6 分かる奴は勘づく誕生パーティー
アレクサンダー第二王子 視点
私の誕生日パーティーは、当然ながら多くの出席者がホールと大広間、そしてホールと廊下でつながっている中庭を埋め尽くしていた。
そんな豪華絢爛な宴、主催者である王族の両親や兄夫婦は笑顔を出席者に振りまくはずなのだが…今日はどこかしら笑顔が固い。無理もない、昨日の婚約破棄のせいだろう。
両親と兄上は私と目を合わせようとしないし、心配そうに私と兄上を交互に見るカルロッタ殿はすぐに兄上に私から庇うよう抱き寄せられた。カルロッタ殿はよその国を治める権力者の娘で、血のつながりを問わず国全体で仲が良いと聞いているからこの不和に困惑しているのだろう。
「…む。」
兄上が声を漏らした。
「ライター伯爵家、ご入場!」
王佐の声で、大広間に入ってきたのは3人だった。ライター伯爵、伯爵夫人、そして愛しのベティーナ。さすがにアリーシアは欠席だと聞いている。
「…エッカルト様とドリス様、大変おやつれで。」
兄上の陰でカルロッタ殿がつぶやく。
アルバンが昨日「アリーシアと両親とも休む」とか言っていたし、休んでも不敬には問わず、何かしら理由をつけてやったのに。
「ああ、どこかのバカのせいでな。」
「クリス、やめておけ。」
父上がそう仰ったので、兄上は私を睨むのみに留めた。
伯爵家3人がこちらまで来て、恭しく頭を下げた。
「両陛下、両殿下、本日は…おめでとうございます。」
さすがに動揺が隠せないのだろう、伯爵は祝いの言葉を言うのに戸惑った。まあ、姉から妹へスライドしただけで、彼自身の没落ではないのだから問題は無かろう。すぐに慣れるさ。
だって、そうだろう?同じ男ならことに姉より妹を選ぶのも分かるはずだ。今はそうでもないが、もう少しすれば癒してくれる女には若さというものが必要になる。それに加えて容姿・性格ともに姉の上位互換とあれば…なぁ?
「…エッカルト、ドリス、本当に申し訳なかった!」
「うちのバカ息子のせいで。」
両親が頭を下げたので、慌てて兄上と伯爵・伯爵夫人が止めた。
「こ、このような場では…」
「陛下、頭を上げてくださいませ。」
「う…うむ、そうだな。」
父上と母上が頭を上げる。
「…。」
「…。」
両家の親の沈黙を破るようにしてベティーナが口を開いた。
「アレクサンダー殿下、本日はおめでとうございます。」
「っ、この」
「クリス様、抑えて。」
兄上を慌ててカルロッタ殿が引き留めた。
「っ…。」
兄上が今度はベティーナを睨みつける。
「貴様、この壇上に立ってみろ。仮に父上が何かの間違いで許しても、私の代になったらアレクごと引きずりおろすぞ。」
「クリストフ殿下、お言葉ですが。」
エッカルト卿、さすがに利益は変わらないと踏んだか。私に付いてくれると心強いものだ。
「私達はまもなく、アレクサンダー殿下とアリーシアの婚約の破談を致します。」
「っ、エッカルト卿、何を仰っているのか分かるのか!」
「はい…その話には続きがございます。」
「…続けてくれ。」
兄上が黙ると、エッカルト卿は私の顔を見た。兄上のような憎悪を露わにした顔ではなく、突き刺すような鋭い目だ。
「破談は迅速に致しますが…ベティーナの婚約手続きは今のところしないつもりです。縁談を探します故。」
「お父様?!」
それまでうっとりと私と見つめ合っていたベティーナが信じられないといった様子でエッカルト卿を見た。
「当然です、たとえお相手がアレクサンダー殿下であっても、こればかりは私達も親として許せません。」
「私もお父様とお母様の娘じゃない!」
「アリーシアも私達の大事な娘だ。」
エッカルト卿がぴしゃりと言い放った。親の目から見ても差ははっきりとしているだろうに。
「というわけで、よろしいですかな、両陛下。」
「ああ、お前が言わずとも私達もそのつもりだ。」
「父上?!」
ウソ…だろ?
