隣国の王太子殿下のお世話をすることに?
「しばらくは王宮にいさせてもらえるでしょうけど、メイド長としての仕事はさせてもらえないと思います。その間に、これから先の身の振り方をかんがえるつもりです。それに、「ドラゴンの泪」をどうするかも」
「そうだ。それだったら、しばらくはわたしの、いや、わたしたちのおもてなしをしてもらえないかな?こちらの官僚との会談は最後の詰めだけなんだが、わたしはしばらく風邪で寝込むことにする。その間、きみが看病してくれればありがたい。それに、「ドラゴンの泪」とやらのことも何かできることがあるか、いっしょにかんがえることもできる」
「え?」
どうして?
寝込むふりをしてまで、ここに滞在するする必要があるのかしら?それに、いくら王太子殿下でも、希少価値のある「ドラゴンの泪」はどうにか出来るものじゃないはず。
「ふふふっ、素直に言えばいいのに……」
エドモンドがクスクス笑いながらつぶやいた。ほかの随行員の方たちも、ニヤニヤ笑っている。
「エドモンドッ!」
「あ、す、すみません。あまりにもじれったい、いえ、突然のことで……」
「ならば、きみが本国に急使として行ってくれ。わたしの駿馬を使うといい。それと、「ドラゴンの泪」のことも……」
「ええ、ええ。すべて承知しております。不肖、エドモンド・グリモーがひと肌脱ぎましょう」
エドモンドは、優雅に一礼をほどこした。
彼は、本当に可笑しい人ね。
「というわけで、ヤヨイ。しばらくよろしく頼むよ」
「は、はい」
意外すぎる展開に、当惑するよりほかはない。
それでも、どこかうれしい気持ちもあることに、よりいっそう当惑してしまった。
宿舎棟では、まるで腫物をさわるような視線を向けられてしまう。
さらには、わたしをはめたメイドのシドニーが、すっかりメイド長ぶって仕切っている。
気にしないことにした。
わたしには関係のないことだからである。
逃げるのは口惜しいけど、不要ないざこざは避けたい。だから、どうしてもコソコソと自分の部屋に出入りしてしまう。
その日以降、部屋を片付けはじめた。
母から譲り受けた資料は膨大である。
母は、わたしにはとてもないセンスと記憶力の持ち主である。
王族はもちろんのこと、主要な貴族や官僚の好みや性格、癖を知っていた。それらを、いずれ受け継ぐであろうわたしのために、ノートに書き記してくれていたのである。
それを元に、わたしはすべてのゲストが満足いくよう気を配ってきた。
だけど、それももう必要がない。
夜中、庭で泣きながらノートを燃やした。