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第5話 謎

 ここに一人黙々と13年前の捜査資料を睨んでいる男がいる。

 しかし、あまり状況は芳しくないようだ。

 13年前にあった事件で清水の印象に残っているのはやはり二つしかない。

 爆弾魔の事件と無差別連続殺人事件。

 前者の事件の犯人は未だに逮捕されていない。

 後者の事件の犯人は事件発生から一年ほどで逮捕されている。

 証拠も揃っており、後は裁判を待つだけの時に犯人は留置所で服毒自殺をした。

 トイフェルの言う誤認逮捕云々の事件とは違うだろう。

 苦戦しているのか、右手で前髪をかきあげて、ただでさえ怖い顔がより凶悪になっている。


 ああクソ、わかんねえ。

 何かを見落としている。

 そんな気がするが、何回資料を見返してもわからん。

 何だ、どの事件だ、一体俺は何を見落としてる…。


「よお清水、精が出るな。例のトイフェルとかいうテロリストの一件か?」


「本田さん!?何でこんなとこに?」


「何だ、昔世話になった先輩が来たっていうのにその面は?」


「いやなんて言うか…。13年前の事件の資料見返して、何か見落としてる気がしたんです。それが何かわかんなくて考えてたら本田さんが急に来て何が何だか」


 悪戦苦闘中の清水に声を掛けたのは本田(ほんだ)道信(みちのぶ)、54歳。

 昔は清水の上司だった男だ。

 ここ数年は一切のやり取りをしていなかったのもあり、清水はかなり驚いた顔をしている。

 少しして落ち着きを取り戻したのか本田に心当たりはないか確認する。


「ちなみに本田さんは何か心当たりあります?」


「13年前の事件か…」


 本田は目を瞑り何かを熟考している様子を見せる。

 清水は黙って本田の答えを待つ。


「ある」


「やっぱりないで…ってあるんですか?」


「ああ。捜査に関わっていないおまえでもよく知っている事件だよ。無差別連続殺人事件。恐らくこれで間違いないだろう」


「いや、その事件は証拠もしっかり揃っている。どこにもおかしな点はないですよ」


「おまえにはあの事件の真相がそう見えるのか?」


 本田のあまりの威圧感に清水は思わず息を呑む。



 13年前に起こった無差別連続殺人事件。

 当時、名古屋市のあるマンションに住んでいた母娘(おやこ)二人が殺害された事から始まった。

 この時、現場には犯人が二人の殺害に使用したと思われる凶器のナイフが残されていた。

 その後に起きる他の殺人事件でも同様の凶器のナイフが残されており、警察は同一犯の犯行として捜査を進めていた。

 被害者にはこれといって共通点はなく、完全な無差別殺人。

 しかし、犯人の手掛かりはあった。

 最初の事件を始め、全ての事件発生直前、監視カメラに全く同じ背格好、服装の人物が映っていた。

 警察はこの人物の特定すると、当時のアリバイを確認。

 事件のあった日は必ず仕事を休んでおり、会社の同僚からは普段は絶対に仕事を休まない人と証言されている。

 凶器のナイフに付着していた指紋と容疑者の指紋が一致した為、警察は犯人逮捕に踏切った。

 事件発生から解決まで1年近いの月日が経ち、その間被害者の数は17人にも及んだ。






 時刻は昼過ぎ、ここにも一人悪戦苦闘している男がいる。

 直属の上司である清水にウイルスの出処を探っている日下部は何から調べればいいのかわからずにいた。

 そもそもノーヒントで探るのは無理がある。

 取っ掛かりを掴めず、苦戦しているところに救いの手が差し伸べられる。


「日下部さんこれ、これ見てください」


「え、葵さん!?何でここにというより、これ何ですか?」


「ウイルスに関する事で気になる点があったので、昨日帰った後も個人的に調べてたんです。それを簡単にまとめた報告書です」


 日下部はこういう報告はまず清水に行うべきと思いつつも葵の作った報告書に目を通す。

 そこには気になる記述があった。


 名古屋総合医科大学の教授で細菌学を研究している重松(しげまつ)猪埜介(いいのすけ)の論文に記述されている内容とウイルスに共通点がある。

 つまり、ウイルスは重松教授の論文を参考に作られた可能性があるのではないか。

 その為、一度重松教授にお話を伺うべきなのでは。


「なるほど。自分はあまり細菌学とか詳しくないから詳しい事までは理解できないけど、言いたい事は理解したよ」


「直ぐにでも重松教授にお話を伺うべきです。本当は清水さんにこれをお見せしようと思ったんですけど、どこにも見当たらなくて…」


「清水さんならきっと過去の捜査資料を見返してると思うよ。とりあえず、清水さんには自分から電話で今からこの事伝えるね。葵さん、清水さんの連絡先知らないしね」


「はい。すみません、お願いします」







 本田が去り際に言い残した言葉が気になって、集中力に欠ける清水。


『おまえになら安心して後のこと全てを任せられる。これで()()()()できる』


 清水には本田のこの言葉が何か意味深に聞こえたのだ。

 後輩を信頼している先輩としての本心とも取れるが、もっとそれとは違う意味が隠されているような気がしている。

 本田との会話から謎が解けたようで深まった。


 本田さんは一体何をどこまで知っているんだ。

 あの人は何かとんでもない秘密を知っている気がする。

 何でそれを教えてくれない。

 自力でそこまで辿り着けって事か?

