7 ワンオペ使用人に慣れたから
食後、アルバンはお茶を淹れて後片付けをしてくれた。
お茶をゆっくり飲んで中庭を眺めていると、アルバンが戻ってきた。
「ねえ、アルバン。」
「はい。」
「ベッティは朝が苦手だけれど、よくブランチを摂っていたのですか?」
ブランチって余韻も素敵だなぁと思う。
「いいえ、朝食を召し上がってからまたひと眠りなさいます。そして起きたら昼食を。」
「…。」
もっと満喫してるな。さすがにダラダラしすぎかもしれないけれど。
「以上がわがままボd」 「やめてあげてください。」
「では率直にぽt」 「アルバン?」
口悪いんだから。
「お嬢様はいつも通りでございますね。あんな事の後ならば妹様の悪口を歓喜なさると思ったのですが。」
「それとこれは違いますよ。」
「お嬢様は本当にどこまでも寛大なお心をお持ちですね。」
アルバンがいつの間にか櫛を出して私の髪を梳いている。
「私、器はそこまで大きくないですよ。普通です、普通。」
「洗う者に悪いという理由で皿を汚す事に戸惑う貴族がお嬢様の他にいらっしゃるでしょうか。」
「…それは、お父様とお母様は忙しいし、ベッティはあんな感じだというだけでしょう?」
「男の使用人に着替えや髪結いに化粧までさせてくださり、そのすべてに対して罵倒をするどころか礼を仰ってくださる令嬢も、この大陸探してお嬢様だけでございましょう。」
あ~、確かに自分の婚約者以外に体とか髪を触らせる事に抵抗がある人は多いかも。
ちなみに私には侍女という存在がシフト制で何人か一応付いていて、昨日まではお着替えの手伝いにお化粧にと、身の回りの世話を焼いてもらっていた。今日はお休みとやらで会ってないけどね。
そして侍女が付く前に世話をしてくれていて、今日久しぶりにまた髪を梳いてくれているアルバンは侍従ではなく従者なのであって、こういう身の回りの世話をする必要はない。今は「私とアルバンの2人きりの城」という名目上、彼が臨時的に全ての事をしてくれているだけだろう。
「ベッティは?」
「妹様は侍女に任せていらっしゃいますからねぇ。専属使用人がそれ以外では家庭教師と乳母しかおりませんので。」
「あ~…」
それもそうか。
「あっ、じゃあ…アルバンともしばらくしたらお別れですか?」
「え?」
「だって、皇太子妃はベッティになるから、アルバンはベッティ付きの使用人になるじゃないですか。ベッティには従者も護衛もいないのですから。」
アルバンはフッと笑った。
「大丈夫です、万が一お声が掛かってもお断りいたします。」
「えっ?!」
「だって、私の主人はただ1人、アリーシア様だけですので。」
「…何で?」
嬉しさより不思議さが勝った。
「私はお嬢様にお仕えするためにライター伯爵家に仕えておりますので。」
「いや、それはどうして?」
「お嬢様だけが、あの荒んでどうしようもない私が『仕えてやっても良い』と心から思えた相手だったからです。今は『仕えさせていただきたい』と思っております。」
ふーん…変なの。
「物好きですね、アルバンも。」
「まあ!お嬢様からそう言われてしまうとは。」
「私が物好き?」
「あのアホを恋い慕うなんてとんでもないクズ男を好まれるのだなぁと。私のカバー出来ないお嬢様の欠点でございます。」
そう…だね。
「ふふ、でもこれから私は…きっと修道院にでも入るのでしょうし、恋は無いでしょうから二度と明るみには出ないと思います。」
「お嬢様が修道院に入られるような事になったら私は暴れて周ります故、そのような事は何人たりともさせやしません。」
「暴れる?」
子供ですか。
「お嬢様は私の最後の良心であり、ガイドラインでございます。私は修道女になるわけにはいきません故、修道院までお嬢様にお付き添いするのは…修道士になったとしてもお嬢様より神を優先しなければならなくなるのも無理な話ですし。」
「ちょっと何を言っているのか分からないのですが。」
「お嬢様にいなくなられて困るのは、この大陸全ての生き物でございますね。ですので、神からしても困るのです。つまり、私がお嬢様にお仕えする事こそ、神がお喜びになる事なのです。」
暴論ですね。
「う~…言論・良心の自由というものがあるので、私はアルバンの言葉を1つの意見として尊重する事にします。」
「ありがたきお言葉、頂戴いたしました。」
アルバンが櫛を直す。
ここの所髪のお手入れそっちのけで執務をしていたから、昨日の呼び出しで軽くアップする際にスプレーしたせいで、髪の毛がべたべたしている。
「お風呂に入りたいです。」
