表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リトライダンジョン ―死を超えて踏破せよ―  作者: カサタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/18

13話 赤脈の残滓が語るとき

赤亜種の体が、眩い光に包まれ始めた。消滅の光だ。

倒れた衝撃で浮いた草の葉が、その光に照らされて揺れる。


通常のモンスターなら、光はすぐに薄れて消える――

だが、この個体は違った。


光は脈打つように濃くなり、周囲の空気までわずかに震わせている。


ミナトは呼吸を乱したまま、光の残り方に目を細めた。


「……こんなに残るものだったっけ……?」


ライアンも大剣を握ったまま視線を外さない。


「いや、俺もこんなのは初めてだ」


リアは杖を支えにしながら、魔力反動で肩を上下させつつ、わずかに笑った。


「ふっ……赤脈が暴れていた証よ……。光が……名残惜しがってるみたいでしょ……っ」


やがて光が一点に吸い寄せられるように収束し――

赤亜種の輪郭がふっと消える。


残光だけが草原に漂い、その光がひとつの場所へ集まっていき――


ぱんっ。


乾いた音とともに、黒鉄の宝箱が姿を現した。


表面には赤脈の文様。

脈拍のように規則的に光を放っている。


 ライアンがわずかに眉を上げる。


「……宝箱、か。十階層ごとのボスしか落とさないって話だったが……」


「“そうであるべき”なのよ」


リアは杖を支えながら続ける。


「赤脈亜種……階層格差越え(アウトレイヤー)の典型……。光脈濃度が、常識の外にあるの……」


言葉の意味は曖昧だったが、リアの声には確信だけがあった。


ミナトは宝箱へ歩き、表面へ手を近づける。

赤い文様から伝わる微熱が、皮膚に触れた。


「開けてみる」


「構えておく」


「いつでもいいわ」


ミナトは慎重に宝箱へ近づき、ライアンと視線を交わした。

ライアンが大剣に手をかけ、リアは杖を構えたままわずかに後方へ下がる。


ミナトは取っ手に手をかけ、ゆっくりと蓋を押し上げた。


ぎぃ――。


草原に淡い赤光がこぼれた。


箱の中には、黒鉄の大剣が一振り。

刀身の内部に細い赤光が細く走り、残光の余熱がまだ宿っているようだった。刀身の内部を走る赤は、

赤亜種の皮膚に浮かんでいたあの紋様の“残滓ざんし”そのもので、

まるで暴走した魔力がそのまま刃に染み込んだかのようだった。


リアは刀身を見た瞬間、肩で息をしながらも目を見開いた。


「……っ……見える……あの赤亜種の……“第二脈図セカンド・パターン”……刃の奥に……焼き付いてる……!」


ミナトは思わず身を乗り出す。


「え、あのときの……模様?」


ライアンも刀身に目を凝らす。


「……確かに……形が似てるな。暴走してた時の、あの……線みたいなやつに」


リアは杖を握りしめ、熱のこもった声で言う。


「暴走の痕よ……あの個体の魔力が、消える直前に“刻んで”いったの……!」


これはただリアの妄想だが、ミナトとライアンにはそれを否定する知識もなかったので、そのまま聞き流す。

リアの瞳はこれまでで一番輝いていた。


「……やっぱりドロップアイテムはそのモンスターに関係するものが出るんだね。……でも大きいなあ...」


大剣はい軽くミナトの背丈ほどあった。(170cm程)

