美咲くん観察日記
朝7時、スマホのアラームの音で目が覚める。
うっすら目を開けると、決まって美咲くんが先に体を起こしてスマホに手を伸ばしている。
今朝はナイトテーブルに置いてあるスマホを取ろうとして、寝ぼけて落としてしまう美咲くんが見れた。
ゴトン、とスマホが落ちて「あ・・・」と小さく声を出して、気を抜いている寝起きだったら、イラってしたときに暴言が出たりするのかなぁと寝たふりをして眺めていた。
するとゆっくりベッドの下に上半身を垂らすように手を伸ばして、スマホを拾い上げながら・・・
「ん・・・あ・・・俺のじゃなくて晶のだ・・・。悪い・・・。」
とまだ寝ぼけた調子で言いながら、反対の手でこちらを見ないまま、私の頭を手探りで撫でてくれた。
尊い・・・ありがとう。
そして私はこらえきれない尊味で悶え、美咲くんに寝たふりがバレてしまう。
「おはよ・・・。」
少し乱れた髪の毛をかき上げながら、美咲くんは優しく微笑んで私の頬を撫でる。
ああ、もう尊い、愛おしい。
私がニマニマを抑えきれずにいると、何を思ったのか美咲くんは横になったままの私に顔を寄せて、そっとキスしてくれた。
どうしよう爆発しちゃう。
「・・・おはよう・・・美咲くん。」
私がそう返すと、またわずかに微笑んで、ゆっくりベッドから立ち上がる。
部屋の電気をパチっとつけて、彼はスリッパを履いて洗面所へ向かう。
その後ろ姿も好き。8頭身どころじゃないの美咲くんは。私の欲目でもう何百メートルなのその頭身はってry
その後私が寝癖を直すのに苦戦して、ちょっと遅めにリビングへと降りると、出来上がった朝食が乗ったプレートをテーブルに置いてくれていた。
「あ・・美咲くんごめんね、任せちゃって。ありがとう。」
「ん。」
パタパタとキッチンに入って、手早く紅茶を準備する。
美咲くんが先に準備していたコーヒーをカップに注いで、カウンターに置いた。
「ありがとう。」
さっきの寝ぼけた表情と違って、キッチリ身支度が済んだ彼はいつも通りカッコイイ。
凛々しい眉毛と、涼し気なアーモンド型の瞳が綺麗。色白でシミ一つない肌、カップを取る右手一つとっても、骨ばった男性の綺麗な手で指も長くて、なんだろう・・・ピアノ弾けそう。
私がそんな風にじろじろ見ていると、美咲くんはじっと私に視線を返した。
「どうした?」
「へっ!?あ~えっと、美咲くん手が綺麗だなぁって・・・。」
私が慌てて答えると、彼は反対の左手の平をじっと眺める。
ピンとこない・・・みたいな顔が可愛い。
「ピアノ弾けそうな綺麗な指だねぇ。」
私が紅茶を持ってテーブルにつくと、美咲くんは向かいに座りながら何気なく言った。
「弾けるよ、子供の頃やってたから。晶もだろ?」
「やってたけど・・・子供の頃習っただけで大人になってから弾いてないし、もう弾けないよ。」
「そうか・・・。楽器は体に演奏の仕方が染みついてるもんだから、弾けると思うけどなぁ。」
そう言いながら彼は食パンにかじりつく。
美咲くんは昔から器用な人で、勉強でも習い事でも何でも、1教えられたら10以上のことが出来る才能があった。
私が気に入っていた習い事の一つで、演奏することにハマっていたこともあって、当時お琴を美咲くんに聞かせたことがあった。
高難易度の曲を10歳で弾けるようになったことで、随分褒められて得意になっていた私だけど、美咲くんは私が弾いたその一回を目の前で見て聞いただけで、次の瞬間自分の口で覚えたメロディをくちずさんでいた。
驚いた私は「弾いてみる?」と彼に勧めてお琴の爪をつけてあげると、ゆっくりのペースで私が奏でたものをそっくりそのまま両手で弾いて見せた。
唖然としていた私に、彼は演奏を終えると、『晶が弾いた音の方が綺麗で好きだなぁ。』と、苦笑いを浮かべた。
