ちは今の所ないんだけど、余計な負担をかけちゃわないか、って思うと悩ましい。

「ダメじゃないけど、辛いよ?」

「悠介さんの最期を見届けられないより、辛くないから大丈夫。……。最期まで、あたしは見届けたい。それがどれくらい苦しいかなんて、あたしにはわかんないけど、それでもさ、見届けさせてよ。」

「わかった、ありがとうね、紗也乃ちゃん。」

「お礼、言われる様な事じゃないよ。あたしがそうしたい、ってだけだもん。」

 優しい子になってくれた、強い心を持つようになってくれた、それが俺は嬉しい。

 あんなに弱かった子が、こんなにも強くなって、俺の事を見てくれている、それだけで、俺はカウンセリングをやってきた甲斐があるなって思うんだ。

「それじゃあ、今度はケーキ作ってくるからね。悠介さん、チーズケーキなら食べれるでしょ?」

「今の所制限はされてないから、嬉しいよ。紗也乃ちゃんの作るチーズケーキ、美味しいしね。……。紗也乃ちゃん、一つお願いがあるんだけど、良いかな?」

「あたしに出来る事?」

「……。俺が死んだ後も、浩介達と関わってあげて欲しいんだ。皆、紗也乃ちゃんの事、好きだから。俺がいなくなったからって、関わりを無くして欲しくないんだ。確かに、俺が起点になって結んだ縁かもしれないけど、それでも、今では浩介達とも縁があると思うから。」

 紗也乃ちゃんは、少し悩む素振りを見せる。

 それもそうだ、これはカウンセラーと患者の関係じゃない、個人的な交友関係の話だ。

 強制する事は出来ないし、俺がいなくなったら、浩介達と関わる理由もない。

「……、わかった。浩介さん達、あたしも好きだから。恋のライバルとしても、見届けたいしね。浩希君達が、あたしの持って行ったケーキ美味しそうに食べてくれる所、もう見れないなんて寂しいし。」