ミナトは軽く持ち上げようとするが重すぎて途中で諦める。


「ちょっと持ってみてもいいか?」


ライアンが宝箱から取り出すと、おもむろに大剣を構える。

そして重さを確かめるように軽く振った。

ぶん――と空気が裂け、軌道に沿って赤い残光が細く尾を引く。

光は一瞬で消えたが、その余韻だけが空気の中に残る。


「……え、今……光った?」


ミナトが思わず目を見開く。


「俺も見た。軌跡に……残ったよな?」


ライアンも困惑したように刀身を見つめた。

リアは前のめりになり、消えた残光のあたりをじっと追いかける。


「……いいわね……!!刃が軌跡を刻むなんて……最高じゃない!」


彼女だけ、テンションだけは明らかに一段上だ。

ミナトは大剣を見つめながら息を整えた。驚きはまだ残っている。


「……これ、絶対魔武器だよね」


ライアンは右手を握り直し、

まだ信じられないように刀身を見下ろす。


「ああ、おそらくな。この軌跡にもなんか効果があるのか?」


リアは得意げな表情で語り始める。


「あるに決まってるじゃない!たぶんこの剣は空間ごとぶった切ることができる……。それくらいの力を感じるわ...!!」


リアが鼻息荒くしながら語るが、ミナトとライアンは軽く聞き流しながら大剣を見つめていた。

そしてミナトは少しだけ考え込むような表情をしたあと、静かに言った。


「……これはライアンが使ったほうが良さそうだね。というより……ライアン以外に扱えそうにないしね。」


「いいのか……?」


「うん。ライアンの剣も今の戦闘で結構限界なんじゃない?」


ライアンの大剣は、確かに至る所に刃こぼれがあり、さらには小さくヒビも入っていた。

ミナトはそれに気づいていたのだ。


「勝手に決めて申し訳ないけど、リアもそれでいいかな?」


リアも力強く頷く。


「このパーティーのリーダーはあなたよ。私はあなたの決断に従うわ。」


ライアンは二人を見て、短く息を整えてから大剣を肩に担いだ。


「だが、売ってパーティーの運営資金にするっていう使い道もあるんだぞ?こいつは魔武器だろうからおそらく金貨数枚は行くはずだ……」


そういいつつもライアンの表情はこの大剣を使ってみたい。その気持ちを隠しきれていなかった。

ミナトはふぅっと息を吐いた。


「確かにその考えもあるけど、今はパーティーの装備強化を最優先するべきだと思うんだ。これから先、赤亜種までとは言わないけどホブゴブリンとかだって普通にわんさか出てくる階層になるだろうしね」


