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後編 1

「どういうことだ」


 私は立ち上がって槇の顔をまじまじと見た。その願いが叶わないから私は今から開戦する気だいうのに。槇は借りるぞと言って電話のダイヤルを回した。


「ご苦労。首相の槇です。公倉(きみくら)在史(ありふみ)親衛隊少尉を大至急総司令部の元帥室に出頭するよう伝えてください。首相官邸ではなく元帥室にですよ。お願いします」


 槇は手短にそう言って電話を切った。私と総司令部の警備を務める腕利きの中の腕利きの兵士達で編成された親衛隊の1人を槇は呼んだ。

 煙草を1本吸い終わるぐらいの時間が経って、透き通るような失礼致しますという声と共にドアがノックされた。それを私でなく槇が入れと言った。

 入ってきたのは若い青年将校だった。軍人ならではの威圧感など欠片も感じない、少年のあどけなさを残した甘い顔立ちの兵士で、真面目な顔つきをしていてもどこか微笑んでるように見える。


「公倉少尉、出頭致しました」


 彼はそう言って、軍靴をかち合わせて右手を高く掲げて敬礼をした。我々は小さく挙手をしてそれに応える。


「フミ、2日ぶりじゃないか。少し痩せたか? また背が伸びたんじゃないか? 小遣い足りてるか? ちゃんと野菜と肉バランスよく食べてるか?」


「ぼくもう19ですよ」


 私はそう言ってフミの元に近寄り、彼の両肩を叩いた。本気で叩くと骨を砕くから大幅に手加減して叩いた。

 公倉在史は私が赤ん坊の頃から面倒を見ていた兵士だ。血は繋がっていないが、私も妻も息子のように可愛がっていたし、実際一緒に暮らしていた時期もある。目どころか尿道に入れても痛くない。

 ここだけの話、フミを親衛隊にしたのはこの子が精兵だからではなく前線に行ってほしくないないからだ。私の警護部隊なら大規模な戦争が始まっても首都が前線にならない限り戦うことはない。むしろ、何かあったら私が守ってやれる。

 たた、本人は自分が優秀だから選抜されたと思ってるんだろうな……。兵士としてはフミには全く期待していない。コイツの射撃は床に撃って天井に当たる。機銃なんか絶対に触らせたくない。

 私がフミをどれだけ大切にしてるかは語る気になれば今すぐだけで5万字は言えるが、とりあえずここらへんにする。


「槇首相。お呼びでしょうか」


「別に今は誰もいないのだから父さんでいい」


「何のご用件でしょうか。槇首相」


「……」


 一応言っておくと、フミは槇の実の息子だ。ただし、親子仲は凍土の如く冷え切っている。理由は単純。槇の女癖の悪さと育児放棄だ。


「もういい加減、父親と思ってもらうのは諦めた方がよろしいかと」


 藤城が地球儀の北半球をしげしげ眺めながら呟いた。そして、小指を立てながら槇に言った。


「昔、司令官の誰かをキャバレーでもてなしてた時に酔っ払いながら私に、今コレが帝王切開中なんだが、私は『接待』中ってわけかって笑いながらつまらんこと言った時はもう怖くなりましたよ」


 槇が渋い顔で舌打ちをする。


「昔の話を蒸し返すな! だいたい医師でも看護師でもない私が行って何になる。私はその時は私の仕事を全うすることが彼女のためになると思っただけだ」


「産後のショックで死んだ在史の母親の葬式、一瞬顔だけ出してすぐ帰ったと三根岸将軍から聞きましたよ。しかも喪服着てこなかったとか」


「あのな、いつ敵が攻めてくるか分からない中、顔出すだけでも当時は大変だったんだぞ。というか別にアレは葬式じゃなく、ただ森に埋葬しただけだろう」


 と、思わず殺したくなるような弁解からもこの男の女癖の悪さが分かるだろう。

 説明してるとこっちも吐き気がしてくるから大半は省くが、槇は本人曰く子どもは好きだが育児は嫌いということで、産まれたばかりのフミを抱きもせず里子に出そうとした。鬼畜である。

