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あと少しだけ、傍に居たい。  作者: 悠介


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1/12

余命宣告半年の命

「余命半年ですね、それ以上の回復は望めないでしょう。もういろいろな所に転移してしまっています。」

「そうですか……。ありがとうございます、先生。」

 俺は、そう宣言されると、なんだか少しホッとする。

 余命半年、余命一年と言われてから半年、ずっと辛かった。

 それが、後半分で終わる、命の終わりまで数えるのもそろそろお終いだ、と思うと、気が楽になる。

「ご家族への連絡は、看護師にさせますかな?」

「いえ、自分で出来ます。それに、俺に家族は居ませんから。」

「やや、そうでしたな。しかし、見舞いに来てくれる方がいらっしゃった様な気がしますが?」

「彼は恋人です。ずっと支えてくれた、……、それももうすぐ終わる。俺、正直ホッとしました。もう、迷惑かけずに済むんだなって。」

 それは心から思った事だ。

 やっと、迷惑をかけずに良くなる、緊急入院だとか、手術の度に心配かけずに済むようになる。

 そう思うと、なんだかホッとするんだ。

「そうですか、そんなにも落ち着かれている方も珍しいのですがね、坂入さんが納得しているのなら、私から言う事もありますまい。緩和治療に関する説明に入りますので、一旦病室に戻られますか?」

