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リトライダンジョン ―死を超えて踏破せよ―  作者: カサタ


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14話 戦利品と亜種の存在

帰還石が砕けた瞬間、世界が反転するように光が溢れた。

重力が一度ほどけ、身体がふわりと浮いたかと思えば——

石畳の硬さが足裏へ戻ってくる。

ゼファリアの帰還広場。

迷宮の湿気に包まれていた身体が、地上の乾いた空気を吸い込み、胸の奥がじんわりと軽くなる。

陽光はあたたかく、広場に差し込む風にはいつも通り香辛料とパンの匂いが混じっている。


「……戻ったな」


ライアンが、深く長い息を吐いた。

その肩は、迷宮では決して緩まなかった重みからゆっくり解放されていく。


「そうだね。とりあえずギルドに向かおっか」


ミナトは指先に残る湿り気が乾いていくのを感じながら、そっと胸へ手を当てた。

生きて帰ってくるという実感は、いつだって重みがある。

隣ではリアが前髪を整え、ほんの少し肩をぐるりと回す。


「換金と鑑定……はあ、疲れたけど……でも、あれの正体くらいは早く知りたいわね」


「だよね。僕も気になる。早めに見てもらおう」


三人は広場を抜け、街路へ歩き出した。

人々のざわめきの中に身を置くと、迷宮の世界が遠くに感じられる。

行商が店を開き、武具屋が油をさす音が聞こえ、

道脇では冒険者同士が明日の予定を談笑している。

この“地上の賑わい”が、無事に戻ってきたことを静かに祝福してくれているようだった。



ギルドの扉を押し開けると、にぎやかな空気が押し寄せた。

素材の匂い、金属を打つ音、迷宮の話題で盛り上がる声。

探索帰りの身体にはむしろ心地よく感じるほどだ。


「次の方どうぞー!」


呼ばれてカウンターに進むと、受付嬢が柔らかな笑みを向けてくる。

ミナトは軽く頭を下げ、疲労を隠しきれない声で口を開いた。


「換金と鑑定をお願いしたいです。」


「承りました。では、まず換金分からお預かりしますね。」


ミナトはマジックポーチから素材を取り出していく。

ゴブリンのこん棒、骨剣、腰布、シャドウウルフの牙。

——いつもの定番の顔ぶれたちだ。

受付嬢は慣れた手つきで仕分け、算盤を弾いた。


「こちらの買取額は、銀貨7枚と銅貨6枚になります」


「お願いします」


「かしこまりました。では、鑑定の後にお渡し致しますね」


ミナトがうなずくと、受付嬢は素材を片付け、視線を戻した。


「はい。えっと……少し重いんですけど。」


ミナトはポーチの口を両手で広げ、腕を深く差し込んだ。

魔力空間の底に触れた瞬間、ずしりとした重量が腕に沈み込む。


「……っと……!」


肩が僅かに沈むほどの重み。

ミナトは慎重に引き上げ、両手でカウンターへそっと置いた。

赤い脈光を宿した、大型の大剣。続けて魔核を取り出して横に並べる。


受付嬢は二つの品に落ち着いた視線を走らせる。


「こちらの二点が鑑定品で間違いありませんね?一つあたり鑑定料は銀貨1枚となります。」


「はい。お願いします」


「承知しました。では鑑定しますので——」


受付嬢はカウンター下の引き出しから、細い金属フレームのメガネ型の道具を取り出した。

レンズ部分は透明ではなく、淡い青と銀が層になっている。

迷宮から回収された“鑑定用の魔具”だ。


「こちらを通して見ると、迷宮品の情報が表示されます。鑑定結果は紙にまとめてお渡ししますね」


「わかりました。鑑定料は換金分から差し引いてください」


「はい、承りました。それでは——始めます」


 受付嬢が鑑定メガネをかけ、大剣へ視線を落とす。

透明だったレンズに、淡い光が一瞬だけ走った。

受付嬢が慎重に大剣へ手を伸ばす。

刀身の奥で、赤い脈光がかすかに明滅した。受付嬢は鑑定用のメガネを押さえ、紙に詳細を書きながら三人へ静かに告げた。