 当時は私もそこまで子ども好きではなかったが、あまりに哀れなので妻と相談して私が引き取ることにした。

 槇にそれを告げたら、今後も産まれたら君に預けたらいいわけだなと言われたのだが、一周回ってあまりの汚らわしさに殴る気にもなれなかった。妻は死ぬまで槇を馬糞以下の男と思っていた。

 一応、槇もしばらくして少し悔悟したらしく、フミを食事に誘ったり、オーダーメイドの背広やワルサーの拳銃を贈ったのだが、時すでに遅しというヤツだった。以来、フミは槇を親とは一切思ってない。公倉という苗字も母方の姓だ。

 そんでもって、この最低の毒親は咳払いをして自分への糾弾に変わりつつあるこの場の流れを変えて話を切り出した。


「まぁ、在史。お前を呼んだのは他でもない。とりあえず座りなさい。紅茶でも持ってこさせるから」


「結構です。それで、ぼくに、何の、用ですか?」


 フミはそう冷ややかに文節を区切って話し、棒立ちのまま首を振って長い前髪を振り払った。槇は掌を擦り合わせながら加齢を感じる疲れた微笑を浮かべた。

 私も分かるが、歳を取ると慣れたはずの孤独が辛くなる。だから、前は突き放した肉親が妙に気になるのだ。フミからしたら迷惑でしかないだろうな。

 槇は口元は笑っているが、目は不満げに萎めて、普段不躾にズバズバ意見を物申すヤツにしては珍しく歯切れが悪く、フミから目を逸らしてか細く言った。


「その、だな。お前の婚約者のことなんだが、反対していたが、やはり私はお前の結婚を祝福したい。いや、認めたいと思う」


「はぁ」


 フミは無感情にそう返した。上官にやったら鉄拳制裁されてもおかしくない返事をフミは首相にやっている。見上げた度胸だ。私が育てただけのことはある。

 ん? 


「え? 在史お前フィアンセいるのか?」


「はい」 


 ………。


「初耳だぞ。なぜ我らに伝えなかった?」


「私事ですので、わざわざお忙しいお二方にお伝えするのも差し出がましいかと」


 ………。


「水臭いじゃないか。俺はお前がフケより小さい頃から知ってるんだぞ?」


「それはまだ私の睾丸にいた時だな」


 ………。


「しかしあんな転んだくらいで泣きじゃくってたちびっ子がついに結婚か。何だか変な気分……。ん? 大丈夫です? 三根岸元帥」


「………ゴハッ!!」


「うわァァ!! 吐血した!?」


「すまん。強いストレスのショックで心臓が止まって胃に穴が空いただけだ」


 運良く息を吹き返せた。あと10秒遅かったら死んでいた。他人の攻撃で流血したのは久しぶりだ。流石はフミとしか言いようがない。あの世で妻も喜んでいる。

 だが、そんなことより大切な俺のフミが結婚だと? 素晴らしいことだが、一言私に相談してほしかった。


「いきなり驚かせおって。ビックリしたぞ。藤城が先に言ったがそういう大事なことは教えてくれ。で? もうハグはしたのか?」


「婚約してるんですよ?」


「三根岸将軍、そういうのは少し……」


 おっと。気持ちが昂って踏み込んだことを聞いてしまった。というか藤城が言う通り婚約者ならハグやキスは当たり前か。


「すまん」


「一応、もうお腹には赤ん坊がいます」


「あぐッ……あ、う……かひゅっ……」


 もうそこまで進んでたのかよ。ちょっと前まで一緒に夕飯を作っていたのにいつのまにか子どもまで作っていたとは。私の知らないところで大人に……。あれ? 私は何で倒れてる自分を見下ろしてるんだ?


