子供達と、親として。
「坂入さーん、朝ですよー?」
「河野さん、おはようございます。」
「お、今日は起きてましたね!良い事ですよ!」
浩介が帰って、もう少しだけファイリングをして、それで疲れて寝て。
朝になって、河野さんが朝ご飯を渡しに来てくれる。
この人、いつ休んでるんだろう?って言うくらいいっつも顔を見てるから、ちょっと笑えて来る。
仕事人間なのはわかるけど、この病院ブラックじゃないの?って心配にもなる。
「坂入さん、また昨日浩介さん泣かせたでしょう?恋人泣かせるなんて、感心しませんなぁ?」
「仕方のない事なんですよ。受け入れて、前を向いてもらう為には。じゃないと、安心して逝けないですしね。」
「そんな事、考えずとも良いのに。死んだ後までは面倒も見れないでしょう?」
「だから、生きてる内に面倒を見たいんですよ。死んじゃったら俺は楽でしょうけど、浩介達が大変ですから。」
そう答えるか、と河野さんは唸る。
俺は死ぬ事が怖くないわけじゃない、でも、死んでしまうのなら、何かを遺したい、そう思った。
そんな人が少ないからなのか、河野さんは悩んでるみたいだ。
「坂入さんがそれでいいのなら、私はそれで良いんです、けどね。遺される側に、それを言っちゃ辛いですよ?」
「そう、なんですかね。俺は、出来るだけ辛くない様に、って思ってやってるんですけどね。」
「間違ってはいませんよ?ただ、正解でもないってだけで。遺される方って言うのはね、どんな態度を取られたって辛いんですよ。坂入さんがどれだけ頑張ろうとしても、辛いもんは辛いんです。でも、それをしないよりはましかもしれませんね。何もなく遺されるより、意思を継ぐ方が、心地良いのかもしれない。」
そこで、また河野さんは悩む。
色々な人を見てきて、色々な人を看取ってきて、色々な遺族を見てきて、思う所があるんだろう。
「それはいいですけど、河野さん。また看護師長にどやされますよ?」
「おっといけない!行ってきまーす!」
いつものお決まりをやって、河野さんは病室から飛び出ていく。
俺はその後ろ姿を笑いながら、朝ご飯のおパンにジャムを付けて、ゆっくり頬張った。
「浩ちゃん、元気か?」
「父ちゃ!父ちゃはげんきぃ?」
「……。元気だよ、今すぐにでも病院を飛び出して、浩ちゃん達に会いたいくらいだ。」
「良かったぁ!父ちゃ!今日おみまい行くからね!」
「ありがとう、浩ちゃん。」
上着を着て、雪の溶けた少し濡れている庭に出て、浩希に電話をかける。
浩希は元気そうな声で返事をして、それじゃ野球に行ってきます、って言って電話を切った。
悠介はまだ野球チームに入ってないけど、そのうち入りたい、って言ってて、浩希は一年生で近所の野球チームに入ってる。
悠介が野球をやってる姿は見られないんだろうな、って思うと、少しだけ寂しくなってくる。
五歳の子供を置いて死ぬ事になる、七歳の子供と離れ離れになって死ぬ事になる、それが少し寂しいんだ。
「坂入さーん、冷えますよー?」
「あはは、電話してただけですよー。」
少し物思いに耽ってると、河野さんの声がする。
渡り廊下で繋がってる二つの建物の、丁度渡り廊下の所から窓を開けて、こっちに手を振ってる。
土曜日だっていうのに休まずに、この人は元気だなって感心しながら、俺は病室に戻った。
「父ちゃ!」
「父ちゃー!」
「浩ちゃん、悠ちゃん、元気だったか?」
「うん!元気だったよね!悠ちゃん!」
「元気―!」
悠治は今日仕事らしく、浩介が二人を連れてきてくれた。
浩希は野球の練習の後だからか、ユニフォームに身を包んでて、その姿は昔の浩介と悠治そっくりだ。
懐かしい感覚になりながら、二人がベッドの横の椅子にちょこんと座ってるのを見てると、自然と笑顔になる。
「父ちゃ!元気になったぁ?」
「そうだね……、……。浩ちゃん、悠ちゃん、父ちゃはね……。」
一瞬言おうかどうか悩む。
死ぬその瞬間まで、知らない方が良いんじゃないだろうか、何も知らさずに去った方が良いんじゃないか、そう思って。
