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あと少しだけ、傍に居たい。  作者: 悠介


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2/12

生きていく事、死んでいく事

「坂入さん、朝ですよー?起きてくださーい!」

「んぅ……。河野さん、おはようございます。」

「朝ごはん、持ってきましたよ?食欲、あります?」

「少しだけお腹が空いてます、もう朝ご飯ですか?」

 癌を告知されてから、ずっと夜眠れない日々が続いてたから、久々にぐっすりねむった気がする。

 食欲はあんまりないけど、食べれないって程でもないし、体力はつけてた方が後々楽だろうし。

「昨日ね、帰ってから考えたんですよ、恋人さんになんていうかって。」

「それで、河野さんだったらなんて声かけます?」

「結局、坂入さんと同じ結論でしたよ。ちゃんと向き合いたいってなったら、そういうんだろうって。私、看護師やってて色んな人が亡くなるの見てきましたけど、坂入さんみたいな人はあんまりいませんでしたから。」

 どういう意味なんだろう?

 って聞こうと思ったら、河野さんは慌てて他の人に朝ご飯を渡しに行っちゃって、聞けずじまい。

「まあいっか。いただきます。」

 朝ご飯は焼き鮭にご飯、みそ汁と漬物、それに牛乳。

 牛乳はお腹を壊しちゃうから飲めないけど、それ以外は美味しそうだ。

「……。」

 昨日浩介に言った、これでよかったんだって。

 その気持ちに嘘はない、今もこれでよかったんだ、って思ってる。

 でも、浩希と悠介の事が気がかりだ。

 特に悠介はまだ五歳、浩希もまだ七歳。

 まだまだ世話のかかる年齢だし、代理と言っても父親は必要だろう。

 そう言えば、浩介の両親が亡くなってから、父親代わりとして一緒に暮らしてきたけれど、本当に可愛いし、よく懐いてくれてたな。

「美味しいな。」

 父親を失い、母親を失い、今度は代理の父親を失う。

 それを考えると、もう少しだけ生きて、傍にいてやりたいなって思う。

 でも、それは叶わない願い、もう半年も経たない内に、俺は死ぬだろう。

「……。」

 きっと、皆が元気な子に育ててくれる。

 きっと、勇気のある優しい子達になってくれる。

 そんな希望的観測を持ってるから、それでも大丈夫だって思えるんだ。


「悠にぃ、体調はどう?」

「悠治、ありがとな。綾ちゃんも来てくれたのか。」

「あったり前でしょ?悠にぃ、聞いたよ。余命、半年なんだって?」

 朝ご飯を食べ終わって、仕事のファイルをパソコンで片づけてると、悠治と綾ちゃんが来てくれた。

 悠治は今日は仕事が休み、綾ちゃんは専業主婦だから一緒に来てくれたみたいだ。

 お土産に果物の盛り合わせを持ってきてくれたんだけど、今はちょっと腹がいっぱいだ。

「浩希と悠介には話したのか?まだわかるかどうかもわかんないけど。」

「ううん、まだ話してない。だって、お父さんがあと半年でいなくなっちゃうなんて、僕達の口から言っちゃいけないと思って。」

「そうだな……。それは、俺の役割だな。今度の週末に、話をするよ。」

「ねぇ悠にぃ、本当に平気なの?辛くない?」

 辛くない、と言い切れば嘘になると思う。

 でも、あんまり辛くないって言うのが今の所の感想で、それは死ぬまで変わらないんじゃないかって思うんだ。

「辛くない、かなぁ。なんだか、ホッとしたよ。もう、怖がる必要も無いんだなって。」

「そっか……。僕達、頑張るからね。」

「頑張る?」

「悠にぃが癌見つかった時に言ってた、皆笑顔でいて欲しいって。だから僕達、悠にぃと一緒に笑ってたいんだ。」

 それは嬉しいな。

