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あと少しだけ、傍に居たい。  作者: 悠介


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10/14

吐血

「悠介さん、おはようです!」

「……、陽太さん、おはようございます。」

 いつの間にか寝てて、陽太さんの声で目を覚ます。

 痛みの様な違和感は、鎮痛剤を飲んだからか、そんなに感じないけど、ちょっと体がだるく感じる。

「痛みが出始めた、ってお話がありましたけど、鎮痛剤は効いてますか?痛くないですか?」

「大丈夫ですよ。ただ、副作用か少しだるいです。」

「それはまた……。少し、体を動かしますか?暫く、体なんて動かされていないでしょう?」

「運動は苦手ですからね。院内の散歩でもして、体動かしてみます。あ、そうだ。雅也君、退院が決まったらしいですよ?昨日、来週に退院だって、嬉しそうに言ってました。」

「おぉ!それは嬉しい。しかし、寂しいですね。悠介さん、せっかくお友達になられたのに。」

「良いんですよ。元気になってくれる事が、一番ですから。そうだ、陽太さん。今日の休憩時間、俺に付き合ってくれませんか?ちょっと、お話があって。」

「はいはい、大丈夫ですよ!それじゃ、また後で!」

 陽太さんは、朝ご飯の乗ったカートを押して、病室を出ていく。

 俺は、ちょっと食欲がなくなってきたな、って思いながら、朝ご飯に手を付けた。


「それで悠介さん、お話とは?」

「……。陽太さん、この病院を辞めるつもりはありませんか?」

「はい……?また唐突な。」

 時間が回って午前十一時、陽太さんが休憩時間に来てくれた。

 俺は、昨日考えていた事を、陽太さんに伝えようと話を切り出す。

「師長さんから聞きました、陽太さんを解雇しろって言う声が上がってるって。」

「そう、ですか……。私、悠介さんがいなくなるまでは、辞める気はないですよ?」

「それは嬉しいんです。でも、その後。ずっと辛い環境で仕事続けるより、気持ちよく仕事をして欲しいんですよ。だから、辞めて……。辞めて、カウンセラーになってみませんか?」

「私が?カウンセラーに?」

 陽太さんは、きょとんとした顔をしてる。

 それもそうだろう、死にかけの人間から、いきなりカウンセラーの道を提示されたんだから。

 意表を突かれた、というか、なんでそんな話になった?って顔をしてる。

「陽太さんみたいな方、カウンセラーだったら良いなって思うんですよ。カウンセラーとして、必要な人材だって。それに……。俺の後を、受け継いでくれたらな、って思うんです。陽太さんになら、それが頼めるかなって。」

「……。私が、カウンセラー……。私、馬鹿ですよ?人様の心なんてわからない、大馬鹿者ですよ?」

「そんなの、俺だって同じですよ。自分の気持ちにすら気づけない、大馬鹿です。でも、陽太さんは、自分の気持ちにも、他人の気持ちにも、敏感だ。それに、誰かを思いやる事が出来る、明るく前を向いて欲しいっていう気持ちがある。カウンセラーになる為に必要なのって、そんなもんですから。」

 陽太さんは、なんだか嬉しそうに笑ってる。

 俺は真剣にそう思ってるんだけど、陽太さんの中では、カウンセラーって言うのは、難しいのかもしれない。

「……。私に、なれますかね。こんな私に、勤まりますかね?」

「きっと、出来ます。俺は、そう信じてるから、この話をしたんですよ。」

「検討、させてください。少なくとも、悠介さんをお見送りするまでは、ここを離れるつもりはありませんから。誰に何を言われたとしても、悠介さんを見送りたいんです。」

「ありがとうございます。俺、陽太さんが辞めちゃったら、多分元気でいられないですから。ずっとこの仕事続けて欲しい気もしますし、同僚に恵まれてたなら、陽太さんらしくあって欲しい、んですけどね。なかなか、理解されないって言うのも、わかります。だから、新しい道で頑張ってみるのも、ありなんじゃないかなって。」

 陽太さんは、俺が本気でそう言ってる事に気づいたみたいだ。

 真剣な顔になったと思ったら、にっこり笑って、俺の方を見る。

「悠介さん、貴方は本当にお優しい。私の将来の事まで、案じてくださって。」

「素直な気持ちを言ってるだけですよ。」

「では、その素直な気持ちに救われてるんです。私は、この仕事を続けていいものかと悩んでいた。そんな時に、悠介さんは自分らしくあればいいと仰ってくださった。私は嬉しかった、患者さんに励まされるなんて、看護師失格かもしれない。けれど、それでも、悠介さんの言葉が、嬉しかったんです。初めてだったんですよ、七年勤めてて。」

