~セージュの場合2~
めずらしく王城へ呼び出され、お父様と対面する。
年に数回しかお会いしないが、いつ見ても自分の父親とは思えない、貫禄のあるお姿だ。
今日は従者を1人のみを連れていて、護衛の姿は見えない。
呼び出されたのは私だけでなく、同じ歳の姉、リネもだった。
リネは異母兄弟の中では一番仲良しだ。
仲良くしているという点では、我が弟よりも上かもしれない。
弟クラースは反抗期真っ只中だ。
そこまでつらつら考えていたら、お父様がいつもより優しい声で話始めた。
「まもなく2人とも成人となるが、今後のことについて話したい」
初めて言われた成人後のこと。
長女ディアナは軍へ。
次女カレンは、里帰りするためには別の国を挟まなければならない遠い国へ嫁入りした。
因みに王族としては珍しく、恋愛結婚だ。
すったもんだはあったらしいが昨年、無事に輿入れした。
相手が正妃が産んだ王子(3番目)とのことで、結婚を機に臣籍降下し、公爵として新しい家を立ち上げたらしい。
下にも山ほど弟妹がいるそうだが、彼らは側妃の子とのことで、いずれは王太子の助けとなるべく様々な分野に進むらしい。
「らしい」なのは、人伝に聞いただけで、裏取りはしていないからだ。
年に2,3回しか会わなかった人に興味はない。
閑話休題。
リネが話し出す。
「希望を聞いていただけるのですか」
「今すぐにどうにかしなければならないことはないからな。その通りにはならないかもしれないが、希望があれば聞こう」
「急に言われても何も出ません」
「私は冒険者になりたいです!」
リネは何も無いというが、私にはずっと夢にみていたことがある。
「冒険者か。そうか」
お父様は少し驚いた様な顔をして頷いている。
「ディアナは騎士で、セージュは冒険者か。アセックの娘たちは勇ましいな」
アセックはお母様の名前だ。
お母様も昔はお転婆だったと聞く。
お母様とは週に1度、晩餐を共にするけれど、それ以外ではお会いすることはない。
晩餐の席では、きちんとドレスを着こなして、優雅な立ち居振る舞いをされてるため、お転婆だった面影はない。
・・・お母様が小さい頃なんて、40年近く前の話だから、そんなものかもしれない。
「して、冒険者について、どのくらい知っている?」
少しまじめな顔で、問うてくるお父様。
私は、知っている範囲で話していく。
ランクはF~SSまで、ランクアップには条件があること、仕事内容、そして。
「すべてが自己責任。依頼を受けるも、断るも、そして死んだとしても」
そう言った途端、お父様の目がスッと細められた。
「そうか」
「ですから、例え王族からの依頼だったとしても、断る権利がある。ただ一つの例外を除いて」
この場にいないはずの声が聞こえ、ハッとして、声のした方を見やる。
「その例外は何かしら、セージュ」
お母様だった。
いつもよりやや厳しい表情で、硬い声質で、問われる。
「・・・ギルドからの緊急依頼です。お母様」
「そう、良く調べているわね」
少し表情を和らげ、お母様はお父様を見る。
「許可もなく入室しましたこと、発言いたしましたことをお詫びいたします」
優雅にカーテシーをしたお母様を、お父様は驚いた表情から、嬉しそうな表情に変え、首を振る。
「良い。入れて良いと兵に伝えていたのは私だ。来るだろうと思っていた」
お母様はそのまま、さらに言葉を重ねた。
「無礼は承知ですが、私の過去を、セージュと陛下に、お話させていただけないでしょうか」
この言葉に、お父様は訝しげな顔をされる。
「まずは、顔を上げよ。私はお前の過去を知っているが、それでも話したいことがあると?」
ゆっくり、カーテシーを解き、お母様はしっかりと、お父様を見て頷いた。
「はい、陛下にも、聞いて頂きたく存じます」
部屋にはお父様とお母様、そして私だけが残った。
最後まで、お父様の侍従は渋ったが、命令であればと下がっていった。
扉のすぐ前にはいるだろうけど。
1室に3人だけなんて、初めてのことである。
ソファにそれぞれ座って、目の前には紅茶が湯気を立てて置かれている。
「では、話してくれ」
お父様がそういうと、お母様は紅茶をゆっくり一口飲んでから、話始めた。
「言葉が乱雑になることをお許しください」
お父様にそう断ったお母様に、私は不思議な顔を向けた。
「私は元々、庶民の出なのよ」
・・・衝撃だ。
は?と声を出さなかった自分を褒めたい。
ただ、口はあんぐり開けてしまったけれど。
「小さい頃は、この国の端の、山の中の名前もない、小さな村に住んでいたわ」
そして、お母様の声だけが部屋の中に響いていく。
