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~トリスタンの場合1~

約1年の辺境業務を終え、今日、王都へ戻るための隊列に加わる。

任務は命がけだが、人が少なく過ごしやすい土地だった。

もう1年くらいいてもいいかもしれない。

ずっと過ごすには寂しい場所だけど。

「起床!」

今日はこの寮の全員が引き払うため、寝坊が出ないように寮長達が大声を張り上げている。

いつもは夜間番を気遣い、担当の寮長が起きてこない団員の部屋を回っているが、どっちが楽なのだろう。

部屋を確認して、忘れ物がないことを確認してから、荷物を持って部屋を出る。

「おはようございます」

丁度部屋の前を通りかかった団員に挨拶をしつつ、厨房へ向かう。

「おはようございます。手伝いはいりますか?」

厨房のメンバーも王都組は本日の朝番に入っていない。

手薄ではないかと覗きに来たのだ。

「ああ、トリスタンおはよう。こっちは足りているから朝飯食っちまいな」

満面の笑みで厨房長のおばちゃん(というと怒るが)が言ってくる。

その言葉通り、すでにメニューはカウンターに並んでいた。

パンに目玉焼き、ベーコンにサラダとヨーグルトは皿に盛りつけてある。

パンは好きなだけ、目玉焼きとベーコンは2枚ずつと書かれている。

サラダとヨーグルトは分けておかないと食べない者が出るから皿に盛られている。

1皿ずつ各自が取っていくスタイルだ。

パンが自由なのは、小食なのと大食漢がいるからだ。

身体が大きいのはたくさん食べるが、朝から種類豊富にたくさんのおかずが出るわけではない。

昨日の残りが出る事もあるが、基本粗食である。

パンまで制限すると暴動が起きる。

幸い、この辺境は小麦は大量に採れるから問題ないらしい。

パンの種類も3種類はあるから不満も少ないと聞いた。

「おはようございます」

厨房から挨拶をしながら食堂に入ると、すでに5人の団員がいた。

「おはよう。もう荷物を持っているのか」

上官にあたる団員がそう声を掛けてくれた。

「はい。食事が終わったら積み荷の確認に行くので」

一番下っ端というわけではないが、下から数えた方が早いのだ。

自分のやるべきことはさっさと済ませて他の団員の手伝いをしなくては。

「王都に戻れば少尉に昇進する者の発言ではないな」

「いや、責任感があるのは良い事だと思うぞ。誰かさんみたいに部下に任せっぱなしより良い」

「だから部下が育つ」

そう言って笑う上官は、5年以上も少尉を務めているらしい。

昨年中尉への昇進を打診された時には、大尉の補佐など恐れ多いと辞退したらしい。

変わった人だ。

食事を取り、上官達の近くに座れと言われたので座ると、まだ会話が続いていた。

「同期の王女様は今回隊長としていらしているのに」

「あれは特別だ。官位と尉官を最速で卒業して、左官もあっという間に駆け抜けて、空きがでれば大将まで一直線だ」

10年は経っていないと思うが、王女様が軍部に入られた話は当時国中を驚かせた。

王子様が入られることは良くあるが、王女様だ。

前代未聞で良く皇王が許したなと大人たちが話していた。

そして、兵としても一流で、何をやらせても周りから頭一つ抜きん出ていた。

王女なのに剣の腕も弓の腕も入団当初から少尉の上官より上で、料理の腕も一流とまではいかないが及第点以上の出来だったそうだ。

現在は少佐として、今回の辺境派遣部隊の隊長を務めておられる。

一昨日初めてお目にかかったが、隊員の名前を全員分覚えておられ、一人一人に声を掛けられていた。

功績があった者にはお褒めの言葉を下さり、団員の指揮は一層上がったのは言うまでもない。

今日から1週間、自分たちの隊長として、王都まで同行して下さる。

光栄だ。

「お前は王都に戻れば大尉だな。しっかり俺たちの指揮を執ってくれよ!」

そう言ってまた笑う上官に、嫌な顔をしながらも仕方のないやつ、といった雰囲気を醸し出すもう一人の上官に同感だ。

「トリスタンも最速ではないが相場より早く尉官になるんだ。先輩5官からやっかみを受けるから気をつけろよ」

「・・・はい」

久しぶりに話しかけられ、口にしていたパンを飲み込んでから返事をする。

食事の間中、2人は話続け、その間に徐々に食堂に人が増えてくる。

