1:祖母の家と黒猫
地方にある小さな町、そのはずれにある一軒の家。家の裏には大きな山がそびえる。山も含めたここ一帯が祖母の所有する土地だ。
「久しぶりに来たけど変わらないな」
懐かしさを感じながら早速家の中へと入る。
話は数週間前に遡る。
祖母が亡くなり葬儀に参加した遠野ハジメ。葬儀が終わり帰ろうとしたところ親族の会合に呼ばれた。
おそらく相続関係の話し合いだろう。そんな場に自分が何故呼ばれるのだろう。
祖母とはここ数年会っておらず、やりとりも特にしていない。疑問に思いながら向かうと自分が話の当事者と知る。
祖母は遺言状を残しており、その内容は遺産を全て孫の遠野ハジメに譲ると記載されていた。
この遺言状は内容はおろか存在自体、親族誰一人知らなかった。もちろん当事者であるハジメも寝耳に水だ。
そもそもハジメと祖母は特別仲が良かった記憶はない。にも関わらず直々に指名されていた。
このことについて問い詰められるがむしろハジメもその理由を知りたい位だ。
最終的にこの話は一度持ち帰ることになり、後日また改めて話し合うことになった。
祖母との思い出はあまり多くない。小さい頃は長い休みの度に遊びに行っていた記憶があるが普通だったと思う。
そういえば祖母の家によくいた黒猫は元気だろうか。
不思議な黒猫だったな。堂々と家の中をうろうろしていたのに皆黒猫が存在しないかのように過ごしていた。
一度黒猫のことを両親に確認したことがあったが真面目に取り合ってくれなかった。
唯一祖母には見えていたようで黒猫と一緒にいるところを度々見かけたが、そのことについて聞くことは最後までなかった。
祖母の家にいる間、ハジメは山遊びなどに出ていることが多かったので祖母と話すことはほとんどなかった。
黒猫とは外で見かけた時に一緒に遊んだ記憶がある。家では家族の目があるのでなるべく避けるようにしていた。家の中では黒猫は祖母とよくいることが多かったこともあるが。
他の家族には見えない黒猫。もしかしてそれが関係しているのだろうか。
葬儀の後、祖母の家に行った親族が不気味な体験をしたらしい。黒い影が家の中を彷徨っているという。
おそらくその影の正体は黒猫だろうとハジメは思った。しかし祖母とハジメ以外には全く見えなかったはずなのに何故今になって認識できるようになったのか。
祖母が亡くなったからだろうか?
そんな話があった数日後。祖母の遺産相続について再び集まることに。
全員例の噂を聞いているのだろう。空気が重い。そんな中始まった話し合いだが前回とは様子が違っていた。
相続については遺言状通りハジメに任せようという流れになっていた。
まぁ曰く付きの物件など欲しい物好きなどいない。
しかしハジメは乗り気だった。両親には反対されたが説得するつもりだ。
祖母がわざわざハジメを指名したのだ。何か理由があるのだろう。それに影があの黒猫ならハジメを害することはないと思う。
そうして遺言状通りハジメが遺産を相続する方向で話はまとまった。
それから数日後、ハジメは祖母の家へ下見にやってきた。
外観は昔遊びに来たまま何も変わっていないようだ。
早速家の中に入る。特に変わったところは見当たらない。
話によると黒い影は家の中にいるらしい。
影の正体が黒猫ならおそらくいつものところにいるはず。
祖母の部屋に入る。和室の中央にはこたつが残されていた。祖母が亡くなったのは冬の終わり。掃除はされていたが室内はそのままの状態になっていた。
このこたつの中が黒猫のお気に入りの場所だった。
早速こたつの中を覗き込む。
「クロ、いる?」
黒猫の名前はクロ。祖母がそう呼んでいたのでハジメもそう呼んでいる。
「ん、誰?」
こたつの中から少女の声が返ってくる。
「え?」
中にいたのは猫ではなく丸くなって寝ていた少女だった。