山の中で、食料は豊富にあって、村の中でも作物は育つし、何も不自由はなかったわ。
近隣の村も無かったし、たまに冒険者を名乗る人が来るだけで、自給自足を何十年も続けて来たような村だった。
10歳の頃、山賊に村を襲われてね。
私は知らなかったけど、国中が飢饉に見舞われた年で、賊になる人が多かったそうよ。
昼間に突然、10人くらいの男の人がやってきて、村の大人を切りつけた。
私は何が起きているのかわからなかった。
近くにいた大人が私を抱き上げて森の中に連れて行ってくれて、そのまま麓に向けて走れと言われたの。
村には火が放たれたらしくて火の手が上がっていて、大人の雄たけびの様な声が聞こえたけれど、私を連れて逃げた大人は早く行けというだけで、戻ることを許してくれなかった。
父も母も来てくれず、私は言われたとおりに走って麓に走るしかできなかった。
まっすぐ走っているつもりでも、森の中は木がたくさんあって、本当にまっすぐ走れていたかはわからない。
それでも、暗くなる前に麓の村に辿り着いて、門番に村に起きたことを話した。
その人は私を抱き上げて村長のところへ連れていき、夜だったにもかかわらず、山へ向けて兵を出してくれた。
結果、生存者は見つからなかったと言われたわ。
服装から賊と思われる男が10人倒れていて、村人は見つからなかったって。
家々は焼かれていたけれど、人はその10人だけ。
たくさんいたはずの村人は誰一人倒れておらず、忽然と姿を消した様だったと言っていたわ。
それから、5年くらいその村で暮らして、15歳のある日、真実を聞いたの。
私がシグリスト公爵の娘だってね。
その時にはシグリスト公爵が誰かなんて知らないし、身分制度もよくわかっていなかった。
その村でも、村長や兵士長といった偉い人しか伝えていないと言っていたわ。
そして、山中の村は、私を隠すためにシグリスト公爵が作った村だと知った。
村人は私を守る私兵で、入れ替わり立ち替わりで私を守って育てていたんですって。
父と母だと思っていた人は公爵家の私兵とメイドで、その二人だけ、ずっと私のそばにいてくれていたの。
今思えば、子供が私しかいない村なんて変よね。
産みの母は、公爵の愛人で、公爵自身は奥様を無くしているから不倫というわけではなかったけれど、身分的に後妻には入れなかったみたい。
私を産んだ後、肥立ちが悪くて亡くなって、政争が激しくなってきたから山奥で育てようとなって、あの村を作ったんですって。
政争が落ち着いて、陛下が皇太子となって、シグリスト公爵が私を手元に置きたいと言い出して、村長が私に話してくれたの。
でも、私には拒否権は無くて、翌日、王都へ移送されたわ。
公爵家では、重いドレスを着させられて、行儀作法やら何やらを勉強させられて、ほんとに嫌だった。
屋敷の外に出るのも許してもらえない。
豪華な部屋だったけれど、私は村での生活が恋しかった。
異母兄弟はみんな街に降りていたから、嫌がらせとかがなかったのだけが救いだったわ。
そして、18歳になったとき、私は事前に見つけていた、屋敷からの脱出口から街に出て、冒険者になったの。
村に来ていた冒険者の話を聞いて、私も冒険者になりたいと思っていたから。
冒険者は本物の冒険者だった。
ただし、Aランク以上の上級冒険者。
色々な話を聞いて、知識はあった。
だからFランクから最速でCランクになれた。
19歳になると、Bランクになることを目標に、ダンジョンに潜ることも増えた。
パーティは組まない。依頼時だけ組むこともあるが、その後は解散した。
どこから私の存在が知れるかわからない。
そう思って行動していたある日、ギルドから、呼び出しを受けたの。
登城命令だったわ。
当時は19歳でCランクなんていないから、気づかないうちに目立っていたようで、陛下にお目にかかるようにとのことだった。
突然登城なんて言われてどうしていいかわからなかったけれど、ギルドで身なりを整えさせられて、そのまま登城したのよ。
今となってはひどいと思うけれど、そんなことも考えられないほど、なすがままに登城したわ。
そしてお城について、そのまま待たされて、だんだん冷静になってふと時計が目に入ったら、ギルドに着いてから6時間も経っていて衝撃だったわ。
昼くらいにギルドに行って、ご飯も食べた記憶もなく、窓の外は夕焼け。
気が付いたらお腹が空いて、目の前にはお菓子があって。
食べながら待ったけど、それから1時間しても誰も来ないから、帰ろうと思って席を立ったら。
そこに陛下がいらっしゃった。
見たことがあるような顔だったけれど、私は誰だかわからなかった。
少なくとも、部屋にノックもせずに入ってきた男って失礼じゃない?