 俺が笑っていたいって思った様に、浩介達にも笑っていて欲しいから。

 それは、無茶なお願いなのかもしれない。

でも、悲しんで涙に呑まれた毎日より、笑顔で過ごす毎日の方が、絶対に楽しい。

 残り少ない人生だからこそ、楽しんで生きたい、明るくってのは無理かもしれないけど、笑って過ごしたいんだ。

「でも、無理はしないでくれよ?辛かったら、辛いって吐き出すのも大事だからな。」

「悠にぃ、ここまで来て私達の心配なんて、本当に根っからのカウンセラーよね。貶してるんじゃないわよ?凄いなって、純粋に思うのよ。」

「褒められても、何も出ないけどな。でも、ありがとう。そう言ってもらえると、やってきた甲斐があるよ。」

 思えば、綾ちゃんとの出会いは、カウンセリングだった。

 自宅でカウンセリングをしてた俺の所に来て、悠治に出会って、それが綾ちゃんが高校生の頃だ。

 悠介が生まれてすぐ、浩介達の両親が亡くなって、それで私にも何か出来ないか、悠治が好きで何かしてあげたい、って結婚して。

 それから四年経つけど、今ではちび達も「ねえちゃ!」って懐いて。

 今では考えられない位弱くて、心が脆かったのが、いつの間にか肝っ玉母ちゃんになって。

「私ね、悠にぃと浩にぃに会えて、浩ちゃん達のお姉ちゃんになれて、良かったなって思うの。勿論、悠治の奥さんになれたのが一番嬉しいんだけどね?でも、皆がいてくれたから、今の私がいるんだなって、心からそう思うの。」

「綾ちゃんは強くなったよ。俺達も、綾ちゃんに出会えて良かった。じゃなかったら、今頃は、浩希達育てられてなかったかもしれないしな。」

「それは、私がしたいと思ったからしただけ。悠にぃに出会って、元気をもらって、悠治に惹かれて、私に出来る事をしたいんだ、って思ったの。だから、私はずっと後悔してないわよ?」

「本当に、綾ちゃんありがとうね。僕も、綾ちゃんと結婚出来て良かったと思ってるよ。浩ちゃん達だって、きっと嬉しいと思ってるんじゃないかな。」

「ホントに、浩希達は幸せだよ。悠治、これから先も、綾ちゃんの事大切にするんだぞ?」

「うん、約束する。」

 悠治の笑顔は、少しひきつってる。

 無理して笑ってるんだな、本当は泣きたいんだなって気づいたけど、頑張ってる悠治の気持ちを無碍にはしたくない。

 綾ちゃんも、少し昔に戻った様な、泣きそうな笑顔を浮かべてて、本当は無理してるんだなって言うのが、よくわかる。

 伊達に心理学を学んできて、カウンセラーをやってきたわけじゃない、それに、兄弟の事なんだからすぐにわかる。

 でも、頑張ってくれてるのが嬉しくて、その頑張りを駄目にはしたくなくて、何も言わないし、言えない。

「カウンセリングの子達には、もう連絡したの?」

「これからしようと思ってるんだ。もう、カウンセリングも出来ないから、新しい先生の紹介とかしなきゃだしな。いい先生がいるから、きっと皆元気になれる。」

「でも、悠にぃじゃないとヤダって子達もいるんじゃない?私だったら、そう言っちゃうかなぁ。」

「それは嬉しいけど、前を向いて行く為には必要な事だからな。今は難しいかもしれないけど、きっと皆、前を向いてくれるって、俺は信じてるから。」

 俺は主に未成年者相手のカウンセリングをしてて、学生の相手をする事が多い。

 個人のカウンセラー業なんだけど、口コミとか病院からの依頼だとかで、なんやかんや学生を相手にする事が多くなった。

 気難しい思春期の子が多いから、どうなるかはわかんない。

 でも、きっと皆前を向いて歩ける様になる、そう信じてたし、俺はその為に働いてたから、信じたい。

「皆が生きてくれる事が、俺の生きた証だ。皆が幸せになってくれる事が、俺の生きた意義だ。だから、これから先もずっと、皆が幸せになれる様に、俺は俺に出来る事をしなきゃならない。」