 きっと、ずっと苦しかったんだろう。

 自分のキャラが病院と合わない、自分の気持ちが誰かを傷つけているかもしれない。

 そんな事ばっかり考えてて、でもそれを止めたくなくて。

 ずっと、そんな感情に板挟みにされてきたんだろうなって、なんとなくわかる。

「悠介さんと出会えて良かった、それは形は悪い出会い方かもしれないけれど、それでも出会えて良かったです。」

 陽太さんは、寂しそうに笑う。

 それもそうだ、俺はもうあと半年も生きられない。

 せっかく出会って、仲良くなったのに、別れの時が近いんだから。

 浩介達とは、また違う苦悩。

 それは、陽太さんの中にあるんだと思う。

「それじゃ、私は仕事に戻らなきゃです。……、検討させていただきますね。その時は、色々と教えてください。」

「俺に出来る事なら、なんでも。」

 そう約束して、陽太さんは仕事に戻って行った。


「悠介さん!遊びきたぜ!」

「雅也君、ありがとう。」

 午後二時、小説を読んでると雅也君が顔を出してくれる。

 まだニット帽は外せてないけど、やっぱり退院出来るのが嬉しそうだ。

「飴食べるかい?」

「何味―?」

「えっとね、ラムネ。」

「食べる!」

 ラムネ味の飴を渡すと、嬉しそうに頬張る雅也君。

 入院してる間、薄味の食事ばっかりだっただろうから、多分そういうのに飢えてたんだろう。

「うめー!」

「そっか、それは良かった。」

「悠介さんは食べねぇの?」

「俺はいいかな、お腹があんまり空いてないしね。」

 そっか、って雅也君は飴を舐めながら、俺の方を不思議そうに見てる。

「なぁ悠介さん、なんで笑ってられんだ?」

「ん?なんで?」

「だって、死んじゃうんだろ?辛くねぇのかなって。」

「そうだな……。明日死ぬ事に怯えるより、今日を生きられる事に喜びたい。それに、皆の前で泣いてたりしたら、皆が辛くなっちゃうから。」

 雅也君は、よくわかんね、って首をかしげてる。

 多分、雅也君自身凄い辛かったんだろう、って思うけど、これは子供にはわからないかもしれない。

 俺はどう伝えたもんか、って困った顔をしてる気がする。

「雅也君が大人になったら、きっとわかるよ。自分の為じゃなく、誰かの為に何かをしたいって気持ちは。まあ、俺は自分がそうしたいから、そうしてるだけなんだけどね。」

「誰かの為、ってゆーけどさ、死んじゃったらなんも言えないんだぜ?今のうちに、言いたい事言っといた方が良い気がすっけどなぁ。」

「言いたい事、伝えたい事は伝えてるよ。ただ、我儘を言うのは間違いだな、って思ってるだけで。」

「我儘、言ってもいいと思うけどなぁ……。だってさ、もう死んじゃうんだぞ?死んじゃうのに、我儘も言えないなんて、なんかやじゃん?」

 もし自分が死ぬ事になったら、多分我儘を言うんだろう、って思ってるんだろうな。

 俺は、多分我儘を言ってる。

 沢山言ってる、色んな人に言ってる。

 それを、皆が我儘じゃないって言ってくれてるだけで、多分。

「我儘、言ってると思うんだ。俺、皆に前を向いて生きて欲しいって。俺の事を大切に想ってくれてるのなら、それが手向けになるからって。それも、一つの我儘なんじゃないかなって、思うよ。」

「でも、浩希達にそーして欲しいからだろ?そーじゃなくてさ、もっと自分の事とか。」

「思いつかないんだよ、それしか。余命半年って言われてからずっと、寂しいし悲しい。でも、それよりも、皆に元気でいて欲しいんだ。本音を言うのなら、もっと一緒にいたい、もっと浩ちゃん達の成長を見守ってたい。でも、どうしたって出来ない事を言うのは、困らせるだけだからね。」

