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あと少しだけ、傍に居たい。  作者: 悠介


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12/14

混濁した意識の中で

「悠介さーん、朝ですよー?」

「……。」

「悠介さん?」

 翌朝、陽太が病室に顔を出すと、悠介は眠っていた。

「悠介さん!?」

 というより、大量の血を吐いて、意識が混濁していた。

「先生!」

 陽太は、急いで医者を呼びに行く。

「……。」

 悠介は、そんな大声を聞いても目を覚まさない。

 夢でも見ているのか、少し微笑みながら、眠ったままだった。


「悠介!」

「父ちゃ!」

 病院から連絡を受けた浩介は、家族全員を連れて病院にやってきた。

 丁度医者が診察をしていて、悠介の体には心拍計が、口元には呼吸器が付けられていた。

「丁度良かった、恋人の方ですな?坂入さんは、今危険な状態になってしまっています。急な事ですが、意識が混濁してしまっているでしょう。」

「そんな……!」

「父ちゃ!父ちゃぁ!」

 小さな子供達でもわかる、ドラマで見た、いくつものコードが体につけられている状態。

 危険な状態だと、小さい身でもわかってしまう。

「こうなってしまうと、もうあとどれだけ持つか……。意識の回復も、あるかどうかわかりません。」

「悠にぃ……!悠にぃ……!」

「なんでよ……!昨日まで、起きてたんでしょ!?」

 取り乱す五人、それもそうだ。

 昨日吐血したとは聞いていたが、まさか意識不明にこんなに早くなるとは、思ってもいなかっただろう。

 泣いて、取り乱して、錯乱して、何が何だか分からなくなってしまう。

「……。僕、仕事辞める。今日から、ずっといる。」

「浩にぃ……?」

「先生、宿泊自体は許されてますよね?」

「まあ、許可が出れば平気ですが。お仕事を辞められるというのは、賛同できかねますな。」

「良いんです。残り少ないのなら、僕が傍にいてあげたいんです。……。それが、僕の出来る恩返しだから。」

 浩介は本気で、仕事を辞めるつもりの様だ。

 医者は、それなら何も言いますまい、と言って、一旦病室を出ていく。

 悠介は、心電図の音の中で、静かに眠っている。

 まるで、苦しみなどないかの様に、ただただ眠っているだけであるかの様に。

「皆、悠介の事は僕に任せて。僕が、ずっとそばに居るから。」

「浩にぃ……。……、わかった、無理はしないでね。」

「悠治……?それで良いの?私達も、ずっとそばに居たいよ!?」

「僕達には、僕達の生きなきゃいけない理由がある。だから……。皆が仕事を辞めて、生活出来ないなんてなっちゃったら、悠にぃは悲しいだけだから。僕も、嫌だよ。一緒に、いたいよ。でも……。僕達は、生きて行かなきゃ。」

「僕、父ちゃとずっといっしょにいる……!」

「浩ちゃん、父ちゃはね、浩ちゃん達にそうして欲しくないって、思ってると思うんだ。ちゃんと生きて欲しいって、前を向いて歩いて欲しいって、そう願ってるんだよ。」

 わかんないよ!と浩希と悠介は大声で泣く。

 子供達には難しい問題かもしれない、まだわからない話かもしれない、と思いながら、浩介は言葉を続ける。

「浩ちゃん達がね、笑っていてくれるのが、父ちゃにとって、一番嬉しい事なんだよ。だから……。だから、今日は行ってらっしゃい。学校にちゃんと行って、お勉強をしてくるんだ。父ちゃは、きっとそうして欲しいって思ってるよ。」

