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9 雪見有希「有罪ーーーーーーーーーーーッ!!!」


 夜、俺はバイト先から火法輪ひのりわと二人で帰路についた。


 制服だし補導されるかぎりぎりの時間かもしれないと思いながら歩く。



 火法輪がバイトを休んでいた間、何をしていたのかとか、他愛のない話をしながら。


 彼女は時おり何かを言いたそうな顔をしたり、目が合えばぶんぶん首を振って話題を変えたり、挙動不審だった。


 俺の中で火法輪ひのりわみおという人物は、引っ込み思案だが落ち着いてる印象があったので、今日はずっと新たな一面を見れてるようで少し不思議な気持ちだ。



 まあでも、芸能界に飛び込んだりするところもあるし、俺が色んな面に気付いてなかっただけかもしれない。


 二人の帰路の分かれ道に差し掛かったとき、露骨に歩くスピードを落とす火法輪を見て、時間も遅いし家まで送ることにした。



 しばらく火法輪の家の方向に進んでから「いいの?」と恐る恐る上目遣いで見てくる彼女は可愛らしかった。


「聞くの遅くないか」と笑いかけると彼女も笑ってくれた。





 火法輪の家近くまで来て、彼女はぎゅっと一度目を閉じてから開き、言った。



「……あの、さ。雪見はあの計屋はかりと、こ、恋人同士になったんだよね」


 やっぱりこの話をずっとしたかったのか。


「そうだな」


「……なのに全然変わらないね」


「そうか? 正直これでも結構動揺してるんだぜ」


「本当に~?」


 目で追える速さのスロー猫パンチみたいなのを繰り出してくる火法輪。


「本当だよ」


 どうしたもんかなと思ってるよ実は。


「はー、でも美人だったよね。本当に綺麗だった」


「たしかに」


 素直にそう思う。


 言われた言葉に同意したのに、火法輪はムッとしたような、泣きそうな顔をした。



「……私のこと好きって言ったのに」



「んー?」


 話が急に飛んだ。なんか聞き逃したか。


「さっき坂上さんから聞いた。歓迎会の話」


「……ああ」


 肯定の頷きを返す。


 思い出すのに少し時間がかかったが。確かに言った。


 職場のスタッフで一番誰がタイプかって話か。


 俺が思うに、あれは坂上さんが最後に店長の好きな人を聞き出したかったんだと思う。


 途中で店長は呼び出されて店に戻ったから坂上さんは残念がってたけど。




「私のこと、好きって、言ったのに」




 顔を近づけてくる火法輪。


 なぜか責められてるような形になってる。

 言ったと認めてるのに、何なんだ。


 俺は無罪だ。



「ああ言った。確か『火法輪が好きですね、いつも頑張ってて応援したくなるし性格も好感が持てるから』って」



「なっ………んっ……!?」



 火法輪はバグを起こしたロボットのようにぎこちない動きで俺に背を向けた。



「……坂上さんの嘘つき嘘つき嘘つき」



 なんか小声で聞こえる。



 機能停止した火法輪がゆっくりとマンションのエントランスに向かっていく。



 なんか中途半端な会話になってたと思い、背中に向かって声をかける。



「おやすみ火法輪。久々のバイトで疲れただろ。ゆっくり休めよ」



「……おやすみ!疲れた!送ってくれてありがとう!」




 振り向いた顔はなんかあらゆる感情が混ざってて、少し可笑しかった。


 それでも可愛いから芸能人ってすげーなと俺は思った。






 ーーーーーー☆彡






「ただいま」



 もうすっかり遅い時間になってしまった。


 妹の有希ゆきが間接照明に切り替えたリビングのソファでうたた寝をしている。

 寝息ひとつ聞こえない。


 昔から有希は死んだように眠る。


 あの人の生命力を継いでいるからなのか、とか嫌な思いがよぎる。



 すでに月下が似合う美人の片鱗を見せる妹の、髪を撫でながら胸のざわつきを鎮める。


 近くにあったタオルケットを上からそっとかけて静かに隣に座った。



「お兄ちゃんおかえり」



 起こしてしまった。



「風邪ひくぞ」



「んにゃーーーーー」



 有希が俺の身体にぐりぐりと頭をこすりつけてくる。


 本当に猫みたいだ。


 身体が温かい。安心する。



「今日は体調大丈夫だったか」



「にゃう」


 猫だ。


「俺のネット炎上は影響ないか」



