第3話 違和感
7月27日午前11時頃に愛知県の名古屋駅と中部国際空港の2カ所でバイオテロが発生した。
そのおかげで県警は大忙し。
バイオテロのおかげで忙しくなった一人、清水律、39歳。
律という女っぽい名前だが、清水は男だ。
子供の頃はよくいじられたが今となっては遠い過去の話だ。
どういう訳か若い連中が清水の顔を見ると怖がる。
清水顔は名前に似つかずとても怖い。
そんな清水は今二人の部下を待っているが、全然来ない。
どうなっているのか。
「すみません、清水さん。遅くなりました」
「すみません。私の準備が全然終わらなくて…」
遅れてやって来た部下の一人、男の方は日下部辰也28歳。
爽やかイケメンって若い女性陣から人気だ。
まだ若い分経験不足だが、経験さえ積めば将来は立派な刑事になってるだろう。
今はまだまだだが。
もう一人の言い訳をし始めた女の方は葵日向24歳。
茶髪のショートヘアでおっとりした雰囲気がある。
そしてかなり変わった苗字をしている。
葵はなんて言えばいいのか。
ちょっと気になっている、清水が個人的に。
だから今回、日下部と二人で行う予定だった捜査に同伴させる事にした。
「葵、言い訳はしなくていい。時間が押してる。さっさと移動するぞ」
「は、はい。わかりました、すみません」
「それで清水さん、どこに行くんですか?」
「とりあえず名古屋駅だ」
とりあえずと清水が言ったのはその後中部国際空港の方にも行くつもりだからだ。
清水は車を運転しながら日下部と葵の二人に今感じている違和感について伝えた。
ウイルスの効果を伝えたこと
そしてウイルスの効果が中途半端。
意図的に警察を挑発していること。
「まだ判断材料が足りないから憶測の域を出ないと思います。もう少し情報が欲しいですね」
「考えすぎじゃないですか?トイフェルとか名乗ってるテロリストもそこまで考えてないと思いますよ」
二人の反応はそれぞれ違ったが、どちらとも清水の考えを少し否定気味だ。
「あのぉ清水さん。一つだけ伺ってもいいですか?」
「何だ?葵」
「何で名古屋駅に向かうんですか?既に駅内部の捜査は終わっていて、捜査資料もありますけど・・・」
車の後部座席に座っている葵が恐る恐るといった感じで質問する。
「あ、それ、自分も気になっていたんですよ。いつにも増して清水さんの顔が怖くてずっと聞けなかったんですよ」
日下部はまるで葵が聞いてくれて助かったと言わんばかりの雰囲気があるがこれは清水の気のせいだろう。
「日下部も笑えない冗談が言えるようになったのか!感心感心。それで葵の質問の答えだが、ただの勘だ。刑事としてのな」
「えっ、勘ですか?」
「そうだ。名古屋駅には何かある。俺たちはそれを見落としている。そんな気がしてしょうがねえんだよ。だから直接俺自身の目で見て確認する」
葵は清水の言葉に何とも言えない雰囲気を出している。
日下部はいつも通りといった感じがあるが、どこか葵に同情している。
「やっと名古屋駅に着いたか。よし、中の捜査を始めるぞ。とりあえず、二人とも俺に着いてこい」
「「わかりました」」
日下部はいつも通りといった感じだが、清水と初めて組む葵は渋々といった感じで着いて来ている。
それを確認しつつ、清水はどこから調べるか考えていた。
名古屋駅はかなり広い。
三人で調べるのは流石に無理がある。
だがら焦臭い場所を調べればいいだけの話だ。
清水たち三人がまず最初に向かったのはトイレだった。
「よし、じゃあ早速入るか」
「ちょっと待ってください!清水さん、どこに入ろうとしているんですか?」
「ん?トイレだよ。見ればわかるだろ」
何故か清水はトイレに入ろうとしたところで葵に止められた。
「そっちは女子トイレです!清水さんはあっちの男子トイレ!」
「男子トイレに用はねえ!用があるのはこっち女子トイレの方だ」
「清水さんがそんな変態だったなんて」
「ん?変態?っておまえ何勘違いしてやがる!俺はなここの女子トイレに何かあるとふんでだな」
どうやら葵はとんでもない勘違いをしている。
いくら清水でも女子トイレに好き好んで入る変態じゃない。
捜査の為に仕方なくだ。
それにここの女子トイレには何かあると清水の刑事としての勘が訴えてくる。
「なら、私が一人で!確認してきます!清水さんはそこで日下部さんと一緒に待っていてください!」
「ダメだ!おまえ一人には任せられん」
「そうまでして女子トイレに入りたいんですか?最低です!!」
「だからさっきも言っただろ。ここの女子トイレには何かあるって!」
この強情な葵をどうやって説得しようか考えていたら日下部が仲裁に入ってきた。
「清水さんも葵さんもいい加減にしてください。葵さん、いいですか。信じられないと思いますが、清水さんの勘はよく当たるんです。ここは三人で中を調べましょう。現在、名古屋駅は封鎖さていて、どうせ中には誰もいません。通常時ならともかく、今は非常時で且つ捜査中です。清水さんみたいに怖い顔の人が入っても大丈夫ですよ」
何故だか微妙にフォローになっていない気がするが、、日下部の言葉に葵は何も反論できないようだ。
一悶着あったが、三人でここの女子トイレを調べることになり、中に入った。
中に入った瞬間、清水は自分の目を疑った。
そこは異様な空間とかしていて、床一面に焦げ痕が残っていた。
壁や天井には一切の焦げ痕が見当たらない。
「ここで何があったんですかね?」
「火事じゃないですよね?さすがに」
「まあ普通に考えたら今回のバイオテロと何かしらの関係があるんだろうが・・・」