「そんなもんなんかなぁ……。」

 もしかしたら、正解は違うのかもしれない。

 死にたくない、もっと一緒に居たい、って言うのが、本当は正しいのかもしれない。

 でも俺は、それをしない道を選んだ。

 気丈に振舞ってるわけでもないんだけど、皆に心配をかけたくない、困らせたくないって、そう考えたんだ。

「ありがとう、雅也君、君は優しい、その優しさは、きっといつか報われるよ。」

「んー?」

「きっといつか、君を助けてくれるって事だよ。君の大切な人か、それとも君自身かはわからないけど、いつか困った時、誰かが助けてくれるよ。」

 そっか、って言って雅也くんは笑う。

 飴は舐め終わったのか、口を物寂し気にもごもごしながら、俺の話を聞いてくれてる。

「飴、もう一個食べるかい?」

「おう!」

「はい、どうぞ。」

 ラムネの飴をもう一個雅也君にあげると、嬉しそうに口に放り込む。

 五年生、って言っても、まだまだ子供なんだなって、俺は思わず笑う。

「悠介さんさ、なんで父ちゃんになったん?浩希とちー繋がってないんだろ?」

「色々あったんだよ。浩ちゃん達のお父さんとお母さんが亡くなって、当時はまだ大学生でね。でも、俺に出来る事がしたくて、離れ離れにしたくなくて。それで、父親になったんだ。」

「えーっと、父ちゃんと母ちゃんが死んじゃって、えーっと。」

「色々あったんだ。簡単に言えば、皆と一緒にいたかったから、だよ。」

 未成年後見人、だとかは説明してもわからないだろうから、簡潔に。

 当時の俺は大学三年生、そろそろ就活か進学かを選ばなきゃな、っていう頃だった。

 そんな時に、浩介の両親が亡くなって、もしかしたらちび達は施設に行かなきゃならないかもしれない、ってなった。

 その時に、俺は仕事を始めて、綾ちゃんが悠治と結婚して、育児が出来る環境を作って。

 それで、何とかちび達が施設に送られない様に、って訴えたんだ。

「一緒にいたいから、頑張ったって事か?」

「そう言う事だよ。皆で頑張って、一緒にいられる様にって。……。だから、ずっと一緒にいたかった。ホントは、死んで終わりです、なんてしたくなかったよ。」

 こんな子供に、こんな話をするのは間違いだろうか。

 でも、伝わる事もあるのかな、って思って、俺は言葉を口にする。

「一緒にいたくても、一緒にいられない事もある、それはわかってたんだけどね。まさか、こんな形になるとは、思わなかったよ。」

「なんかさ……、寂しいな。」

「そうだね、寂しい。あの子達が大人になるまで、ずっと傍にいてあげたかったから。」

「そっか……。母ちゃんがさ、浩希と遊んであげてね、って言ってたんだよ。悠介さんがいなくなっちゃっても、寂しくないよーにって。でもさ、寂しいってのは、変わんねぇんじゃねーかって、思うんだよ。」