「こちら……赤亜種ホブゴブリンのドロップ品ですね」


その言葉が落ちた途端、ギルドの空気が一瞬でざわつきに変わった。


「ほう、赤亜種か…」「よく勝てたなー」「マジか……!」


ミナトたちへ向けられる視線が一気に増えた。

リアはそのざわめきを気にする様子もなく、大剣に目を落とした。

「やっぱり……普通じゃなかったものね」


 受付嬢は頷き、大剣の紙へ視線を戻す。


「名称は 《紅煌刀》(こうこうとう)。そして、この大剣は通常の武器にはない性質を二つ持っています」


「… 紅煌刀…」


ライアンが小さく呟く。


「まず一つ目は、使用者が受けた衝撃の一部を、刀身が吸収して負担を軽減します。受けた衝撃はそのまま大剣の内部に溜まっていきます。」


ライアンが軽く目を見開いた。


「…衝撃を吸ってくれるってことか?」


「はい。受け止める際の負担が減りますし、さらにここで溜まった衝撃は次に説明する性質に影響を与えます。」


受付嬢は空中に横へ線を描くように指先を動かした。


「そして二つ目ですが、斬撃を放った瞬間、刀身が描いた“軌跡”が一瞬だけ空間に残ります。」


「軌跡が……残る?」


「はい。ただの残光ではありません。触れれば当たる、“実体のある線”として残ります。いわば——その一瞬だけ、斬撃が“物体になる”ようなものです」


 リアの瞳がわずかに見開かれた。


「……じゃあ、避けたつもりでも……その軌跡に触れたら“当たる”ってわけ?」


「その通りです。ただ、ダメージはそこまで与えられないようですが、そして——」


受付嬢は紙をトントンと指で叩いた。


「先ほどの“衝撃吸収”で溜まった衝撃が多いほど、

この“壁として残る軌跡”が太く、強くなるようです。」

 

ライアンが刀身へ視線を落とし、呟いた。


「……本当に……前に立つ奴向けの武器だな」


表情に嬉しさが隠せず、少しニヤけている。

リアも満足げに口角を上げる。


「迷宮も、あなたに持たせたかったのね」


 ミナトは紙の説明を見つめながら、小さく息を吐いた。


「……二つも効果があるなんて。すごい魔武器だね……」


 その言葉には、驚きと、“自分たちが本当に強敵を倒した”という実感が滲んでいた。


「ところで、赤亜種ってことは他の色もいるのかな?」


ミナトがふいに疑問に思ったことを口にする。

受付嬢は赤脈の刀身から視線を離し、落ち着いた口調で三人へ向き直った。


「その通りです。亜種について、少し説明しておきますね。

迷宮には“亜種”と呼ばれる個体がいて、確認されているものは大きく三つです。赤亜種・青亜種・黒亜種。色によって、現れる“偏り”がまったく違うんです。」


ミナトは自然と姿勢を正した。

ライアンも黙って耳を傾ける。

リアだけは大剣の赤脈をなぞるように見つめている。

受付嬢は、まず赤から説明を始めた。


「まず“赤亜種”ですが……力が極端に偏って現れる個体です。筋力も踏み込みも瞬発力も、通常種ではありえないほどの力になります。真正面から受けると、とても危険ですね」


ミナトは苦い顔をする。


「……あれは、正面から受けるのは無謀だったね」


ミナトの呟きに、ライアン軽く頷く。

受付嬢はそのやり取りに何か察したのか、小さく笑うと1つ咳払いをして続けた。


「“青亜種”は、力ではなく特殊な能力が特徴です。姿がぼやけて見えなくなったり、一瞬だけ身体が硬くなったり、冷気や火花をまとう個体も報告されています。能力に個体差が大きく、対処が難しいので……青亜種を確認した場合は、まず“情報を持ち帰る”ことが優先されます。」


受付嬢は、声の調子をほんの少し落とした。


「……最後に、“黒亜種”についてですが」


その一言だけで、ミナトは自然と姿勢を正した。

ライアンも腕を組みなおす。


「黒亜種は、赤亜種のような圧倒的な力と、青亜種に見られる特殊な能力……その両方が同時に現れた個体とされています。力も行動も読めないため、近づいても遠距離でも危険です」