「わかったよぉ……。」

「父ちゃ、がんばってぇ……!」

 泣きながら、悠治と綾に手を握られて、子供達は病室を出ていく。

 浩介は、一旦会社に辞める事を伝える為に病室を出て、庭に出る。


「もしもし、社長ですか?」

「おー、坂崎!こんな早くに、どうした?」

「前からお話させていただいてた、恋人が昏睡状態になりました。なので、退職させていただきたいと思っています。」

「……。退職する必要はない。恋人さんの事見送ったら、帰ってこいや。休職扱いにしとくから、まあ他の連中が文句言ってたら、俺が何とかしてやるよ。」

「社長……。ありがとう、ございます。」

 電話をかけながら、泣きそうな声で、浩介はお礼を言う。

 高校を卒業してからずっと世話になっていた会社、辞めるのは一瞬だと思っていたが、社長がこう言ってくれるのは、嬉しいだろう。

「必ず帰ってこい。そんで、恋人さんをちゃんと見送ってやれ。後悔しない様に、あとくされない様にな。」

「はい……。」

「約束だぞ、坂崎。お前さんには期待してるんだ、うちのエースに辞められちゃ、客が離れちまうからな。」

 そう言って、社長は電話を切る。

 浩介は、嬉しさと辛さで、涙が出て来てしまう。

 もう泣かない、と決めていたはずなのに、悠介の為にも、自分の為にも、笑顔でいようと決めたはずなのに。

 流れる涙は、止まってくれない。

「浩介さん、こちらにいらっしゃったんですか。……。お辛いですよね。」

「陽太さん……。僕……。」

「何も言わずとも良いんです。私の辛さなど、浩介さんの辛さの前では風の前の塵でしょうから。さぁ、外は冷えます、風邪をひいてしまったら、悠介さんを見ている場合ではなくなってしまいますよ?」

