25:忌み子と呼ばれた少女
「その醜い髪を私達に近づけるな! 呪われ子め!」
―――ああ、これは夢だ。
嫌というほど耳にし、頭の中にこびりついているその声に、そう直感する。
そうでなければ、またあの悪夢の時間が始まってしまったという事になるではないか。
「どうして…! どうして私の子が、あんな…あんな……!」
「黒…! 忌まわしき呪われた血の色…! お前が我らの同胞から生まれたなど、信じられん!」
「取り換え子だ! 悪しき妖精が同胞から子を奪ったのだ!」
泣き崩れる、金の髪と白い肌、そして長い耳を持った女性の周りで、似たような姿をした老いた男達が騒ぎ立てている。
皆一様に、こちら側に指を突き付け、恐ろしい形相で睨みつけてくる。
女性の隣には、非常によく整った顔立ちに金髪の男性が寄り添っていて、泣きじゃくる女性を宥めようと何度も肩を摩っている。
二人の距離感からして、夫婦であることは確かだった。
「あなた、お願い信じて…! 私は貴方を裏切ったりなんてしていないわ!」
「ああ、わかっているとも。君は何も悪くない。悪いのは私達の間に紛れ込もうとしたあの忌み子……いや、悪魔の子だ!」
カッ、と男性が目を吊り上げ、こちらを指差して怒鳴ってくる。
多くの同胞達と共に囲んでいる存在を心の底から嫌悪する、端正な顔立ちが台なしになるほどの刺々しい形相だ。
「殺せ! 呪われた子は里に災いを齎す! 早く殺せ!」
「い、いやしかし……無益な殺生もまた厄を呼ぶ。それも生まれたばかりの赤子を殺すのは……」
「構わん! 必要な犠牲だ! そのくらいの事は我等が神もお許しになられる!」
真下で蠢く者の処分について、喧々囂々と話し合う、いや喚き合う長い耳の男達。
それを はただ、見ている事しかできなかった。
自由の利かない手足を動かし、言葉にならない声を無意味に漏らすほかにできる事はなく……何より誰一人として味方のいないこの場で、己の行いは何の役にも立ちそうにない。
「……やめよ。その辺りにしておけ」
不意に、その場で最も厳格そうな、威厳のある声が響き、喧騒がぴたりと止む。
声の主、最も長い耳と、最も長い髪、そして最も年嵩の外観をした長身の男が、真上から の顔を覗き込み、顔を歪めて鼻を鳴らしてみせた。
「生かすも殺すも叶わぬのなら……これが一人で走り回れる頃になるまで生かし、その後里から追い出す。そうすればよい……違うか?」
年嵩の男の発言に、周囲から納得したようなどよめきが伝わってくる。皆、ホッと安堵したような顔になり、それぞれで頷き合う。
ただ、夫婦だけがやや不安げな表情で、年嵩の男の元に縋りついた。
「長よ、それでは、これが成長するまでは共に居なければならないのですか…⁉」
「忌子と共に暮らすなど、なんて恐ろしい…!」
「不憫だが、我慢してくれ。数年の話だ、我らにとってはほんの一瞬に近い時間……その後は自由になれるのだ。新たに子をこさえるがいい」
年嵩の男の言葉に、夫婦は心の底から嫌そうに顔を歪めるも、渋々と言った様子で頷く。
年嵩の男は、涙を流して顔を覆う女の肩を叩き、一言二言声をかけてから、夫にどこかへ連れて生かせる。
やがて、周囲から長耳の男達がぞろぞろと立ち去っていき、年嵩の男一人が残る。
かれは の元に近づいてくると、その顔を憐れみに歪め、大きなため息をこぼした。
「……恨むなよ、憐れな猿人と森人の相の子よ。こうしなければ、我らの血は余所者の血に穢れてしまう。欲深き猿人共から貴き我等の血を守るためには、お前のような乳飲み子相手でも心を鬼にしなければならないのだ」
年嵩の男が手を伸ばし、さわさわと頭を撫でてくる。
言葉とは裏腹に、慈愛のこもったその手に、けらけらと笑い声が響いた。
