2話 迷宮都市ゼファリア
ゼファーの迷宮の入口から伸びる大通りは、今日も活気に満ちていた。
荷車を押す商人、武具を整えた探索者、露店を覗く人々。
金属が擦れる音、香辛料の匂い、笑い声や怒鳴り声が入り混じり、街全体が生き物のように動いている。
「……やっぱり、すごい熱気だな」
ミナトは少し眩しそうに目を細めながら歩く。
さっき、初めての探索でゴブリンにやられ、死を経験した。
体は無傷だが、胸の奥に残る恐怖はまだ消えない。
露店には迷宮産の素材が並ぶ。
光を淡く放つ鉱石、魔物の牙、希少な植物――
どれも探索者たちが命をかけて手に入れた品々だ。
街はそれらで活気づき、迷宮と共に生きる人々の姿を映していた。
通りすがる人々の会話が耳に入る。
「1階層産の魔核、今朝は金貨1枚で取引されたらしいぜ!」
金貨1枚。一階層でのドロップ品1個の値段としては破格の値段だ。
この世界の通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の5種類で周っており、各通貨10枚ごとに色が変わり、白金貨だけは金貨100枚で1枚に相当する。だが、主にやり取りで使用されるのは金貨までで、白金貨は一般に見られることはほとんどない。ちなみに銅貨1枚でパンが1つ買えるくらいの物価である。
「昨日、5階層で亜種っぽいのがいたらしい、気をつけろよ」
この通りでの会話はほとんどが迷宮に関する話ばかりだ。
それも当たり前で、ここには転送陣とすぐ隣には迷宮入り口のゲートがある。だから探索者が多く、自然と会話は迷宮の話題になるのだ。
広場の喧騒を抜け、ミナトは迷宮ギルドの重厚な扉へと向かった。
通りの両側には露店が並び、迷宮で手に入れた素材や武具が所狭しと並べられている。
荷車を押す商人や武具を整える探索者の姿を横目に、ミナトは胸の奥に残る恐怖を押さえながら歩いた。
扉を押し開けると、中は探索者たちの活気に満ちていた。
談笑する声、武器の手入れの金属音、ギルド職員の呼びかけ――街の喧騒とは違う、独特の空気が漂っている。
掲示板に貼られた探索依頼や情報掲示板に目をやると、ランキングで上位10組の探索者たちの名前とパーティー名と到達階層がずらりと並んでいた。
最上段には、こう刻まれている――
「第40階層到達 カルス=バレン(単独踏破)」
今も破られていない、人類最高到達階層の記録だ。
単独での偉業――それは、誰もが追いかける究極の目標である。
ミナトは胸の奥に熱を感じる。
恐怖はまだ残るが、その奥で小さな決意が芽生えていた。
腰に手をやる。さっき、ゴブリンを倒して手に入れた骨剣。
元の剣より少し大きく、重さもあるはずだが、不思議な力で手に負担を感じない。
ダンジョン産の武器には時々、魔力を帯びたものがあり、それぞれに特殊な効果が付いている。
この骨剣はどうやら、重量を緩和する効果があるらしい。
攻撃力は高くないが、扱いやすさは格段に増している。
ギルドの奥、一角でひとりの男が大剣を手入れしていた。
身の丈ほどもある大剣を軽々と手に持つ姿は、異様な存在感ひ放つ。
周囲の喧騒に気を取られることもなく、淡々と作業している。
ミナトがその様子を見ていると、近くにいた職員が声をかけてきた。
「彼が気になるか?」
「うん……そうだね。凄く強そうだ」
職員は軽く笑った。
「彼も君と同じ新人だよ。名前はライアン。初日からソロで5階層まで行ってる。これからが楽しみなタイプのは間違いないな」
ミナトは職員の言葉を聞きながら、もう一度その男に目を向けた。
手入れを終えた大剣をゆっくりと背に収めると、男は無言のまま立ち上がり、ギルドを出ていく。
その一連の動作には無駄がなく、ぎこちなさも見えない。新人とは思えない落ち着きがあった。
(初日から5階層、僕なんて1階層で終わったのに…)
そんな感想が、自然と胸の奥に浮かぶ。
自分もああなれるのだろうか。ほんの少し前まで、死の恐怖に体を震わせていた自分が。
ミナトは小さく息を吐いた。
彼のような探索者が次々と階層を進んでいくのだろう。
一方で、自分はまだ入口付近で足踏みしている。
けれど、不思議と焦りはなかった。
むしろ胸の奥で、小さな炎のような感情が灯っているのを感じる。
(…次は、もう少し先まで絶対に行く。)
そう心に決めたミナトは、改めて迷宮についての情報を整理することにした。
◇
翌朝、ミナトはまだ薄暗い街の空気の中で目を覚ました。
体を起こすと軽く朝食を済ませ、ダンジョンに向かうため、準備をする。
骨剣を腰にさし、回復薬や簡単な道具をポーチに詰める。
街の大通りを進むと、ゼファーの迷宮の入口が見えてくる。
入口前には既に数人の探索者たちが集まっており、出発の準備を整えている様子だ。
迷宮には1度に同時に入場できるのは4人までとなっている。そして、1組目が入場すると、2組目は10分間は入場できないようになっている。
これは迷宮のシステムがそうなっていて、無理に入ろうとしても見えない壁に阻まれる。
ただ、迷宮内で合流するのは問題ない。
なので、時間帯によっては探索者がゲート前に列を作っていることもあるが、今回は待ちはいないようだ。
何となく昨日ギルドで見かけたライアンの姿を探すが、もうダンジョンに潜ったのか、それともまだ来てないのか入り口付近にはいなかった。
「さて…まずは一階層を突破して、二階層へ……」
ミナトは探索者たちの横を通り過ぎ、そのままダンジョンへ向かう。
入口の暗い森に一歩足を踏み入れると、湿った空気が肌にまとわりつく。
太陽の光は木々に遮られ、足元の小枝や苔むした岩に注意を払いながら、慎重に進む。
少し進むと、ゴブリンが昨日と同じように現れた。
瞬間、昨日の光景がフラッシュバックし緊張が走る。
ゴブリンはなんの策もなく、正面から突撃してくると、右手に持った棍棒を振りかざした。
その一撃を骨剣で受け止める。骨剣の重量緩和のおかげか、余裕を持って弾き返すことができた。
体勢を崩したゴブリンを袈裟斬りしたところで、本日最初の戦闘は決着する。
(大丈夫……問題なくやれる)
ひとまず昨日のトラウマは克服できたみたいだ。
それからも何度か遭遇するが、とくにピンチに陥ることなどもなく、その後も順調に奥へ進んだ。
ある程度進むと、奥の方にある石の扉が見えた。
扉の向こうには、二階層へ続く階段が待っている。
息を整え、深呼吸をひとつ。足を踏み出す。
(よし…二階層、行くぞ…!)
扉を押し開け階段を上がると、薄暗い森のような二階層が広がった。
ゴブリン ドロップアイテム
骨剣
粗末な棍棒
腰布
魔核
ドロップアイテムは拾わずにいると、一定時間経過後に消滅する。