でも、それは残酷だと思うし、伝えなきゃきっと、俺の状態もわからなくなるだろうと思うんだ。
「父ちゃはね……。もう、長く生きられないんだ。」
「えぇ?どういうことぉ?」
「もうすぐ死んじゃうんだよ、悠ちゃん。後半年で、父ちゃはいなくなっちゃうんだ。」
「え……?うそ、だよね?父ちゃ、いなくなっちゃうの……?」
「そうだよ。だから、父ちゃがいなくても、頑張っていける様になってほしいんだ。」
意味が先に分かったんだろう、浩希がボロボロと泣き出す。
悠介も、まだ五歳と言っても、いなくなっちゃう、っていう言葉は理解出来るだろう。
浩希が泣いているのを見ながら、悠介も泣き出した。
「やだよぉ……!父ちゃいなくなっちゃやだよぉ……!」
「父ちゃ……!ぼくたちのこと、きらいになっちゃったのぉ……!?」
「大好きだよ、浩ちゃんの事も、悠ちゃんの事も、大好きだ。でも、一緒にはいられなくなるんだ。……。ずっと、ずっと、愛してるよ。浩ちゃん、悠ちゃん、父ちゃがいなくなっても、父ちゃはずっと、皆と一緒だ。」
「わかんないよぉ……!」
泣きじゃくる二人の頭を撫でながら、これで良かったのか、と自問自答する。
きっと、これで良かった。
何も告げずに別れが来てしまったら、きっと今よりも悲しい。
何も告げずに去ってしまったら、きっと心に深い傷を残すことになる。
だから、これで良かったんだ。
「しんじゃやだよぉ……、父ちゃぁ……!」
「ごめんな、浩ちゃん。お父さんとお母さんに続いて、俺までいなくなっちゃう事になって。」
「やだよぉ……!」
「悠ちゃん、悠ちゃんは覚えてないかな?覚えてないな、俺が一緒に暮らし始めた頃、ずっと泣いててね。家族を亡くした痛みで泣いてるのか、って思ってたよ。」
大声で泣きながら、二人は抱き着いてくる。
離れたくない、離れ離れは嫌だ。
そんな気持ちが、ひしひしと伝わってくるんだ。
それは出来ないんだ、でも、ずっと心は一緒にいる、それを教えて行かなきゃな、って考える。
「じゃあ、今日は帰るね、悠介。浩ちゃん、帰るよ?」
「やだ……。ぼく、父ちゃといっしょがいい……。」
「まだすぐに会えなくなるわけじゃないよ、大丈夫。また来週、会いにおいで?」
「……。父ちゃ、死なない……?」
「すぐには死なないよ。まだやるべき事も、やりたい事も残ってる。だから、まだ死なない。」
「やくそく、だよ……?」
「指切げんまんだ。約束だよ。」
悠介は泣き疲れて寝ちゃって、浩希が俺にしがみついてて。
浩介が帰るよって言っても動こうとしなくて、俺はこういう時のおまじないをする。
浩希のまだ小さい小指に小指を絡めて、指切げんまん。
これは、俺が仕事なんかでちょっと家を空けた時とかに、すぐに帰ってくるよって言う意味合いでいっつもやってたんだ。
もう、家には帰れないと思う。
だから、そういう意味では、約束は守れない。
「父ちゃ、また会える……?」
「会えるよ、絶対だ。」
「うん……。父ちゃ、だいすきだよ……。」
「俺も大好きだよ、浩ちゃん。さぁ、今日はお帰り。また来週会おう。」
悠介は浩介に抱っこされて、空いた方の手で浩希と手を繋いで、何度も何度も後ろを振り向いて、俺の方を見ながら、三人は帰って行った。
「これで大丈夫かな?」
夜ご飯にハンバーグが出て、薄味だったけど美味しかった。
俺は、寝る前にラインでカウンセリングを受けてた子達に連絡をして、日程調整をしようとしてる。
面識のある子もいれば、お互いに面識のない子もいるから、突然ばったり会って死にますなんて話にならない様に、細かく日程調整しないといけない。
俺の体力がいつまでもつかもわからないし、早めにするに越したことはないけど、大体半月で全員に会えるかな、って感じだ。
引継ぎのファイリングも大体終わらせた、後は本人達に説明するだけだ。
「ふあぁ……。」
明日はちゃんと起きられるだろうか、眠ったまま死んじゃった、なんて事にならないだろうか。
ちょっとだけそんな不安が湧き上がってくるけど、俺は静かに眠りに落ちた。