 寂しさ、それは変わらないだろう。

 確かにそうだ、誰かを失った悲しみや寂しさは、代わりの誰かで埋めるのは難しいだろう。

 でも、紛らわせる事は出来る、そのうち心の傷が癒えるまで、ごまかす事は出来る。

 だから、雅也君のお母さんの言葉は、間違ってないんじゃないかなって。

「雅也君の力が、きっと必要になる。だから、浩ちゃんと友達でいてくれるかい?」

「おーよ!そんくらい、できらぁ!」

「ありがとう。」

 雅也君が元気よく返事をしてくれて、それが嬉しくて頭を撫でる。

 雅也君は、もともと細い目をさらに細めて、嬉しそうにしてる。

「父ちゃ!」

「あれ、浩ちゃん?」

「父ちゃー!」

「ごめんね悠にぃ、どうしても学校終わりに行きたいって言われちゃって。」

 雅也君の頭を撫でてると、浩希と悠介、綾ちゃんが来た。

 雅也君はびっくりして、さっと帽子を深くかぶって、見られたくないって意思表示してる。

「あれ?雅也せんぱい!」

「お、おう……。浩希、久しぶり……。」

「せんぱい、げんきだった?」

 雅也君は、どう説明したものかと慌てふためいてるみたいだ。

 浩希は、室内なのにニット帽をかぶっている雅也君を、不思議そうに眺めていた。

「浩ちゃん、雅也君はね、父ちゃと同じ病気だったんだよ。もう治って、退院出来るんだけど、ずっと頑張ってたんだよ。」

「そうなの?僕、せんぱいにあえなくて、さびしかったよ!」

「浩希……。俺の事、心配してくれたのか」

「うん!にゅういんしちゃったってきいて、父ちゃとおんなじになっちゃったって、おもってたの!でも、げんきならよかった!」

 雅也君に近づいて、ハグをする浩希。

 雅也君は、嬉しそうに笑いながら、泣き出す。

 ずっと、寂しかったんだろう。

 誰も見舞いに来てくれないって言ってたし、親御さん以外の誰かに、そういう言葉を掛けて貰う事もなかったんだろう。

 ひっぐひっぐって泣きながら、浩希にハグを返してる。

「せんぱい、いたいの?」

「違うよ……、嬉しいんだよ……。俺、友達だって、何にも言ってくれなかったのに……。」

「僕がよしよししてあげる!父ちゃがね、いっつもしてくれたんだ!」

 いつの間にか、誰かの痛みをわかる子になってたんだな。

 浩希を見て、俺はそう思う。

 知らない間に、見えてない間に、大きくなったんだなって、こんな風に誰かを思いやれる様になったんだなって。

 嬉しい気持ちと一緒に、ちょっと寂しくなる。


「弟はなんて名前なんだ?」

「ぼくゆうすけ!父ちゃとおなじなまえなんだよ!」

「悠介も野球やるんか?今何歳?」

「いま五さい!浩ちゃといっしょに、やきゅうやるんだー!」

「五歳……。って事は、俺が卒業してから入ってくんのか。そっか、一緒に野球やりたかったな。」

 少しして、落ち着いた雅也君が、悠介に質問をしてる。

 同じ名前って言うので少し混乱しそうだけど、まあ慣れると思う。

「雅也せんぱい、またいっしょにやきゅうできる?」

「もう退院するからな、すぐに復帰してレギュラーに戻ってやる!」

「かっこいい!」

 綾ちゃんは雅也君のお母さんの所に挨拶をしに行ってて、二人はキラキラした目で雅也君を見てる。

 そんな二人の目が嬉しいのか、雅也君は元気そうに笑って、袖をまくってぎゅっと力こぶを作ってる。

「雅也せんぱい、たいいんしたらすぐやきゅうするの?」

「おう!早く戻りたいぜ!」

「やった!いっしょにやきゅうできるね!」

 嬉しそうな、浩希と雅也君。

 悠介も、ニコニコ笑って嬉しそうにしてる。

 俺は、こんな日常がいつまでも続いてくれたらな、って思いながら、三人の笑顔を見て笑ってた。


「じゃあ、俺もどっから。」

「またね、雅也君。」

「せんぱい!またあそびくるね!」

「ねー!」

 一時間位経って、雅也君は自分の病室に戻る。

 浩希と悠介は、嬉しそうに笑いながら、学校や幼稚園での出来事を話してくれる。

「そうだ、浩ちゃん、悠ちゃん、飴舐めるかい?」

「たべる!」

「ぼくもー!」

「はい、どうぞ。」

 二人にラムネの飴を渡すと、嬉しそうに頬張る。

 飴なんて何時でも食べれるだろうに、ホントに嬉しそうにするもんだから、俺まで嬉しくなってくるみたいだ。

「それでね!がっこうで、かけっこいちばんだったの!」

「そっかそっか、良かったなぁ。」

「ぼくはねー!おうたうたったんだよ!」

「どんなお歌かな?」

 他愛のない話、以前だったら何時でも出来た話。

 それが、もう出来なくなるってわかってるのか、二人は精一杯の元気で、俺にそれを伝えてくれる。

「こんどね、おうたのはっぴょうかいがあるの!父ちゃに、きかせてあげるね!」

「ありがとう、悠ちゃん。楽しみにしてるよ。」

 歌、歌うのが好きだったなって思い出す。