 陽太は寂しげに笑いながら、浩介の手を取る。

 その手の温かさに、その心の温かさに、浩介は涙を流しながら微笑んだ。


「悠介さん、俺退院すっけど……。って、浩希の兄ちゃん?」

「えっと、雅也君だね。」

「悠介さん……、どうしたんだ……?」

「……。もう、意識が戻らないかもしれないんだ。今日の朝から、意識が無くなってしまったんだよ。」

 退院だ、と嬉しそうにしていた雅也は、浩介の言葉を聞いて固まる。

 昨日、すぐには死なないと約束したばかりなのに、昨日、話したばかりなのに。

 退院する姿を、元気になった姿を、見て欲しかったのに。

 心電図と呼吸器の音だけが病室に響く中、雅也はボタボタと涙を流し始めた。

「まーくん、浩希君パパに……。あら、浩希君のお兄ちゃん。浩希君パパ、どうしたの?」

「意識不明になってしまったんです。今日の朝、連絡をもらいました。」

「そう、だったの……。昨日まで、目を覚ましていたのに……。」

 雅也の母も、ショックを受けている様子だった。

 それもそうだろう、昨日声をかけて話をした人間が、今日になったら意識不明になっているのだ。

 ショックを受けないわけがない、当たり前の反応だ。

「雅也君は、退院するんだね。おめでとう、悠介も喜んでるよ。」

「悠介さん……!なんでだよ……!」

「まーくん……。お兄さん、ごめんなさいね。辛いでしょうに、私達だけだなんて……。」

「良いんです。悠介だってきっと、恨み言なんて言ってほしくないと思いますから。退院、出来て良かったです。浩ちゃん、喜んでましたよ。」

 浩介は、出来るだけ優しく声をかける。

 雅也は母に抱きしめられて泣いており、母は何といえばいいのか、と言った表情をしている。

 悠介だったら恨み言は望まないだろう、そして浩介自身、誰かを恨もうという気にはならなかった。

「雅也君、悠介に顔、見せてあげて?元気になったぞって。そしたら、悠介飛び起きるかもしれないから。」

「……。浩希の兄ちゃん……。」

 そんな事はありえないだろう。

 雅也が顔を出して悠介が起きるのであれば、そもそも浩介達が来た時点で起きている。

 ただ、浩介は、悠介ならそう言っただろう、そう願っただろう、と思い、声をかけていた。

「また……、来るから……。」

「気を付けて帰るんだよ?お母さん、本当に、おめでとうございます。」

 浩介は頭を下げて、微笑む。

 雅也の母はそれにつられて頭を下げ、それじゃあねと雅也を連れて病室を出ていった。

「友達が、元気になって良かったね、悠介。」

 眠っている悠介に声をかける。

 聞こえているのかどうかはわからない、でも、何もしないではいたくない。

 そう思ったから、声をかけ続けようとした。


「浩介さん、ちょっとよろしいですか?」

「陽太さん……。なんでしょう?」

「悠介さんの清拭のお時間なんですが、どうしましょうか?傍にいらっしゃるか、一度退室されるか。」

「手伝うって、駄目ですかね?」

「はい、助かります。」

 少し時間をおいて、午後一時。

 昼食を軽く済ませた浩介の元に、清拭の道具を持った陽太が現れた。

 陽太は快く返事をすると、手慣れた様子で悠介の洋服を脱がしていく。

「本当に、痩せちゃったんだね……。」

「悠介さんはふくよかな方でしたからね、悠介さん自身、痩せた事をショックだと言ってましたよ。」

 病院の用意した服を脱がせると、浩介が知っているのとはだいぶ変わってしまった、悠介の体が。

 痩せた、とは聞いていたが、まさかここまでとは、と浩介は泣きそうになる。

「それで、清拭って、どうするんですか?」

「タオルを使って、体を拭いて差し上げるんですよ。これ、使ってください。」

 陽太がお湯で濡らしたタオルを渡して、浩介と二人で丁寧に拭いていく。

 痩せてしまった体を、ゆっくりと、ゆっくりと。

「これ……。」

 途中、浩介は気づいた。

 悠介が、指輪をしている事に。

 今まで何故気づかなかったのだろう、と思いながら、その指輪の事を思い出す。

「つけて、くれてたんだ……。」

「指輪、ですね。丁寧に磨かれていて、綺麗ですよ。」

 それは、悠介が浩介の家に入る事が決まった時に、二人で買った指輪。

 決して高い代物ではない、何気ない指輪だ。

 悠介は、仕事の時は恥ずかしいから、とつけていなかったのに、いつの間にずっと身に着けていたのか。

「僕も……、あるよ……?悠介……。」

「お揃いだったんですね。素敵な指輪だ、悠介さんがずっと、つけていらっしゃったのもわかります。」

 左手の薬指、結婚指輪。

 ただの指輪、ダイヤなんかをあしらってるわけでもない、ただの指輪。

 しかしそれは、二人にとっては。

「大切な思い出が詰まってる、素敵な指輪です。ずっと、悠介さんはこれを励みにしていたんでしょう。」

 泣きながら悠介の体を拭く浩介に、陽太はそう声をかけた。


「悠介さん、ご飯食べれないって……。え……?」

「あ、紗也乃ちゃん。ごめんね、連絡するの忘れてて。」

「悠介さん、どうしちゃったの……?」

「昨日の晩から、意識不明なんだ。もう、意識は戻らないかもしれないって。」

 心電図と呼吸器の音が響く病室に、紗也乃がやってきた。

 ご飯は食べれない、という連絡は聞いていたから、ケーキの差し入れは浩介達に、と思ってワンホールだけ焼いて来たのだが、まさかこんな事になっているとは、とショックが大きい様だ。

