1 駆ける隼
重くどす黒い雲は空全体に立ち込めてこの惨状を天に見せまいとしているかのようであった。
バクティン正教皇国の象徴とも云うべき’’祈りの塔’’が爆発と共に崩れ落ちるのをシェーレは彼方にある建物の屋根から望遠鏡で確認した。
崩れ落ちる塔の周辺には翼の生えた人間のような異形の物体が複数飛翔をしている。
バクティンの都は着の身着のままの民達が兵士達に先導されサラゴサ王国の侵攻から必死の避難をしている最中にあった。
望遠鏡を納めたシェーレの背後に仲間の一人が飛び降りてきた。
「皇帝と妻子は無事か。」とシェーレが問うとグアダルペは答えた。
「ヴァンダイク、ロロ、アーナンの護衛の下、南西からシュミレーに亡命させる手筈を取った。既にこの市街地から避難している。もう大丈夫だろう。」
「そうか。この地区で取り残された兵と民はまだいるか。」
「北東に避難に取り残された兵と市民およそ30名だ。行くぞ。」
シェーレがそれを聞くとすぐさま自ら立っていた建物を飛び降り、鍵縄を使って別の建物へと飛び移るとグアダルペも続いて飛び移っていった。
シェーレ、グアダルペ達が属する『隼』という組織は戦闘集団である。
侵略されんとする国々への救援と落ちた国の要人の他国への亡命を支援すること、そして残された民達の避難と守護を主な任務とする「守り」の少数精鋭の独立組織として西方大陸において名を轟かせていた。
今からおよそ3ケ月前、西方大陸の小国・サラゴサ王国が突如として隣接する国々に宣戦布告を発し、大陸全土を揺るがした。サラゴサ王国の王妃が没し、国全体が喪に服して丁度1年目の出来事であった。
サラゴサ王国は鉱脈に恵まれた地域でそこから産出される石炭と宝石の輸出によって太古より巨万の富を気づき上げていった国家であった。
その歴史上他国から攻め込まれることがほとんどで軍事的には防衛主体・永世中立を謳っていた。
そのサラゴサ王国が突然仕掛けた侵略戦争には各国首脳陣は首をかしげることしかできないでいた。
瞬く間にサラゴサ王国は周辺三か国を征服。思惑も分からぬまま西方大陸北東に位置する大国・バクティン正教皇国はサラゴサ王国の侵略を受けることと相成った。
小国と侮っていたサラゴサ王国の軍事力にバクティン国は僅か1週間の間に首都陥落寸前の窮地に立たされ、統制を失いつつあったバクティン軍部は首都に残された皇帝と市民を守らんと大陸全土を飛び回る『隼』に緊急の早文を寄こしたのであった。
喉笛を食い破られ血を噴き出すバクティン兵に後方に居た民たちは恐怖の叫びを出すしかできなかった。
「このやろう!!逃げろ!!にげっ・・・。」
そう促すバクティン兵の一人が四つ足の怪物の牙の餌食となるのを見ると他の兵士たちは立ちすくんでしまった。
化け物はうなりながら避難しようとする兵と民達をその眼で捉えている。
その背後から複数のサラゴサ兵がやってきている。
兵士達の眼は紫紺に妖しく輝いており、この薄暗い市街地の通りで不気味に鮮やかに確認ができた。
「下がれ!!」
シェーレの声が空から降ってくるように聞こえた刹那、白刃が四つ足の化け物の脳天を貫いた。
叫びをあげながら暴れる化け物に振り落とされないように剣の柄にしがみ付くシェーレは刃をグイと抉り、引き抜くとともに身を翻して鮮やかに着地をした。
「隼か!!」
兵士たちの表情に安堵と歓喜の色が見えた。
血の泡を口からこぼしながら絶命する化け物とやってきたサラゴサ兵たちをシェーレは睨みつけていた。
グアダルペはあっけに取られているバクティン兵と市民達に怒鳴りつけた。
「こっちだ!!走れ!!」
気が付いたかのように彼らはグアダルペの先導に従い走り去っていった。
(この化け物に、サラゴサ兵の異様な目つき・・・。まるで悪魔だ・・・。)
シェーレは血の付いた剣を袖で拭うと翼のように手を大きく広げ、サラゴサ兵たちににじり寄り始めた。
その姿には一人たりともここを通さんとする気迫があふれ出ていた。
敵の槍が飛んできた刹那シェーレはそれを薙ぎ払い、槍の柄を片手に掴むと持ち主の両腕を叩き斬った。
両腕を切り落とされ苦悶する敵を切り捨てるとシェーレは素早く剣を鞘に納め、奪い取った槍を振り回し、相手をどんどんと押し返していく。
束の間に双方睨み合うと、飛び込んできた敵をシェーレは一人、また一人と着実に仕留めていった。
「おおおお!!!!」と気合を出すシェーレにサラゴサ兵は堪らず恐怖で一目散に逃げだしていった。
シェーレは大きく息を吐きながら気息を整えると槍を放り出してグアダルペの後を追おうとした時だった。
残息奄々のサラゴサ兵が縋るようにシェーレの足に這い寄ってきた。
シェーレが無言で剣を引き抜き、とどめを刺そうとしたが兵士は何やら呟いているのが聞こえた。
彼を仰向けに抱えると兵士は虚空を見つめながら云った。
「お・・れは・・・なにを・・・。」
シェーレは先ほどまで妖しく輝いていた彼ら兵士の紫紺の瞳が黒い瞳へと戻っているのに気付いた。
兵士の瞳孔が開くと彼の身体がぐたりと重くなった。
シェーレは兵士の開いた両目に手をあてがい、彼の二度と目覚めぬ眠りに平穏の祈りの言葉を一言捧げた。
彼の瞳の事が引っ掛かったまま、シェーレは鍵縄を使い建物の壁を掛け上げるとグアダルペ達の後を追うためこの惨状の市街地をまさしく隼が飛ぶように駆けていった。