「ありがとう、紗也乃ちゃん。」

「あたし、悠介さんに影響されたのかもね。昔だったら、絶対こんな事約束しなかったもん。誰かの為に何かをする、なんて絶対に考えなかったよ?」

「そっか、それは嬉しい事を言ってくれるな。でも、無理はしちゃいけないよ?辛かったら、辛いって言って良いんだから。」

「わかってる、お父さん達とも仲直りしたし、もう大丈夫だよ?悠介さんが心配する程、あたし独りっきりじゃないから。」

 それを聞けて安心した。

 紗也乃ちゃんは、元カレに強姦されて心を塞いでしまって、それ以来家族ともうまくいってなくて、それを見かねたお姉さんが、俺の所に連れてきた。

 それから三年、時間はかかったけど、ここまで強くなって、人に心を開けるようになって。

 嬉しくて、俺は顔がほころぶ。

「嬉しそうだね、悠介さん。」

「嬉しいよ、こんなに強くなってくれて、優しくなってくれて。やってきた甲斐があるよ、ほんとに。」

 そっか。

 紗也乃ちゃんはそう呟くと、ふと窓から外を見る。

「桜、ここから綺麗に見えそうだね。」

「そうだな、咲くのが楽しみだよ。」

「見るまで、死ねないね。」

「……、そうだな。せめてもう一回でいいから、桜が咲いてる所、見たいな。」

 それは、無謀なんだろうか、過ぎた願いなんだろうか。

 もう一度でいい、春まで生きていたいという願いは、果たして。

「それじゃ、次はチーズケーキ持ってくるからね。」

「ありがとう。」

 紗也乃ちゃんは、それだけ言うと病室を出ていく。

 その後ろ姿は寂しそうで、その足取りは少し重たくて。

 これから何回会えるかな、って思うと、ちょっと寂しくて。


「坂入さん、食欲の方はどうでしたか?」

「はい、まだ大丈夫そうです。」

 看護師長さんが、夜ご飯の食器の片づけに来てくれて、少しだけ話をする。

「うちの河野がいつもすみませんね、あれは世間話が好きすぎる。」

「助かってますよ、いつも楽しく話させてもらってます。」

「それなら良いんですが。あれは結構うざがられる事が多くてですね、めげないのは良い事なんですが、患者さんからは嫌われがちなんですよ。」

 そうなのか。

 俺は河野さんみたいなタイプが好きだし、話しかけてくれるのも嬉しいから、そんな事は考えた事ないけど、確かに、自分は病気で入院してるのに、明るくされるっていうのはうざったいと感じる人も、いるかもしれないな。

 でも、あの人の明るさっていうのは、実は演技だっていうのは、俺はわかってる。

 無理して明るく振舞って、こっちを笑顔にしたいっていう気持ちでやってるんだって、見てればわかる。

「病室に顔を出す時、顔をはたいて気合なんて入れてですね、自分は根暗ですから、なんて言うんですよ?坂入さんはカウンセラーさんだから気づかれているかもしれませんけど、あれは結構無茶をしがちなんです。」

「でしょうね。無理して明るい表情作ってるんだなって、よくわかります。でも、それは患者さんに明るくなって欲しいから、病気で後ろ向きになってる人を勇気づけたいから。いい看護師さんじゃないですか、少なくとも俺は、河野さんのおかげで明るく出来てますよ。」

「そう言ってくれる方がいて、河野もやりがいがあるでしょう。さて、私は他に行きますが、お体の不調などがありましたら、すぐにナースコールを押してくださいね?」

「ありがとうございます。」

 そう言うと、看護師長さんは病室を出ていく。

 俺は、寝る前に少し本を読もうと思って、サイドテーブルに置いていた小説を取って、開く。

 今読んでるのは、癌になってから摘出して、俺と同じ様に色々な所に転移しちゃってて、もう長くない、っていう人の自伝だ。

 この人は徐々に痛みが増してくる、って書いてるけど、俺はまだ幸いにも痛みには襲われてない。

 でも、これがいつまで続くかはわからない、著書の最後の方は代筆で、意識が無くなっていく様を書いてある。

 俺もいつまで意識を保っていられるか、わからない。

 だから、意識があるうちに、出来る事をしたい。

 そう思いながら、俺は眠りについた。


「浩介さん、います?」

「あれ?紗也乃ちゃんじゃない!浩にぃなら今、浩ちゃん達とお風呂入ってるわよ?」

「そうなんですか?」

「上がって上がって!今お茶入れるから!夜ご飯は食べた?お腹空いてない?」

「ありがとうございます、綾さん。ご飯は食べてきました、大丈夫です。」

 夕食を外食で済ました紗也乃は、浩介の所を尋ねに来ていた。

 話がある、という事は悠介の事だろう、と考えた綾は、寒空の下待つのも辛いだろうと、紗也乃を家に招きいれる。

「あれ?紗也乃ちゃん。珍しいね、悠にぃなら……。」

「今日、お見舞いに行ってきました。悠介さんが、余命半年だって、聞いてます。」

「そっか……。それで、今日はどうしたの?」

「浩介さん、というか皆さんにお話があって……。」

「僕達に?」

 リビングに通された紗也乃は、少しそわそわしながら浩介が風呂から上がってくるのを待つ。

 悠治と綾は、小首をかしげながら、紅茶を淹れて出すと、リビングのテーブルに座った。

「いいお湯でした。あれ、紗也乃ちゃん?」

「お久しぶりです、浩介さん。」

「悠介なら……。」

「今日は、皆さんにお話があって来ました、悠介さんにも、今日会って来ました。」

「そっか……。それで、話って?」

 風呂上り、坊主頭にハンドタオルを巻いた浩介が出てきて、椅子に座る。

 紗也乃は、浩介に恋のライバルという感情を持ってたな、と思い出しながら、悠介に言われた事を話す。

「悠介さんが、俺がいなくなった後も、皆と関わってほしいって、そう言ってたんです。だから、それをしてもいいのか、を聞きたくて……。あたし、悠介さんの言葉の通りにしたいんですけど、皆さんが辛くないかなって……。」