何事にも抜群のセンスを持つ美咲くんだけど、驕らず鼻にかけることもなく、自分に出来ることと出来ないことを把握し考え、自分の向き不向きさえも理解しながら、毎日何かに向き合って生きていた人だった。
今ももちろんそうだけど。
「ね、美咲くんが苦手なことってなあに?」
また一口紅茶を飲んだ後徐にそう尋ねると、彼は綺麗な所作で目玉焼きを箸で掴みパクリと口に入れた。
もぐもぐしながら視線を泳がせて、長いまつげを伏せる。
「・・・世の中の流行物?」
「・・・そうなの?」
「苦手というか、娯楽や流行の楽しさを感じる能力が乏しいかな。」
「娯楽・・・。」
私は何か提供出来る娯楽があるかなと考えながら、ふと時計を見て思いのほか時間が経っていることに気付く。
「あ・・・今日1限からなんだった!」
慌てて食パンにかじりついてもぐもぐすると、美咲くんはふっと口元を緩めて微笑む。
「晶、今日は祝日だよ。」
「・・・あ・・・そうだ、水曜日だと思って・・・そうだったね。」
「起きた時に言えばよかったな。もう少しゆっくり寝てて良かったかも・・・。」
私は内心、今日一日美咲くんとゆっくり二人っきりで過ごせる平日なんだ~うれし~♡と舞い上がっていた。
美咲くんはその後もゆっくり食べ進めながら、時々来週の予定を私に確かめるように色々尋ねる。
シェアハウスのオーナー兼管理人の仕事もしながら、彼は毎日司法試験の勉強に励んでいる。
大学は飛び級でもう今年4回生なので、私より上級生になってしまった。
洗い物をしていると、美咲くんはバスルームから洗濯物を干しに二階へと上がっていく。
そしてふと思う。結婚して半年以上経つけれど、美咲くんの無防備な姿って全然見たことない。
寝起きの時もそこまでだし、二人してお酒をあまり飲まないこともあって、酔っぱらってどうこうってこともない。
でも見てみたいなぁ・・・ほろ酔いの美咲くんとか・・・♡
とりあえずさっさと洗い物を済ませた私は、自室に戻って本棚を漁った。
「ん~これと・・・これもいいかなぁ・・・。」
すると洗濯物を隣の部屋で干し終わった美咲くんが、そっと部屋に入ってくる気配がした。
「何してるんだ?」
「美咲くんさっき娯楽がどうのって言ってたからね?私のお勧めの漫画読んでもらおうかなって思って。」
「ああ・・・最近は転生ものにハマってるんだっけか?」
「そうなの!それもほのぼの日常系のね!でも恋愛漫画もいいから、これもどうかなぁ。」
美咲くんは手に取りながら表紙を少し眺めて、抜き取られた本棚にそっと手を伸ばした。
「これ・・・こないだ読ませてくれた漫画と同じ作家さんのやつか?絵柄が同じだ。」
「ん?・・・・あ!!こ、これは・・・うん・・あのBLのその・・・」
私が狼狽えていると美咲くんは可愛く小首を傾げる。
「あの・・・だいぶハード目なやつで・・・。」
「ハード?・・・恋愛ものだろ?」
ああ、美咲くんの純真無垢な瞳が痛い・・・。
「その~・・・結構エッチなシーンが激し目というか・・・。」
私が止むなく説明してチラっと反応を伺うと、美咲くんは真面目な顔から少し意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「へぇ・・・。それはそれで別に読んでみたいけどな。」
「え!!!!?ホントに!?」
どうしよう、私美咲くんの開けてはならない扉を開けちゃったのかしら・・・
咲夜くんにめっちゃ怒られそう・・・
「だって晶はそれが好きで読んでるんだろ?晶が好きなものなら読んでみたいよ。」
「・・・そっか・・・。」
どうしようこれは読ませていいのかなぁ・・・葛藤がすごい・・・
でもどういう感想を抱くのかすごく興味あるよぉ・・・