何ですかって、非難を込めてにらんでやったんだけど。
陛下ったら、何で行ったと思う?
「よし、嫁になれ」
って言ったのよ?
初対面の女、それも冒険者の私によ?
どう思う?
そこまで聞いて、私はお父様を見た。
「ダメな人だったんですね、お父様」
お父様はバツが悪そうな顔で、そんなことまで言わなくても・・・と言いたそうな顔で、お母様を見ていた。
「でも、お母様はそんなお父様の妃におなりです。なんで承諾されたんですか?」
不思議だった。
元冒険者というのも驚いたし、そもそもの生まれも育ちも思っていたのと違った。
でも一番は、マナーに煩いお母様が、そんなお父様の妃になっていることだ。
多分、言い方的には断ったはずなのに。
「もちろん、その場では断ったわよ。これは、一体何を言っているのだろう?と思ったわ」
「これ」
お母様がお父様を人として見ていなかったことがわかる単語だ。
「思っただけで口に出さなかったことは、今でも自分を褒めているわ」
誰かが聞いていたら不敬罪で牢屋行きだったかもしれない。
「その後、言い合いになって、陛下の従者のロマノが入ってきて止めてくれなければ、ずっと言い合っていたんじゃないかしら」
「あれはあれで楽しかったのだが」
「私は食事もせず、7時間以上も待たされたんですが」
「お菓子は食べていたではないか」
「食事とお菓子は別ものです」
あーだこーだ言い始めた2人を見て、こんな言い合いだったのだろうとちょっと微笑ましくなった。
「あの、続きをお聞きしたいのですが」
ハッとしたお母様とお父様は少し頬を染めていて、大人でもこんな顔をするんだなと、場違いなことを思った。
「ごめんなさい。では、話を続けるわね」
その後、目の前の男の人が陛下だとロマノの聞いて、青褪めたけれど、失礼なのは陛下だとロマノも認めてくれて、お咎めなくその日は帰れたの。
もちろん、嫁になれは無かったことになったと思っていたけれど、その後、ギルドに色々贈り物が届き始めてね。
ギルド長は誰からの贈り物かわかっていたでしょうけど、私は陛下だなんでこれっぽっちも気づいていなくて。
名前も無いから誰からの贈り物かわからないけど、毎日いろいろなものが増えていって、そして1週間もしたら怖くなってね。
ギルドの職員も誰からかわかっていなかったし。ギルドに行くと必ず何かを渡されるから、ギルドにも行かなくなって。
そうしたら、ギルド長から呼び出しがあって。
仕方がないから行ったら、そこで、色々聞かされたわ。
陛下には皇后はいるけれど、子供がいないこと。
皇后陛下も自身に子供ができないことに悩まれていること。
先年、第1妃となるシルフィナ様も輿入れされたけれど、懐妊の兆しはないこと。
王城では、第2妃を迎え入れる準備がなされていること。
そして、陛下が私を第2妃として望まれていること。
その時、陛下は私の素性を知っていてそんな話をしているのだと思ったけれど、そうじゃなかった。
陛下は叔父様にあたる、ドラングリア公爵の養女として迎え入れた後、後宮へ迎え入れたいとまでおっしゃっていると聞いたから。
でも私は、その時は家を出ていたとはいえ、シグリスト公爵の娘だった。
ドラングリア公爵の義娘として後宮には入れないと思った。
そもそも、陛下の妃になんてなりたくなかったし、シグリスト公爵家にも居場所がばれてしまうじゃない。
私はそれを拒否した。
あんな窮屈な生活に戻りたくはなかった。
依頼でもないのに我慢したり、一生を誰かに決められるのも嫌だったもの。
そして、その翌日。
私は前日に冒険者を辞めなかったことを後悔することになった。
お母様はそこで、お父様を見て、
「申し訳ございません」
と言って、頭を下げた。
「何を謝る」
若干、眉間に皺を寄せ、お父様はお母様を見下ろしている。
「私は、ギルドからの緊急依頼という形で、輿入れをいたしました」
話の流れから、そんな気がしていたけれど、お母様から聞くとちょっと衝撃だった。
「それがどうした」
お父様?