「……、悠介さん……。あたし、もっとお話したかったな……。」

「紗也乃ちゃん……。」

「悠介さんの声、好きだったんだ……。だから……。」

 涙を流しながら、紗也乃は悠介の頬を撫でる。

 出会った時よりだいぶん痩せてしまった悠介の頬は、聞きたいと願っていたその声は、もう聞けないのだろうと察する。

「ごめんね、浩介さん……。一番辛いの、浩介さんなのに……。あたしが泣いちゃ、駄目だよね……?」

「そんな事ないよ。皆辛い、それは一緒だよ。」

「ごめんね……、ごめんね……。」

 浩介の前では、泣きたくなかったのだろう。

 一番辛いのは、恋人である浩介だと認識していたから、せめて浩介の前では、泣きたくなかったのだろう。

 しかし、流れ落ちる涙は止まってくれない。

「悠介さん!俺来たっすよ!……?あれ、紗也乃さん?浩介さん?なんで泣いて……。」

 そこに現れたのは、大吉だった。

 大吉も、もうご飯を食べられないと聞いて、もう長くないのかもしれない、と母親から聞き、いてもたってもいられずに顔を出したのだ。

 紗也乃とは顔見知りで、同じカウンセラーに世話になっているという事で、少し仲が良かった。

 そんな紗也乃が泣いている理由、それは紗也乃の陰に隠れた悠介の姿を見れば、一目瞭然だった。

「嘘……っすよね……?悠介さん……!?」

「大吉君……。」

 中学二年にもなればわかる、死が近いという現実。

 それを受け入れられていなかった、まだまだ生きてくれると信じていた大吉は、母親に持たされた花を手からこぼし、その場に崩れ落ちる。

「なんで……!悠介さん……、もっと、生きてくれるって……!」

「大吉君……。ありがとう、来てくれて。悠介も喜んでるよ。」

 浩介は、悠介の横を離れると、大吉の頭を撫でる。

 大吉は、大粒の涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死に目の前の現実を受け入れようとしている。

「悠介さん……、俺……、やっぱり無理っすよ……!悠介さん、いなくなっちゃったら……、頑張れないっすよ……!」

「……。大吉君、僕達が傍にいるよ。悠介じゃなきゃ頼りないかもしれないけど、僕達がずっと傍にいる。」

「浩介……、さん……?」

「悠介は、きっとこう考えてるんじゃないかなって思う。僕達に、皆で一緒に頑張ってほしいって。だから、僕達が傍にいるよ。」

 浩介は、涙を必死に堪えながら、大吉に声をかける。

 それは、悠介が望んだ事、自分がそうしたいと願った事、皆と一緒に生きて行きたいと願った事。

 それが、浩介の答えだった。


「浩介さん……、ごめんなさい……。」

「謝る事じゃないよ。誰だって、いきなりこんな姿を見せられたら、ショックだろうからね。」

 少し落ち着いた紗也乃と大吉は、浩介と一緒に悠介の横に座っていた。

 悠介は、目を覚まさない、声一つ出さない。

「悠介さん、あたし達に、いっぱい色んな事教えてくれたよね。生きて行かなきゃいけない事とか、頑張る方法とか、逃げる事とか。誰かを大切に想う事だって、悠介さんが教えてくれたんだよ?」

「俺も……。悠介さんがいてくれたから、頑張ってこれて……。でも、そうじゃねぇんだよな……。」

 二人は、ぽつぽつと話をする。

 浩介に聞いて欲しかった言葉と、悠介に聞いて欲しかった言葉。

 悠介の意識がない事はわかっていたが、それでも、届いてくれると信じて。

「あたし達、頑張って生きて行くからね。悠介さんの分も、長生きするから。」

「俺も……。もう、逃げねぇっす……。逃げちゃったら、悠介さんが、教えてくれた事、意味がなくなっちまうっすから……。」

 あまり長居するのは良くないのだろう、と二人は考え、そういうと病室を出ていく。

「二人とも、悠介の想いをわかってくれてるんだね……。」

 浩介は、何処か満足そうに、それを見送る。

 悠介のやってきた事は決して無駄ではなかった、誰かの中に残り続けるのだと。

 それは、浩介自身もそうなのだと。


「……。」

 意識が朦朧としてる気がする。

 声を出す気にもならないし、誰が傍にいるのかもわかんない。

 でも、誰かが手を握ってくれてる。

 きっと浩介だ。

 この温かさは、きっと。

「あ……と……。」

「悠介……?」

「あ……と……、すこ……し……、だけ……。」

 そばにいたい。

 それを伝えきる前に、俺はまたぷつんと意識が消えるのを感じた。

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