「じゃあ・・・これも・・・オムニバス形式のやつだから、さくっと読めると思う。」
「ん、わかった。」
美咲くん素直だなぁ・・・。どうしよ・・・BLに目覚めて、男の子を好きな美咲くんになっちゃったら・・・私ふられたりするのかな。
一抹の不安を抱えながら、私は美咲くんに三冊程漫画を貸してあげた。
美咲くんにBLを貸していると打ち明けた時の咲夜くんの反応が忘れられない。
動揺しきってる様子が可愛かったし、美咲くんの心配をしている感じが更に尊かったっけ・・・。
二人であれこれ想像してるってことだけはばれないようにしなきゃ・・・。
その後美咲くんはパソコンを持ってリビングに降りて、ソファに座って作業をしていた。
私はいつ漫画読むのかなぁとソワソワしつつも、寝室の掃除機をかけた。
家事が粗方済んでリビングに降りると、美咲くんはちょうどパソコンを落として作業を終えた様子だった。
「晶、買い出し行くか?」
キッチンに入る私を振り返って美咲くんは尋ねた。
「えっ、ああ・・・ん~・・・今日はある物で何とか出来るから大丈夫かなぁ。」
「そうか。・・・じゃあどっか行く?」
「どっか・・・?」
曖昧な言い方に聞き返すと、美咲くんは微笑みを返しながら立ち上がった。
「そう、どっか・・・デート。」
側に歩み寄る彼を見てると、また身長が伸びた気がするなぁとぼんやり思う。
「デート・・・。今日はおうちにいたいなぁ」
外出が嫌いなわけではないけど、何となく今日はまったり過ごしたい気分でそう言った。
美咲くんは私の髪の毛にそっと触れて、頬を撫でて・・・その綺麗な手でそっと顎を持ち上げられた。
私の腰に手を回す美咲くんと唇が重なる。温かくて柔らかい感触が気持ちよくて、頭がボーっとしてくる。
「じゃあ・・・今日は二人でゆっくりするか。」
美咲くんの声が耳元に落ちて、私は心の中で「ふわぁああぁあぁ!!」と叫び声をあげていた。
咲夜くんの可愛く弾むような声と違って、声質はそっくりなのに美咲くんは何だか年齢のわりには色気がある声に思える。
一緒に住んで一年半以上経つのに、美咲くんの仕草や言動にいちいちドキドキしてしまう自分がいた。
二階に上がって寝室に戻る美咲くんの背中を見やりながら、私は二人分のアイスコーヒーを淹れた。
それを持って同じく寝室に戻ると、美咲くんはソファに腰かけて先ほど貸した漫画を読み進めていた。
んにゃあ!読んでくれてる!!美咲くん本持ってるだけでカッコイイ!
持ってる本がBL本なのがすごく違和感で申し訳ないけど!!
そんなことを心の中で叫びつつ、私はそっとテーブルにアイスコーヒーを置いて隣に腰かける。
まだまだ序盤の方を読んでいるようで、美咲くんの視線は真剣そのものだ。
え、でもこれ・・・エッチなシーン読んでる時私隣に居ていいのかな。
どんな顔して隣に居たらいいんだろ・・・私が感想言っていいのかな・・・そもそも美咲くんそういうシーンでも表情変わんないのかな。
頭の中で疑問が溢れながらも、相変わらず私はソワソワしながら時々アイスコーヒーに口をつけて、綺麗な美咲くんの横顔を眺めた。
はぁカッコイイ・・・
美咲くんはページをゆっくりめくって読みながらも、時々私をチラリと見て微笑んで頭を撫でてくれた。
それが嬉しくてピッタリくっついて、肩に頭を預けていた。
美咲くんの綺麗な瞳を見ていると、BL読ませてごめんなさい、としか思えなくなってきた。
でも美咲くんは前読んだ作家さんを気に入ったから、これを読んでみたいって思ったってことだもんね?
別に美咲くんは忖度する人じゃないし、いまいちだったらそう言ってくれると思うし、別に否定されても私は傷つくわけじゃないから、また美咲くんが好きそうなものを探せばいいだけってことだもんね?