 有希は猫のようにバッと起き上がり、俺に向かって両人差し指を俺に向ける。

 ビシッと音が聞こえてきそう。

 それにしても眠っていたとは思えない機敏さだ。



「そうだ!はかりちゃんが会いにきたって!?」



「なんか、親指立てたらギャグになりそうだな」



 有希は親指を立てた。

 うーん両手の銃で狙われてるみたいだ。


 俺の妹は可愛い殺し屋かも。



「それで!?」



 んーーー。単刀直入に言うか。



「計屋はかりと付き合うことになった」



「…………………」


 有希が固まっている。


「おーい」


 唇がわなわなと震えだし、俺めがけて飛び込んできた。



「どういうことーーーー!?」


 叫びながら首を絞められる。


 ぐ……。


 死ぬ。静かに目を閉じた。

 やはり俺の妹は可愛い殺し屋だった。


「……はっ!?あたしとしたことが!戻ってきてーーーお兄ちゃんーーー」


 正気を取り戻した妹に蘇生される。



「有希に殺されるなら悪くないと思ったのに」


「……もう変なこと言ってないで。今日一日の流れを詳しく教えて」


 順に話しながら思った。今日は色々あったな。


 朝教室で小浮こうきと話してたら上級生のファンに詰め寄られて、

 有希に炎上騒ぎを教えてもらって、

 学校を出たら計屋と赤森がいて、

 バイトに行ったら火法輪が復帰してて、

 バイト先に計屋と赤森が来て、


 計屋に告白されて、


「それで、分かった、付き合おうって答えた」


 有希は頭を抱えている。


 くねくねしている。



「昨日は断ったと思えば今日はOKして……それで、アイドルコンビは普通に帰ったの?」


「赤森はめちゃくちゃ動揺してたけど、計屋は軽い足取りで帰ってったよ」


 赤森はこの世の終わりみたいな顔をしていたな。


「そっか。京子ちゃんは、はかりちゃんのお世話係なんだろうね」


「あーそんな感じかも」


 通話も赤森からだったしな。


「きっとあたしみたいに頭抱えてるよ」


 遠い目をする有希。急に大人びた気がした。



「あたしはお兄ちゃんのことを知ってて、京子ちゃんははかりちゃんのことを知ってる。京子ちゃんと連絡取り合いたいな」


 教えてあげた方がいいのだろうか。


「RINEなら知ってるけど」


「あとで教えて。最低限の作戦会議は必要だと思うし」



 うんうん頷いたあと、俺のことをまっすぐ見る。


 ここからが本題だと言わんばかりに向き直り姿勢を正す有希。




「それで、別に好きでもないんでしょ。はかりちゃんのこと」



「まあな。よく知らないし」




「ハァ。想像つくけどOKした理由は?」



「……昨日の今日で会いにくる行動力があるし、計屋の目は、本当に何でもするやつの感じがしたんだよ。感覚だけどな」


 俺だけなら何ともなるけど、家まで来られたりして有希に迷惑かけたくない。


 そういえばうちの住所って特定されてるんだろうか。



「それで、受けた方が丸く収まると。お兄ちゃんの気持ちはどうなるのよ」



「すぐ飽きるだろどうせ。続かないよ。俺はただの高校生だ」



「……そうだといいけどね」



「逆に、国民的アイドルだぜ? 俺も好きになっちゃうかもしれないだろ」



「どうだか」


 鼻で笑われた。本当に思ってるのに。



「あ、そうだ。それで一緒にいた火法輪さんの反応は?」


「ん、何で。普通に一緒に帰ったけどな」


「なんか喋った?」




「普通に話してたよ。あ、最後に『私のこと好きって言ったのに』って詰められたな」




「…………言ったの?」



 なんか空気変わったな。



「本人に言ったわけじゃないぞ。歓迎会で言ったって、言った」



「なんて?」



 俺は火法輪に伝えたことをそっくりそのまま伝えた。


 大きなくりくりで可愛い目がゆっくり細められていく。


 両手が俺の首の前で構えられる。






「有罪ーーーーーーーーーーーッ!!!」





 可愛い殺し屋、再び。















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― 新着の感想 ―
[一言] 有罪と書いてギルティーと読むんだろうなぁ
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