「や、やばい」


 藤城が声を震わせて駆け寄り、腰のポーチから警棒スタンガンを取り出すと、倒れてる私のうなじに青白い稲妻を押し当てた。


「へほはッ!」


 その瞬間に私は跳ね起き、そのまま勢い余って起き上がり小法師の如く踵だけで立ち上がった。何だったんだ今のは。死んでいった戦友達の声がしたぞ。

 私は気持ちを落ち着かせるために一服した。煙草の先っぽに指を近づけたら静電気で勝手に火がついた。便利だ。


「ま、まぁ驚いたがいつのまにお前にもそんな相手がいたとはお前も隅におけないな」


「私の息子なだけはある」


「チッ……それで? 何で槇はお前の結婚に難色を示している? 確かに想像してたより少し早かったが……」


「コイツが惚れた女がキャバ嬢だからだよ」


 槇がそう吐き捨てた。なるほど水商売の女だったか。


「あ、そういえば去年お前、誘われて行ったキャバクラでかわいい子と知り合ったとか言ってたな」


 思い出した。あまり入れ込むなよと忠告したっけ。

 確かに兵士はみんな気晴らしに一度は交流を持つ。私もある。それで破滅した者も身の回りで知っている。

 だが、だからといって頭ごなしに否定するのは愚か者のすることだ。人は見かけによらないってことはこの世界で生きていたら良くも悪くも理解する。特に槇ほど人をつぶさに見ている人間ならば、人は一義的な存在ではないことなど分かっているは


「私も直に会ったことはないがな! 男に愛想笑いして酒を注ぐしか能がない上辺を着飾っただけの女と結婚したところで幸せなんかないんだ! お前は甘いし親衛隊員で給料もいいからそこをつけ込まれてるに違いない! ヤツらは男を悦ばせる術だけは知ってるからお前はそれに騙されてんだ! キャバ嬢なんて男と財布の見分けがつかないアホ達だ。金さえもらえれば虫にだって靡くだろう。キャバ嬢だから守銭奴になるんじゃない。守銭奴だからキャバ嬢になるんだよ! 首相の息子がそんな浅ましいメスと結婚だと!? はぁ!? はらわた煮え繰り返るわ!!」


 前言撤回。何だコイツ偏見激しすぎる。コイツいつも何考えてキャバレーやラウンジ行ってるんだ?

 フミがそれに顔を赤くして反論する。


「何て失礼なことを言うんですか! 姫愛(ひめあ)はそんなひどい女性ではありません! 心の清い、優しくてたおやかな人です!」


「姫愛!? 源氏名じゃなくて本名が姫愛!? はい察しました。普通の感性だったら我が子に姫なんて無駄にキラキラした痛々しい名前つけないんだよ! 男に帝とか王とか付けないのと一緒だ! もうその時点で会わずともその女の家庭環境やら本性やらほぼ読めたわ!! だいたいソイツは」


「在史、私が揉み消してやるからそのクズ撃っていいぞ」


 差別意識マシマシの自論を唾液を撒き散らして叫ぶ槇を遮って藤城がフミにヤツの射殺を勧めた。何で私はこんなヤツを首相にしちゃったかな。というか、何でこんな輩は呼ばれて私は結婚式に呼ばれないのか。この謎はもはやコナン君にも分からないだろうな。

 私もその姫愛とやらに会ってないから知らないが、フミが惚れてるなら、相思相愛ならそれでいいと思う。その愛がいつまでも続くことを願うだけだ。本当にフミが弄ばれてるだけなら私がこの手で血祭りにすればいいだけだし……。簡単な話だ。

 一通り自分の意見を吐いた槇は、肩で息をしながら私の食べかけの親子丼の横にある水差しから水を一杯飲んだ。


「と、まぁ本心では死ぬほど反対なんだが、日本がまた焼け野原になるよかマシだ。在史、式代は全額出すから鴎を結婚式に呼んでやれ。育ての親なんだから構わないだろう」


「私も呼んでくれよ。お前にチキンラーメンの作り方とメガネの拭き方教えたの私だぞ」


 藤城も膝を叩いてそう言う。そんなんわざわざ教えてもらうまでもないな。何だよ。こんなすぐそばに答えはあったのか。今までの苦労は何だったんだ? いやぁ今からドキがムネムネしてきやがった。

 きっと真っ白いドレスを着てバラの花束を持ったフミは天使のように綺麗……いや、これは新婦の方か。しかも初孫も産まれるとは私のこれからの人生いいことづくめじゃないか。