「悠介が……?そっか、それで……。」

「だめ、ですかね……?」

 浩介と悠治、綾は、悠介がそんなお願いを紗也乃にしているとは考えつかなった。

 だから、少し考える様な素振りを見せ、互いに顔を見合う。

「紗也乃ちゃんは、辛くない?僕達と関わり続けるって事は、悠介の事を忘れられないって事だよ?忘れて、新しい先生と仲良くした方が、楽じゃないかな?」

「それは……。それは、逃げてるだけだ、って思います。悠介さんの遺す想いから逃げて、自分の気持ちから逃げて。そんなんじゃ、幸せになれないし、悠介さんの為にもならない、と思うんです。」

 紗也乃は、真剣な眼差しをしている。

 浩介達は、その瞳を見て、そう覚悟したのなら、と考える。

「僕達は嬉しいよ、せっかく仲良くなれたんだしね。紗也乃ちゃんは悠介にとっては患者さんかもしれないけど、僕達にとっては大切な友達だから。」

「浩介さん、無理してますよね……。ほんとは一番辛いはずなのに……。」

「辛いよ。でも、笑って生きて行こうって、悠介と約束したから。だから……。だから、笑って生きようって、皆で決めたんだ。浩ちゃん達は難しいかもしれないけど、僕達は。」

 それは、悠介の最後の願いを叶えたい、という気持ちでもあったが、それは、自分達がそうしたいから、でもあった。

 まだ気持ちに整理がついたわけではない、浩介は仕事に手がつかず、先輩や同僚に心配されている。

 それでも、そうしたいと願った、そうしたいと感じた。

 それは、悠介の為だけではなく、自分達の為にも。

「紗也乃ちゃん、ありがとう。辛いんだろうに、悠にぃの気持ちを汲んでくれて。」

「あたしは、そうしたいって思っただけですよ。悠介さんの為に、あたしの為に。あんなに優しい人の最後のお願い、なんて聞きたいじゃないですか。」

 そこで、紗也乃はぽろぽろと泣き出す。

 ずっと我慢していた、自分の感情に蓋をして自己防衛していた。

 でも、それが出来ない程に、心は叫んでいた。

 離れたくない、別れたくない、死んでほしくない。

 そんな思いが、心が、涙となって流れては溜まっていく。

「紗也乃ちゃん、泣いても良いのよ。私達だって、強くないから。一緒に泣いて、一緒に生きて行きましょ?」

「はい……、ありがとう、ございます……。」

「僕達も……。僕達も、ずっと辛いんだと思う。それは、それだけ悠介が大事だから。だから、ずっと忘れたくない、僕達が死ぬ時まで、悠介を大切に想いたい。紗也乃ちゃんも、一緒だと思うんだ。だから、僕達はずっと、友達だよ……?」

 浩介も、涙を流している。

 辛い気持ちに蓋をしているわけではない、強がっていただけの浩介も、誰かが泣いてしまうと、自分も泣いてしまう。

 紗也乃は、浩介が強くなったと思っていたから、少し驚くが、しかしやっぱり一番悠介を好きなのは浩介なんだな、と思わされる。

 だからこそ、悠介の意思を尊重したい、願いを聞き届けたいと思えるのだろう。

「ごめんなさい……、泣くつもり、無かったのに……。」

 気が付けば、悠治も綾も泣いている。

 泣いている紗也乃と浩介の顔を見て、我慢が出来なくなったのだろう。

 子供達が見ていなくて良かった、と悠治は思いながら、涙を止められずにいた。

 綾も、ずっと寄り添ってくれて来た悠介の死、を改めて感じ、涙が流れてしまう。

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