「せめて名をやろう……同胞に愛されぬ赤子よ。お前がこの先、一人でも生きていられるように―――アザミ、これがお前の名だ」
そう、掠れた声で告げると、年嵩の男は腰を上げ、どこかへと立ち去ってしまう。
ただ一人残され、他者の温もりを失ったその者―――アザミは、やがて悲しげな泣き声を上げて親を呼び。
しかし、誰一人としてその声に応える事はなかったのだった。
◇ ◆ ◇
「…………最っ、悪、な、夢見た…」
瞼に当たる陽の感触。風が運んでくる朝の匂い。
心地が良いそれらに起こされたならば、きっと清々しい気分になれるはずなのに、目を覚ました彼女―――アザミは、開口一番にそんな悪態をつく。
のそりと体を起こし、ゴキゴキと首の骨を鳴らす。
そして辺りを見渡して、妹分と、その他多数の小さな人影が転がっている様が目に入る。
皆、歳は二桁に届くか届かないような幼い頃。
昨晩に洗った体はどこもかしこも傷だらけで、手製の薬をつけてはやったが、それでも消えないものが多々ある。見ているだけで、アザミの心は締め付けられる気がした。
「…ああ、そうだった。み~んな連れて来ちゃったんだっけ」
ぼそりと呟き、妙に痛い体を摩り、ぼんやりとする頭を掻くアザミ。
道理で夢見が悪く、息苦しさに苛まれたわけだ、と一人で納得のため息をつく。こんなに狭苦しい空間で寝ていたのなら、それはもういやな夢を見ても仕方があるまい。
「…まずは寝床、いや住むとこだな。ひい、ふう、みい……シェラを合わせて13人。師匠の家にこれ以上寄生すんのもまずいし、この先は自分でどうにかしないと。あー、やっちまったかなぁ」
困った風に呟くが、こうすると決めたのは自分だと頭を抱える。
ガルム王国王都でいろいろやらかした際、捕まっていた大勢の子供達―――奴隷として売られた、攫われてきた身寄りのない少年少女達。
悲しげな表情で見つめてくる彼らを、アザミは放っておくことができなかった。
故に、師の力を借りて皆纏めて連れてきてしまったのだ。
「あー、本当にどうしたもんかなぁ」
「……何だ、始まる前からもう音を上げているのか」
腕を組み、虚空を見上げて呟くアザミのもとに、そんな小馬鹿にするような声が届く。
振り向けば、何時からそこにいたのか、椅子に腰かけた鎧の大男―――師が、本をめくっている姿が目に映る。
「お師匠……」
「自分の事もままなるまいに、改めて随分な大所帯になったものだ……ずぼらなお前の力で、一体この中の何人が生き延びられるものか。無謀な事をさせたものだ」
「……なんとかするさ」
「何処にそんな根拠がある。己の力を当てにするか? 馬鹿馬鹿しい……」
弟子の方を一切見る事なく、師は頬杖をつきながら呆れた声で呟く。
アザミはふっと微笑むと、自分のすぐ隣で眠りに就いている妹分の頭を撫でる。険しかった少女の表情が、それだけで随分和らいだ。
「……守るさ。あたしがきっとこいつらを、立派に育て上げてみせる」
「だから、そうできるという根拠はどこに……」
「あたしだよ」
吐き捨てるように言う師に、アザミはむんと胸を張って告げる。
顔を上げ、訝しむように見つめてくる師に、にっと快活な笑みを浮かべて、黒髪のエルフは語る。
「お師匠だって、全てが巧くいったわけじゃないだろ? 人間嫌いで、森に引き篭もってる偏屈な賢者様なんだから。そんなあなたが育てた弟子なんだ……あたしもやり遂げてみせるよ」
「……好きにしろ」
師は仮面の奥の目を細め、それ以降黙り込んでしまう。
それは、彼なりの「やれるものならやってみろ」という激励なのだと受け止め、アザミは改めて深い眠りの中にある少年少女達を見下ろす。
世間においては恐ろしいほどに軽く。
しかし今自分の眼には恐ろしく重く見える命に、アザミは恐れと共に、それ以上のやる気を漲らせた。




