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あと少しだけ、傍に居たい。  作者: 悠介


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3/11

子供達と、親として。

「坂入さーん、朝ですよー?」

「河野さん、おはようございます。」

「お、今日は起きてましたね!良い事ですよ!」

 浩介が帰って、もう少しだけファイリングをして、それで疲れて寝て。

朝になって、河野さんが朝ご飯を渡しに来てくれる。

 この人、いつ休んでるんだろう?って言うくらいいっつも顔を見てるから、ちょっと笑えて来る。

 仕事人間なのはわかるけど、この病院ブラックじゃないの?って心配にもなる。

「坂入さん、また昨日浩介さん泣かせたでしょう?恋人泣かせるなんて、感心しませんなぁ?」

「仕方のない事なんですよ。受け入れて、前を向いてもらう為には。じゃないと、安心して逝けないですしね。」

「そんな事、考えずとも良いのに。死んだ後までは面倒も見れないでしょう?」

「だから、生きてる内に面倒を見たいんですよ。死んじゃったら俺は楽でしょうけど、浩介達が大変ですから。」

 そう答えるか、と河野さんは唸る。

 俺は死ぬ事が怖くないわけじゃない、でも、死んでしまうのなら、何かを遺したい、そう思った。

 そんな人が少ないからなのか、河野さんは悩んでるみたいだ。

「坂入さんがそれでいいのなら、私はそれで良いんです、けどね。遺される側に、それを言っちゃ辛いですよ?」

「そう、なんですかね。俺は、出来るだけ辛くない様に、って思ってやってるんですけどね。」

「間違ってはいませんよ?ただ、正解でもないってだけで。遺される方って言うのはね、どんな態度を取られたって辛いんですよ。坂入さんがどれだけ頑張ろうとしても、辛いもんは辛いんです。でも、それをしないよりはましかもしれませんね。何もなく遺されるより、意思を継ぐ方が、心地良いのかもしれない。」

