第8話
私たち人間にとって、パルスを発する金属は、通信機だったり楽器のシンセサイダーだったり電子回路が組み込まれたもの。クラムにとっては、意思があり言語を話す鋼。サースにとっては、恋敵の鋼。
それからサースの行動は一変しました。サースは、歌姫をどうやって処分すればいいか考え始めたのです。とりあえず、歌姫を見ているクラムに話しかける事にしました。
「クラム博士。今日もこの塊を見ているんですね。もうどの博士も研究しなくなったのに、クラム博士は熱心に鋼を研究していらっしゃる」
「サース博士。私にとって、この塊は、研究対象であり、不思議な塊であり、長年一緒にいた掛け替えの無い存在なんだよ」
歌姫への思いを告げたクラムの眼差しは、一度もサースを見ることもなく、ずっと歌姫に注がれておりました。
サースは思いました。その眼差しは、欲しくても手が届かない『愛』なのだと。そして更に鋼が憎くなったのです。
次の日、サースは宇宙船の建造技術者にこう進言しました。
「私が搭乗する宇宙船で、ある実験をしたいので、研究室にある塊を宇宙船に積み込んで下さい。塊は大きいので、持ち運べるように、適当なサイズに切断して載せて下さい」
「しかしですね。サース博士。あの塊は、世界に一つしかない大変貴重なものです。私たちのような一介の技術者が、貴重な塊を勝手に切断する事はできません」
宇宙船の技術者は困った表情をして動揺しながら答えました。
しかし、サースの表情は凍りついたように冷たく、宇宙船の技術者の話を聞き入れるつもりはなかったのです。
「塊の切断は、この天文学者の私が許可します。宇宙航路用の星図製作のために、あの塊がどうしても必要なのです。もし何かあったら、許可は私が出したと伝えて下さい。塊の研究はすぐにでもしたいので、今から切断を始めて下さい。宜しくお願いします」
そう言うと、サースは足早に立ち去りました。なぜなら、クラム博士が塊の切断を知ったら絶対に反対するため、塊からクラム博士を引き離さないといけないからです。
サースは、急いで研究室に戻りました。
案の定、クラム博士は鋼と親密に見つめ合っておりました。
サースは嫉妬による息苦しさと胸の痛みを我慢してクラムに近づきました。
「クラム博士。助けて下さい。私はどうしたらいいのか分からなくなってしまいました。先に飛び立った宇宙船から連絡を受けて星図を作成していたのですが、あまりにも複雑で、混乱してしまって、もうどうしたらよいのか分からなくなってしまったのです」
サースは左右の眼の付け根から触手を伸ばしてクラムの前で頭を抱えました。これは、クラムを鋼から引き離すための演技でした。しかし、今のサースは鋼に嫉妬をしていて、胸が苦しかったので、どうしたらよいのか分からないという演技は、サースの本当の苦しい思いでもありました。
それを見たクラムが、サースを疑う訳がありません。
「大丈夫ですか? サース博士。とりあえず、何か飲み物をとってきますので」
「いえ。クラム博士。私は外の、どこか広い空間に行きたいです。ずっと星図を見ていたので、息が詰まりそうで、苦しいので広い場所に出て気分転換をしたいのです」
「分かりました。建造中の宇宙船が見下ろせる場所へ行きましょう」
「すいません。ご迷惑をお掛けして」
「いえいえ。困った時はお互い様ですよ」
クラムが触手を差し伸べると、サースは寄りかかるようにしてクラムの触手を掴みました。サースが寄りかかったのは、苦しいのではなく、大好きなクラムにくっつきたかったからでした。
こうして、何も知らないクラムは、サースの策略により、歌姫から離れる事になりました。
その後、クラムがいなくなった研究室に技術者がやって来て、歌姫を持ち出したのはいうまでもありません。