「いや、あの、もうぼく先月挙式しました」


「「「ンだと!?」」」


 言いにくそうに漏らしたフミの言葉に我ら3人の驚愕の雄叫びがハモり、何事かと親衛隊がやってきた。

 槇が声を震わせてフミの両肩に掴みかかった。


「おま、お前!! 私はお前のその女との結婚は許さないと言ったはずだぞ! 婚姻届が勝手に出されないように役所に目も光らせていた!!」


 フミは槇の手を仕方なく嫌々汚物に触るような顔で払いのけた。


「何でぼくを捨てた人間の言うことに従わなくちゃいけないんですか? 友達集めてレストランでやりました」


 そうして言い放たれたフミの一言に槇は何も言えずに硬直した。相当応えたらしく唇が微かに震えていた。これが昆虫並の貞操観念しかない男の末路である。過去とは未来からやってくる。

 百歩譲らずとも槇を呼ばなかった理由は分かるが、私を呼ばなかった理由は何なんだ。義父だぞ私は。


「フ、フミ? 何で私に結婚したことも式を挙げたことも伝えなかったんだ? あ、分かったぞ。一時期私が変なことばかりやっていた時期があったから私に幻滅したんだな?」


 きっとアレのせいで私に失望したから呼ばれなかったに違いない。そうでなかったら説明がつかない。


「いや、一兵卒が日本の総帥を式に呼ぼうなんて畏れ多いことできるわけないじゃないですか。女王陛下を結婚式に呼ぶブリテン国民がいますか? バレたらぼく説教されますよ」


 違った。ここにきて1番最初に呼ばれない理由として考えていた階級の差による遠慮が出てきた。しかも槇と同じ例えを出してきたから槇がちょっと喜んでるじゃないか。


「あと、去年の大晦日に食堂で映画流した時に1人だけゲロ吐くくらいギャン泣きしてたんで、呼んだらウザ……じゃなくて搬送されないかと不安で……」


 コイツ今ウザいって言いかけなかった? そっちが本当の理由か?


「何の映画観たんだ?」


藤城がフミに尋ねる。


「ナイトミュージアムです」


「泣けるシーンあったか?」


「最初は憎み合っていたジェデダイアとオクタウィウスが無二の友となっていくシーンで……なぜ、私は……ッ……敵といがみ合うばかりで和解することができなかったのかと……自分の愚かさが情けな……うわぁぁぁぁぁぉーーッ!!」


「あ、そういう理由で泣いたんですね」


 思い返したら自分の無力さにまた涙が出てきた。藤城の発言でそのシーンも思い出して涙腺が崩壊し、私は袖で溢れ出る涙を拭った。


「それに、将軍は自己評価低い割に自分の価値観で物事判断する人なので、授かり婚って何だよ、ズッコンバッ婚だろうがとか言い出したら嫌だなと相談もしなかったのは本当、親不孝だったと思ってます」


「言わねぇよ」


 最近はそういうのすぐセクハラって言われるからな。しかもお前私のことよく見てるな。自分でも実はそう思ってるんだ。57にもなって今更直す気もないが。


「あ、藤城長官は普通に忙しそうだったので呼びませんでした」


「いや、別に時間割いて顔くらい出したぞ?」


 藤城はそうしんみり言った。槇はと言うと床に崩れ落ちて射殺体みたいになっていた。コイツ、断るけど誘われてから断りたいとかじゃなくて、本心から息子の結婚式には行きたかったのか。


「じゃあぼく、首相が許可したんで帰って婚姻届出しに行きます」


「出て行け! 2度とこの部屋の敷居を跨ぐな!!」


 フミはそう言って敬礼してドアノブに手をかけた。槇がフミに背を向けたまま怒鳴りつける。この構図はまんまこの前の私だった。

 ここ私の部屋だぞ。槇もそれを思い出してハッとして訂正した。


「に、2度と私にその面を見せるな!!」


「喜んで」


「あ、やっぱり嘘! たまには顔見せに来い!」


 そうなんだよな。2度と面見せんなって言葉は自分を嫌う人間には意味ないどころか逆効果なんだよな。

 フミはそれには何も答えず部屋を出て行った。ドアが閉まるガチャンという金属音の後には静寂が部屋を支配した。無言の中、私と槇は互いに顔を見合わせた。そして、互いにへへへと歯を見せて笑った。


「テメェ何がその願いを叶えてやるだよ!! テメェが変にもったいぶってなければアタシ、フミの結婚式に行けたかもしれなかったじゃねぇか!!」


「うるせぇんだよこの野郎!! こっちは息子に結婚式に呼ばれなかった上にその息子がキャバ嬢と結婚するんだぞ!? 龍ちゃんが内閣でどう思われるか考えたことあんのか!?」