 カラオケに行って、どんちゃんしながら好きな歌を歌って、酒飲んで、ちょっと酔っぱらって。

 そんな生活が懐かしい、ってちょっと思う。

「父ちゃは、おうたうたわないの?」

「そうだね、歌える時間があったら歌ってみようかな。」

「きかせてね!」

「はいよ。」

 二人の頭を撫でながら、口ずさむ事すらなかった歌を思い出す。

 俺の好きな歌、カラオケなんかには入ってない、ちょっとしか動画サイトで再生されてない歌。

 でも、俺はそれが好きで、聴き入ってた覚えがある。

「父ちゃ、ないてるの?」

「ん?そんな事、無いと思うよ?」

 涙が、零れてくる。

 この子達の前では絶対泣かないって決めてたのに、ぽろぽろと涙が流れてきて、止まってくれない。

「父ちゃ、よしよし。」

「よしよしー!」

 二人が、頭を撫でてくれる。

 それは、俺がそうしていた様に、浩介達がそうしていた様に。

 とっても優しくて、とってもあったかくて。

「ありがとう……。浩ちゃん、悠ちゃん。」

 泣きたくなかった、弱い所を見せたくなかった。

 でも、やっぱり別れは嫌なんだ。

 死ぬ事が怖いんじゃない、別れる事が辛いんだ。

「皆と一緒に居たいんだよ、父ちゃは。でも、お別れの日は近いんだ。」

「うん……。でもね、父ちゃはずっと、いっしょにいてくれるって、浩にいちゃがいってた!」

「浩介が?」

「うん!」

 そっか、浩介はそんな事を言ってたんだ。

 俺の意思が、ちゃんとちび達にも伝わってるって言うのが、嬉しい。

 俺の意思、ずっと傍にいるよって言う気持ちを、浩介が伝えてくれてたのが、嬉しい。

「父ちゃはね、ずっと浩ちゃん達の傍にいるからね。死んじゃっても、ずっとずっと。」

 二人を抱きしめながら、涙が止まらない。

 ずっとこうしていたい、ずっと成長を傍で見守り続けたい。

 でも、それは叶わない。

 だから、こうして今成長してくれてる事が、嬉しくて。


「父ちゃ、またくるからね!」

「ばいばーい!」

「またね。」

 それから少し時間が経って、浩希達は帰って行く。

 俺はその姿を見送りながら、嬉しい気持ちになってた。

「悠介さんも泣くんですね、意外でしたよ?」

「陽太さん……。見られてたんですね、お恥ずかしい。」

「いえいえ、そんな事はないですよ!ただ、強い方だっていう印象が強かったので、涙を流されるのが意外だった、だけです。」

 様子を見てたのか、陽太さんがひょっこり現れて、感想を言ってくる。

 俺は、泣いてる所を見られたのがちょっと恥ずかしくて、顔が赤くなる。

「いい子達ですね、本当に。」

「そうでしょう?自慢の息子達ですよ。」

「そうですね、本当に自慢出来る子達ですよ。悠介さん達の、育て方が良かったんでしょうね。」

 そう言えば、陽太さんの身の上話って聞いた覚えがない。

 あんまり語ろうとしないっていうか、まあそもそも患者に身の上を語る看護師さんなんていないだろうけど、聞いた事ないなって。

「陽太さんって、家族とかいらっしゃるんですか?ずっと働いてるイメージがあるんですけど……。」

「家族、ですか……。離婚した妻と、三歳になる娘がいますよ。まあ、向こうの浮気で離婚して、養育費と慰謝料を相殺、その後は会ってませんがね。もう、二年前の話ですよ。」

「そう、だったんですか。すみません、嫌な話聞いちゃって。」

「いえいえ、私ばっかり悠介さんの事を聞くのは、フェアじゃないですからね。それに、いつか娘とは仲良く出来るんじゃないか、って期待してるんです。こんな父親でも、良いって言ってくれる日が来るかもしれないって。」

 陽太さんは、寂しそうな顔をしてる。

 それもそうだろう、相手の浮気が原因で離婚したのに親権を持っていかれて、娘に会えないんだから。

 陽太さんからしたら、俺達っていうのは、羨ましく見えるんだろうなって、そう感じる。

「私も、両親を数年前に亡くしましてね。それで、親権を取れなかったんですよ。働いてばかりだった、家庭を鑑みなかった罰なんでしょうね。心を繋ぎとめられなかった、離れるきっかけを作ってしまった。だから、私が悪いんですよ。」

「今でも、昔の奥さんの事、好きなんですね。」

「いい女性でしたから。寂しい思いをさせてしまったな、って思ってます。」

 浮気した方が悪い、なんて当たり前の事なんだけど、陽太さんは自分が悪いって、本気で思ってる。

 それだけ好きだったんだろうな、っていうのはわかるけど、それで自分を責めてる姿って言うのは、あんまり見たくない。

「きっと、縁が良くなかったんですよ。またいつか、縁が結ばれるかもしれない。その時を、大切にしてあげればいい。俺は、そう思いますよ。」

「悠介さん……。悠介さんは、本当に立派な方だ。その言葉を、信じても良いと思わせてくれる、何かがありますよ。」

 そうなのかな?

