6話 新たなスタート
ー まんぷく亭 ー
夕暮れ時のまんぷく亭は、いつも通りのざわめきに包まれていた。
燭台の炎が壁に揺れ、肉を焼く香ばしい匂いと、客たちの笑い声が混ざり合う。
今日もダンジョン帰りの探索者が多く、テーブルのあちこちで戦果や惨敗談が飛び交っている。
その一角。
やや奥まった二人用のテーブルに、ミナトとライアンは向かい合って座っていた。
「さっきは、本当にすまなかった」
ライアンが開口一番、どこか重い声で言った。
その目の前には、テーブルいっぱいに広がる料理の山がある。
肉の盛り合わせ。揚げたてのポテト。バターが溶けたコーンスープ。
大皿に盛られた山盛りサラダ。パン。焼き鳥の串。
そして中央には巨大なローストチキン。
明らかに二人分の量ではない。
「助太刀してもらったのに、結果的にお前を先に転送させてしまった。せめてもの詫びだ。今日は全部俺が払う。遠慮なく食え」
ライアンが申し訳なさそうに言うが、その口調には“男としてケジメをつけたい”という強い意志も感じられた。
ミナトは少し驚きながらも、「ありがとう」と礼を言い、手を合わせた。
とはいえ——
(これ、絶対に食べ切れないよね……?)
ミナトは苦笑しつつ、まずは軽くスープを一口すする。
優しい甘みと香ばしさが、疲れた体にじんわり染み込んだ。
「いや、僕の方こそ助けられたよ。あんな強いホブゴブリン、1人だったら絶対に太刀打ちできなかったし……。誰かと協力して戦えるって、すごく心強いんだなって思ったんだ」
「そう言ってもらえると、少しは救われるが……」
ライアンは腕を組み、苦い表情で続ける。
「……あそこで俺がもっとホブの注意を引けてたら、お前が転送されることはなかったかもしれん。いや、そもそも——」
何か言いかけて、ふと動きを止めた。
「……そういえば名前を聞いてなかったな。お前、なんて名前だ?」
「あ、僕はミナト。君はライアンでしょ?」
「……なんで知って……あー、いや、まあいいか」
ライアンが小声でぼそっと呟いたが、ミナトは聞こえないふりをして話を続けた。
「今回の敗因なんだけど、やっぱりアーチャーを野放しにしてたのが一番大きいと思うんだよね。僕が自由に動けてる時にもっと早く対処してれば……君への負荷もだいぶ違ったし」
言いながらも、ミナトの胸には悔しさが残っていた。
自分がアーチャーを野放しにしすぎたせいで結果的に致命的な一撃を受け、戦線が崩れた。
あのときの痛みは、まだ鮮明に残っている。
「……確かに。アーチャーにペースを崩され、隙を作らされたのは、間違いない。」
ライアンは拳を軽く握りしめ、少し悔しそうに言う。
「ホブの剣は重かったが、かわしながら反撃できる程度には隙があった。だが後ろから矢を撃たれちまうと、どうしても守りに寄っちまう。」
ミナトは小さく頷いた。
「だからさ、次に挑むなら……ライアンがホブの注意を集めている間に、僕が最優先でアーチャーを倒す。そんな形でやってみたいんだ」
その言葉に、ライアンは目を細めた。
「……それはつまり、次も一緒に行くってことか?」
ミナトはほんの少しだけ躊躇い、高鳴る心臓の音を誤魔化すように一度咳き払いをした。
「うん。というか……その……」
表情は真剣なのに、どこか気まずそうで、どこか嬉しそうな、複雑な表情。
「僕と——パーティーを組んでほしいんだ」
言い終えたあと、ミナトはエールを一口含んで心の動揺を誤魔化した。
今回の戦闘で痛感した。ソロには限界がある。
ミナトは今回の探索でこう感じていた。
そもそもゼファーの迷宮はパーティーでの攻略が前提の難易度なのではないだろうか?
迷宮は、4人までだったら同時に入場できる。つまり、"4人パーティー"で挑めということではないだろうか?
もっとも、ゼファーの迷宮がどうやってできたのか、迷宮を管理してるような存在がいるのかは謎だが。
それに、ソロよりも二人の方が、戦略は倍増し、敵への対処も楽になる。
そして何より——戦うことが楽しい。
ライアンとなら、もっと先へ行ける気がした。
「……パーティー、ね」
ライアンは腕を組んで天井を見上げ、一度深呼吸し、それからミナトへ視線を戻した。
「悪くねぇ。俺も、一人で潜るには限界を感じてたところだ」
「それじゃ、じゃあ……!」
「ああ。これからよろしく頼む、ミナト。だが——俺と組むからには、40階層突破を目指してもらうぞ?」
その表情はどこか嬉しそうで、誇らしげで、そして挑戦的だった。
ミナトも笑顔で頷く。
「もちろん!僕もそのつもりだよ!」
二人はジョッキをぶつけ合い、泡を飛ばしながら勢いよくエールを飲み干した。
◇
しばらく二人は食事を続けた。
まんぷく亭の名物“山盛り肉プレート”をライアンが一瞬で平らげ、ミナトがぽかんと口を開けたまま見つめる場面もあった。
「よくそんなに入るね……」
「鍛えてるからな。胃袋も筋肉だ」
「そんな理論聞いたことないよ……」
そんなくだらない会話も、なぜか心地よい。
◇
「それでさ、ライアン。せっかくパーティー組むんだったら、後衛の魔術師も募集してみない?アタッカーでもヒーラーでも、誰か一人いれば戦闘がすごく楽になると思うんだ」
「魔術師か……」
ライアンはフォークを置き、真剣な表情に変わる。
「欲しいのは山々だが、魔術師は人口が少ない。修行も必要だし、探索者になるまでに時間も金もかかる。だからこそ、中堅以上のパーティーが真っ先に声をかけるんだ」
ライアンの言うとおりであり、そのため売れ残ってる魔術師なんてそうそう運が良くないと巡り会えない。
「うん、わかるよ。でも……ダメ元でも相談する価値はあると思うんだ。もしかしたら、タイミング次第で奇跡的に良い人材がいるかも」
ミナトの言葉に、ライアンはふっと笑う。
「それもそうだな。やるだけやってみるか」
「うん!」
二人はまた乾杯し、小さく達成感を分かち合った。
話し合いと食事が終わるころには、テーブルに並んでいた料理のほとんどが消えていた。
……正確には、八割がライアンの胃袋に吸い込まれたのだが。
会計時、ライアンが金貨で支払ったのを見てミナトは目を丸くした。
「金貨!?」
「一階層のゴブリンが魔核を落としたんだ。あれが高く売れた。運が良かったんだろうな」
「なるほど……」
ミナトも納得し、店を後にした。
夜風は少し冷たく、食事後の火照った体に心地よかった。
「さて、じゃあ明日はギルドで後衛募集の相談だな」
「うん。そのときついでに、パーティー名も考えようよ」
「それもそうだな。……どんな名前にするか悩むけどな」
ミナトが笑う。
——だがこのときの二人は、まだ知らない。
翌日、ギルドの真ん中で
自分を全力で売り込みまくる“自称天才ヒーラー”
と運命の出会いを果たすことになるとは——。