「無理だけはしない様にね?」

「ありがと、わかってるよ。」

「そう言って無理するのが、悠にぃなんだけどね。私、知ってるのよ?今だってそうじゃない?」

 何年も関わってる内に、こっちの感情にも敏感になってきたんだろうな。

 多少心に蓋をしてる事、多分ばれてるんだろうな。

「坂入さん、先生が呼んでましたよー?あら、悠治君じゃないですか!お隣の方は奥さんだったかな?」

「河野さん、ありがとうございます。今行きますよ。」

「それじゃ、僕達は今日は帰るね。浩にぃが後で来ると思うよ。」

「わかった、ありがとな。」

 そう言うと悠治と綾ちゃんは椅子から立って、病室を出ていく。

 それを見送った後、俺は診察室までゆっくり歩いていく。


「坂入さん、今の所は痛みなどはありませんかな?」

「ないですね。末期がんって痛みが凄いって聞いてましたけど、俺は別にって感じです。」

「それなら、まだ様子見でいいですな。投薬に関しては昨日のお話の通り、まずは鎮痛剤、それが効かなくなってきたらモルヒネに切り替わります。神経ブロックは、今からしても少し遅いですからな。それで、恋人の方には説明されたので?」

「はい、弟達がさっきまで来てくれてました。浩介も、夜仕事が終わったら来てくれると思います。余命半年である事は、素直に伝えましたよ。」

「そうですか。坂入さん、私達に出来る事があれば、何でも仰られて下され。若くして命を落とされるのは、とても悲しい。出来うる治療はしますよ。」

 大学病院の中でも立場が上の方なこの先生、矢沢先生は、俺の癌が見つかった時に摘出までしてくれた人だ。

 病院内で一番優しい先生だ、ともっぱら噂になる程優しい先生で、顔つきはやせ型で少し彫は深いけど、優しい目をしてる。

「一つだけ、お願いがあるんですけど、我儘言ってもいいでしょうか?」

「何でしょうかね?」

「俺が今まで関わってきた、カウンセリングを受けてくれた子達と、もう一度だけ会いたいんです。最後の餞別じゃないですけど、最期に顔を一回見ておきたくて。面会が多くなっちゃったら、迷惑じゃないですか?」