「そうかもしれないが………分かった。じゃあ……ありがたく使わせてもらうよ。感謝する。」


ミナトは安心したようにうなずく。


「うん、それが一番だと思う。ギルドに戻ったら鑑定してもらおう。」


「おそらく虚空断裂葬こくうだんれつそうのスキルが付与されてるわね」


リアが腕を組んで自信満々に解析する。


「……そっか」


風が草原を揺らし、

大剣の赤い紋様が夕光を受けて静かに揺れた。


ミナトがふいに宝箱に視線を移したとき、底で赤く脈打つ光に気づいた。


「……あれ?これ……」


拾い上げた瞬間、掌に赤い球体がころりと転がる。

淡い脈動が、ミナトの指先を照らした。


「……これ……魔核……?こんな……本当に出るんだ……」


ライアンが覗き込み、低く言った。


「……ああ、間違いない。まさか1体のモンスターから同時に2つもドロップするなんてな」


ダンジョンに巣食う魔物は、例外なく“魔核”を宿している。

しかし、それが形となって外へ現れることは極めて稀だ。

街では金貨で取引され、魔術師や鍛冶師が喉から手が出るほど欲しがる代物だ。

そして今回は亜種の魔核である。


ミナトの掌で赤い球体が脈を打った瞬間——リアの身体がびくんと震えた。


「……っ……!!ちょ、ちょっと待って……なに、その光……!」


風もないのに、

彼女の髪がふわりと揺れる。

リアは吸い寄せられるように屈み込み、瞳を大きく見開く。


「うそ……これ……“始源感応核しげんかんのうかく”の相……!」


ミナトが固まる。


「しげん……?え、それって何の話……?」


リアは聞いていない。


「見て……この赤脈……ただの魔物の残滓じゃない……“異界律”に触れた痕……っ!!この震え……止まらない……!!」


ライアンが眉をひそめる。


「異界律? そんな言葉、聞いたことないぞ」


リアはさらに深く世界へ沈んでいく。


「この脈動……!封じられた“原初の魂帯こんたい”が……眠りから呼び戻されて——」


ミナトが小声で囁く。


「……あれ全部、リアの妄想だよね?」


ライアンも小声で返す。


「……間違いないな」


リアは赤光にうっとりと息を漏らし、

自分の世界へ完全に浸り込んでいた。


「……あぁ……これは……“呼応結晶こおうけっしょう”……いえ、“彼方結びのかなたむすびのかく”かもしれない…!!それくらい……澄んでる……!」


ミナトがそっと手を引こうとすると、

リアは止めるでもなく、静かに呟いた。


「……待って……もう少し……“語ってる”……気配がするの……」


ライアンがぼそっと言う。


「語る……核が語るのか……?」


ミナトは苦笑した。


「リアには聞こえるんだよ、多分」


リアは儚く微笑みながら言った。


「……この子……“行きたい場所”がある……。気配が……ふふ……綺麗……」


その声音は、まるで本当に何かを聞き取っているかのようだった。

三人はしばらく、赤い光の余韻が消えるのを黙って見つめていた。


「リア、満足した?」


「うん」


「……とりあえず、魔核はポーチにしまっておこう。ここでゆっくり眺めてたら……また何か来るかもしれないし」


ミナトはそっと魔核をポーチにしまう。

そして、魔核の代わりにポーチから青白い石を取り出した。


「……よし。そろそろ帰ろうか。今日はもう十分だよね」


リアも同じように帰還石を取り出し、当然のように杖の先で軽く叩いた。


「帰還式は……もういいわよね?わたし、魔力もうギリギリなんだから……早く帰りたいの」


しかし——


隣でライアンだけが、妙に静かだった。


「……ん?」


ミナトが気づいて問いかける。


「ライアンは……帰還石、出さないの?」


ライアンは目をそらし、ほんの少しだけ申し訳なさそうに言った。


「……俺、持ってない」


ミナトとリアの動きが止まった。


「え……?」


ライアンは淡々と続けた。


「帰還石、毎回買ってたら金がもったいないだろ。だからいつも……死んで戻ってた」


「いや......いやいやいやちょっと待って!?!?」


リアが叫び、杖を落としそうになる。


「し、死んで……!?帰るたびに……!?あんた正気なの!?」


ライアンは腕を組み、ほんの少しだけ気まずそうにしている。


「死ぬのは慣れてる。金もかからん。だったらその分、飯を食ったほうがいいだろ」


リアは頭を抱えた。


「……信じられない……!帰還石数枚より命のほうが価値あるでしょ……!?いや、命っていうか……なんていうか……!!精神がどうかしてるのよ……!」


ミナトはぽかんとしたまま、ライアンの横顔を見つめた。


(……毎回、死んで戻ってたなんて……本気で……怖くなかったのか……?僕には到底真似できない……すごいよ、ライアン)


心の奥で、静かに少しズレた尊敬の感情が芽生えていた。

ライアンはそっぽを向いたまま短く言う。


「……飯のほうが大事だろ」


リアは呆れたままため息をつき、ポーチをごそごそと漁る。


「……はぁもう……仕方ないわね……。ほら」


小さな帰還石を、ライアンの胸元へぽんと押し付けた。


「保険で持ってただけよ。三つあるうちの一つくらい、あげるわ。私が死に戻りなんて絶対イヤだもの」


ライアンは固まった。


「……いや、でも……タダで貰うのは悪い。これ、高いだろ……?」


帰還石は1つ銀貨3枚である。


「いいから受け取りなさい。今あなたがここで死ぬほうがよっぽど問題よ」


リアが強めの口調で言うと、ライアンは小さく溜息をついて受け取った。


「……借りだな」


「帰ったら何か奢ってもらうわ」


リアはそう言い、満足そうに頷いた。

ミナトは微笑みながら、三人を見渡す。


「じゃあ……帰ろっか」


ライアンは帰還石を見つめながら

ほんの少しだけ渋い顔をした。


「……便利すぎるんだよな、これ。1個でまんぷく亭のコースが……」


リアは目を細める。


「使え。今使え。ここで出し惜しみしたら本気で怒るわよ」


「……わかったよ」


三つの帰還石が同時に光を放つ。

ミナトは深く息を吸い——

三人は同時に石を握り締めた。


青白い光が草原を満たし、

三人の姿は瞬く間に街へと戻っていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