9話 作戦会議
ゼファリア冒険者ギルドの朝はいつも騒がしいが、その中央に置かれた一つのテーブルは、ある意味もっと騒がしかった。
ミナト、ライアン、そして光術師(自称)リア。
三人はダンジョンに向かう前の恒例となる――いや、今日が初めての三人作戦会議のため、椅子に腰を下ろしていた。
ミナトが広げた地図の前で、リアが杖を抱えたままうずうずしている。
ミナトが柔らかい声で切り出す。
「じゃあ……今日の作戦を確認しようか」
リアの背筋がビクッと伸びた。
祭壇に立つ聖職者のような神妙さで杖を胸元に引き寄せる。
ミナトは地図の五階層部分を指で押さえながら言った。
「前回の反省点ははっきりしてる。
ホブゴブリンに集中しすぎて、アーチャーを自由にさせすぎた。だから今日は、役割をしっかり分けて戦うつもりだ。」
ライアンが軽くうなずく。
「前に出てホブゴブリンを止めるのは俺だな」
ホブゴブリン相手に正面からやりあえるのはライアンだけだ。
それでも倒し切るまではいかない。倒し切れていれば今頃ライアンはソロでさらに上の階層にチャレンジしている。
ライアンの役割は決まったところで次はリアの役割を考える。
「じゃあライアンにはホブゴブリンの相手を任せて、リアは後衛でライアンの補助……」
「きてる…きてるぞ!今日の私は……ヤバいぞ!」
ミナトは穏やかに聞き返す。
「……どういう意味のヤバい?」
リアが真剣な目で語る。
「胸の奥の“光槽”が、朝からずっと……こう……震えているのだ。たぶん、第一光層までなら開ける。」
胸に手を当て力が漲ってくるような“おそらく演技”をしている。
ライアンが固まる。
「こうそう……? ひ、光層……?」
リアは平然と頷く。
「ああ、光を扱う時に開く“階層”のことだよ。
みんな普通は開かないけど……私はほら、“器”が違うから」
ミナトは、止めるのではなく、ゆっくり質問する。
「第一光層を開くと、何ができるの?」
リアは誇らしげに胸を張った。
「《光脈解放・初式》が安定する」
ミナトとライアンを沈黙が包む。
ミナトは優しい声で確認する。
「……それって、つまり回復魔法?それとも攻撃魔法?」
「え? あ……う、うん。そうだな、…どちらかといえば攻撃系!」
まさか追求されるとは思ってなかったらしく、雑な設定があらわになる。
ライアンが薄目でリアを見る。
「どちらかといえばねえ……」
リアは一瞬だけ目を泳がせ、すぐにいつもの自信家の顔に戻る。
「疑っているのか! 解放をすると、光が身体に乗りやすくなるんだ。それで、詠唱を重ねればさらに威力が増す!」
本人はいたって真剣。
ミナトは苦笑しつつも否定はしない。
「なるほど……じゃあ、詠唱も含めて任せるよ。
でも詠唱が長すぎるとライアンを支えきれないかもしれないから、そこだけは気をつけて欲しいかな」
リアははっとして、大きく頷いた。
「わかった……! では今回は“簡易式”でいく。
詠唱は……えっと……“光よ、満ちて――”くらいに抑える」
ライアンはそっと視線をそらす。
(本来は魔法名だけ唱えればいいんじゃねえのか……)
だが言わない。突っ込むとまた長くなるからだ。
ミナトは地図に戻る。
「じゃあ本題に戻すね。今日の動きはこう。まず――ライアンがホブゴブリンを押さえる。リアはそのすぐ後ろで回復と補助。僕はアーチャーを最優先で処理しに行く」
リアがすぐ反応する。
「じゃあ私は、“光脈展開・第二位”でライアンの背後を守る!」
ライアンが眉をひそめる。また新しい用語だ。
「第二位? なんだそれ」
ライアンはやってしまったと頭を抱える。
リアは当然のように説明する。
「 光脈を展開する時の“ランク”のことだよ。初位よりちょっと強くて、三位より動きやすい。ランクが上がるごとに威力が強くなるけど、その分光脈の流れが乱されてしまうから連発はできないのよね」
ライアンは完全に理解不能だが、ミナトは優しく聞く。
「……それって具体的にどういう効果があるの?」
リアはどうやら説明するつもりらしいが――
「そうだな……ひらり!となる」
「ひらり……?」
「そう! ひらりって避けやすくなる!光が“ひらり”と流れるからな!」
ミナトはそっと微笑む。
「……じゃあ、それでお願いする」
ライアンはもう諦めたように息を吐く。
「ひらり……ひらりね……はいはい……」
リアは大きくうなずき、誇らしげに胸を張る。
「任せて! 今日の私は、ひらりどころか“ふわり”くらいまでいけるかもしれない!」
ライアンはもう何も言わない。
ミナトはまとめに入る。
「よし。じゃあ――攻撃は僕が先にアーチャーを倒して、すぐ後ろへ戻る。
そこから三人でホブゴブリンを追い詰める。これでいこう」
リアは杖を抱え、静かに目を閉じていた。
祈るように、何かを呟く。
「光よ……今日、私たちに勝利の奔流を……」
ライアンが耐えきれずに口を挟む。
「おい、それ今やる必要あるか?」
リアは真剣な目で答えた。
「愚問だな。やるやらないではない。やるかやらないかだ」
たぶんリアも自分で何を言ってるかわかっていない。
ミナトは笑う。
「うん……ルーティンみたいなのはあってもいいかもね」
リアは全力で頷いた。
それからリアのルーティン的なお祈りを済ますと、
三人は立ち上がった。
準備は整った――のかどうかは微妙だが、
少なくとも“気合い”だけは十分に満ちていた。
「じゃあ、行こっか」
ミナトの声に、リアは杖を構え、ライアンは大剣を背負い直す。
三人はギルドを後にし、ダンジョンへ向かった。