ミナトは思わず息を呑んだ。


「……両方……?」


「はい。探索者の間では“出会ったら戦わずに戻れ” と言われています。まあ、死んでも復活する迷宮なので、一攫千金を狙って挑む探索者も多いですが」


ライアンが興味津々に聞いてるのを見て、ミナトが何かを察する。


「……ライアン、僕らは挑まないからね?」


ライアンは一瞬ミナトを見ると視線を逸らす。


「あ、当たり前だ…」


受付嬢は軽く頷き、言葉を締めた。


「黒亜種の確認は、ギルドとしても最優先で対応します。その階層の探索は一時的に中止になり、討伐や封鎖の準備が始まります」


受付嬢は、一度小さく息を整えると、

少しだけ口調を柔らかくした。


「……そして未討伐の亜種についてですが、赤・青・黒、すべての情報がギルドで共有されます。出現した階層、目撃された状況、注意点、危険な行動の傾向……確認された内容がすべて——」


カウンター奥へ視線を向けた。


「あの掲示板に貼られます。」


三人も自然とそちらへ視線を向ける。


赤い紙には、“尻尾の薙ぎ払いに注意”“回避重視で戦うこと”など、赤亜種の警告が端々に書かれている。


青の紙は、その倍ほどの情報量だ。

能力の内容、危険行動、発見位置……文字が細かくびっしりと並んでいる。


黒紙は今のところないようだ。

ミナト達が一通り目を通したのを確認すると、受付嬢は、大剣の鑑定結果をまとめた紙を脇へ置き、次にカウンターへ並べられた魔核に視線を落とした。


「では……こちらの魔核も鑑定しますね」


再びメガネをかけ、魔核をそっと持ち上げる。

赤黒い光が内側で脈を打つ。

リアが覗き込み、やや芝居の入った声音でつぶやいた。


「この“脈”、落ち着いてないわ……主の気配がちょっと残ってる……!?」


ミナトは魔核をちらっと見る。


(いや、光の反射じゃないかな……。)


リアの比喩は、時々“本物っぽく聞こえる”のが厄介だった。

受付嬢はリアの言葉がまるで耳に入ってないかのように紙にメモを取り、淡々と鑑定結果を告げる。


「はい、結果が出ました。この魔核には “筋力を増幅する効果” があります。魔力を流し込むことで、一時的に非常に大きな力を扱えるようです。防具や、身に着けるものにエンチャントすることで使用可能です。」


ライアンが腕を組んだ。


「筋力を増幅するのか、それは使えるな」


だが、受付嬢は続けて紙を見やった。


「ただし、使用中は理性が著しく低下するようです。赤亜種特有の暴走的な性質が、魔核にも残ってしまっているようですね。」


ミナトは小さく息を呑んだ。


「……理性が……?」


リアは魔核を見て、軽く首を傾げた。


「やっぱり主の残滓が残ってたのね……!ほら、私の言ったとおりでしょ?」


「本当だね……」


ミナトは苦笑いしながら応える。

受付嬢は紙を三人へ差し出した。


「以上が鑑定結果となります。とても強力な魔核ですが、扱いには十分ご注意くださいね」


ライアンは一度魔核を見つめ、短く言った。


「……なあ、どうする?」


ミナトは一度考えるように魔核を見つめた。


「僕は、今回は買い取ってもらったほうがいいかなって思ってる」


リアも軽く肩を揺らしながら言った。


「私も賛成よ。戦闘中に仲間にまで警戒しなきゃいけないなんて面倒よ。それに、こんな力に頼らなくてもこの私がいるんだから問題ないでしょ?」


リア相変わらずの自信にミナトはさすがだなと心の中で称賛した。


「そうだな。”俺たち”ならこの力に頼らなくても十分上を目指せる。」


「ということでギルドで買い取っていただけませんか」


三人の意見は売る方向で一致した。

受付嬢は帳簿を確認し、静かに告げる。


「ではこちらの赤亜種ホブゴブリンの魔核は、金貨十五枚で買い取らせていただきます」


三人の目がわずかに見開かれた。

ミナトがうなずく。


「……!よ、よろしくお願いします。」


言わずもがなミナトの中で過去最高金額だ。

受付嬢は金貨が入った袋をカウンターへ置いた。


「これで換金と鑑定はすべて完了です。お疲れさまでした。」


ミナトは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


金貨十五枚。

それはミナトの今後を大きく変える金額だった。

紅煌刀こうこうとう

受けた衝撃を“緩和して蓄え”、その力で斬撃の軌跡を物理的に一瞬だけ残す大剣。

蓄積が多いほど軌跡が広がり、乱戦や防衛で真価を発揮する。

また、振り抜いた際の後スキを打ち消すことができ、自ら斬りかかることで衝撃を蓄えることも可能。

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