隣国の王太子のところへ
いろんなことが一気に起こってしまった。
さきほどの一幕で、わたしは王宮での居場所をなくしてしまった。さらには、貴族の間でも。
父ははやくに亡くなっており、母の背中を見て育ってきたわたしは、物心ついたときから母のように立派なメイド長になるべく、そのマナーや技術の習得に励んできた。
はやい話が、親密な友人知人がいない。
小さいながらも屋敷はあるけれども、父が亡くなってから父の兄である伯父が管理している。母と二人、王宮内にあるメイドたちの住居棟で暮らしていたので、いまさら頼るわけにはいかない。
伯父とは、父の葬儀で会ったかもしれない。だけど覚えてはいない。そんな伯父に頼るわけにはいかない。
デジール家は母方の家系。父は、婿養子である。母は一人娘で、天涯孤独だった。だから、父の兄がしゃしゃりでてきたわけである。
あのパーティーには、その伯父も来ていたかもしれない。
わたしとの接触は勘弁してほしいと思っているだろう。あるいは、爵位剥奪阻止のために奔走することをかんがえているかもしれない。
いずれにせよ、屋敷に戻ることも出来ない。
早急に行く先をかんがえなければ……。
気がついたら、宿舎の厨房で料理をしていた。
出来上がったものをカートに乗せ、それを押して宮殿へ向かう。
向かった先は、客間区域にある隣国の王太子の部屋。
王宮付きの近衛兵が二人、区域の入り口で見張りをしている。
これは外部からの侵入に備えているのではなく、客人を見張っているのである。
その近衛兵に会釈をすると、彼らはこちらを一瞥しただけでとくに何も言わなかった。だから、そのままカートを押して通りすぎた。
隣国の王太子殿下の部屋の前まで来ると、いまさらながら怖気付いた。
おしかけているも同然である。
嫌な顔をされたらどうしよう……。
いいえ。そもそも迷惑にきまっているわよね?
まだそんなに遅くはないけれど、こんな時間にという時間ではあるのだから。
でも、具合が悪くなっていたりしたら、慣れぬ場所だし何も出来ないにきまっている。
だから、勇気をもってドアをノックした。
「はい」
という声とともに、ドアが開いた。
随行員の一人が立っている。彼は、すぐにわたしと気がついて笑顔になった。
「殿下、レディ・デジールがお見えです」
「レディ・デジール?ヤヨイが?何をしている。はやく入ってもらってくれ」
奥から王太子殿下の声がし、すぐに中に入れてくれた。
「なにかいいにおいがする……」
まだ若い彼は、鼻をひくひくさせながらつぶやいた。すると、彼のお腹の虫が騒ぎはじめた。
「アハ、アハハ!すみません。腹が減ってしまって」
彼は、ニキビ面に照れ笑いを浮かべた。
それが可愛くって、つい笑ってしまった。
「ヤヨイ。さきほどはありがとう」
王太子殿下が近づいてきた。
わずかに顔が赤い。
熱があるのね。
随行員の人たちもいる。それぞれがどこかに腰かけていたんでしょうけど、立ち上がって出迎えてくれた。