 アタシと槇は互いに胸ぐらを掴み合って怒りをぶつけ合った。コイツがフミの結婚を最後の切り札みたいな扱いにせずにもっと早く教えてくれたら万事うまくいったのに。コイツは役立たずだ。


「そういえばお2人とも素の一人称アタシと龍ちゃんでしたね。何をどうしたらそんな風になるのかシンプルに気になる」


 藤城がパイプを燻らせながらアタシと槇をせせら笑う。


「藤城も藤城だ!! お前諜報機関仕切ってる癖にこんな大事なことにすら勘付けなかったのか!! この穀潰しが。何のために長官にしたと思ってる!!」


「な、ぼっくんに責任転嫁しないでくださいよ!!」


 藤城が立ち上がって地球儀を私に投げつけてきた。アタシはそれを頭を傾けてかわす。お前だって一人称ぼっくんじゃないか。久々に聞いたぞぼっくん。


「よし、こうなった以上何の躊躇もない。戦争だ!!」


 槇が怒鳴った。アタシも同意見だった。この喉に抜けない小骨が刺さったようなやるせなさと苛つきはもはや戦でないと消すことはできない。

 どいつもコイツも元帥のアタシを無碍にするとはけしからん。アタシがどれだけすごい軍人か今一度全ての兵士に啓蒙してやる。


「藤城、アメリカ領事館に電話をかけろ!! 宣戦布告するぞ!!」


「心得ました!」


「3コール以内に出なかったらその時点で敵対行為として領事館に派兵しよう」


「あのー」


 藤城が手帳を開いて控えていたアメリカ領事館の電話番号を探していた時、ドアが叩かれてフミがひょっこり顔を出した。


「どうしたフミ?」


 私は平静を取り戻して戻ってきたフミに話しかけた。


「そんなに結婚式行きたかったなら、ちょうど今日親衛隊の同僚から招待状が届いたんで、ソイツに将軍も呼ぶように伝えましょうか?」


「え?」


 フミはそう言って淡いピンク色の封筒を渡しに見せた。公倉在史様という金色に光る文字が見えた。


「子安ってヤツです。戦争するのは子安の結婚式に行ってからでもいいんじゃないですか?」


 聞こえていたのか。確かに結婚式には行きたいというのは今も変わらないが、私は強要するのでなく相手から自発的に誘われる形で行きたかったのだが……。


「フミ、気持ちは嬉しいが……」


「在史、ぜひその彼に三根岸元帥を招待するよう伝えてくれ」


「もしもしアメリカ領事館? 警察省長官の藤城ですが、今からお宅とお宅の国家団に宣戦布告するから首洗って待ってろ。今日中にそこ更地にするから」


 私がやんわり断ろうとした時、槇が私の顔の前に腕を突き出してそう言った。何お前日和ってんだ。藤城を見ろ。完全にこの世を憤怒の血で(あけ)に染め上げる気だぞ。


「貴様、何勝手に言ってる」


 私が槇を咎めると、槇が私に耳打ちした。


「今戦争したら在史の子の出産に立ち会えないぞ。生まれたばかりの赤ん坊抱きたいだろう?」


 仕方ない。挙兵は中止だ。


「めちゃくちゃ抱きたい。フミ、よろしく頼む。藤城、戦争はまた今度」


 考えてみたら他国と戦争したら経済制裁されて物価が上がってフミ含め国中の育児が大変になる。というかやっぱり戦争はいけない! 武力で自分の意見を押し通すなんて野蛮人!


「了解。あ、やっぱり宣戦布告キャンセルで。また今度よろしくお願い致します」


 藤城はそう出前を断る感覚で領事館への電話を切った。待った今の大丈夫なのか?


「じゃあ本人にそう伝えてきます。そんな結婚式行きたかったならぼくも誘えばよかったです」


 フミはそう言ってにこっと笑って走り去っていった。何だかフミに哀れまれたような気がするのは不本意だが、しかし無益な争いをしないで済んだからこれでいいのだ。

 いったい誰だ? 部下の信頼を勝ち得るためという私情満載の戦争始めようとしたクソバカは? 殺されても文句言えないぞ?

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