 そこで、また河野さんは悩む。

 色々な人を見てきて、色々な人を看取ってきて、色々な遺族を見てきて、思う所があるんだろう。

「それはいいですけど、河野さん。また看護師長にどやされますよ?」

「おっといけない!行ってきまーす!」

 いつものお決まりをやって、河野さんは病室から飛び出ていく。

 俺はその後ろ姿を笑いながら、朝ご飯のおパンにジャムを付けて、ゆっくり頬張った。


「浩ちゃん、元気か?」

「父ちゃ!父ちゃはげんきぃ?」

「……。元気だよ、今すぐにでも病院を飛び出して、浩ちゃん達に会いたいくらいだ。」

「良かったぁ!父ちゃ!今日おみまい行くからね!」

「ありがとう、浩ちゃん。」

 上着を着て、雪の溶けた少し濡れている庭に出て、浩希に電話をかける。

 浩希は元気そうな声で返事をして、それじゃ野球に行ってきます、って言って電話を切った。

 悠介はまだ野球チームに入ってないけど、そのうち入りたい、って言ってて、浩希は一年生で近所の野球チームに入ってる。

 悠介が野球をやってる姿は見られないんだろうな、って思うと、少しだけ寂しくなってくる。

 五歳の子供を置いて死ぬ事になる、七歳の子供と離れ離れになって死ぬ事になる、それが少し寂しいんだ。

「坂入さーん、冷えますよー?」

「あはは、電話してただけですよー。」

 少し物思いに耽ってると、河野さんの声がする。

 渡り廊下で繋がってる二つの建物の、丁度渡り廊下の所から窓を開けて、こっちに手を振ってる。

 土曜日だっていうのに休まずに、この人は元気だなって感心しながら、俺は病室に戻った。


「父ちゃ!」

「父ちゃー!」

「浩ちゃん、悠ちゃん、元気だったか?」

「うん!元気だったよね!悠ちゃん!」

「元気―!」

 悠治は今日仕事らしく、浩介が二人を連れてきてくれた。

 浩希は野球の練習の後だからか、ユニフォームに身を包んでて、その姿は昔の浩介と悠治そっくりだ。

 懐かしい感覚になりながら、二人がベッドの横の椅子にちょこんと座ってるのを見てると、自然と笑顔になる。

「父ちゃ!元気になったぁ?」

「そうだね……、……。浩ちゃん、悠ちゃん、父ちゃはね……。」

 一瞬言おうかどうか悩む。

 死ぬその瞬間まで、知らない方が良いんじゃないだろうか、何も知らさずに去った方が良いんじゃないか、そう思って。

 でも、それは残酷だと思うし、伝えなきゃきっと、俺の状態もわからなくなるだろうと思うんだ。

「父ちゃはね……。もう、長く生きられないんだ。」

「えぇ?どういうことぉ?」

「もうすぐ死んじゃうんだよ、悠ちゃん。後半年で、父ちゃはいなくなっちゃうんだ。」

「え……?うそ、だよね?父ちゃ、いなくなっちゃうの……?」

「そうだよ。だから、父ちゃがいなくても、頑張っていける様になってほしいんだ。」

 意味が先に分かったんだろう、浩希がボロボロと泣き出す。

 悠介も、まだ五歳と言っても、いなくなっちゃう、っていう言葉は理解出来るだろう。

 浩希が泣いているのを見ながら、悠介も泣き出した。

「やだよぉ……!父ちゃいなくなっちゃやだよぉ……!」

「父ちゃ……!ぼくたちのこと、きらいになっちゃったのぉ……!?」

「大好きだよ、浩ちゃんの事も、悠ちゃんの事も、大好きだ。でも、一緒にはいられなくなるんだ。……。ずっと、ずっと、愛してるよ。浩ちゃん、悠ちゃん、父ちゃがいなくなっても、父ちゃはずっと、皆と一緒だ。」

「わかんないよぉ……!」

 泣きじゃくる二人の頭を撫でながら、これで良かったのか、と自問自答する。

 きっと、これで良かった。

 何も告げずに別れが来てしまったら、きっと今よりも悲しい。

 何も告げずに去ってしまったら、きっと心に深い傷を残すことになる。

 だから、これで良かったんだ。

「しんじゃやだよぉ……、父ちゃぁ……!」

「ごめんな、浩ちゃん。お父さんとお母さんに続いて、俺までいなくなっちゃう事になって。」

「やだよぉ……!」

「悠ちゃん、悠ちゃんは覚えてないかな?覚えてないな、俺が一緒に暮らし始めた頃、ずっと泣いててね。家族を亡くした痛みで泣いてるのか、って思ってたよ。」

 大声で泣きながら、二人は抱き着いてくる。

 離れたくない、離れ離れは嫌だ。

 そんな気持ちが、ひしひしと伝わってくるんだ。

 それは出来ないんだ、でも、ずっと心は一緒にいる、それを教えて行かなきゃな、って考える。


「じゃあ、今日は帰るね、悠介。浩ちゃん、帰るよ?」

「やだ……。ぼく、父ちゃといっしょがいい……。」

「まだすぐに会えなくなるわけじゃないよ、大丈夫。また来週、会いにおいで?」

「……。父ちゃ、死なない……?」

「すぐには死なないよ。まだやるべき事も、やりたい事も残ってる。だから、まだ死なない。」

「やくそく、だよ……?」

「指切げんまんだ。約束だよ。」

 悠介は泣き疲れて寝ちゃって、浩希が俺にしがみついてて。

 浩介が帰るよって言っても動こうとしなくて、俺はこういう時のおまじないをする。

 浩希のまだ小さい小指に小指を絡めて、指切げんまん。

 これは、俺が仕事なんかでちょっと家を空けた時とかに、すぐに帰ってくるよって言う意味合いでいっつもやってたんだ。

 もう、家には帰れないと思う。

 だから、そういう意味では、約束は守れない。

「父ちゃ、また会える……?」

「会えるよ、絶対だ。」

「うん……。父ちゃ、だいすきだよ……。」

「俺も大好きだよ、浩ちゃん。さぁ、今日はお帰り。また来週会おう。」

 悠介は浩介に抱っこされて、空いた方の手で浩希と手を繋いで、何度も何度も後ろを振り向いて、俺の方を見ながら、三人は帰って行った。


「これで大丈夫かな?」

 夜ご飯にハンバーグが出て、薄味だったけど美味しかった。

 俺は、寝る前にラインでカウンセリングを受けてた子達に連絡をして、日程調整をしようとしてる。

 面識のある子もいれば、お互いに面識のない子もいるから、突然ばったり会って死にますなんて話にならない様に、細かく日程調整しないといけない。

 俺の体力がいつまでもつかもわからないし、早めにするに越したことはないけど、大体半月で全員に会えるかな、って感じだ。

 引継ぎのファイリングも大体終わらせた、後は本人達に説明するだけだ。

「ふあぁ……。」

 明日はちゃんと起きられるだろうか、眠ったまま死んじゃった、なんて事にならないだろうか。

 ちょっとだけそんな不安が湧き上がってくるけど、俺は静かに眠りに落ちた。

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