「不満であれば、家出しろ。そしたら私達の決断に従う必要はないのだよ。ま、温室育ちのお前がベティーナ嬢と駆け落ちできるのか、という話だが。」
「ど、どうしてそこまで…!アリーシアを可愛がっておられたのは分かっておりますが、さすがにここまでする必要など」
「何か意見があるなら、アリーシアとアルバンの同意を得てからだ。それならば聞こう。」
そんな…。
いや、でもアリーシアだ。仮に私への思いが消えていても恨むような事は出来まい。アルバンは昨日こそ反抗的だったが、アリーシアの気持ちにイエスマンだから同意をするはずだ。つまり、そこまで難しい条件ではない。
「まあ!そんなの、聞かなくても分かっていますわ。よっぽどの事が無い限り、お姉様は私の言う事を聞いてくれますもの。」
「ベティーナ…私の言葉を覚えていないのか?アリーシアだけの同意ではダメだ。」
兄上が呆れたように言うと、ベティーナはショールで覆われた細い肩をすくめた。
「アルバンも、でしょう?アルバンはうちの使用人だから、私の言う事をお姉様より聞きますわ。そう無茶なお願いはした事無いのだけれど、逆らえない立場ですもの。」
ベティーナ、それは正論だがちょっと言い過ぎだ。いくらアリーシアと言ってもだな…アリーシアはなぜか両家の親と兄夫婦から贔屓をかけられているのだから。
両家の両親と兄上はため息をついた。
「ベティーナ殿…あなたはアリーシア殿と似ても似つかず愚かだ。」
「さすがに兄上でも許せませんよ。アリーシアとベティーナの歳の差を考えてください!」
「歳の差?ハッ、そんなもののどこに言い訳に出来る要素があるのだ?」
「アリーシアは皇太子妃の教育を受けてきました。でも、ベティーナはそうじゃないでしょう?」
兄上は蔑んだ目のままだ。
「それは本当にご迷惑をおかけしますが…お姉様以上に頑張って、アレクサンダー殿下のお隣に立っても恥ずかしくない立派な皇太子妃になりますわ。」
「なれたら、の話だよね?うん、頑張って。」
「っ!」
ベティーナがこんなにも謙虚に、でも熱くビジョンを語っているのに!
「兄上!」
「殿下ぁ…」
ベティーナが目を潤ませる。
ああ、なんて可愛らしいのだ。それに比べあの女は不愛想で…同じ両親から生まれた娘だとは思えん。表情乏しく、体の起伏もなく、顔の華やかさもなく…。
そんな女とくっつけ、ベティーナとはダメだと言うなんて、両親や兄上、そしてライター伯爵家はナメた真似をしてくれる。私にア…リーシアだっけ、あいつじゃなければ釣り合わないというのか。
「ベティーナ、私にも足りない所はあるはずなんだ。だから」
「今更アリーシアを望まれても渡せません。アリーシアは深く傷ついております。」
伯爵夫人はここまで空気が読めない人間だったか?
「いえ、私はベティーナと生きていきます。」
「…出来たらいいな。」
父上が冷たく言った後、疲れ切った表情で伯爵たちを見た。
「エッカルト・ドリス両名そしてベティーナ、下がれ。」
「はっ!」
ライター一家が去った。
それから他の貴族たちが挨拶に来た。
公爵・騎士伯などの権力争いに興味津々な者達や男爵・子爵など少しでも爵位を上げようとする小賢しい者達がアリーシアの不在を問うてきたが、父上と母上は決して口を割らなかった。王族の親戚である侯爵や次の地位を持つ伯爵は何となく察していそうだったが。
その内数名の子息や息女には今までもベティーナとの仲を協力してもらっているからその情報だと思えばどうという事は無い。なぜ父上や兄上たちが嗅ぎ取れなかったのかは不思議だが…。