第11話
加工しやすいように切断された塊は、黒いレンガくらいの大きさになっておりました。
クラムは怒りと悲しみで目頭を熱くしながら、黒いレンガに変わり果てた歌姫を見ておりました。
サースは、隣にいるクラムをずっと観察しておりました。塊に気を取られているクラムの今の状態なら、クラムから逃げる事も可能でしたが、最愛のクラムから逃げようとは全く考えておりませんでした。
「クラム博士。宇宙船に乗って、塊と一緒に逃げるつもりですか? だったら、私を一緒に連れて行って下さい。あなたは既に犯罪者。このままでは、あなたは追われる事になる。私を人質にすれば、所詮広い宇宙。追って来る警備もいつかは諦める事でしょう」
サースの鋼切断計画は、逃げる事も考慮して、そして逃げ切ったあとにクラムと一緒に産卵をしようとまで考えてあったのでした。
しかし、事はサースの思い通りにはいかなかったのです。
クラムは、惑星屈指の宇宙物理学者。クラムの明晰な頭脳は、サースの企みに気付いてしまったのです。
「やかましい!」
クラムは、サースに向って怒鳴りました。
サースが、「やかましい」という言葉をクラムから聞いたのは初めてでした。
「やかましい!? あなたが、そんな言葉を使うなんて。クラム博士。気でも狂ってしまったのですか?」
クラムは冷めた視線をサースに向けました。
「気が狂った? そうかもしれない。もうこの星も、お前たちも、どうでもよくなってしまったのだからな」
クラムは、作業員が鋼を全て宇宙船に運んだのを見届けてから、サースを盾にして移動を始めました。
「何があっても、動くな! 動けば、サース博士をトウガラシ銃で撃つ事になる!」
クラムのあとに続いて、サースも言いました。
「みんな、動かないでくれ。私は大丈夫だ。クラム博士も、無闇に打ったりはしないはずだから」
サースの声を聞いたカタツムリたちは、頷いたり目配りをしたりしながら、宇宙船の中へと移動するクラムとサースを見守りました。
クラムは、サースを引き摺るようにして連れて移動しながら宇宙船に乗り込みました。
「私は、クラム・ボーン。コードS25A46N91G88O37」
宇宙船の有機コンピューターは、クラムの声に反応して答えました。
『クラム・ボーンの音声確認完了! マスター・クラム。ご指示を』
「今すぐ浮上だ。浮上後、大気圏外へ!」
『現在、空港が封鎖されており、大気圏外への移動はできません』
「ならば、空港を破壊して、穴を開けて大気圏外へ出ろ!」
こんな恐ろしい事を言ってしまえる二枚貝のカタツムリは、本当にクラムなのでしょうか。姿形、そして声もクラムなのですが、口から出る言葉は、とても温厚なクラムとは思えない言葉ばかりでした。