「そう言えば坂入さんはカウンセラーでしたな。わかりました、良いでしょう。ただ、これから徐々に体力が落ちてくる事は確実ですから、あまり無理はなさらない様に。」

「了解です。ありがとうございます、先生。」

 矢沢先生は、困ったなって顔をしてる。

 末期がんの人間が、仕事しようとしてるんだから、ある意味当たり前っちゃ当たり前なんだろうけど。

 俺は、これだけはきちんと子供達に伝えたい、って言うのがあって、それが出来るまでは死ねないな、って思った。

「痛みが出てきたり、食欲が落ちてきたら、すぐに看護師に申し付けて下され。倦怠感などもご注意していただいて……。」

 先生の説明はもう少し時間がかかる、俺は忘れない様にしなきゃなって思いながら、先生の話を聞いていった。


「悠介!」

「浩介、お仕事お疲れ様。」

「何、してたの?」

「これまでの子供達の状況の引継ぎをな。次のカウンセラーが困らない様に、特徴とか病状とか、そういうのを纏めてたんだ。」

 後任の先生はまだ決めてない、子供達との相性もあるだろうから、それぞれに適任の先生を決めなきゃならない。

 その為にも、詳細なファイリングが必要だし、後任の先生達とのすり合わせもしなきゃならない。

 休んでる暇、意外となかったりして、まだ死ぬっていう実感もなくて、案外これからも生きて行くんじゃないか?って思ったり。

「無理、しちゃだめだよ?あ、悠治達来てくれたんだ。」

「果物、一緒に食べるか?」

「うん、食べる。」

 昨日の取り乱し方からは少し落ち着いて、泣く事も無い浩介。

 でも、やっぱり無理はしてるみたいで、優しいその瞳は少し怖がってて、悲しんでて、辛そうで。

「メロン、悠介好きだったでしょ?」

「そうだな、一番好きなのは梨だけど、この時期じゃ入んないだろうしな。」

 梨、もっかい食べたいけど。

 でも、それまでは生きられないと思うし、我儘になっちゃうな。

「はい、どうぞ。」

「ありがとな。」

 メロンは甘くて、とってもジューシーだ。

 いいところの果物を集めてるのか、どれもこれもフレッシュで美味しそうに見える。

 苺やら林檎やらもあって、苺は早めに食べないと痛んじゃうな、って思いながら、メロンを頬張る。

「それで、カウンセリングの子達には連絡もうしたの?」

「ううん、これから。繊細な子供達だから、どう説明したら良いのかなって、ちょっと考えてるんだ。」

 僕だって弱いよ。

 そう、浩介が言いたげな顔をしてる。

 でも、俺の言う「弱い」は、精神的な部分って言うのもあるけど、他者との繋がりが、って意味が強い。

 カウンセリングに来る子供達は、大概友達が少なかったり、家族とうまくいってなかったり、他人との関係性が希薄だったり悪かったりする。

 だから、俺に依存してしまっている部分が強いと思うし、浩介には悠治達がいてくれるから安心してる、って言う意味合いもある。

「浩介、一人で抱えないで、悠治達を頼るんだぞ?浩介は独りじゃない、皆が傍にいてくれる。だから、俺がいなくなった後も、笑って生きて行って欲しいよ。」

「でも、僕は……。」

 堪えてた涙を、思わず流すって感じで泣き始める浩介。

 俺は酷な事を言ってるんだと思う、浩介にとって、それだけ俺が大切な存在なんだって、そう思わせられる。

 でも、俺はもう隣にはいられない。

 近いうちに別れの時は来ちゃう、だから浩介には伝えておかなきゃならない。

「浩介、浩介の周りには、沢山の人がいてくれる。それを忘れちゃいけないよ?俺がいなくなったとしても、それでも。たくさんの人と関わって、沢山幸せになって、最期まで幸せだったって思える様な人生を送ってほしいんだ。俺は今、幸せだよ。浩介が、悠治が、綾ちゃんが、ちび達が、子供達がいてくれて、沢山の笑顔をくれて、沢山の幸せを御裾分けしてくれて、沢山の幸せを一緒に経験してくれて。終わりかもしれない、俺は死ぬ。でも、俺が生きた証は、浩介達の中に生き続けるんだ。」

「生きた……、証……?」

「そう、生きた証だ。それは、俺がいなくなってしまったとしても、浩介達の中にずっと残ってくれる、俺が生きてたっていう証明だ。浩介達が覚えてくれてる限り、俺はずっとそばに居るよ。」

 わかんないよ。

 浩介は、首を横に振りながら、ならなんで一緒に生きられないの?と問いかけてくる。

 それは、俺にもわからない。

 一緒に生きて行きたかった、それは願いだ。

 でも、それはもう叶わない願いだ。

 ずっと一緒にいて、爺さんになるまで一緒に暮らして、最期まで一緒に笑って、そんな人生を思い描いてた時期もあったけど、それを切望していたけれど、でももう、それは出来ない。

 なら、今出来る事をしたい。

 それは、浩介達が生きていける様に、自分達の意思で幸せになれる様に、前を向いて歩ける様に。

 声をかける事、それが俺に出来る最期の餞別だと思うから。

「なんで……、悠介が……。死ななきゃ、いけないの……?」

「それはわかんないよ。でも、神様が本当にいるのなら、運命って言うのが本当にあるのなら。俺は、皆を送り出す為に、今を生きてるんだと思う。」

 浩介の頭を撫でながら、俺はゆっくりと話をする。

 それは俺の本心で、ちょっとした嘘でもある。

 心のどこかで、まだ死にたくない、まだ一緒に居たいと思っている。

 でも、それは出来ないとわかっているから、俺は自分にちょっとした嘘をついた。

「僕……、ずっと一緒に……。」

「……。俺も、ずっと一緒に居たい。それが叶わない願いなんだとしても、それでも。浩介と、皆と一緒に居たい。だから……。だから、幸せになってくれ。俺がいなくなったからって、不幸になるんじゃなくて。俺がいなくても、幸せになってくれ。それが、俺の幸せだから。」

「ずるいよ……、悠介……。そんな事、言われたら……。」

 浩介は泣きながら、ひっぐひっぐと嗚咽をこぼしながら、頷く。

 わかってる、酷な事だってことは。

 でも、それでも、そうして欲しいと願う事は、決して悪じゃないって、俺は信じてた。

 だから、俺は死んでも構わない。

 それで、皆が幸せになれるのなら。

 神様が本当にいて、運命が本当にあって、それが俺の人生の終着点なのなら。

 最期まで、誰かの為に生きたい、浩介達の為に何かをしたい。

 きっと、最期にはそんな事も考えられなくなるんだと思う。

 モルヒネを打って、意識が無くなってきて、そのまま死ぬんだと思う。

 だから、今だけは。

 今だけは、誰かの為に生きたい、そう願った。


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