 いや、この状況でそんな事するような人じゃない。

 俺には言えない訳でもあるのか。


 ブーブーブー


「電話?日下部からか」


 思考の海に入りかけていた所に日下部から電話がくる。

 日下部からの電話に出る清水。

 そして葵の報告書に書かれている内容を聞く。


『なるほどな。わかった。俺は今、資料室にいるからおまえたち二人も来い。俺からも共有したい情報がある。その後、三人で重松教授に話を聞きに行く』


『了解いたしました』


 本田から得た情報。

 トイフェルの言う13年前の事件とは何か。

 少しずつではあるが、13年前の事件について見え隠れし始めていた。

 二人を待つ間に重松教授に話を伺う為のアポ取りをする為に、名古屋総合医科大学に電話をする。

 大学側から重松教授に直接繋いでもらい、清水は今から話を伺いに行くと約束を取り付ける。

 その後、二人が資料室にやって来ると清水はすぐに葵と連絡先を交換し、葵が用意した報告書に目を通す。


「次からは日下部じゃなくて俺に連絡しろ。今回は俺の落ち度だから気にしなくていい」


「はい」


「今から名古屋総合医科大学に行って、重松教授に話を伺う。葵がまとめてくれた報告書の内容の確認もだが、ウイルスの出処に心当たりがないか等を含めて気かないといけない事はたくさんあるからな」


「「了解いたしました」」







 名古屋総合医科大学に到着し、足早に重松教授の研修室まで向かう三人。

 研修室の前に着くと清水が早速ドアをノックする。

 研修室の中から重松教授が出てくる。


「先ほど連絡した愛知県警の清水です。話を伺いたいのですが、いいですか?」


「もちろんですよ。何でも聞いてください。それとこんな所で立ち話も何ですからどうぞ中へお入りください」


「失礼します」


 清水の後に続き、日下部と葵も重松教授の研修室の中に入る。

 三人は重松教授に勧められてソファーに座る。

 その対面には椅子に座った重松教授がいる。


「早速で申し訳ないのですが、幾つか質問を。まず、今回のテロで使用されたウイルスについて心当たりはありますか?」


「それについては一般に公開されている情報が少なすぎるね。私としても捜査には全面的に協力したいが、情報がないと答えようがない」


 重松教授の言う事はもっともだ。

 今、ウイルスに関して一般に公開されている情報はトイフェルが明かしたウイルスの効果くらい。

 他には未知のウイルスであること。

 これらの情報しかない状態で心当たりを聞かれても答えれる人はいないだろう。


「すみません、失念していました。今回使用されたウイルスと重松教授の論文にある記述で共通点が発見されています。具体的には…」


「なるほど。それで私の所まで話を聞きに来たのか。せっかく来てもらったのに申し訳ないが、心当たりはない。そもそも大学教授の論文など誰でも閲覧しようと思えばできる。これがどこかの研究機関とかだったら話が変わってくるがね」


 大学教授の論文はネットで簡単に閲覧しようと思えばできる。

 重松教授の言う通り、どこかの研究機関の研究資料なら情報漏洩の線から何かわかるかもしれないが、大学教授の論文となると流石に厳しい。


「では違う質問を。名古屋駅や中部国際空港にどうやってウイルスをばらまいたと考えますか?」


「私個人の主観でよければお答えしましょう。その前に一つお聞きしたいことがあります」


 清水はその言葉に黙って首を縦に振る。

 その目は答えられる範囲なら何でも答えると告げていた。


「名古屋駅と中部国際空港ともにその場にいた人は全員ウイルスに感染したという認識でよろしいですか?例えば、特定の場所にいた何人かは奇跡的に巻き込まれずに済んだとか」


「俺が把握している限りでは一人の例外もなく、全員ウイルスに感染し、意識不明の状態だ」


「その話が事実ならウイルスは事前に至る所に仕込まれていた事になりますね。だとするとアンプルなどを用いてばらまいたと考えるのが自然ですかね」


「中部国際空港からは大量のアンプルが発見されたが、名古屋駅からは一つも発見されていない。その代わりに焦げ痕が大量に発見されたが、ゲートタワーの上層階に行けば行くほど焦げ痕は発見されなかった」


「?それはまたおかしな話ですね。その名古屋駅で発見された焦げ痕は何なのかよくわかりませんが、焦げ痕がウイルスと関係しているならウイルス自体は煙に近い性質を持っていると考えられますね」


「煙に近い性質?…そうか!空気より軽いから上に昇るという事か」


 ウイルスは煙に近い性質を持っている。

 つまり、空気より軽く、天井付近に集まる。

 焦げ痕がウイルスと関係あるとした場合、名古屋駅で上層階に焦げ痕が無かったのは、そもそも上層階にウイルスをばらまかなくても、自然と下の階からウイルスが昇ってくる事を想定していたと考える事ができる。

 万が一上層階でウイルスが蔓延しなかったとしても、トイフェルからすると感染者の数が少し減るだけで特に問題はないだろう。

 そう考えると説明はつく。

 名古屋駅の焦げ痕が何なのかという説明はつかないが。

 それに中部国際空港ではアンプルを使った理由もわかっていない。

 この2カ所でのやり口が違う事に何か意味はあるのだろうか。

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