前編 大祭主は忙しいので、色々免除されるべきじゃないでしょうか
Twitterでアンケートをとらせていただき、七大大公の話を書くことになりました。ご協力いただき、ありがとうございました!
でも、ご希望と著しく違った内容だったら申し訳ありません!
百日に及ぶ〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉。その最中に新魔王城が完成し、魔王様は住居を移すこととなった。そして、遷城の終了を待って、新魔王城の大広間で連日、〈落成記念大舞踏会〉が開催されることとなったのだ。
ま、いわば大規模な舞踏会、というだけなのだが、その会場には必ず毎日、大公が一人ずつ参加しないといけない、という決まりができてしまったのが余分だ。
そのせいで俺、ジャーイルも、期間中に何度か新魔王城の舞踏会場に詰めておかねばならなくなったのだが――正直言ってさぁ!
俺は大祭主として忙しい身なわけだよ! 免除してほしいよね!
そりゃあね? 参加しないといけないといっても、朝から晩までずっと会場にいなきゃいけないと強制されているわけじゃないし、実のところ、俺の当番日は、他の六人よりちょっと減らしてはもらっているんだけども。
さらに言うなら最初、強制参加は大祭が終わるその日まで、という風に決められていたのが、さすがに大公位争奪戦が始まると無理だ、という風に判断され、その直前まで、と短縮されたのは幸いだった。
なんなら今日は、その最終日だ。つまり、明日からはいよいよ大公位争奪戦が始まるというわけで……ぶっちゃけ、なぜ、忙しい俺が最終日を担当しないといけなかったのか、わからない!
できれば来たくなかった……なぜって、今朝のことだ。妹が「ケルヴィスを女装させて……」などと、訳のわからないことを言い出したのだから。馬鹿なことをするなと、釘を刺しておきたかったのに……。
「ベイルフォウス……お前が担当の日じゃないだろう。なのになんでいるんだよ」
いつものごとく女性魔族を侍らせ、とてつもなく広い会場の中にあっても目立つ親友に向かって、俺は頬を引きつらせる。
「担当じゃないからって、いちゃいけないってことはなかろう」
「いや、それはそうだけど……でもどうせ今日いるんなら、いっそ代わってくれたらよかったのに」
当番表、こっそり書き換えておこうか。
「馬鹿をいえ。兄貴の新居竣成を祝う舞踏会を担当していながら、頻繁に席を外すわけにもいかんだろうが」
えっと……つまり今日は、いろんな女性と別室にしけこむ、というわけなんだな、ベイルフォウス……。
「さすがの俺も、普段はなかなか他領に赴く機会はない。他領の者、とくに低位の者が俺の領地や魔王領にまでやってこれる機会はもっと稀だ。だが、魔王大祭の間は身分を問わず、領地の移動に制限がない。つまり、この好機を逃すまいと目論んでる女は多いわけだ。だが、明日からは大公位争奪戦が始まる。今日一日が最後のチャンスという女も多かろう。ならば、それに応えてやるのが男の甲斐性ってもんだろう」
ああ、そう……あくまで世の女性たちの期待に応えて、と主張するわけだな。俺としては当人の思い上がりだ、と言ってやりたいところだが、周囲の女性達がベイルフォウスの発言を後押しするように陶然と頷くので、黙るしかない。
なんでこいつ、一度にこれだけの数の女性を相手にして、もめないのだろう? とは常々疑問に思うところだ。魔王様ですら、一日のお相手は一人に絞っているらしいのに……。
「なんなら今日に限っては、お前がそうしたいときは俺が代わりに舞踏会に出ておいてやるから、遠慮せず言ってこい」
俺がそうしたいってなんだよ。別に俺は誰ともしけこみたくないよ!
「そんなことより、せっかくいるんなら、ちょうどいいからこっちの催しに参加してくれ」
「は? なにに?」
「今から魔王様が会場にいらっしゃるっていうんで、高位の魔族でザトロ・ワンナを披露することになったんだが、デーモン族の男が足りなくてな」
ザトロ・ワンナというのは最低十二名以上、同数のデーモン族とデヴィル族の男女が交互に手を繋いで踊る輪舞だ。
「ベイルフォウス様とジャーイル様が輪舞に!? だったら私も!」
ベイルフォウスを囲む女性達がざわめき出す。
「高位のと言っているでしょう。あなたたちは駄目ね。私なら参加できるわ!」
背の高い花瓶に飾られた、三メートルも先の花を鼻息で揺らしたのは、馬面の女性だった。
そう、ベイルフォウスを囲む女性の中には、当人が種族に見境ないだけあって、デヴィル族もいるのだ。
「せっかくだが、足りないのはデーモン族の男子、一人だけなんだ」
「んまぁ、残ネヒヒヒヒーン!!」
……突然の雄叫びに、耳が痛い。
「お前も参加するのか?」
「もちろん! 俺が参加しないで、一人足りないとは言わないさ」
なんといっても、俺は魔王様の寵臣なのだ。本心は忙しくてお役目を辞したいと思ってはいても、そうできない以上、祝意を表現する機会にはきっちり参加するに決まっている。
「しかし、一対一ならまだしも、輪舞はなぁ……」
周囲の反応はともかく、ベイルフォウスが珍しく思案顔を見せる。
…………あれ?
