18話 更なる深層へ
六階層の入口を抜けると、草原の景色がゆっくりと広がった。
特別な変化はない。
風が草を揺らす音だけが続いていた。
リアが小さく息を吸い込む。
「……悪くないわね。六幕目って感じ」
ライアンが肩を回しながら返す。
「変わらず草原だがな」
ミナトは苦笑しつつ前へ出た。
「とりあえず進もう」
しばらく歩く。靴音、草の揺れ、遠くの鳥の声。
敵の気配はまだない。
そのとき、ほんの一瞬草の揺れが変わった。
ミナトは立ち止まり、前を見据える。
「……いる。あそこ。固まってるけど、こっちに気づいてない」
ライアンが静かに顎を上げる。
「やるのか?」
「うん。奇襲できると思う」
リアは杖を軽く揺らし、ふわりと光を纏わせた。
「じゃあ……“序の輪”だけね。《加速輪》(アクセルリム)」
ミナトの足もとに淡い光が走る。
わずかに足が軽くなった。
ミナトは草を揺らさないように歩幅を詰め、草原の切れ目から敵を覗いた。
ホブゴブリンが無警戒に座り、アーチャー二体が矢を遊ばせている。
その後ろで、小柄なゴブリンが、掌の上で赤い火の粒を弄んでいた。
ミナトは目を細めた。
(……ギルドの情報にあった“火を使うやつ”。ゴブリンメイジか)
確信した瞬間、ミナトは地を蹴った。
草が割れる音が、奇襲の合図になった。
アーチャーのひとりが振り向くより早く、霞刀が胸元を貫いた。
「っ……!」
立ち上がりかけたホブゴブリンに、ライアンが重い踏み込みで迫る。
紅煌刀が肩口へ斜めに入り、そのまま右腕ごと断ち落とした。
ホブが呻き、巨体が揺れる。
その瞬間、杖先で光を跳ねさせたリアが嬉しそうに息を弾ませる。
「……“幕が跳ねた”わね。《瞬光護》!」
白い光がライアンの足元へ静かに沈む。
踏み込みが、わずかに強くなる。
ライアンはその勢いのまま、崩れたホブの胸元へ紅煌刀を滑らせた。
ミナトは二体目のアーチャーへ踏み込む。
矢を構えきれないうちに、霞刀が横へ走り、短い音とともに倒れた。
後方で、火の粒が急に大きくなる。
メイジが火球を放った。
それにいち早く気づいていたリアが魔力を練る。
「《光壁》!」
火球の正面に白膜が展開され、衝突するとそのまま弾かれて消滅した。
ミナトはその残光を抜け、メイジへ踏み込む。
火を溜め直すより速く、腕ごと斬り払った。
メイジが崩れ落ちる。
振り返ると、ライアンの足元でホブゴブリンが光の粒子に変わり始めていた。
それを見届けると、ミナトは呼吸を整え、霞刀を鞘に戻した。
そして、倒れたメイジのそばに転がっていた細い杖を拾い上げる。
ねじれた木材。濁った赤い石。
触れた瞬間、妙にぬめっとした感触がある。
「……リア、これ。使えるかな」
リアは覗き込み、1秒で顔をしかめた。
「絶対イヤ。なんか……“湿った悪意”みたいな見た目じゃない。私の光が腐るわ」
ミナトは苦笑し、ライアンは小さく肩をすくめた。
「売るしかないな」
「うん。売ろう」
リアだけは最後まで杖を見ようとしなかった。
三人は草を踏み、6階層の奥へと歩き出した。
それから7階層と8階層は、少し薄暗い環境になり、シャドウウルフが群れて出現することが多かった。
時折り、ホブゴブリンも同時に出現することがあったが、この2種は連携することはなかったので、苦戦することもなく安定して歩を進められた。
そして、ゴブリンメイジの火球を払いつつ、草原を順調に抜けていく。
9階層に入っても、景色はほとんど変わらなかった。
薄暗い草地に木立が混ざり、静かな空気が続く。
その時、前方で草がわずかに揺れた。
ミナトが足を止める。
「……動いた」
ライアンが紅煌刀を構える。
「前方。距離はまだ分からん」
リアも杖を軽く上げ、構えを整えた。
「またウルフかしら?」
その瞬間、頭の高さあたりから黒い影が滑り出た。
ミナトが半歩引く。
「……上から!?」
影は地面に触れた途端、横へ走り抜ける。
木立の隙間から落ちた細い光が体を一瞬照らした。
深緑の毛並み。筋肉に沿う灰色の線。
ミナトが低く息を呑む。
「……フォレストパンサーだ」
ライアンが構えを低くする。
「速いぞ」
リアは杖を前へ向け、短く言った。
「合わせるわ」
三人の視線が同じ一点へ向く。