「そうですね、連絡もしておきたいで。」

 そう言うと、俺は診察室から出て、電話が出来る庭に移動する。

 この病院、庭が広くて桜の木が植えてあって、今は一月だから花もくそも無いんだけど、咲いたら綺麗なんだろうな、って思う。

 それまで生きてるかどうかはわかんないけど、生きてる内にもっかいくらい花見がしたいな、って。


「もしもし?浩介?」

「悠介!検査結果どうだった?良くなってた?」

「……。余命半年、そう言われたよ。俺、あと半年生きられるかどうか、らしい。」

 ガシャン、ってスマホが落ちる音がして、すぐに慌てて拾ったのか、でも浩介はボロボロと泣き始めた。

「そんな……。いっぱい、一緒に……、いようって……、約束、したじゃんか……!」

「ごめんな、浩介。でも俺、正直安心してるんだ。もう、浩介に迷惑をかけなくて済むようになるから、生きてるかどうかなんて、毎日怖がらなくてもよくなるから。」

「でも……、だって……!」

 電話越しに泣きじゃくる浩介に、少し申し訳ないなと思う。

 木製のベンチに座って、ふぅと一息つきながら、浩介が落ち着くのを待つ。

「ねぇ……。悠介……。僕達……。」

「ずっと一緒に居たかったけど、それはもう出来ないんだ。ごめんな、浩介。」

「……。」

 ずっと一緒に居たい、それは俺達の願いだった。

 俺の病気、若年性の癌が見つかってからずっと、合言葉の様に話をしてた。

 でも、それはもう出来ない。

 だから、覚悟を決めなきゃいけないんだと思う。

「お見舞い、来てくれたら嬉しいな。もう会えなくなるかもしれないけど、まだ会えるんだから。」

「……、毎日……。毎日、行くよ……。」

「ありがとう、浩介。」

 そう言うと、通話が切れる。

 俺は、これでよかったんだ、って思いながら、寒空の下でまだ咲かない桜の木を眺めてたけど、体が冷えてくるから、って思って中に戻った。


「悠介……。」

 浩介は、仕事の休憩中でランチに出ていた。

 今日悠介の検査結果が出て、もしかしたら退院出来るかもしれない、と身元引受人としてワクワクしていた。

 しかし、結果は。

「どうして……。」

 神様がいるのなら、どうしてこんなにも残酷なのか。

 半年前、余命一年の末期癌だと通達された時にも、同じ事を浩介は考えた。

 今回の検査は癌の摘出後の検査で、他に転移していないかどうか、だったはずなのに。

 それが、余命半年と言われる事の、悲しさと苦しさ。

 二十代半ばで癌になり、余命を宣告されてしまった悠介、そしてずっと連れ添ってきた浩介。

 その悲しみは、何かに形容出来る様な感情ではないだろう。

「なんで……。」

 街中の、カフェの中にいる浩介は、周りの目を気にする事も出来ずにぼたぼたと涙を流す。

 どうして、どうして、どうして。

それしか考えられない、それしか頭に浮かんでこない。

 何故自分達がこんな思いをしなければならないのか、何故悠介が死ななければならないのか。

 わからない、わからない。

 ただ、苦しい、悲しいという感情が、心の中に渦巻いている。

 周りの客が、浩介を見てざわついているが、そんな事は気づかない。

 浩介はカフェの勘定を済ませると、急いで病院に向かった。


「……。」

 痛みはない。

 末期がんは痛みを伴う事が多いって話だったけど、何処も痛くはないし、まだ麻酔とか薬は必要ないみたいだ。

 病室から窓の外を見てみると、少しだけ雪が降り始めてた。

 これは寒いだろうな、って思いながら、小説を読んで暇つぶし。

「悠介!」

「あれ、浩介。仕事は?」

「そんなの……!休むに、決まってるでしょ!」

「おっきい声だしたらダメだって、怒られるぞ?」

「そんな事……!無理だよ……、悠介……!」

 大声を出しながら病室に入ってきた浩介は、ぼたぼたと大粒の涙を流しながら、俺に抱き着いてくる。

 そうなるのも仕方がないか、むしろ俺が落ち着いてるのがおかしいのか、って思いながら、浩介の頭を撫でる。

「ごめんな浩介、一緒にいるって約束、守れなくて。」

「僕……、一緒に居たいよぉ……!」

「ホントにごめん。でも俺、これでよかったんだなって思ってるんだ。」

 どうして?

 浩介が、小さく呟いた。

「俺さ、半年前に癌が見つかってから、ずっと怖かったんだ。死ぬのも怖い、生きるのも怖い、迷惑をかけるのが怖いって。でも、余命半年って言われたらさ、なんかもう怖がらなくて良いんだな、って思ってさ。浩介と、皆と一緒にいられなくなるのは寂しいけど、それでも。もう終わるんだなって思うと、なんだか安心するんだ。自分勝手で、ごめんな。」