「まだ、市井に戻りたいと思うか」
「いいえ」
「ならば良い」
良いんですね。
冒険者は緊急依頼を断れない。
それは、どんなことでも、どんな時でも適用される。
呆然としたけれど、死ぬ以外でそれを回避することはできない。
その日のうちに王城から迎えが来て、住んでた場所を片付けて、王城に連れて来られたわ。
いつ、本当の素性を話すか、誰に話すか、悶々としていたけれど、それは杞憂に終わった。
当時、宰相だったワルン侯爵が私の素性を調べていたから、私には確認があっただけだった。
どうして屋敷から抜け出したのかは聞かれたけれど、それだけで、そのまま後宮入り。
3ヶ月後には挙式を上げて、すぐにディアナができた。
私が妊娠したと分かったときは、王宮中が大騒ぎになって、ここに来た意味はあったと思ったわ。
今でも覚えているのは、皇后陛下がそれはそれはお喜びになって、お忙しい中毎日会いに来てくださって、毎日何回も「ありがとう」とおっしゃってね。
まだ、王子とも王女ともわからなかったし、無事に生まれるともわからなかったけれど、プレッシャーから解放された様でね。
ご自分が産めなくても、私が産めることがわかったからかしらね。
とても柔らかいお顔で笑われるようになったの。
その後、少ししてから皇后陛下もご懐妊して、皇后陛下が一緒に頑張ろうと励ましてくださった。
ディアナが生まれて、3ヶ月後にはアレン殿下が生まれて、それからクラースまで9人の王子と王女が生まれた。
その中で、私も意識が変わってきて、陛下のお手伝いをしようと、そう思って今日まで来たわ。
「お母様、2つ聞いてもよろしいですか?」
話を聞く中で、どうしても聞いておきたいことができた。
「何かしら?」
「お母様は、今も冒険者ギルドに籍があるのですか?」
緊急依頼を受けて王宮に来たということは、現在も依頼中ということだ。
依頼の途中でギルドを辞める事はできないとも聞いた。
「そうね。Cランク冒険者として、ギルドには籍があるはずだわ。ただ、名前がどうなっているかはわからないけれど」
本名のアセック・トルティアか、冒険者として登録した名前なのか。
「そうなのですね。私も、お母様の様に強くなりたいです」
目標はSランクだけれど、Cランクを当座の目標にしましょう。
「もう1ついいですか?」
「どうぞ」
「いつ、公爵様に知らせたのですか?」
お母様は現在、公爵令嬢として認知されている。
つまり、シグリスト公爵の娘としてどこかのタイミングで披露されているはずだ。
「私は知らせていないの」
「・・・え?」
「誰かが調べて知らせたのでしょう。後宮に来た翌日に、公爵が来たわ」
「当然だろう。お前が来ると分かってすぐ調べさせて公爵の許可を得た。本当に叔父上の養女にしてから実はどこかのご令嬢だったとあっては面倒だ」
先に調べていなかったのは、侍従に知らせる前にギルドへ連絡をしたからだろう。
「ありがとうございました」
私の質問は終わりだ。
「陛下、私からの話は以上でございます」
「そうか」
私が冒険者になりたいって話から、お母様の昔話になったけれど、結局、私はどうなるのかしら?
「セージュ、一人で王城から出すわけにはいかぬ。少し時間が掛かるかもしれぬが、検討しよう」
「ありがとうございます!」
こうして、本日の集まりは解散となった。
トルティア皇国第4王女セージュ。
冒険者への夢が繋がりました!