第9話
サースは、クラムと一緒に地下空間に作られた見晴台に行きました。
見晴台は、建造中の宇宙船を見下ろすために作られたもので、クラムが宇宙船の図面作成の仕事をしている時にサースとよく来た場所でした。
最近は、数隻の宇宙船の建造だけとなり、クラムの宇宙船の図面の変更作業は殆ど無かったので、サースにとってクラムと一緒に見晴台に来て宇宙船を見下ろすのは久し振りの事でした。
「クラム博士とここに来るのは久し振りですね」
「言われてみればそうですね」
サースとクラムは、背にある角貝と二枚貝を並べて、眼下の宇宙船を見下ろしました。
宇宙船はほぼ完成していて、搭乗手続きをした市民が各自の荷物を宇宙船の中に運んだりしています。
クラムは過去を振り返り、美しかったビーズ色の浜辺を思い出して、故郷の星を離れなければならない郷愁に駆られながら、荷物を運ぶカタツムリたちを眺め続けました。
「宇宙船を建造し始めた頃は、星の表面温度が上昇する二百年以内に、全市民を宇宙船で脱出させる事ができるかどうか、自問自答したものです」
「できない、無理だと言って、自殺してしまった博士もいたが、クラム博士、あなたは見事に成し遂げた」
「それは、サース博士やほかの博士たちの協力があったからです。私一人では、とてもできなかった」
そう言って、クラム博士はサース博士を見ました。
サース博士は、顔色がよく気分もよさそうです。
「サース博士。ご気分は?」
サースは、二人でいられる時間に酔いしれていたので、クラムに聞かれるまで、気分が悪い振りをしなければならない事を忘れておりました。突然のクラムの問い掛けに、焦ったサースは仮病がバレやしないかと焦りながら答えました。
「き、気分ですか。まだ、息苦しさはありますが、広い場所に来たので、前よりは楽になりました」
サースは、クラムが仮病に気付いたかどうか確かめるために、俯いた状態で横目でクラムを見ましたが、クラムは全く気付いていない様子で、サースはクラムに背を向けてホッと胸を撫で下ろしました。
その時です。クラムが声を上げたのは。
「あれは!」
サースは、クラムを見ました。
クラムは、青ざめながら眼下の宇宙船を見ておりました。
サースが宇宙船を見ると、切断されて小さくなった鋼が作業員によって宇宙船の中に運ばれているところでした。
クラムは、サースの横で声を上げ続けました。
「なぜだ? どうしてなんだ? 誰が指示を出したんだ?」
クラムは、サースを残して見晴台を飛び出しました。触手を伸ばして近くの柱に絡めてから振り子の原理でターザンのように空間を移動して、数秒で宇宙船の搭乗口にたどり着きました。
クラムの目の前を、切断されて小さくなった歌姫が次々に運ばれていきます。
クラムは、作業員の一人を捕まえて聞きました。
「なぜ塊を切断した? 誰の指示だ?」
「ひゃ」
作業員は、クラムの形相に恐怖を覚えて短い悲鳴をあげました。唇を震わせながら、クラムの問いに答えました。
「サース博士の指示です。航路用の星図作成に必要とかで」
「なんだと!」
クラムの声は、地下空間に響き渡りました。