離別したトーラス
「定住はまだかな?」
「もう、経済的には可能ですけど、物件が見当たりませんの。」
ひとみは、不機嫌に答えた。
「だったら、そこに住まないか?来週くらいに完成する予定なんだ。」
昴が指した先には4階建て(一部5階建て)の建物、昭和の日本の団地っぽい感じで、女性専用の一人暮らし向けのアパートにするつもり。女性が1人で暮らすのはほぼムリで、実家か、嫁ぎ先が一般的。トーラスの様に、女性だけのパーティーで生計を立てるのは極稀なケース。経済的問題に併せ、身の安全を確保するにも、男を頼る事になる。幸せな結婚ばかりではなく、仕方がなく結婚したり、パーティーメンバーと同居して、夜の相手を強要されたりするのは日常茶飯事らしい。
「あら、素敵ね。中も見せて戴ける?」
「それじゃ、私が。」
現場を見に来ていた棟梁が案内を買って出た。
1階は、馬車や馬の為の車庫と物置、2階から4階が貸間になっていて、5階は大浴場。部屋は1DK、王都の生活事情ではこれくらいで子育て世代が暮らしていても不思議じゃないので、かなり高水準と言うことになる。
「これは素晴らしい!是非お願いします!」
圭織は即決、直ぐに手続きをする勢いだったが、
「賃貸の契約は、不動産屋ですよ、私は建てただけ。」
「ああ、失礼!つい興奮して。そのフドウさんとやらはどちらに?」
「城下の商店街ですよ・・・」
棟梁は不動産屋の住所と目印を説明した。
流石にはしゃぎ過ぎたと反省する圭織に、
「それなら、あたしも、借りようかな?」
裕子は、イマイチノリが悪かった。
「何か嫌な事でも?」
「あ、そうじゃ無くてね、今までずっと4人一緒だったから淋しいなって思って。でもご近所さんよね!」
結局4人共契約することになり、不動産屋に向かった。
居住部を2階以上にする等、セキュリティに配慮しているが、トーラスメンバーが揃って住んでいるとなると、ちょっとした用心棒よりも頼れるので、更に安心になる。昴はソレを見越し、4人には半額で契約するよう手配済みだった。
「街にいる時、偶にでいいんで、この子達の先生になって貰えないか?」
団体で助けた子供達は、貧しい親が喰うに困って売ってしまった子供達で、奴隷商が襲われて闇市に売られたらしい。王都で転売して儲ける予定だったのだろう。
当然の様に読み書きは出来ず、マナーも何も分かっていない。今、施設の子を教えている先生では手が回らないだろう。4人は快諾して、
「では、自分の名前から書ける様になりましょう。」
施設の一角で授業が始まった。
土日と平日の1日位を冒険者稼業に充て、残りを施設での教育に時間を割いてしばらくたった。
元々施設で暮らしていた子も含め全員が、読み書きを覚えた頃には、貴族や、裕福な商家の養女として迎えられたり、年長者はなりたい仕事を見つけて更に勉強したり順調な日々を送っていた。後には貴族の男の子並の教養、貴族の女の子並のマナー、家事は即戦力メイド並の、Eランク冒険者に匹敵する戦力を身に付ける事になる。
ある日、城の遣いが昴を訪ねて来た。
「先ずは良い知らせです・・・」
裕子の家族を暗殺した子爵は死罪、虐待したその妻を含め一族は平民となった。圭織を陥れた中隊長は死罪、復帰を希望すれば、同じ待遇で迎えるとのこと。圭織は即答で復帰を断っていた。悪い知らせの方は、どの件も、真里の叔父の第二夫人になった元メイドの父親と名乗る男が糸を引いていて、その男は脱獄し、身重の娘と共に姿を眩ませている。娘の腹の子は、男爵の子供ではないそうだ。男は、偽名で経歴も全てデタラメ、訛りから古都・獅子領の出身と思われる。更に悪い知らせは続き、
「西都が荒れて、王弟宮まで安全が脅かされる事態です、お力をお貸し下さい。」
王都が、国土の南東寄りにある為、西方面の統治は直轄の西都が、北部を北都が担っている。それぞれの城は王弟宮と呼ばれ、西都は今の王の叔父が務めている。(因みに、着任時は前王時代なので、王弟だった)
王都の治安が良くなり、住みづらくなったアウトローの連中が新天地に西都を選んだそうだ。
昴は、全て偶々なので、また巧く行くとは限らないと断ろうとしたが、依頼とは名ばかり、実質王命。確実に効果が見込める、盗賊狩りのため、トーラスに護衛を依頼して西都に向かった。
予定通り盗賊に襲われ、予定通り返り討ち。西都に着くまでに、闇ルートの炙り出しや、黒幕の貴族も特定出来た。王都の時のリピートの様に、西都の娼館が手に入った。
「次は資金源をコッチに持って来ましょ!」
同行していた棟梁と職人達が、サクッと娼館を、リニューアル。遊女達をヒールして、高級志向で営業を始めると、王都での評判を聞いていた客が押し寄せ、王都よりハイペースで歓楽街を掌握出来た。
トーラスは、一旦王都に戻り、西都の遊女達の指導係に人気の遊女を3人、また護衛して西都に届ける。
「え?お姉さん、娼館で働いているんですか?」
裕子が驚くと、
「はい、昴様のお陰で健やかに働かせて頂いております。」
「ヒールして貰ったんだね?」
「はい、昴様がオーナーに成られてから、ヒールもそうですけど、何から何まで良くして頂いております。」
娼館に売られる事を、命懸けで抗った圭織は、その時助けてくれた昴が、娼館を経営しているとは信じられなかった。
「娼館の片棒を担ぐなんて、腹立たしいが、請けてしまったので、これは完遂しよう。西都で昴に話を聞くしか無いな。」
西都に着いたトーラスは、昴を探し、リニューアル2軒目の娼館を訪れた。
「あぁ、昴さんなら、馬車で働いてる人を集めてギルドの説明をしている筈だよ、夕方にはここに戻るよ、仮住まいにしてるから。」
淡々と話す棟梁に、
「貴女は女として、こんな仕事をして恥ずかしく無いのですか!?」
圭織が噛み付いた。
「私もね、そう思って、前の会社辞めたんだ。昴さんと会って気が変わったっていうかさ、取り敢えず、今は彼のやり方がベターだと思って協力してるんだ。良く話し合ってごらん。」
圭織は聞き耳持たず、
「ギルドで完了の報告をして北都に行こう。あそこもここと同じ様な荒れ方をしているんだ、まだここよりはましらしいが・・・」
圭織は、北都でも、返り討ちで荒稼ぎして、昴と同じ様に、世直しする事を提案、
「そして娼館を廃止する!」
ひとみは昴に挨拶だけでもしてからと言ったが、奴隷落ちの経験のある裕子と真理は、圭織の意見に賛成、多数決で会わずに旅立った。