この床一面の焦げ痕と今回のバイオテロは必ず関係がある。
それは間違いなく断言できる。
問題なのは・・・。
「でも自分が見た捜査資料にはこんな情報どこにも載ってませんでしたよ」
「私も見覚えないです」
「こりゃあ一度、頭数を用意して名古屋駅の再捜査をする必要があるな」
その後、愛知県警は数千人規模で人員を導入して名古屋駅の再捜査を行った。
その結果、名古屋駅の地上部分のゴミ箱の中、一部トイレ等から焦げ痕が発見された。
しかし、ゲートタワーモールの上層階からは焦げ痕があまり発見されなかった。
発見された焦げ痕も小さな染みのようなものばかり。
また、同時に中部国際空港でも大規模な再捜査が行われようとしたが、ここで捜査資料が改竄されている事が発覚する。
中部国際空港の捜査では謎のアンプルが大量にゴミ箱の中など人目のつかない場所から発見されていた。
捜査担当者は捜査資料に記載したはずなのに、改めて確認した記載されていない事を証言した。
詳しく調べた結果、愛知県警のデータベースに外部から不正アクセスされていた痕跡があった。
どういうことだ。
何で名古屋駅からは焦げ痕が見つかったが、アンプルは見つかっていない。
逆に中部国際空港からはアンプルは見つかったが、焦げ痕は見つかっていない。
「クッソ、全然わかんねえ!」
「これってもしかして名古屋駅と中部国際空港の2カ所で起きたバイオテロは全く別のテロリストの仕業って事ですかね?」
「いや、それはない。この二カ所で使用されたウイルスは全くの同種。ちゃんと検査結果が出てる」
「ですよね。あ、でもそれすらもこちらの所有しているデータが改竄されているとか」
「それはない。さっき直接電話して確認した」
データを信用できないとわかった瞬間に清水はこの検査結果を提供してくれた病院に確認の電話をした。
勿論、周りに誰もいない一人の時にだ。
今ここにいるのは清水と日下部の二人だけ。
葵はこの後外せない用事があるとかで帰った。
「清水さん、いつの間に電話したんですか?自分全然気づかなかったです」
「さっき一人になった時にな。それより日下部、おまえに一つ調べてほしい事がある。ウイルスの出所だ。ウイルスの解析データなら一応ある。わからない所だらけでお手上げ状態らしいがな」
「了解しました」
「それと今回の件について、おまえの考えを聞かせろ」
「自分の考えですか?そうですね。自分は名古屋駅と中部国際空港の違いは操作を混乱させる為だと思います。正直、それ以上の狙いはないのかなと。何ていうか目的がわからないままですしね。テロが二カ所で同時に起きたのに、今のところは誰も死んでない訳ですし。人死にの出ないテロって前代未聞じゃないですか」
「まあそうだな。おまえの言う通り人死にの出ないテロは前代未聞だな。案外、トイフェルは人死にを出したくねえのかもな」
もし人を殺したくねえテロリストがいるなら顔を拝んでみたいねえと思いながら清水は盛大に笑った。
「もう6時過ぎてますし、今日はそろそろ解散にしましょう」
可憐から今日の作戦会議をここで解散しようと提案があった。
気づけば既に午後6時を少し過ぎていた。
もう3時間近く経っている事になる。
明は時間が経つのが早く感じていた。
「もうこんな時間か。じゃあ続きは明日かな」
「オッケー!明日の集合時間は私がグループにメッセージ送るね」
「了解。ありがとう」
明たち三人はさっき瑠菜の提案でメッセージアプリでグループを作った。
いつでも三人でコミュニケーションをとれる場があった方がいいとなって。
「明さんもあれのこと考えておいてくださいね」
「うん。帰ったら僕なりに考えたり、調べたりしてみるよ」
そうして一日目の僕たち三人の作戦会議は終わったのだった。
「ツヴァイ、警察側の捜査の進捗はどうだ?」
「獣並みに勘の良い刑事が一人いる。その刑事のせいでせっかく改竄した捜査資料がパアになったよ。偽装工作の為だけに無駄に頑丈なセキュリティを突破してハッキングまでしたのに」
ツヴァイは名古屋と中部国際空港の二カ所の痕跡は見つかったと情報を共有した。
不正アクセスされていた形跡も同時に見つかっている。
それと清水律という刑事には警戒が必要だとも伝える。
「つまりは中部国際空港は痕跡はともかく、名古屋駅の方も見つかったという事か?」
「早すぎますね。これでは目的を果たす前に・・・」
名古屋駅で行った清水の勘に頼った捜査でテロリストグループの計画に狂いが生じ始めた。
「ヌン、私があの刑事を始末しましょうか?」
「いや、それはダメだ。ツヴァイは引き続き自分の仕事を果たしてくれ。間違っても警察内部にスパイがいる可能性を気取られないように頼むぞ」
「わかりました」
ここでヘマしたらツヴァイが頑張って行ったデータベースへの不正アクセスが無駄になる。
あれの為に一体どれだけの時間をかけたか。
それに警察内部の動向を探れるかどうかは今後の計画に大きく影響する。
それだけじゃない。
それぞれが自分の仕事を果たせるかどうかで計画の成否が変わると言っても過言ではない。
「ヌン、どうされますか?計画を変更しますか?」
「いや、このまま進める。ツヴァイ、ドライ、アインスは計画通り頼んだぞ!」
「「「わかりました」」」
ツヴァイとドライ、アインスはそれぞれ自分の仕事を果たす為に再び行動を開始した。
そうしてこの場にはヌンただ一人だけとなった。
「清水律刑事か。厄介な相手だが、私が求めていたのはこういう刑事だ。さて清水律刑事よ、真実を見抜く眼を持つ者かどうかお手並み拝見といこうか」