やかましい心の声が口に出ないように、彼が読み進めるのを邪魔しないように努めていると、チラっと見たページはついにだいぶエッチなシーンにさしかかっていた。
あ、あ、どうしよう・・・私どうしてらいいのかな・・・
何だか恥ずかしくなってページも美咲くんの顔も見れないでいると、彼は淡々と静かにページをめくっては読み進めていく。
今更だけど・・・そういうシーンを見て不快になったりしないかな、大丈夫かな・・・。
色んな不安にかられながらいると、美咲くんはその後も特に何の反応も見せないまま、その一冊を読み終えた。
「ど・・・どうだった?」
美咲くんが静かに漫画をテーブルに置いて、次の一冊を取ろうとしたので尋ねてみた。
「ん~・・・同じ作家さんだけあって描写とか表現の仕方が似通ってるなぁってのと・・・単純に絵がわかりやすくて、テンポもいいからすごく読みやすかったな。」
あれ、なんかちゃんとした感想・・・。
「そっか、えっと・・・エッチなシーンはどういう気持ちで読んでたの?」
私はもう回りくどく聞くのがめんどくさくて直球で尋ねた。
「どういう気持ち・・・ん~・・・話の中に入って読んでるから、この二人にとっては大事なシーンだなぁっと思ってたかな。その後関係性が変わったりするのか?ってちょっとハラハラはしたかも。」
「そっか・・・。美咲くんもしかして、AVとかもあんまり何とも思わず観る人?」
「・・・いや、観たことないな。」
「そ・・・そうなんだね。」
どうしよう、色々嚙み合わないけど・・・美咲くんのフラットな感想が正解な気がしてならない。
っていうかAV観たことない男の子なんだ美咲くん・・・
美咲くんは私の戸惑った様子を見て、苦笑いを浮かべた。
「俺がどういうもので興奮するかとか、性癖を知りたいのか?」
「・・・ええ!!そ・・・そんなつもりないけど・・・。キャーって思うシーンで平然としてるんだなぁと思って。」
「キャーとはおもわな・・・ああ、まぁ普通は娯楽として興奮するシーンではあるのか・・・。ん~・・・目の前でしていたらまだしも、画面とか紙の上で見てる分には興奮しないな。」
「目の前・・・!」
どうしよう美咲くんにすごいこと言わせちゃった、罪悪感すごい・・・。
「そっか・・・。でもまぁ全体的に気に入ってくれたみたいだったら良かったかな?」
「うん、作品として面白かった。」
満足そうにしながら美咲くんは改めてまた一冊を開いた。
楽しみ方とか感じ方は違えど、面白いと思ってくれてるならいいよね。
あれ・・・でも私布教したくて美咲くんにBL貸したんだっけ?
滅多に見れない美咲くんの反応を期待してたんだわ私・・・。
「ね、美咲くん!」
読んでる途中の美咲くんに言い寄るように覗き込んだ。
「ん?」
「美咲くんが作品でキャーっとはならないのわかったけど・・・逆にどういうジャンルだったら興奮したり、その・・・気持ちが高ぶってテンション上がったりするの?」
そもそも美咲くんが大はしゃぎしてる姿なんてお目にかかったことがないし、声を出して笑っている姿とかもあんまり見ない。
その裏は、本家で当主をしていたからこそだろうとは思うけど・・・
もしかして美咲くんは年相応の感情を取り戻せてなかったりするのかなぁ・・・
「そりゃあ・・・」
美咲くんは心当たりがありそうに私から視線を逸らせて、恥ずかしそうにした。
「なあに?」
「・・・晶が・・・笑ってくれてると嬉しいし・・・。そういう・・・行為をしてる時は、それ相応に気持ちは高ぶってるよ。」
美咲くんはふいっと顔を背けて、私が淹れたアイスコーヒーを手に取った。
一口ゆっくり飲んで、ふぅと息をついて、また仕方なさそうな笑みを浮かべる。
「何だよ・・・俺に何を期待してるんだ?」
「え・・・あ・・・う・・・」
何を言っていいのか頭が真っ白になって、きっと顔は真っ赤になってる。
「ああ・・そうか。」
美咲くんは何か察した表情をして、戸惑う私にキスをした。
食べるように深いキスに、心音がどんどんうるさくなっていく。
そしてそのままそっとソファに押し倒された。
「・・・ここでする?ベッドがいい?」
どこでどう誤解されたのかわからないけど、棚ぼただったので私は身を任せることにした。