そういえば、ベイルフォウスが踊っているところを見たことって、ほとんどない気がする。いつも女性といちゃついているか、別室にいなくなってしまっているから、見ないだけだと思っていたが……これはまさか……。
「ベイルフォウス。もしかして、踊りが苦手なのか?」
もしかして、リズム感が壊滅的だとか!? 踊ろうにも隣の相手の足を踏んでしまったり、逆方向を向いてしまったり、動きがずれてしまったりするのだろうか!?
「……」
答えがない。むしろ、ちょっと眉根が寄ったんだけども。
これはもしかして、もしかする!?
「お前の大事な兄上のための舞踏だ! ぜひ、参加してもらおう!!」
俺は親友の腕を取る。これだけ難色を示すベイルフォウスを、逃がすわけがない!
だって絶対みんなも見たいよね! 一人、タイミングがあわなくて焦心のベイルフォウスとか、見たくてたまらないよね!
「なんだよ、その満面の笑顔は。なにをどう思ったのか知らんが、別に俺は踊るのが苦手とかじゃないぞ」
「はいはい、そうでしょうとも!」
「お前、信じてないだろう。俺は本当に踊れない訳じゃない。ただ、輪舞には参加しないほうが……」
「いいから来いって!」
俺はベイルフォウスを強引に舞踏会場に引っ張っていった。
するとどうだ……。
「もう間もなく魔王陛下がいらっしゃる。とっととせぬか」
「ウィストベル!?」
なぜか、女王様が待っていたのである。いいや、それだけじゃない。
「あら、ベイルフォウス。あなたまでというのなら、私の参加は正解だわね」
女性姿のサーリスヴォルフまでもが輪に加わっているではないか。
「サーリスヴォルフまで? え、でも……」
足りなかったのはデーモン族の男子が一人だけだったはず……いいや。
そりゃあこの大公二人に、「そこをどけ。自分と代われ」と言われて断ることができる魔族なぞ、いるはずがない。
「ウィストベルとサーリスヴォルフがいるのか……なら、まぁいいか」
そう言うや赤毛の親友は、ちゃっかり二人の間に身を置いたのだ。
「ホントにいいんですか、ウィストベル?」
ベイルフォウスが隣でいいのか、とかそういう意味じゃない。俺が女王様にだけそう聞いたのには、別の理由がある。
だって、そうだろう?
踊る際に足を高く蹴り出すことがあるから、今日も深いスリットから覗いている美脚の露出が心配だ、とか、それもそうだがそれだけのせいではない。
ザトロ・ワンナはデーモン族、デヴィル族の男女が交互に並んで輪になる舞踏だ。それも単に並ぶだけじゃない。両隣の相手と、踊っている間ずっとではないにしても、手を繋ぐ必要がある。
つまり、サーリスヴォルフ、ベイルフォウス、ウィストベル、ときたら、当然、デヴィル族の男性魔族がその隣に立つことになるのだ。
デヴィル族嫌いの女王様が、果たしてデヴィル族の男と手など繋げるのだろうか。それに、万一繋いだとして、それを見た魔王様がいったいどう思うのか……。
いっそサーリスヴォルフが男になって、ウィストベルの隣にいてくれればよいのではないだろうか。顔見知りの方が、まだいくらかましだろう、と、俺などは思うのだが。
「ザトロ・ワンナを踊るんだって、わかってます?」
俺の心配をよそに、ウィストベルは無表情にこう言い放った。
「わかっておる。私のことは気にするな」
……なんだろう。お互い何かを我慢しているところを目撃しあう、とか、そういう新しい試みにでもハマっているのだろうか。
もしそうなら下手に口出しするのはかえって野暮だ。とばっちりをくらう可能性もあるし、黙っているが吉だな。
そう思っていたのだが、なんのことはない――
ウィストベルの隣に立つデヴィル族の姿を見て、俺は納得した。そこには元の種類がわからないほど、何重にも手袋をはめられてパンパンに膨れ上がっている左手があったからだ。
「魔王陛下のおなーりー」
おっといけない! 俺も自分の場所につかねば!