 俺は素直な気持ちを伝えてるだけなんだけど、そう言ってくれるのは嬉しい。

 陽太さんは、寂しげに笑いながら、また縁があればいいんですけどね、って言って病室から出て行った。

 元々、丁度俺に用事があって来たんだろうし、今はおしゃべりの時間じゃなかったんだろう。


「ねぇ悠治にいちゃ、父ちゃはしあわせなのかなぁ?」

「ん?どうしたの?」

「あのね、父ちゃ、ないてたの。」

 風呂に入りながら、浩希は眉間に皺を寄せて、悩んでいる。

 悠治がどうしたのかと聞けば、昼間悠介が泣いていた事が引っかかっている様だ。

「よしよししてあげたんだけどね?父ちゃ、ずっとないてたの。」

「……。父ちゃは、幸せだよ。浩ちゃんが、こんな風に想ってくれてるんだから。きっと、幸せだと思う。」

「そうなのかなぁ?」

「浩ちゃんが、そう言ってくれる事が、父ちゃの幸せなんだよ。」

 湯船につかりながら、浩希はうーんと唸っている。

 浩希にとっての幸せは、子供らしい単純なものだ。

 悠治が言った言葉の意味は、まだ分からないかもしれない。

 しかし、悠治は伝える事に意味がある、いつか理解出来る日が来てくれる、という悠介の言葉を信じて、言葉を口にする。

「浩ちゃん達がそうやって、父ちゃを大好きでいてくれる事が、父ちゃにとっては幸せなんだよ。死んじゃったとしても、それでもさ。」

「うーん……。」

 今はわからないかもしれないな、と悠治は考える。

 けれど、何も言わずにさようなら、は寂しすぎる、と悠介は言っていたし、悠治もそう思っていた。

「浩ちゃん、ずっと父ちゃを好きでいてあげるんだよ?」

「うん!」

 約束、それはいつか忘れてしまうことかもしれない。

 しかし、きっといつか、この言葉が役に立つ時が来る、と悠治は信じていた。

 悠介にそう言われただとか、浩介がそう言っていただとか、そう言う事ではなく。

 きっといつか、と。


「痛い……。」

 寝ようと思ったら、胃と腎臓のあたりから痛みが出てくる。

 耐えられない程じゃないけど、痛かったらすぐに言ってください、って言われてたから、ナースコールを押す。

「……。」

 すぐ夜勤の看護師さんが来てくれるかなって、そう思いながら、痛みに耐える。

 末期がんの患者は痛みを伴う事がほとんど、俺はそのほとんどに含まれないのが幸運だったなって思ってたんだけど、いい加減その運も尽きたんだろうな。

「ケホ……。」

 咳が出て、口を押える。

 なんか違和感があって手を見ると、薄暗がりに血が手についてる。

 口の中にも血の味が残ってる、間違いはないと思う。

「……。」

 半年、持たないんだろうな。

 多分だけど、半年も体は持たない、持ってあと一か月二か月じゃないかなって、直感する。

「来ないな……。」

 ナースコールを押してから五分位経った、まだ看護師さんは来てくれない。

 他の患者さんの対応中かな?って思いながら、俺は痛みとともに待つ。

 手に着いた血はどうしようか、なんて考えなら待ってるけど、看護師さんがくる気配がない。

「……。」

 もう一度だけ、ナースコールを押す。

これで来なかったら、多分故意に放置されてるなって思いながら、待つ。

「……。」

 嫌われてるんだろうな、って察しはつく。

 陽太さんと仲がいい、つまり陽太さんを止めさせたくない人間、って言うのは、邪魔だろうなって。

 実際、入院してからずっと、看護師長さんか陽太さんしか病室には来ないし、他の看護師さんとは喋った事すら無い。

 大体一言二言話すか話さないか、って位の人ばっかりで、かえって気が滅入る、なんて思ってた。

「……。」

 来ないな。

 これは無視されてるやつだ、と思って、諦める。

 痛くて眠れないのはどうしようもないんだけど、これは少しばっかり困った。

 手に着いた血を拭かないと、シーツが汚れちゃうし、かといって手に付けたままって言うのも違う気がする。

「コホ……。」

 また咳が出て、口の中で血の味がする。

 もう、諦めないといけない日が近いのかもしれない。

 心のどっかで、まだ生きられるんじゃないかって、そう思ってたけど。

 でも、もうそれも諦めなきゃならない、別れの日は近いんだ。

「痛い……。」

 痛覚が刺激されて、眠れそうにない。

 俺は、どうしたもんかとか考えながら、夜を過ごすしかなかった。

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