4話 迷宮の奥へ
翌朝。薄い雲越しの光が宿の窓から差し込み、ミナトは静かに目を開けた。昨日の疲れは残っているが、体のどこにも痛みはない。冒険者として、この感覚に少しずつ慣れ始めている自分がいる。
装備を確認し、必要なものを昨日のうちに揃えたポーチを締める。回復薬は3つ、それと帰還石、後は携帯食だ。
宿を出ると、朝の大通りはすでに活気にあふれていた。荷車の軋む音、商人の呼び声、冒険者たちの笑い声。
(今日も……階層を更新するぞ)
気負いすぎない小さな決意を胸に、ミナトは今日もゼファーの迷宮へ足を向けた。
■ 1階層
草原の空気は澄んでいた。柔らかな光が差し込み、背丈ほどの草むらが風に揺れる。昨日よりも落ち着いて周囲を観察できていることに気づく。
すぐ近くの茂みからゴブリンが跳ね出てきた。
ミナトは冷静さを保ちつつまっすぐ踏み込み、骨剣を一閃。
ゴブリンは倒れ、光にほどけて消えた。
(よし。昨日よりずっと落ち着いてる)
一階層の敵であればもう苦戦しないくらいにはミナトは成長していた。
その後も、半ば作業のようにゴブリンを蹴散らしながら進んでいると、1時間もかからずして2階層の入口に辿り着いた。
余計な消耗もなく1階層を抜けられたことにミナトは安堵する。今回は回復薬をなるべく節約して進むつもりだったので、無傷で突破できたのはこの上なく順調だった。
途中ゴブリンドロップの腰布も出たが、雀の涙程の値段にしかならないのでそのまま放置した。
■ 2階層
草原の密度が増し、草丈が高くなる。視界が悪い。昨日はこの階層には苦労したが、地形などはある程度覚えている。
草むらを抜けると、数匹のゴブリンがこちらに気づき、棍棒を振り上げてきた。
正面から一体を斬り落とし、横から来た一体の腕を弾く。もう一体の突進はステップで回避。
焦らず、確実に切り捨てていく。
(昨日はこの階層で回復薬を使い切ったんだよな……。今日はまだ温存できる)
息を整えながら、ミナトはその後も何度か戦闘をこなしつつ、深く草に覆われた小道を抜け、3階層の入り口へ進んだ。
■ 3階層
同じ草原とはいえ、3階層は草の密集地に加え、大小の岩場が点在し、死角が多い。
ミナトは骨剣を握り直した。
少し歩くと、茂みの方からガサガサと草を掻き分けてくる音が聞こえた。こちらに近づいてくる……。
「グルルルゥ……」
3階層最初の敵は──シャドウウルフ。初めて遭遇する敵だ。
黒い毛並みが岩影と同化し、こちらに気づくと一直線に距離を詰めてくる。
「っ!」
体が反射的に動き、骨剣が火花を散らして受け止めた。
シャドウウルフの爪は鋭く力強い。受け止めただけで腕が痺れる。
噛みつき──回避。
跳びかかり──ステップで外す。
地を蹴る音が速い。
(強い……!)
狼が再び飛び上がり、首筋を狙ってくる。ミナトはとっさに地面へ転がり、逆にシャドウウルフの首元へ骨剣を突き立てた。
狼は短い声をあげて倒れた。
その身が光になって消えると同時に鋭い牙が一つ残された。
(これは……シャドウウルフの牙。素材屋で売ろう)
慎重に拾ってポーチにしまう。
その後、3階層では狼やゴブリンが何度か同時に出現し、さすがに疲労が溜まった。
肩に浅い傷を負ったが、回復薬を使うほどのケガでもないと判断し、温存した。
(これくらいなら……大丈夫、いける)
そう自分に言い聞かせ、ミナトは先へ進んだ。
■ 4階層
ミナトは骨剣を握り、慎重に足を進める。
茂みが揺れ、ゴブリン二体が跳ねるように飛び出してきた。棍棒を振り上げ、突進してくる。
「まずは一体ずつ……!」
先に近づいてきたゴブリンの攻撃にカウンターのようにして、一撃をいれる。ゴブリンはそのまま光となって消えた。そのまま2体目のゴブリンも難なく撃破し、ドロップ品を回収にうつる。
だがその瞬間、背後から鋭い音が耳を突いた。
――パチン、と弦が弾ける音。矢が肩をかすめ、痛みが走る。
振り返ると、茂みの影に小柄なゴブリンが弓を構えて潜んでいた。
(ゴブリンアーチャーか…!!)
ミナトは2矢目が放たれる前に、アーチャーに向かって距離を詰めに行く。
アーチャーは、自分に向かってくるミナトに驚き、急いで新たな矢を射うとするが動揺してるのか、あらぬ方向へ飛んで行った。
(自分から狙ってきたくせに、自分が標的になるとは思わなかったのか?)
アーチャーは迎撃するのを諦め、背中を向けて逃亡を図る。だが明らかにミナトの方が早い。
冷静に骨剣を握り直すと、アーチャーの背中を向かって骨剣を振り下ろした。
草むらに倒れ込みそのまま光となって消滅。
ミナトは一息つくと、辺りを見回す。
そこには、棍棒や矢束が散らばっているのが見えた。それらを全て回収し、ポーチに収める。
草原には静けさが戻り、ミナトは軽く腰を落と
すと、回復薬を1本取りだし、飲み干し、ケガが回復したことを確認すると、次に進むべき道を見据えた。
足元の草を踏みしめながら、ミナトは草原の中に散在する小さな岩や溝を避けて進む。視界は広がり、次第に大きな岩壁が遠くに見え始めた。道筋を示すように、草の色がわずかに変化している。報告書にあった通り、5階層への入り口は岩陰の奥に隠されているはずだ。
岩の影に差し掛かると、そこには確かに小さな石の扉が埋め込まれていた。苔むした表面に手をかけると、ひんやりとした感触が指先に伝わる。
「……ここか」
扉の前で一度立ち止まり、周囲の様子を確認する。4階層を突破してきた疲労はあるが、回復薬のストックもあるし、まだまだ問題なく動ける。
草の匂い、風の音、遠くで草を揺らす何かの気配。全てを感覚で確かめながら、ミナトは手にした骨剣の重みを再確認する。
5階層からはさらに敵が強くなると聞いている。なんならここまでがチュートリアルみたいなものらしい。
ポーチの中の道具を軽く点検し、回復薬や帰還石、携帯食の残りを確認する。
そしてゆっくりと石の扉に手をかけ、呼吸を整えた。扉の向こう、5階層の未知の世界が待っている。
「……よし、行こう」
ミナトは足を踏み出した。一歩一歩慎重に、しかし確実に。視界の先には、これまで以上に危険が潜むであろう5階層が広がっている。
その扉をくぐった瞬間、光がわずかに揺れ、空気がひんやりと変化する。息を整え、ミナトは次の階層に足を踏み入れた。
ミナトの現在のドロップ品
【シャドウウルフの牙】×2
【ゴブリン棍棒】(未鑑定)×2
【矢束】×1