「すぐご用意いたします。が…侍女を呼びましょうか、それともお1人で入られます?」
「1人で入ります。」
「かしこまりました。ではそのように準備いたします。」
伯爵の中でも力を持つ直系の家ともある高位貴族の令嬢なら必ず入浴専属の侍女がいるものなのだけれど、私は…諸事情により一通りの事は自分でやるように厳しくしつけられているので、むしろ1人の方に慣れている。殿下との婚約が決まってから様々な世話を焼いてくれる侍女が現れた時、かなり戸惑ったぐらいである。
お茶を飲み終えた頃、アルバンが来た。
「お嬢様、準備が整いました。」
「ありがとうございます。」
アルバンに付いて行く。別館のお風呂は久しぶりだ。
「では私はここに控えておりますので、何か御用がありましたらお呼び付けください。」
アルバンが脱衣所の扉を開けてキープしたまま恭しく会釈した。
「ありがとうございます。」
ドアが閉められた。
「…。」
皇太子妃候補を辞めて失ったものは多かったけど、得たものも多かったかもしれない。例えば1人きりのゆっくりしたお風呂。
皇太子妃候補の頃は、忙しい時以外ずっとお風呂が業務の一環みたいな扱いだったんだよな。最初は友人役の子達と入っていて、私だけ丁寧に侍女たちから体を洗われたりエステをしてもらったりするって感じだったんだけど…ある朝急にいなくなってたんだよね。それから侍女たちも総入れ替えのシフト制になったのと友人役がいないだけの同じ事の繰り返し。
シフト制の侍女はよくしてくれていたものの、仕事のほとんどがアルバンに取って替わった。アルバンが多分「ほとんど自分がやった方が早い」と思ってロードに何かお願いしたのかもしれない。
お風呂から上がると、脱衣所のカゴにはいくつか服が用意されていた。カゴに着替えが用意されているのはこれまで通り侍女がやってくれていた事なんだけれど、ちょっと違った。
「全裸のままだと風邪を召しますのでこの中から気分に合った物をお召しになってください」とアルバンのまっすぐ整った字でメモ書きが置いてあり、カゴがいくつか並べられていたのだ。
いつも使っている下着とネグリジェ、いつもの下着とパジャマ、カジュアルドレス…は、分かる。そして「お風呂上がりに下着姿で歩く」と目覚めに言っていた以上、いつもの下着オンリーのカゴがあるのも分かる。
ただ…。
「これはどうやって着て、何を隠すんでしょうか。」
びっくりするぐらい布面積が小さいランジェリー…アルバンの趣味かしら。
殿方との夜はこういう物を着けるという事ぐらいは知っていたので多少は知識があるのだけれど、実物を見るのは初めてで…なかなか強烈で勇気がいるものだ。
「あと、これはおそらく男性物ですよね。」
おそらく新品だろうけど、男性物の下着もあるのはなぜなんだろう…アルバンの考えている事は分からない。ただ選択肢が多ければ良いというものでもない。
「あ、アルバン。」
「はい。」
扉の向こうからアルバンの声がする。
「そのぅ…なぜランジェリーとか男性物の下着があるのですか?」
「お嬢様がお召しになりたい気分になられるかもしれないと思い、ご用意させていただきました。」
「どういう気分?!」
いやいやいや…。
「あのバカ王子に関係なく一度はお召しになりたいのでは、と思った次第です。」
「あ~…でもちょっとハードルが高いです。」
「ですからお好きなものをどうぞ、と書き置きしてあったでしょう?お嬢様、私はいかがわしい目でお嬢様を見る事は致しませんので気兼ねなく。」
「あっ、当たり前です!」
扉の向こうからアルバンの笑いを堪らえた声が漏れてくる。
「もう、からかって!」
「お召しいただければ眼福ではございますが、私も男として思う所はございますので、内心それをお召しになって出ていらしたらどうしようかと心配でした。」
「上手いんだから。」
いつもの下着にパジャマを着て、私は脱衣所を出た。アルバンはフッと笑った。
「下着姿で闊歩されるのでは?」
「見たいんですか。」
「お嬢様がそれで楽になられるのでしたら見て見ぬふりをしておきます。逆に見られたいのでしたら他の業務で外す時以外は濡れた目で凝視しておきます。」
私は蒸し暑かったのでパジャマの上だけ脱いだ。
「自然体で接してください。」
「はい、あまりにもお体が冷えたら着てくださいませね。」
アルバンが上を受け取り、腕にかけた。そしてさっきいた部屋のドアをキープしてくれた。
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