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第6話

 宇宙船の建造は順調でした。

 建造が始まってから二十年のうちに殆どのカタツムリ市民は宇宙船に乗って惑星から脱出していきました。

 クラムたちはまだ惑星に残っていて宇宙船の建設をしておりました。

 もう宇宙船の図面の変更はする必要がなくなり、クラムはほかの友人から一緒に宇宙船に乗らないかと誘われた事もありましたが、クラムは歌姫と一緒に宇宙船に乗ると心に決めていたので、首を縦に振る事はありませんでした。

 サースは、先に旅立った宇宙船から届く星の情報を集積して、常に星図の更新を行っておりました。

 場合によっては、サースの仕事は不眠状態になるほど忙しくなる時もあったので、時間がある時はクラムもサースの天文の仕事を手伝っておりました。

 サースの仕事の場所は、歌姫が置かれている空洞内でした。クラムが歌姫のそばに居る事が多いので、サースは仕事道具を歌姫のそばに持ってきたのでした。

 気付いるかもしれませんが、クラムたちカタツムリには住居というものがありません。彼らが背負っている貝殻が家の代わりになるからです。

 技術が高度に発達していたため、欲しい物も苦労する事なく手に入れる事ができたので、クラムたちの時代は通貨が必要の無いものになっており、お金も貴重品も住居を造って保管する必要がなかったのです。

 クラムが睡眠をとる場所は歌姫のそばでした。歌姫と呼ばれる見上げるほど大きな鋼のそばに、薄茶に濃茶のマーブル模様のアサリに似た貝殻がきっちりと蓋をした状態で置かれている。そう想像して頂くとよいかもしれません。

 歌姫は、大気を遮断するバリアの中に入っていたので、直接触れる事はできませんでしたが、クラムにとって歌姫と同じ空間にいる事はとても幸せな事だったのです。

 サースは、クラムの事を熱心に歌姫を研究する学者だと思っておりました。

 殆どの学者は、歌姫に飽きてしまったり、専攻している本来の研究を優先にしていたので、惑星を脱出しなければならない最近は得に歌姫が置かれている空間に立ち寄る事もありませんでした。

 ある意味、サースにとっては、それは好都合な事でした。なぜなら、クラムと二人っきりでいられるからです。

 クラムは、サースの中に育っている思いに気付いておりませんでした。なぜなら、クラムは歌姫しか見ていなかったからです。

 本日もクラムは歌姫のそばで目覚めました。二枚貝が開いて、背に雲母に似た鱗をつけた胴体が中からにゅるにゅると出てきて床に密着し、最後に顔が出てくると、二枚貝をゆっくりと持ち上げ移動させて背に乗せました。同時に待ち針のような眼を伸ばして、瞳をぱちくりと瞬きさせて、歌姫を見ると、今も歌姫はパルスを発して歌っております。

 クラムは歌姫の歌をマネて鼻歌を歌いながら周りを見回してサースの仕事の状況確認をしました。

 サースは、仕事机の近くで眠っておりました。ソフトクリームのコーンを逆さにして地面に置いたみたいに、タマゴ色の角貝が机によりかかっている。そう想像して頂くとよいかもしれません。

 昨夜のサースは、クラムが寝る頃になっても星図の仕事をしておりました。

 目覚めた今、クラムがサースの机を見てみると、書きかけの星図がそのままになっています。どうやらサースは昨夜も遅くまで仕事をしていたようです。

 クラムはサースがよく眠れるように、物音を立てずに移動して、また歌姫を見上げました。

 私たち人間にとっては何の変哲もない鉛色の黒っぽい塊。ただ違うところは、自らパルスを発するという事。

 私たちの世界には、パルスを発生させるものとしてシンセサイザーがありますけど、やはり電子回路など必要な機器がないとパルスを発生させる事はでません。だからクラムの世界にある歌姫は、私たち人間にとっても貴重な鋼なのかもしれませんね。

 クラムは歌姫のパルスに合わせてまた鼻歌を歌いだしました。そして歌っているうちに気付いたのです。いえ、気付いたというより、赤ちゃんが長い年月をかけて言語を覚えるように、クラムもまた長い年月をかけて歌姫のパルス言語を会得したのです。

 クラムの脳内で構築された歌姫のパルス言語。

 それを使ってクラムは歌姫に歌い返しました。

 すると返事が返ってきたのです。

「!」

 クラムは喜びの余り声をあげそうになりましたが、サースが眠っているので必死に我慢しました。

 これで歌姫と意思疎通ができる!

 そう思ったクラムは、歌姫と向き合い無我夢中で歌姫の言語で話しかけたのでした。

 クラムが夢中で歌姫と会話をしている時に、サースは目覚めました。角貝の下部が持ち上がり、下からにゅるにゅると胴体が出てきました。伸びきった胴体から頭が現れ、待ち針の眼が上に伸びて瞳が現れました。見ると、いつもの如くクラムが鋼のそばにいます。ただ違うのは、クラムの左右の眼の間の皮膚が盛り上がっていた事でした。

 地球のカタツムリは、繁殖期になると左右の眼の間の皮膚が隆起します。これは頭瘤(とうりゅう)と呼ばれるもので、専門家によってはもろこしヘッドと呼んだりします。

 クラムにもろこしヘッドがあるという事は、クラムの体は繁殖期に入り、いつでも産卵が可能な状態だという事になります。

 サースにとって、クラムのもろこしヘッドは受け入れられない事実でした。胸は焼けるように熱くなり、サースは息ぐるしさを感じました。しかし、まだ事の事態を把握しておりませんでした。だからこう思ったのです。クラムの産卵相手は、どのカタツムリなのか? と。

 それからというもの、サースはクラムが意見交換をするカタツムリを注意深く観察するようになりました。

 しかし、どのカタツムリにも平均的に接するクラムの態度に、サースはクラムの産卵相手を特定する事ができず、暇があるとクラムの行動を分析して考え込むようになったのです。サースは、クラムの事しか考えられないくらいクラムがとても好きになっていたのでした。

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