第12話
サースもそう思ったに違いありません。
「クラム博士。あなたは、気が狂ってしまったのですか? たかが塊ではありませんか。なぜあの塊にそこまで執着するのですか?」
クラムは、サースを突き放してから、サースの顔に銃口を向けました。
「執着だと? 違う。私は、あの塊を、歌姫を愛しているんだ!」
サースは既に気付いていた事でした。クラムの告白に驚く事もなく、チャンスは今かとばかりに問い質したのです。
「塊には命が無い。なのに、あなたは、あのどす黒い塊を愛した。今も、あのように小さく切断された塊を、愛している。それが惑星屈指の宇宙物理学者のする事なのですか? クラム博士。私は、あなたに聞きたい。なぜ、あの塊を愛したのですか?」
クラムは、口から息を吐きました。口から出た息は、クラムの怒りから出た溜め息とは違い、とても静かでゆっくりとした息吹でした。
「正確に言うと、私が愛したのは、歌姫ではない。歌姫がずっと受信し続けていた、他の惑星からのパルスなんだ。パルスを出していた惑星には、生命が存在していた。私たちのように宇宙に出るのは困難なようだが、惑星内の通信は高度に発達していて、私たちの星にまで通信のパルスは届いていたんだ」
クラムの話を聞いて、サースは驚きました。そして、誰にも言わずに独りで塊を研究し、長期に渡り他の惑星の生命と交流していたクラムを恨んだのでした。これは、サースの嫉妬でもありました。
「とても宇宙物理学者の行いとは思えない。クラム博士。あなたが研究していたのは、塊ではなく、他の惑星の生命なのですね。なぜ、天文学者である私に、生命が存在する惑星の事を知らせてくれなかったのですか?」
「知らせるなど、とんでもない。サース博士には、全く関係が無い事だ。これは、私と歌姫の問題なのだから!」
「は? 天文学者である私が、生命がいる惑星とは関係ないですと? クラム博士。何を言っているのですか? 理解ができない」
困惑するサースの表情を見て、クラムは右の口端を吊り上げて不敵に笑いました。
「愛する相手との間に、誰かがいては困るんだよ。君に理解してもらおうなどとは、思ってもいない。歌姫が理解してくれれば、それでいいんだ!」
クラムの言葉が終わった時、宇宙船は浮上を始めました。
クラムは、トウガラシ銃をサースに向けたまま続けて言いました。
「さようならだ。サース博士。二度と、会う事はないだろう」
「二度と会う事はないって? 急に何を言い出すのです?」
サースの言葉が終わった時でした。クラムがトウガラシ銃の引き金を引いたのは。
銃口から発射されたトウガラシ液は、サースの顔に向っておりました。
サースは避けたものの、体の半分が搭乗口から出てしまったために、宇宙船からサースは転落したのです。その時にトウガラシ液はサースの右目に当たりました。
サースは、右目の痛みを我慢しながら全身を角貝の中にしまいました。
角貝は、くるくると回転して地面に落ちました。地面は凹み、貝にはヒビが入りましたが、中のサースは無事でした。トウガラシ液で溶けてただれた右目以外は。