すでにデーモン族七名、デヴィル族八名の計十五名が、真円を描くように並んでいる。
俺は慌てて唯一空いていた、デヴィル族女性とデーモン族女性の間に身を収めた。
「あらやだぁ……ジャーイル様と手を繋げるだなんて、考えただけでもゾクゾクしちゃーう……」
右隣からやたら小刻みな吐息と、色気たっぷりの声が聞こえてきて、俺は別の意味でゾクゾクした。
ともかく、そんなことに気を取られている場合ではない。
〈落成記念大舞踏会〉の会場中央。四方十段に及ぶ幅広の階段を備えた壇上に、装飾は多くとも上品に仕上げられた天をつく背もたれの王座がデデンとかまえている。ちなみに、今は俺たちがいる方に正面を向けているが、『360度回転式』らしい。
正直、座っているときに回ると微妙だよね。
それはともかく――いつものごとく全身黒の衣装を身にまとった魔王様が、堂々と御登場だ。
だが、特にお言葉はない。そのままマントを格好良く翻し、着座した。
「魔王陛下のご尊顔を拝し、臣下一同、恐悦至極に存じます。本日は新魔王城の落成を祝し、輪舞を披露いたします。どうぞ御高覧ください」
俺の口上にあわせ、輪になった一同は魔王様に向かって立礼する。計ったように、きっちり三十秒。
揃って顔をあげ――とはいえ感覚的なものなので、ちょっとばらつきがあった――手を繋ぎ合おうとしたその瞬間のこと。
「ちょおーーーっと待ったぁ!!」
大声を張り上げながら、輪の中に乱入してきたものがいるのである。
「高位の者の参加が必須というならば、誰よりも魔王陛下の在位を心よりお祝い申し上げているこの私が、参加せずにおけるものですか!」
見ているこちらが白ける醜態をさらしたのは、誰あろう、デイセントローズだ。
よほど遠くから全速力で駆けてでもきたのか、顔中のラマ毛がべっとり湿っている。
見ろ! そのざまに、あのクールな魔王様ですら、若干、引きぎみな表情を浮かべてこめかみを震わせているではないか!
「さ、代わりなさい!」
そう言うやラマは、強引にサーリスヴォルフの隣にいたデヴィル族男性を押し出そうとしたが――
「あ、そこは駄目よ」
その男が愛人だったのか、はたまた単に好みの男だったのか、サーリスヴォルフから威圧感たっぷりの笑みを向けられ、ラマは素直に別のデヴィル男性を標的にと変えた。俺の左隣の組に、強引に編入してきたのだ。
「えぇ……うそぉ……」
落胆声を発したところをみると、左隣のデヴィル女性はデイセントローズがお好みではなかったらしい。
それにしても今日ここに、まさかこいつまでいるとは……あちこちの大公領で見かける、という噂も聞くし、もしや分身の魔術でも使えるのか? ま、そんなわけないだろうけど!
とにかく!
デイセントローズが気に入らないとしても、これ以上グダる訳にはいかない。
俺が両隣と手を繋ぐと、すぐに全員が倣って閉じた輪ができあがった。
「あはぁぁぁん!」
右隣から変な嬌声が聞こえるが、無視しよう! っていうか、握りしめてくる力、強くない!? あと、なんか手汗もすごくない!?
しかもなに……やたら握力強くない? あとさ、握るだけでいいはずなのに、なんでかサワサワと手の甲をこすってくるの、やめてほしい! 気持ち悪さにゾワゾワする!
一拍おいて、管弦楽団が舞踏曲を奏で出した。
ザトロ・ワンナの始まりだ!
左右に歩き、跳ね、足を蹴り上げ、繋いだ手を前に出し、上げ、片方離しては女性を回らせる。なぜか型に「だめー! こっちこないでー」も入っているのだが、踊りだから今回は仕方ない! ノーカウントだ!
舞踏はどれも、なかなかの運動量だが、その中でも大人数で動きを揃える必要がある輪舞は、さらに気も遣う。まあ、音楽に対するリズム感があれば、そう苦労もしないはずだが……。
……。
…………。
………………。
俺、がっかり……。ベイルフォウス、普通に踊れてるじゃん!
なんだよ……思わせぶりなこといっておいて、普通じゃん!!
むしろ、予想通りにどうでもいいデイセントローズがガタガタなんだけども!
「あっ!」とか言いながら逆に進もうとしたり、手を上げるところで下げたりして、両隣の女性に迷惑かけてるんだけども!
さっき、小声で舞手交代を残念そうに嘆いていたデヴィル族の女性が、怒りのためか目を見開いて血走らせているくらい、ひどいものだった。
ちなみに、俺の正面にはベイルフォウスとウィストベルの組がいる。女王様が足を蹴り上げるたび、太ももが見えるか見えないかの微妙な…………はっ!
殺気を感じて振り仰ぐと、魔王様が光線でも発しそうな瞳で俺を見ていた。
やばい……踊りに集中だ! 無心になろう。