「そんな事……、無いよ……。悠介は、いつだって……。」

 誰かを思いやって生きてきたじゃんか。

 浩介の心の声が、胸につっかえて言えなかった言葉が、聞こえてくる気がした。

 俺の職業はカウンセラー、確かに誰かの為に生きてきたって言っても間違いじゃないと思う。

 でも、それは俺が傷ついている人を見たくないから、そうなったってだけ。

 ずっと、独りよがりで独善的で、自分の為に生きてきたんだって、最近になって思い至った。

「我儘、言っていいか?」

「なに……?」

「あと少しだけ、そばに居たい。死ぬのはもう怖くないけど、浩介と最期まで一緒に居たい。ダメか?」

「だめじゃ……、無いよ……。僕だって、ずっと悠介と……、一緒に居たいよ……。」

 泣きじゃくりながら、浩介はそう言ってくれた。

 俺はそれが嬉しくて、ちょっとだけ寂しくて、笑うんだ。


「また明日、来るからね。」

「ありがとな、浩介。」

 面会時間が終わって、浩介は帰らなきゃならない。

 もっと一緒に居たい、ずっとそばに居たい、って言ってくれたけど、それは浩介の体がもたないし、仕事もある。

 だから、明日まで生きてる約束をして、バイバイした。

「彼氏さん、泣いてましたね。坂入さん、何かしちゃったんですか?」

「河野さん……。余命半年だって、伝えただけですよ。もう長くは生きられないって、嘘つくよりマシなのかなって。」

「そりゃ、言われたら泣きますよ。長いんでしょ?彼氏さんとの仲。確か、弟さんも来てなかったでしたっけ?」

 看護師の男性、河野さんが夜ご飯を運んでくるついでに世間話。

 浩介と俺は、小学一年生の時に出会って、小学五年生から付き合い始めて、かれこれ十五年になる。

 浩介の二つ下の弟の悠治、悠治と同い年の奥さんの綾、それに歳の離れた七つの弟の浩希と悠介、悠介って言うのは俺と同じ名前なんだけど、今五歳の男の子だ。

 皆、俺が入院した時に見舞いに来てくれて、その事を河野さんは覚えてるらしい。

「人生の半分より長く一緒にいますからね、長いっちゃ長いですかね。」

「そんな大事な人が、余命半年なんて言われたら、そりゃ泣きますよ。坂入さん、正直なのも良いですけど、悲しませちゃいけないなぁ。」

「でも、どう言えば良かったんでしょう?だましてたって、別れは変わらないのに。」

 河野は、ふくよかな腹の腰部分に手を当てて、むっちりした顔に右手を当てながら、悩む。

「例えば、病気で長く生きられないかもしれない、とか?」

「それ、あんまり意味が変わってないですよ。突然の別れか、予期された別れか、の違いじゃないですか。」

 吊り目気味の目でウィンクしながら、河野さんはあちゃーって考え込む。

「ほら、他の人にもご飯渡しに行かなきゃじゃないですか?後で話しましょう。」

「おっとそうだった!坂入さんの話は楽しいから、ついついね。では、行ってきますよっと。」

 そう言うと河野さんは慌てて他の人の所に行って、個室な俺の病室は独りっきりだ。

 デブで食欲旺盛だったはずの俺も、最近は食欲が減ってきたのか、病院食に慣れてきたのか、そこまでがっつかない。

 静かに、これからの事を考えながら、俺は独りご飯を口にした。


「浩にぃ、悠にぃはどうだった?病気、良くなってた?」

「……、悠治……。」

「どうしたのぉ?父ちゃびょうきわるくなっちゃったのぉ?」

 浩介が帰路に着くと、悠治や浩希、悠介が出迎えてくれる。

 悠治は結婚しているが、悠介が生まれてすぐに両親が亡くなってしまった為、綾と共に浩希達弟を三人で育てているのだ。

 悠介も一緒に暮らしていて、元々は四人で浩希達を育てていたのだが、悠介が入院してから半年、休みの日に欠かさず見舞いには行くが、会う機会は減ってしまっていた。

 父親代わりの存在、という事で「父ちゃ」と呼ばれている悠介は、ずっと子供達の成長を 近くで見守っていた。

「浩ちゃん、悠ちゃん、にいちゃは悠治とちょっとお話があるから……。今日はもうお休み、明日父ちゃのお見舞いに行こうね。」

「はーい!」

「にいちゃ、お休みなさーい!」

 浩希と悠介は、そういうと自分達の部屋へ戻っていく。

 残された悠治は、深刻そうな顔をしている浩介を見て、何かあったのかと構えてしまう。

「浩にぃ、お帰り。どうしたの?この世の終わり見たいな顔して。」

「綾ちゃん……。」

「もしかして、悠にぃの体調、良くなかったの?」

「……。」

 浩介は、泣き出してしまう。

 こういう時、一番年長の自分がしっかりしなければ、と帰り道で決意していたのに、いざ言わなければならないとなると、苦しくて仕方がない。

 悠介よりも、浩介の方が深刻な抱え方をしているのだろう。

「とりあえずリビング行こうよ、玄関じゃ寒いし。浩にぃ、雪降ってたから大変だったでしょ?」

「ごめんね……、ごめんね……。」

「ほら、寒いでしょ?」

 悠治が浩介の手を取り、靴を脱がせてリビングに向かわせる。

 綾はその後に続きながら、嫌な予感が的中してしまったのか、と一人考えていた。


「余命、半年……、だって……。」

「半年……!?だって、癌取り除いたんでしょ!?」

「それが……。色んなところに、転移しちゃってて、って……。」

 リビングで泣いていた浩介だが、説明しなければならないと一度涙を止め、二人に病院で聞いた事を説明する。

 悠治は心底驚いていて、綾は何処か納得した様な顔をしていたが、浩介にはそれは目に入らなかった。

「せっかく、退院のお祝い出来ると思ってたのに……。」

「もう、一緒に居られない、って……。僕、ずっと一緒に、いたかった……。」

「……。浩にぃ、悠にぃは……。悠にぃは、浩にぃに笑っててほしいって思うわよ?私、なんとなくそんな気がするの。」

 そんな事を言われても、悲しい気持ちがなくなるわけではない。

 苦しい気持ちがなくなるわけでもない、悠介が死んでしまう事にも変わりはない。

「でも……、一緒に居られないんだよ……?」

「それでも、最期まで悠にぃは笑ってて欲しいって思ってるんじゃないかしら?だって、悠にぃ、半年前だって言ってたじゃない、皆に笑っててほしいんだ、って。」

 それは、癌になった直後の話だ。

 悠介の癌が見つかった直後、悠介は寂しそうに笑いながら、皆に笑っていて欲しいと言っていた。

 もう命が長くないかもしれない、それが怖くて仕方がない、でも、それでも。

 笑っていて欲しいと、悠介は願った。

 それは、残される子供達や浩介達に、幸せになって欲しい、ずっと笑顔でいて欲しい、という願いだった。

「……、でも……。」

「浩にぃがショックなのはわかるよ、僕もショックだから。でも、悠にぃは最期まで、笑って見送ってほしいんじゃないかな。僕も辛いよ、ずっと一緒にいたんだもん。でも、だから、悠にぃの願いを、最期まで聞いてあげたいな。」

 悠治も泣きながら、浩介を諭す。

 悠治からすれば、幼稚園生の頃から仲良くしてくれていた悠介の余命宣告だ、辛くないはずがない。

 しかし、綾の言葉に耳を傾け、悠介の最期の願いを聞き届けたい、そう思ったのだろう。

「二人とも……、ずるいよ……。そんな事、言われたら……。」

 泣いていられないじゃないか。

 浩介は、頑張って涙を止めて、ぱっちりとした目をぎゅっと瞑って涙を拭く。

「僕、出来るかな……。悠介が最期まで、笑っていられる様に、出来るかな……?」

「一緒に頑張ろう、浩にぃ。僕も頑張る、だから……。」

 それは、酷な事かもしれない。

 悠治にとっての悠介と、浩介にとっての悠介は、多少なりとも関係性が違うし、存在の大きさも違う。

 だが、悠介の願いを叶えたい、という気持ちは本物だ。

「うん……。」

 それを理解したから、浩介は頑張ろうと決めた。

 悠介が逝く最期の日まで、笑って過ごして笑って見送ろう、と。


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