「そろそろ行くか」

上官2人は先に食事を終え、席を立つ。

「じゃ、また後でな」

「はい」

さっさと食事を終え、積み荷の確認に向かわなければ。




寮の前、荷馬車が3台用意されている。

40人で3台とは太っ腹だが、他の寮の団員の荷物などもあるのかもしれない。

荷台には団員の荷物と10日分の食料と飲料水が人数分積まれているはずだ。

王都まで順調に進めば7日程であるが、不測の事態を考え、10日分用意してくれているとの事だった。

「トリスタンも来たのか」

1つ年上の同僚が先にいた。

「はい。食料は把握しておかないと怖いので」

初めて遠征に行ったとき、パンがカビていて、大変な目にあったのは忘れられない。

他にも水の代わりにワイン樽が積まれていたこともある。

「食料はそっちの荷馬車だ」

一番右端にあった荷馬車に食料が積まれているらしい。

「パンと干し肉とリンゴがあったぞ」

「そうですか」

必要最低限ってところだ。

各人、個人的に食料は持っているだろうが、ベースは配給品だ。

食べられる魔物や動物が出れば良いが。

黒パンの袋と干し肉の袋。干し肉はにおいが漏れないように蜜蝋布で封をしてある。

なお、干し肉は最後の山を抜けてからしか食べられないため、量は少ない。

パンの袋が湿っていることもなく、中もカビた臭いはしない。

樽の中身も水であることを確認した。

これで、順調に行軍出来れば王都に着ける。

ほっとして、他の仕事を手伝いに向かう。

そして定刻。

我々と入れ違いで任務に付く団員の一部に見送られ、帰途についた。




隊列はほぼ順調に進み、5日目の夜を迎えた。

3日目の昼に猪の襲撃にあい、戦闘と解体のため多少遅れたが、順調な内だろう。

何事もなければ明日の夕方には最後の山を越え、野営は平地で行う予定だ。

昼間は猪の肉を焼き、通常より良い食事を取り、山中最後の夜を過ごす。

今日は最初の見張りメンバーとなった。

見張りは40人を5人ずつに分け3時間ずつ3ローテーションで分ける事になっている。

見張り以外はテントに入り、虫の音と、風と木の葉の音がするのみ。

見張り同士会話はなく、周りを警戒している。

暗闇の中、明かりは極小さな魔法灯のみ。

意識を木々の先に向けていると、ふと、何かが引っ掛かった。

と、同時に王女殿下の声が響いた。

「警戒!」

その声に、見張りだった者たちは得物を手に、上下左右視線を散らす。

その内に、テントにいた兵たちも外に飛び出してきた。

「上だ!」

頭上の木々の隙間から蛇の頭が突き出て、警戒中の同僚の頭に襲い掛かる。

噛みつかれる直前、とっさに放った剣が蛇の左目に刺さり、誰かの剣が蛇の頭部下にぶつかる。

「ギャア~~~~!!!!!」

刺さった剣と同じ方向から切られた部位から血をまき散らしながら、凄まじい声と共に横倒れる蛇。

蛇の頭に一撃を見舞ったのは王女殿下だったようだ。

血の付いた剣を手に、のたうつ蛇に冷静に近づき、剣を振り下ろすと、先ほど切れた部分と寸分違わない箇所から頭と胴が分かたれた。

襲われた者だけでなく、王女殿下以外が誰も動けないまま、戦闘は終了した。

シンッとした耳の痛くなるような静寂の中、ブンッという音がして、ハッと我に返った者たちは、王女殿下を見つめる。

「怪我をしたものはあるか」

王女殿下が発した音の意味を理解できないまま、数瞬が過ぎる。

けが、怪我。

意味を理解して、周りを見渡すと、襲われた者が尻餅をついているだけで、他の者は呆然と立っているだけだ。

尻餅をついたときに擦り傷でも出来ていなければ大丈夫だろう。

「どこか怪我はされましたか?」

まだ立ち上がれていない者に声を掛け、手を差し出す。

「・・・いや、尻を打っただけで、特に怪我は無いと思う。ありがとう」

差し出した手を取って立ち上がると、手や服についた誇りを払い、頷いてる。

「問題なさそうだ」

それに頷いて、近くまで来ていた上官に目を向けると、手にしていた剣を放ってくる。

先ほど蛇に刺さった剣だった。

受け取った事を確認し、上官は王女殿下に言う。

「少佐殿、怪我人はおりません。まだ他の個体や魔獣もいるやもしれませんが、どうしましょう」

どうするとは、討伐した蛇と見回りだ。

蛇をそのままにして他の魔獣や獣を寄せ付ける事は避けたいが、まだ夜は明けない。

見回りを行うにしても暗闇では怪我や遭難の危険もある。

「6班7班は警戒を。他は全員で解体を行う」

見張りをしていた5班は解体作業に回された。

蛇の周りに魔法で明かりを灯し、解体作業を行う。

肉は食べられるし皮や牙は素材だ。

口の中には毒袋があり、これはとても貴重な薬の材料になる。

内臓も素材ではあるが、常温では王都に着くまでに腐ってしまう。

今回の隊には氷魔法が使える者がいなかったため、魔法部隊(特に治癒師)が泣きながら焼却し、穴を掘って埋めていた。

解体が終わると、2班が見張りをすることになり、8班と1班が見張り、その他は休息となった。

夜明けまで3時間強。寝られるだろうか。




翌朝、ほとんどの者が寝不足だったが、いつもより緊張感があり、進行も早くなっている隊列であった。

その甲斐あって、夕方と呼ぶには早い時間に山を抜け、当初の予定通り野営地まで進行することになった。

山を抜けたことで、ホッとしたのか、昨日までの雰囲気が戻ってくる。

周りも平原で、大物が隠れる場所はなく、山の中より警戒はしやすい。

そして夕方、野営地に着くと、テント組はテント張り、食事組は干し肉や蛇の肉を焼く事になった。

温かいスープも作るという。

山から下りたとはいえ秋も中旬。

夜間は肌寒くなるため、温かいものは嬉しい。

「この行軍も明日までだな」

上官がやってきた。

「そうですね?」

この時間、他の班のテント班の上官がなぜここにいるのか?

「テント張り終わったらちょっと顔貸せ」

上官の誘いを断るわけにはいかない。

「承知しました」

そしてほどなくテントを張り終わり、上官の元に行くと、そこには王女殿下が居られた。

「あぁ来たか」

上官が王女殿下の後ろに着くと、王女殿下が話始める。

「昨日の剣の腕、悪くなかったわ」

「ありがとうございます」

剣を投げたことだろう。

「ただ」

王女殿下の目に射抜かれたような気がした。

「判断は誤ったわね」

「は・・・」

どういうことだろうか。

「魔法士は手元に武器が無くても、魔法で身を守ることはできる。あなたはどうかしら?」

魔法士ではないため、魔法は使えない事になっている。

「体術しか使えません」

王女殿下はスッと目を細める。

「昨日の状態で、もう1体、フォレークが出たとして。フォレークではない他の魔獣や獣が出たとして。あなたは自分の身が守れなかった。仲間の命を守れても、自分の命が守れないようでは上官としてよろしくないわね」

確かにそうだ。

その場では部下が助かったとして、経験が低い者しか残らなかった場合、そこから先の行軍で全滅しかねない。

失格と言われなかっただけましだろう。

「どうして魔法士になろうと思わなかったの?」

突然言われ、思わず目を剥いてしまった。

「・・・どうしてとは、どういう意味でしょうか」

魔力があることは誰にも知られていないはずなのに。

「あなた、高い魔力を持っているわね。入団試験の時、魔力測定を行わなかったの?」

入団試験時、希望者は魔力測定を行うことができる。

魔力値が高いものは魔法士への道が開けるため、平民は大抵行う。

魔力がないものが騎士になるというのが定石だからだ。

なお、貴族は18歳になると、各家庭で行うそうだ。

「魔力測定は行っておりません。騎士になりたかったので」

「そう。では、騎士の訓練を受けながらで良いから、魔法士の訓練、魔力制御だけでも覚えなさい。あと、属性検査も行いなさい。これは上官命令ですので、拒否権はありません。王都に戻ったら手続きを行うのでそのつもりで」

「承知しました」

行って良いと言われたため、御前を辞し、テントに戻る。

とうとうばれてしまった。

魔力制御は幼いころから祖母に教わってきた。

昨日はとっさだったため、うっかり剣に魔力まとわせてしまった。

それを感じ取られてしまったのだろう。

それから、食事となり、行軍最後の夜を明かし、王都へと帰還したのだった。



トルティア皇国5官騎士トリスタン・グレノア。

それが、今の役職である。

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